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おうちにかえりたい編
閑話 弟は考える。
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牢屋なんてのは嫌いだ。
フィンレーは口を引き結ぶ。口を開けば止めどもなく、悪態が出てきそうだ。足音が床に響く。なぜ、いつも石畳なのか。
同じような場所に逃げ出したくなるような焦燥感を覚える。
彼はそれを強引にねじ伏せ、先に進む。
ここは違う。誰も、ここに置いていったりしない。彼女は、ここにはいない。
小さいため息に後ろを付いていた男は声をかける。
「戻られますか?」
「いい。僕がやるべきだし、僕が言い出したことだ。最悪、変わってよね」
「それは構いませんが、顔色悪いですよ」
「オスカーって案外、心配性なんだ」
返答は沈黙だった。
勝った。謎の達成感にフィンレーは口元だけ笑みを浮かべた。
既に使っていない牢獄と聞く。入り口にいた牢番は物理的に倒し、楽しくなるお薬と言っていたものを流し込んで、空の酒瓶を転がして置いた。
起きたときに酒盛りでもして潰れた思い出が勝手につくられるだろう。
閉鎖された地下特有のかび臭さに混じる血臭。
「……中、確認した?」
ぴたりとフィンレーは止まった。オスカーは首を横に振る。
「無理言わないでください。こんな広い場所で探し当てただけ褒めてもらいたいくらいですよ」
「じゃあ、これは想定外ってこと?」
「……それも微妙なんですけどね。そうかなぁと思ってはいましたよ」
「あとで説教な」
わざと黙っていたのは有罪である。
フィンレーは黙って奥に行く。確かに人の気配はした。無駄に広いし、辛気くさい。室内が廊下から見える鉄格子だけの部屋から扉が付いた部屋が並ぶ。これはいくつもないが、こんな部屋の方がたちがわるいことを知っている。
中でなにをしても、きっと聞こえない。
彼について知っていることはほとんどない。
ただ、いろんな人に頼まれた。
兄は断ったが、フィンレーは密かに受けた。
兄が断ったのは冷たいから、とも言えるが、望んで終わりを決めるならそれでよいと考えているからだ。
本人の考えで決めるべきで誰かが介入すべきではない。それも、会ったことのない他人がともなれば拒否するのも当然だ。
フィンレーはそれをしたくなかった。
彼はそれで残された側だったから。
牢番が持っていた鍵はそんなに多くなかった。三つ目にはがちゃりとあく。
さすがにがちゃがちゃとやっていれば、中の人には気がつかれる。灯りは残されていたのかぼんやりと明るい。
身を起こしている所を見れば、それなりには無事らしい。
フィンレーは白い顔のまま中に入った。恐怖で顔がこわばらないように胡散臭いなんて言われた笑みを浮かべる。
「初めまして。とりあえず生きてて良かった。さすがに間に合わないかなぁなんて思ったけど……」
軽く声をかける。
怪我らしい怪我は見えなかった。しかし、それは間違いだと知る。
「ちょ、ちょっと目、どうしたの?」
傷は、目のあたりに集中している。他はあまり怪我をしている風ではなかった。
痛そう、なんてものではない。フィンレーは顔をしかめた。
「見えないな」
声は思ったよりは落ち着いていた。穏やかと言うよりは平坦なと言っていい。感情の抜け落ちたようなものにフィンレーは焦りを覚えた。
とても良くない。
「見た目ほどは痛くはない、と思う。あまり感覚がない」
「あのね。どうして、そんなことになってんの?」
「天秤にかけて、少し賭けてみようかと思ったから、かな。それで、君は何番目なんだい?」
「……フィンレー」
国内の人間でもないのに確信を持って聞いてきた。姉とはあまり声は似ていない。最初に誰かと問われるかと思ったのに。
もう、何でこんなトコにいてこんな事になってんの。ともう一度問いたい。それに意味は無いとしても。
「ああ、プリンが好きって」
「……姉様、一体僕のことどう言っているの」
こんな所でなぜ、プリンの話をされるのか。
絶望的な気分でフィンレーは彼を見た。少しだけ、嬉しそうに笑うのだ。
たぶん、最後の原因は、姉であろうに。
「じゃあさ、使い方は知っている?」
気を取り直して、フィンレーは尋ねる。
使い方と言っても飲むだけだ。ただ、ちょっと覚悟がいる。
