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聖女と魔王と魔女編

護衛騎士は当惑する 1

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 とぼとぼと歩くロバの歩調に合わせれば、あまり進まないうちに日もすぐに上がり、頂点を超えて暮れていく。

「陛下は、どちらに向かっているんですか?」

 イリューはさすがに忍耐強かったが、途中でそう聞かれた。

「ん?
 ジニー。あと、どこか、というのはなくて、向こうからくると思うんだ」

「は?」

「誰が先に来るかは知らないけど」

「意味が分からないんですが。それに、追いかけても来ないようですし」

「兄様はそもそも探さない」

 私の不在は朝のうちに知られることだろう。私の寝台にユリアが寝ているんだから。書き置きも用意していたし、そこは想定内。
 むしろわかってもらわないと困る。

 移動手段も徒歩と思われている。一人ではないというのはすぐに調べは付く。それで、兄様がどうするかと言えば、なにもしない。
 別に、女王(ヴァージニア)が北方に赴くということが大事なので、中身が本物だろうと偽物だろうと頓着しない。
 なに遊びに出たんだと顔をしかめはするが、安全のためと慌てて探し出したりはしない。
 これには周りのほうが慌てるだろうけど。

 周りもおそらくはオスカーと近衛から数人程度には知らされるが、他は隠すだろう。
 兄様は問題ないと判断しても周りが騒ぎ立てられても面倒だとその辺はきちんと手回しする。兄様の目的はあくまで、魔王様との手合わせでそれを邪魔しそうなものは排除する。

「身代わり置いてきたからそれでおしまい。
 連絡を受けたウィルが来るか、魔女がなんか言い始めるか、あるいは」

 逃げた先代か、先々代か、聖女か。
 モテモテだな。私。

 イリューは半眼でこちらを見ていた。ろくでもないこと考えているのがそろそろ透けて見えてきているらしい。あるいは無計画っぽいところが。

「とりあえずウィルのとこのつもり。以前は北方の砦に詰めてるって話だったからそっち向かってる。……向かってるよね?」

「道なき道を方位磁石だけで来たに向かおうという蛮勇はどうかと思いますが、北ですよ」

「なかなか言うようになってきたね」

「言わないとどうにもなりません」

 諦めましたと言いたげなイリューの顔に苦笑するしかない。みんなこんな顔していくんだ。
 そのうち、今度は何やらかすんですと疑いの視線が飛んでくる。そのくらいになると別の遊び相手(いけにえ)を探したりする。ああなると自由にさせてはくれなくなってくるからね。

 のんびり歩いていても時々、思い出しように魔物が出てきてはいる。このあたりは猿が多い。怪我するとすぐに撤退して、付け狙ってくるから面倒くさい。
 オオカミは殺意が溢れているので近づく前からわかる。普通の人には恐怖だろうが、私にとっては俺ここですっ!と主張しているだけだ。

「オオカミ、推定五匹。一匹くらい刈る?」

「雑草抜く? くらいの気軽さで言わないでください。ここで、ロバ捕まえておきますよ」

「そう。そいつ逃げたらものすっごい困るからよろしく」

「はい。遊ばないでくださいね」

 念押しの方向が違う。ご武運は祈られていない。むしろ、敵が哀れと言いたげで首をかしげてしまう。
 なぜだ。

 手持ちの短剣コレクションから五本ほど選抜してきたのだが、今はどれを使おう。

「んー。ちょい長めもいい」

 鞘から抜くのは短剣としては長め、長兼としては短めと言われる長さだ。射干玉(ぬばたま)と銘をつけられたものは宝物庫で長く眠っていた。刀身は黒。

 軽い足取りで向かう先には灰色の毛皮。ある程度イリューたちから離れているから遠くに見えるな程度の距離。オオカミは近いとすぐに距離詰められて襲いだすから。
 モンスターって皮剥ぎ素材取りできないの!? と兄様が驚いていたとか言ってたなと思い出した。遠い昔のような実は数年前。
 魔王の力で作られたものなので受肉はしていない。していたら、増え方はこんなものでは済まないと偉い学者が言っていたとか。

