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聖女と魔王と魔女編

護衛騎士は暗躍する2

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 ウィリアムは私に休むかどうか確認してきたが、断った。まずは城内の確認が必要だ。
 最悪、ここは潰すことになる。二度と確認できなくなるのだから先に見ておきたい。という本音はもちろん言わない。
 ここに来たのは物見遊山とは思っていないだろうからウィリアムはまじめに案内してくれた。

「屋上は見晴らしがいいけど狭いな」

 すれ違うのにも苦労しそうな通路が屋上についている。他は斜面。足を滑らせたら確実に落下する。
 通路も狭いせいかイリューもソランも下で待っていた。

「見張りをするために必要ですが、魔物が中に入ってきたら塞ぐんです。猿が使うから」

「ああ、あいつ登るの得意そうだね。それでもここを塞いだほうが問題ありそうだけど」

「あいつらもモノを投げたりする知恵があるんですよ」

「塞いでも乗ったら意味ないけど、仕掛けでもあるのかい?」

「塞ぐと魔女の仕掛けが動いて忌避されるようになる。屋根全体とはいかないけれどだいぶ影響範囲が広いから屋根を破られることもほとんどない」

 ほとんどであって、一度もないわけではない。ということを覚えておくべきだろう。屋根に残る真新しい補修跡については問わなかった。
 視線を砦の外へ向ければ森が見える。実際歩くとかなり距離はあるが、木自体がかなり大きいので目測を誤るらしい。

 森を境界として隔てられた人と魔。
 ウィリアムは私を見ずに森の奥を見ていた。穏やかで落ち着いているように見えるが、微かに眉を寄せられている。

「魔女の住処は見える?」

「見えない。魔女が言うには、あそこという話だが」

 ウィリアムの指したあたりを見ればこんもりとした木々が見えるだけ。漠然と指さされたらしい。住処を教えたくないのではなく、実際あのあたりという曖昧表現であろうと思えた。
 まあ、実際行くとなれば案内くらい寄こすだろう。魔女はどうかと思うが、魔王のほうはそこは義理堅そうだ。

「魔王を見たことは?」

「一度。赴任してすぐのころに、森で会った」

「よく生きてたね」

「俺は、生きていたな」

 微妙な言い回しだ。少しばかり無神経なことを聞いてしまった。
 ウィリアムはなにがあっても生きてもらわねば困る立場だ。失うわけにはいかない。例え、どれほどの損害が出ようとも、彼一人とは比べるべくもないだろう。

「さて、ジニー。
 陛下はいつ戻られる? アイザック様と一緒か?」

「うん。アイザック様とご一緒に。ちゃんとお迎えしてエスコートしてほしいな。見栄えというのは大事だ。深窓の姫君やるからさ」

「承知した。
 うちには頭が固い奴らが多い。篭絡させるには苦労するぞ」

「まあ、それなりに」

 懐柔する義理など私にはない。ウィリアムには悪いが、物わかりが悪いなら、良くなるように振舞うだけだ。
 軍というのはきれいなだけの女には従わないだろう。
 それだけではなく優男のジニーに対しても軽んじるだろうから。

「そうそう。うちの兄様は、自身が軽んじられることは平気だけどね。
 兄弟への侮辱は看過しない。通達しておいたほうがいいよ」

 その自身が軽んじられるのも平気というのも、自らの手で相手の認識を正すつもりだからだ。あるいはそこまで興味がないか。
 どうでもいいから俺に従えという俺様気質は一番目の兄様よりも強い。

「通達しておく」

 ウィリアムからは大丈夫だろうという返事ではなかったので、なにか思うところはあるのだろう。頭が痛いと言いたげに額に手を当てているが。

「さて、降りようか。
 イリューもソランも落ち着かないだろうし」

「ジニーは、なにか話したいことがあったんじゃないか?」

「ん? 僕はないね」

 伯父の扱いをどうするか聞いてみたかったが、興味本位で聞くことでもないだろうと思い直したのだ。
 それに、どういう状態かわからないのも少し怖い。アイザック兄様、かなり怒っていたからな……。わざと逃がして手こずらせやがってとじわじわと追いつめてとか、やりそうなくらい。
 隙があるように見せかけて追い込んでとかやるんだよ。希望があるから絶望が濃いだろう?とか愉悦交じりどころか真顔でやる人なんだ。