仮死薬などと言われているが、実際は死に限りなく近くなる毒のようなものだ。かなりの無理を通すのだから生き残っても元に戻るまでには場合により年月がかかる。
少し困ったような顔をされて、おやと思う。
「痛み止めは間に合ったんだけど、そっちは取り上げられた」
なるほど。あれは痛み止めというより感覚を失わせる薬だ。どこかぼんやりとした様子にも納得がいく。
「……僕に感謝すると良いよ」
フィンレーも少なくとも危険な薬に賭けても良いと思うくらいではあったことに感謝すべきだろうか。
それともユリアの強い主張に肯かされたことの方だろうか。
彼は彼自身を殺してしまうことにした。
いつから、なのかは誰も知らない。
目立つことによって、王の関心を他にいかせないためだと思われていた。あるいは、王を貶めるためのもの。
内乱による、あるいは、もっと別の事による王の変更。正統な血の王を王位に押し込むなんて大義名分があるから、現在の王に不満があれば容易になる。
それでもその背景にはある程度の武力が必要だ。
準備のための時間稼ぎ。
そのはずだった。
フィンレーは他人だから思ったのかも知れない。たぶん、最初から、こうなることを知っていたのではないかと。
自分以外言うことを聞かない武力を新しい主にそのまま渡せるわけがない。どこかで不満と軋轢が出来る。
生きている限り、火種になるだろう。
「口開けて。水くらい飲める?」
「多分」
「言い残すことがあれば、聞いておくよ。失敗することもあるって聞いたし」
「なにも」
きっぱりと言い切られた。
「ほんと、嫌になるよね」
ため息をついた。
あの時に、この薬があったら、あの人は飲んでくれただろうか。
同じ未来を選んでくれただろうか。
フィンレーは感傷めいたそれを苦く思う。
「それで愚弟よ、なにしてきた」
外に出れば、待ち受けたように兄がいた。フィンレーはため息をつく。お酒臭い。なにをしてきたのか。
「それ、そっくりそのまま返しますけど」
「ちょっと酔い潰してきた」
誰をと言わなかったが、何となく察した。
この兄も姉妹のこととなると過保護が発動する。兄弟のほうは強くする方で護る傾向があるので同じように甘やかして欲しいものだとフィンレーは思う。
簡単に言えば、運動、ツライ。
兄に目線でそちらの首尾はと聞かれたのでため息をついた。
「ちょっとくらいは生きている気はあったらしいですよ。明日の昼には効いていると思うので、ローガンに知らせに行かせました」
「……ローガンがね」
「不思議なんだけど、気に入ってたんですかね」
「知らん」
それで興味を失ったようだが、ここで別れないのだから兄はもう少し話があるのだろう。口べたというかどこからなにを話していいのか困っているというか。
多分そんな感じ。
うちの兄姉はちょっとめんどくさい。フィンレーはそう思っている。
下にいくにつれてめんどくさい度は下がっていくが、末妹だけは別だ。あれは別の次元を生きている。
理解不能であると理解した。
フィンレーに用意された客室まで戻り、兄に酔い覚ましにお茶でも飲むように言う。
彼は部屋に残っていた護衛も追い出し、ようやく息をついた。
「不思議なんですよね。こんなに分かちがたく、作り上げられるものなんですか?」
「ん? 俺でも無理だな。なにか、あるんじゃないのか」
「なにか。ってなんでしょうね?」
兄は軍についてはわりと真面目に取り組んでいる。その彼が言うなら、なにか、があったんだろう。
「知らん」
それについては肩をすくめるだけだった。
フィンレーが危なげもなくお茶をいれているのを見ながら、うまくなったんじゃないか? とちょっと褒めてくれるのが照れくさい。
「あまりこの状況に納得がいかないんだが。必要だったのか?」
「兄様の立場に似てますけどね。他人ですから。それに、ルーク兄様の話聞かないってこともないでしょう?」
「……聞かないのか」
「らしいですよ。あの人以外、まともに扱えないだろうとか言われてるらいいので」
単純に王を変えても、武力を持つのが別人だとすれば傀儡ととられてもおかしくはない。だからといってそのまま返上するわけにもいかないだろう。
望みを叶えたら、自分が一番邪魔になるとか最悪じゃないか。フェインレーは眉を寄せた。
「だったから、あの王はなにもしていないな」
