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聖女と魔王と魔女編

身代わり2

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side ユリア

 訓練場というのは、普通は広いものであるが今日に限っては狭いというより足の踏み場もない。
 その中心にいるのは、俺様王子(アイザック)である。つまらんと呟いているが、少しばかり機嫌はいいらしい。

 それを見てユリアは虚ろな微笑みを浮かべたまま、沈黙している。想定内過ぎて言うべきことがなかった。
 これの原因はヴァージニアにはない。もちろんユリアにもだ。
 砦の奥へ案内されている最中にいきなり、兵の練度について話し始めたアイザックが悪い。ウィリアムは受け流していたが、それが良くなかったようで古参と思われるものが勝手に話し始めたのだ。

「勝負しますか」

 と。
 命知らずなとユリアは慄いたし、ソランなどわかりやすく青ざめている。オスカーははははと渇いた笑いを浮かべている。笑うしかない。
 死亡フラグというよりも仲良く皆殺しフラグである。
 ウィリアムは頭が痛そうに額に手を当てて、ぶつぶつと何かつぶやいて。

「アイザック殿がお嫌でなければ、叩きのめしておいてください」

 ぶん投げた。
 もちろん、日ごろの運動不足を嘆いていた戦闘狂(アイザック)が否というわけもなく。
 なにやらうめく物体を量産した。

「運動にもならん。
 一人一人の力量ではなく、連携が取れていない。今後の課題だな」

「それすら理解できそうに思えません。
 つまらない諍いをしていても意味はないと説いてもわからないのだから、仕方ないでしょう。死ぬだけです」

 ウィリアムがそう告げるのをユリアは意外に思った。部下思いのもうちょっと甘いことを言いだすかと思ったのだ。
 上に立つには甘すぎる。それがいいところだよとジニーが面白そうに話していたのだ。

 今は冷酷ともいえそうだ。

「団長が無能という話になるが」

「構いません。実際統率できているとはいいがたい」

 アイザックが珍しく困ったなと言いたげに眉を寄せていた。
 部下の失態は上司が責任をとるものだといいたいところではあるが、自滅したとも見れる。そもそもウィリアムを軽く見ていなければ、あの場で勝負するかなどと口を出せるわけがない。
 他国の王族であるアイザックに勝負とはいえ刃を向ける意味も。

「始末をつけますか?」

「いらん。寛大だからというよりな、ヴァージニアに怒られるからだ」

 急に話を振られて、へ? と言いだしそうになったユリアは、こほんと咳払いをした。

「そうですわね。兄様。兵を減らさないでくださいまし」

 付け焼刃の姫君仕様でそうツンと澄ましてアイザックをなじる。

「ウィリアム殿もそうおっしゃらないでください。あなたがいなければ、困る」

「申し訳ないね。色々あったから」

 軽くヴァージニアには返す。中身がユリアだと知っているせいだろうが、やけに親し気に聞こえる。
 あ、これはまずいぞとユリアの勘が告げた。

「へぇ?」

 やけになれなしいじゃねぇかという含みがあると思ったのはユリアの勘違いであってほしい。

「兄様、疲れたのでいい加減、お茶の一杯も飲みたいんですけど!」

 勘違いであってほしいが、奴らはシスコンでブラコンなのだ。
 可愛い妹に近寄る男には全て警戒している。そもそもウィリアムはヴァージニアに求婚しているのだから、警戒度はぶっちぎりだろう。
 ユリアの手のかかる患者はアイザックにあったことがない。それは幸いというべきであろう。出来れば会わないうちにお帰り願いたいものだ。

「しかたない」

 言いたいことを飲み込んでアイザックが答えたとき、訓練場に少年が現れた。

「……ここでなにしてるんです?」

 素朴な疑問にどう答えたものかユリアは迷う。

「ただの訓練だ。弛んでる。精進するといい」

 アイザックはそう片を付けるつもりらしい。もし公式文書に残るとしてもただ訓練をつけてやったという話で終わるだろう。
 これはアイザックが甘い対処をしたというより、面倒になったからに思える。

「ジニー様が部屋の用意ができたと殿下に伝えよと」

「ジニーは本当に気が利くわね」

 ユリアは素直に言ったつもりだが、なぜかアイザックもウィリアムもばつが悪そうだった。少年たちも残念な生き物をみるように彼らを見ていた。

「……案内してくださる?」

「喜んで」

 ユリアはイリューとソランを連れて訓練場を出ることにした。ちゃっかりオスカーもついてくる。
 事前に用意されていた部屋にユリアたちは案内される。

「はぁ、ほんっとに疲れた」

 ユリアは赤毛のウィッグを外した。それだけで開放された気分になる。それから化粧を落とし、元々の顔をやや強調したものに直さねばならない。

 部屋の中の衝立の後ろに着替えが用意されていた。イリューとソランは部屋の外に出ようとしていたが、ユリアが止める。隠れるところもなく着替えるならともかく目隠しがあるのだから、この場にいたほうが都合が良い。
 部屋の外に二人がいることを不審に思われるのも困るのだ。

 一人で着れないような豪華さのようで一人で着れる服をユリアは脱ぐ。数着しかないので大事に扱わねばならない。素材以外にも手間暇がかかりすぎて同量の金より高い代物なのだ。

「そういえば、あの勝負しようとか言いだした兵士、どうなるの?
 罪状でいえば、勝手に話をしたとか、他国の王族に喧嘩を売ったとか、訓練とは言え刃を潰してない剣を出してきたとか色々あるけど」

「……そこまで気がつかれていたのに止めなかったんですか?」

「止めたらアイザック様が暴れる」

 オスカーがぼそっとそういう。ユリアとしては言うまでもないことであるが、付き合いの短い少年たちにはわからなかったらしい。

 え、暴れ? と困惑する二人にオスカーが説明している声が聞こえる。
 その間に着替えユリアは終えた。
 衝立から姿を見せて問う。

「で、我らが女王陛下もバカにした態度をとった責は?」

「ユリア、意外と怒ってたんだな?」

「あらぁ、一応、いまでも私の主だもの。無理強いされて毒づくのとバカにされたのを見逃すのは別問題」

 ユリアは非力ではあるが、振るえる力がないわけでもない。
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