「ウィルはあるの?」

「ジニーにはないな」

 そう言ってウィリアムは先に下に降りる階段に向かう。
 ヴァージニアにはあるってことだろうか。そのあたりはちゃんと分けてくれて助かる。

 降りる前に私はもう一度森を見る。
 人の世の終わりと魔の世界の境界。

 聖女が落ちてきたと言われる場所。

 そう言えば、聞きたいことはあった。ほかの誰かでもいいが、私はこの砦にまだ知り合いがいない。下働きの人たちと親しくなる時間もないだろうし、ウィリアムに聞くのが手っ取り早いだろう。砦の責任者であったのだから。
 
「一つ聞いておきたかったことあった」

「ん?」

「聖女の世話をした人って誰?」

 ウィリアムは、驚いたように私を振り返った。
 その驚きの表情は意外だった。そこまで驚くだろうかと訝しく思いながら理由を続ける。

「保護したころ、誰かお世話しただろ。もし短期で雇われてた人で今いないならちょっと人をやって話を聞きたいんだ」

 男ばかりの砦に思われがちだが、有事の時以外には多少は女性がいるらしい。聖女が滞在したころは魔物があふれる周期でもなく、女性もいたことはわかっている。今はほとんどいないらしいので該当者が町に戻っていることもあり得る。そう思って聞いたのだが、反応は芳しくない。

「……死にました」

「え?」

「もう存在しません」

 それだけが全てのように言い切られて、ウィリアムは足早に階段を降りていった。

「……どこに地雷があったんだろ」

 聖女なのか死んだ誰かなのか。
 ぽりっと頭をかく。

「めんどくさいことになってきたぞ」

 だから、姉様は雑なんだよという幻聴が聞こえた気がした。

 下に降りたあとはそのまま応接室に案内された。砦ツアーはあれで終わりだったらしい。

「この後はどうするおつもりですか?」

「ちょっとひと勝負してこようかな。女王陛下の護衛としての実力を示しておかないと顔だけとか言われそう」

「ほどほどに殴り倒してきてくれると嬉しいですね」

「……ソラン、なにかあったわけ?」

 止められると思ったものが、推奨してくると言うのがおかしい。

「補充人員と元々いた人員の溝がありまして。
 団長の前では大人しいですが裏ではあれこれあります」

「目の前であったら双方の話を聞いて対処するが、お互いが悪いという認識はどうにもならない」

 ウィリアムも困った風だ。理性ではなく、感情的なものが大部分を占めることだけに慎重な扱いを要求される。
 魔物討伐をしているうちに仲間意識も芽生えてくるだろうが、そこまでにどれほどの被害が出るのかという話でもある。微妙な連携のできなさが、生死を分かつこともある。
 本来ならそうなる前に多少の調整はされるものだが。

「調整役不足か。誰か連れてくればよかったのに」

「新入りが偉そうにしていたら、拗れるんです」

 ソランが呆れたような口調でそう言い、私の前にお茶を置いた。

「なるほど」

 ウィリアムも苦虫をかみつぶしたような顔になるわけだ。

「じゃあ、貸し一つにしておくよ」

 こんな最前線にいる兵なのだから、多少は遊んでくれるであろうと期待しよう。
 イリューとソランが背後でかわいそーと囁き合っているのが聞こえる。ウィリアムも思わずと言いたげに頷いていた。

 その後、訓練場に行き、相手をしてきたのだが、つまらなかった。
 一人ずつは軽いくいなしてしまったし、多数で襲われても単純明快で、連携もなっていない。

 最後にウィリアムが出てきたときにはずるいと言ってしまったが、引き分けには持ち込めた。一応、団長にも花は持たせないといけないからね。
 勝てなかった強がりではない。
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