兄の言葉に彼は首をかしげた。誰がそうしたのか、ということはまだわかってない。朝までの間には判明するだろう。疑わしい者は複数いるがその筆頭を否定する意味はわからない。
「王弟が他の武力を握っている。ならば、多少気に入らんでも、必要な時までは護ってくれるであろう男は放置するだろう?」
「自分を蹴落としにくる男に護ってもらうなんて中々嫌な状況ですね」
「近衛も抑えられたらいつ殺されるかわからんかならな」
兄はどんな話をしてきたのだろう。彼の機嫌は悪くはないが良くもない。
それならば、それほど不快でもなかった、ということだろう。姉様は嫌って感じだったな。確か。
彼女は触られたりするのが嫌いだ。本人は全く意識していないようだが、弟妹ですら抵抗を感じるようだ。
だから、許可を取らずに触れたりして嫌われたのだろう。
あれも自分から触るのはいいという謎の習性なのだが。
「しかし、王弟、ですか。調べさせていいですか」
「俺は使わないから好きにしろよ」
これには全く興味はないらしい。兄自身は護衛など必要はない。むしろ邪魔と思っていそうだ。
フィンレーは相変わらずだなと呆れ半ばで見る。
「……ところで、どう伝えるんだ」
「ごまかしますよ」
「ごまかせるのか?」
「そこは姉様のまねっこで」
フィンレーは可愛いを意識した渾身の笑顔を兄に向けた。
気持ち悪そうな顔をされた。
不満である。
「僕は一番は姉様なので、邪魔だったら排除くらいはします」
「味方の振りして背中から刺すもんな。フィンレーは」
呆れたような顔の兄はそれをわかっていても絶対止めないことも知っている。色々やらせる兄のほうが性格が悪いのではないだろうか。
フィンレーは冷たい視線を向けた。
兄のびくっとしたような顔に、なにも考えてなかったなとあたりをつける。頭悪くないはずなのによく考えるのを放棄している。
それで痛い目を見ているのに治る気配がない。
「気に入らないので、どこかで襲撃かけますよ」
「ばれないようにやれよ」
「はぁい」
「じゃ、早く寝ろよ」
髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜていく兄に恨みがましい顔を向けるが、涼しい顔で無視された。
さて、あの酔っぱらいは、この話をどこまで覚えているだろうか。
最後の方は絶対覚えていないに違いない。
フィンレーは口を引き結ぶ。口を開けば止めどもなく、悪態が出てきそうだ。足音が床に響く。なぜ、いつも石畳なのか。
同じような場所に逃げ出したくなるような焦燥感を覚える。
彼はそれを強引にねじ伏せ、先に進む。
ここは違う。誰も、ここに置いていったりしない。彼女は、ここにはいない。
小さいため息に後ろを付いていた男は声をかける。
「戻られますか?」
「いい。僕がやるべきだし、僕が言い出したことだ。最悪、変わってよね」
「それは構いませんが、顔色悪いですよ」
「オスカーって案外、心配性なんだ」
返答は沈黙だった。
勝った。謎の達成感にフィンレーは口元だけ笑みを浮かべた。
既に使っていない牢獄と聞く。入り口にいた牢番は物理的に倒し、楽しくなるお薬と言っていたものを流し込んで、空の酒瓶を転がして置いた。
起きたときに酒盛りでもして潰れた思い出が勝手につくられるだろう。
閉鎖された地下特有のかび臭さに混じる血臭。
「……中、確認した?」
ぴたりとフィンレーは止まった。オスカーは首を横に振る。
「無理言わないでください。こんな広い場所で探し当てただけ褒めてもらいたいくらいですよ」
「じゃあ、これは想定外ってこと?」
「……それも微妙なんですけどね。そうかなぁと思ってはいましたよ」
「あとで説教な」
わざと黙っていたのは有罪である。
フィンレーは黙って奥に行く。確かに人の気配はした。無駄に広いし、辛気くさい。室内が廊下から見える鉄格子だけの部屋から扉が付いた部屋が並ぶ。これはいくつもないが、こんな部屋の方がたちがわるいことを知っている。
中でなにをしても、きっと聞こえない。
彼について知っていることはほとんどない。
ただ、いろんな人に頼まれた。
兄は断ったが、フィンレーは密かに受けた。
兄が断ったのは冷たいから、とも言えるが、望んで終わりを決めるならそれでよいと考えているからだ。
本人の考えで決めるべきで誰かが介入すべきではない。それも、会ったことのない他人がともなれば拒否するのも当然だ。
フィンレーはそれをしたくなかった。