 生まれる魔物は、魔王の性質を写す。

 私が思う魔王はこうだ。

「臆病で、感情を隠すこともうまくない、力をふるうことを恐れない、子供のよう」

 長く生きているわりに成熟してない。
 むしろゆりかごに置いておきたかったように。
 大人にしたくなかったように。
 養育者を不要とすることを恐れるように。

 もし、破滅を願うなら、良い人選だ。

 オオカミが鳴く。味方を呼ぶのではなく、自ら名乗るようなそれにおや? と思った。見かけたからすぐに襲うわけでもなく、こちらの様子をうかがってさえいたようだ。
 行動パターンの変調だろうか。
 アイザック兄様はなにも言ってなかったのでこの数日のことか今だけかもしれない。

「僕は女王の護衛騎士ジニー、悪いが、滅する……?」

 一応名乗り返してみたが、途中でくるりと背を向けたオオカミにきょとんとしてしまう。
 他のオオカミもそれに従い、途中で止まった。なんでついてこないの? と言いたげにぱたぱたと尻尾を振っている。

「ついてこい?」

「わう」

 わうって。犬か。シバがそんな鳴き方した。元気かなと故郷がやけに懐かしくなるが、現実逃避したっていいことはない。
 私はそのまま距離をあけてついていくことにした。

 イリューとは距離が離れすぎて意思の疎通は難しい。うん、振り返って大声出せば通じそうだけど、ダメだったんだ。
 そうじゃなければ止められる。

 言いわけを捏造して、オオカミの背を追った。
 魔女はこんな方法はしない。他の知恵ある魔物は多くなく、それらが人と接触できるほどは賢くないと言っていた。

 ならば、賢いのは。

「はじめまして」

 褐色の肌に金色の目の魔王様以外に残ってない。




 美貌の魔王と言われるだけはある。美丈夫という言葉がよく似合う。うちとは別系統の美しさだ。彫刻が生きているような理想的な体格。男らしいところもありながらやや甘めな顔立ち。同性でなくてよかったなと思う。
 兄様あたりが嫉妬でハンカチを噛みそうだ。人形みたいな顔立ちが気に入らんと常々言っていたし、筋肉つかないと嘆いていた。筋肉つかないで力がつくってなんなの!? というがそういう体質なんだから諦めろと思った。次兄はほどほどにつくほうなので、長兄が嫉妬していることを知っている。

 さて、ぼんやりと観察する暇があるのかというとある。

「はじめまして」

 とお互いに挨拶して、向こうが沈黙した。
 ちょっと視線がうろうろしていて、もしやと思った。

「ご用は魔女のことですか?」

「う、うん」

 ……コミュ障。そもそも魔物と魔女以外知らない魔王様が普通の人と話をすることはほとんどないと思う。この美貌で、まちなかを魔女のようにふらついていたら町中の噂だ。そういう姿をしている。
 私たちですら連れだって歩いていたら目立つどころじゃないのだから。

 だから、町に出たこともない。話をするのは魔女くらい。それでコミュニケーション能力が育つわけもない。初期能力にそんなもの入ってないだろうし。

 魔王様はかっこいいマントのすそをいじいじしている。大きいけど、動作は子供がもじもじしているようでギャップとやらがある。むしろ今は……。

「……なんで打ちひしがれたの?」

「いえ、衝撃が」

 かわいいいきもの。というのは小さいと信じていた。違った。180を超えそうな大男でも可愛いいきものになれる!
 な、なぜ、わたしはかわいいいきものになれないんだ……。

 おおきいから、可愛くないわけじゃないんだ。この事実が重すぎて、家に帰ってふて寝したくなった。
 要件聞かないで帰っていい? そう口に出そうとした時に気がついた。
 なんか、魔王様、顔赤くないか?

「その。なんか好きって言われて、そのどうすればいいのかな」

 意を決したように聞かれた。

「ものすごく、聞く相手間違えてますよ」

「え」

「恋愛事すべて大惨事なので」

 初恋拗らせの失恋、政略結婚失敗、好意を持つ相手は消息不明といいところは全くない。
 最後は探せば見つかるが、探さないことにしているし。あちらはあちらで幸せにやってほしい。それが私にできることだ。せっかく拾ったものを捨てることもない。
 あるいは、いらないと捨てたものをもう一度拾うことも。

「他に女性の知り合いいないし、困ったな」

「ええと魔物には」

「生殖しないから性別がない」

「……ちなみに魔王様には」

「一応そこは元の核が男だったから男ではある」

 だがしかし、この人に色々な教育をした人はいなそうな気がしてきた。
 焚きつけたのは私だ。私だが、こんなの想像外だ。百年を超えても子供な魔王様、外見はイケメンというのは。

 口説く以前に、恋愛できんの? というところだ。魔女もヤケ酒するだろう。
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