彼はそれで残された側だったから。
牢番が持っていた鍵はそんなに多くなかった。三つ目にはがちゃりとあく。
さすがにがちゃがちゃとやっていれば、中の人には気がつかれる。灯りは残されていたのかぼんやりと明るい。
身を起こしている所を見れば、それなりには無事らしい。
フィンレーは白い顔のまま中に入った。恐怖で顔がこわばらないように胡散臭いなんて言われた笑みを浮かべる。
「初めまして。とりあえず生きてて良かった。さすがに間に合わないかなぁなんて思ったけど……」
軽く声をかける。
怪我らしい怪我は見えなかった。しかし、それは間違いだと知る。
「ちょ、ちょっと目、どうしたの?」
傷は、目のあたりに集中している。他はあまり怪我をしている風ではなかった。
痛そう、なんてものではない。フィンレーは顔をしかめた。
「見えないな」
声は思ったよりは落ち着いていた。穏やかと言うよりは平坦なと言っていい。感情の抜け落ちたようなものにフィンレーは焦りを覚えた。
とても良くない。
「見た目ほどは痛くはない、と思う。あまり感覚がない」
「あのね。どうして、そんなことになってんの?」
「天秤にかけて、少し賭けてみようかと思ったから、かな。それで、君は何番目なんだい?」
「……フィンレー」
国内の人間でもないのに確信を持って聞いてきた。姉とはあまり声は似ていない。最初に誰かと問われるかと思ったのに。
もう、何でこんなトコにいてこんな事になってんの。ともう一度問いたい。それに意味は無いとしても。
「ああ、プリンが好きって」
「……姉様、一体僕のことどう言っているの」
こんな所でなぜ、プリンの話をされるのか。
絶望的な気分でフィンレーは彼を見た。少しだけ、嬉しそうに笑うのだ。
たぶん、最後の原因は、姉であろうに。
「じゃあさ、使い方は知っている?」
気を取り直して、フィンレーは尋ねる。
使い方と言っても飲むだけだ。ただ、ちょっと覚悟がいる。
仮死薬などと言われているが、実際は死に限りなく近くなる毒のようなものだ。かなりの無理を通すのだから生き残っても元に戻るまでには場合により年月がかかる。
少し困ったような顔をされて、おやと思う。
「痛み止めは間に合ったんだけど、そっちは取り上げられた」
なるほど。あれは痛み止めというより感覚を失わせる薬だ。どこかぼんやりとした様子にも納得がいく。
「……僕に感謝すると良いよ」
フィンレーも少なくとも危険な薬に賭けても良いと思うくらいではあったことに感謝すべきだろうか。
それともユリアの強い主張に肯かされたことの方だろうか。
彼は彼自身を殺してしまうことにした。
いつから、なのかは誰も知らない。
目立つことによって、王の関心を他にいかせないためだと思われていた。あるいは、王を貶めるためのもの。
内乱による、あるいは、もっと別の事による王の変更。正統な血の王を王位に押し込むなんて大義名分があるから、現在の王に不満があれば容易になる。
それでもその背景にはある程度の武力が必要だ。
準備のための時間稼ぎ。
そのはずだった。
フィンレーは他人だから思ったのかも知れない。たぶん、最初から、こうなることを知っていたのではないかと。
自分以外言うことを聞かない武力を新しい主にそのまま渡せるわけがない。どこかで不満と軋轢が出来る。
生きている限り、火種になるだろう。
「口開けて。水くらい飲める?」
「多分」
「言い残すことがあれば、聞いておくよ。失敗することもあるって聞いたし」
「なにも」
きっぱりと言い切られた。
「ほんと、嫌になるよね」
ため息をついた。
あの時に、この薬があったら、あの人は飲んでくれただろうか。
同じ未来を選んでくれただろうか。
フィンレーは感傷めいたそれを苦く思う。
「それで愚弟よ、なにしてきた」
外に出れば、待ち受けたように兄がいた。フィンレーはため息をつく。お酒臭い。なにをしてきたのか。
「それ、そっくりそのまま返しますけど」
「ちょっと酔い潰してきた」
誰をと言わなかったが、何となく察した。
この兄も姉妹のこととなると過保護が発動する。兄弟のほうは強くする方で護る傾向があるので同じように甘やかして欲しいものだとフィンレーは思う。
簡単に言えば、運動、ツライ。
兄に目線でそちらの首尾はと聞かれたのでため息をついた。
「ちょっとくらいは生きている気はあったらしいですよ。明日の昼には効いていると思うので、ローガンに知らせに行かせました」
「……ローガンがね」
「不思議なんだけど、気に入ってたんですかね」
「知らん」
それで興味を失ったようだが、ここで別れないのだから兄はもう少し話があるのだろう。口べたというかどこからなにを話していいのか困っているというか。
多分そんな感じ。
うちの兄姉はちょっとめんどくさい。フィンレーはそう思っている。
下にいくにつれてめんどくさい度は下がっていくが、末妹だけは別だ。あれは別の次元を生きている。
理解不能であると理解した。
フィンレーに用意された客室まで戻り、兄に酔い覚ましにお茶でも飲むように言う。
彼は部屋に残っていた護衛も追い出し、ようやく息をついた。
「不思議なんですよね。こんなに分かちがたく、作り上げられるものなんですか?」
「ん? 俺でも無理だな。なにか、あるんじゃないのか」
「なにか。ってなんでしょうね?」
兄は軍についてはわりと真面目に取り組んでいる。その彼が言うなら、なにか、があったんだろう。
「知らん」
それについては肩をすくめるだけだった。
フィンレーが危なげもなくお茶をいれているのを見ながら、うまくなったんじゃないか? とちょっと褒めてくれるのが照れくさい。
「あまりこの状況に納得がいかないんだが。必要だったのか?」
「兄様の立場に似てますけどね。他人ですから。それに、ルーク兄様の話聞かないってこともないでしょう?」
「……聞かないのか」
「らしいですよ。あの人以外、まともに扱えないだろうとか言われてるらいいので」
単純に王を変えても、武力を持つのが別人だとすれば傀儡ととられてもおかしくはない。だからといってそのまま返上するわけにもいかないだろう。
望みを叶えたら、自分が一番邪魔になるとか最悪じゃないか。フェインレーは眉を寄せた。
「だったから、あの王はなにもしていないな」
兄の言葉に彼は首をかしげた。誰がそうしたのか、ということはまだわかってない。朝までの間には判明するだろう。疑わしい者は複数いるがその筆頭を否定する意味はわからない。
「王弟が他の武力を握っている。ならば、多少気に入らんでも、必要な時までは護ってくれるであろう男は放置するだろう?」
「自分を蹴落としにくる男に護ってもらうなんて中々嫌な状況ですね」
「近衛も抑えられたらいつ殺されるかわからんかならな」
兄はどんな話をしてきたのだろう。彼の機嫌は悪くはないが良くもない。
それならば、それほど不快でもなかった、ということだろう。姉様は嫌って感じだったな。確か。
彼女は触られたりするのが嫌いだ。本人は全く意識していないようだが、弟妹ですら抵抗を感じるようだ。
だから、許可を取らずに触れたりして嫌われたのだろう。
あれも自分から触るのはいいという謎の習性なのだが。
「しかし、王弟、ですか。調べさせていいですか」
「俺は使わないから好きにしろよ」
これには全く興味はないらしい。兄自身は護衛など必要はない。むしろ邪魔と思っていそうだ。
フィンレーは相変わらずだなと呆れ半ばで見る。
「……ところで、どう伝えるんだ」
「ごまかしますよ」
「ごまかせるのか?」
「そこは姉様のまねっこで」
フィンレーは可愛いを意識した渾身の笑顔を兄に向けた。
気持ち悪そうな顔をされた。
不満である。
「僕は一番は姉様なので、邪魔だったら排除くらいはします」
「味方の振りして背中から刺すもんな。フィンレーは」
呆れたような顔の兄はそれをわかっていても絶対止めないことも知っている。色々やらせる兄のほうが性格が悪いのではないだろうか。
フィンレーは冷たい視線を向けた。
兄のびくっとしたような顔に、なにも考えてなかったなとあたりをつける。頭悪くないはずなのによく考えるのを放棄している。
それで痛い目を見ているのに治る気配がない。
「気に入らないので、どこかで襲撃かけますよ」
「ばれないようにやれよ」
「はぁい」
「じゃ、早く寝ろよ」
髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜていく兄に恨みがましい顔を向けるが、涼しい顔で無視された。
さて、あの酔っぱらいは、この話をどこまで覚えているだろうか。
最後の方は絶対覚えていないに違いない。
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