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おうちにかえりたい編

閑話 ある少年について1

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「だんちょーのあれって本気なんかな」

 その一言に詰め所は沈黙した。
 気楽なはずの休憩時間だった。さっきまで。

 時間をずらして休憩しているので、今はソランも含めて五人いる。顔見知りで名前はようやく覚えた程度の知り会いとする休憩は少し気詰まりなので、いつも黙っていることにしていた。

 恐ろしい一言だとソランは思う。その団長に預けられているが、ほとんど一緒にはいない。部屋で何かの仕事を言いつけられるか、連絡役に走り回らされている。
 なぜか、ソランの顔を知っている者は多く妙に同情的にお菓子をくれたりする。木の実や飴などが多い。
 それほど子供だと思っていなかったが、彼らにしてみればまだまだひよっこなのだろう。

 お使いの先は二十は上の者たちが多い。
 この場にいるのもやはり十は上だ。ソランは自分ばかりが子供っぽくて嫌になる。

「本気、かもなー。あの人が誰かに執着してるの見たことない。あ、あの件は別としてね」

「時々マジで落ち込んでるの見る」

「……それな」

 思ったより見られていることを自覚した方がいいじゃないだろうか。あの人。
 ソランは人ごとながら心配になってきた。なんかいつも余裕な感じの人という印象を持っていたからなおさら。
 思い返せば、人から好かれるタイプではあったが、誰かを好きだとかそんな話聞いたことが無かった。
 自分の主であるウィリアムですら、多少の色々はあったのだ。
 あの人は無意識の好意がだだ漏れ過ぎてあれはあれでめんどくさい。

「綺麗すぎて怖いくらいなのに、一緒にいるとき笑うとすごい可愛いんだよな」

「そーそー。ほんの少しなのに」

 姫様は平常通りだとソランは思った。あの人もちょっとおかしい。おかしいとわかっているけど、好きなんだよなとちょっと落ち込む。
 どうせ、相手にもされないと思う。

「ソランもどこで気に入られたんだ?」

「へ?」

 急に話を振られてソランはきょとんと見返す。そう言えば彼らは非番のときにお茶を振る舞われたり、少し話をしたことがあると言っていた。
 ちょっと羨ましいと思ったので覚えている。

「がんばってるなーと呟いていたの聞いたことある」

「あ、俺も。どうしてる? って」

「気にかけてあげてねってお願いされた」

「……そーですか」

 ソランは赤くなった顔を隠すようにうつむいた。きっとばればれだろうけど。
 他にどう言えば良かったんだろうか。にやにや笑う他の騎士におもちゃにされる未来が想像出来た。

 しかし、彼らはそれで興味を失ったように別の話題を話はじめる。

「カイルがぼやいてたな。思い人が姫様派になっててすげぇ困ったって。俺も乗り換えようかとか言い出したから殴ってやった」

「下の方はだいぶやられているみたいだな。無理矢理なんてなったら、相当まずいことになる」

 その声は沈み込んでいた。

「あの人、なに考えてるんだろうな」

 それは姫様なのか、団長についてなのかは謎である。






 拉致された。他に表現しようがない。
 ソランは一年ぶりくらいに顔を見た姉を見下ろした。いつの間にか背を抜いていたらしい。侍女のお仕着せがやたら似合っていた。
 待ち構えたかのように兵舎から出てきたところに手をつながれて引っ張られた。

 子供の頃のようで、え、と思っている間にずるずると付いてきてしまった。
 裏庭の片隅にきちんとお茶の準備がしてあった。待ち構えたように、ではなく、待ち構えていたのだ。

「我が愚弟よ。話をするのだ」

 ふんぞり返って偉そうに言うのが懐かしくて、笑ってしまう。
 ソランは戻るのは諦めた。あとで小言でもなんでも聞こう。
 絶縁宣言から一度も会っていないのは確かなのだし。

「……なにそのそわそわした期待した感じ」

「仕方ないじゃない。この目の前で、あんな話聞いたら落ち着けるわけがっ! うわさ話だけできゅんきゅんするわっ!」

「……ほんとーに落ち着きな?」

 この人本当に5つも上なのだろうか。こんなだから恋人の一人も出来ないじゃないだろうか。
 ああ、そう言えば、恋人欲しいとか言ってた先輩とかに紹介すればいいかな。
 ソランが現実逃避ぎみに考えているうちに少し落ち着いたらしい。

 座ってお茶をいれてくれたが、いつもよりはおいしくない。全く落ち着きのない姉に呆れた視線を送るが、そわそわしている彼女にはなにも効かない。

「うん。それで、レオン様はどうなの?」

「……うん。言うか」

 言うと思った。そう言えば、彼女の趣味は恋愛小説などを読むことだった。今、目の前で起こっている事態にそわそわ、うきうきしないわけがない。
 そして、そのそばにいるであろう弟を思い出したのだろう。
 中々来なかったのは絶縁宣言があるから遠慮していたのが、どこかで箍が外れたに違いない。

「えー、お姉様のために話して?」

「噂がすごい勢いで広がる気しかしないから」

「えー、父様の説得手伝ってもいいよ?」

「別に。めんどくさい」

 長男として、なんてめんどくさいこと言われないことがとても快適すぎる。仮の上司も主も別に不満はない。
 ソランとしては家に戻っても良いことはない。強いて言えば、この姉と妹に会わないくらいだろうが、この年になってもそうしょっちゅう顔を合わせたいとは思わない。
 半年に一度くらいで十分である。

「かわいくないわねぇ。あ、これ、フラウから」

「……なんだろうな。怨念でも籠もってる?」

 手渡された手紙の分厚さにソランは嫌な顔をした。姉の薫陶を受けたのか重度の小説好きだ。借り本屋にも出かけるほどだと言っていたから。そこそこの家柄のお嬢様という分類から着実に外れつつある。

「情熱は籠もっているわね。じゃあ、姫様の話でも良いわよ」

「……そっちなら」

 どうせ、他に話す人はいない。
 姉の不思議そうな顔を見ながらため息をついた。

「綺麗な人と聞いたけど」

「見てないの? 人形かってくらいお綺麗だけどね」

「大事なのはそこじゃないと」

 姉だけあって言葉にしない部分も読み取ってくれる。ソランは小さく笑った。この癖があるからライルに言葉が足りないといつも叱られる。
 これは姉に甘やかされたツケだ。

「優しくて、甘くて、とても怖い」

 姫君でも、ジニーでも、ジンジャーでもそれに違いはなかった。頼んで稽古を付けてくれたのは、彼女の優しさではあったけどどこかに打算もあったのだろう。
 情報も手駒も欲していたのだろうから。子供だから御し易いというよりは目についたから程度の理由でしか無くても。

 そのはずなのに彼女からそんな話をされたことはない。
 ソランは心のどこかでは、少し期待していた。でも、そんな日は来ないだろう。

「……ソラン?」

 いつもとどこか違う弟の様子に彼女は首をかしげた。
 そして、何か思いあたったようにぽんと手を叩いた。

「あー、そう。わかった。吐き出したいことがあったら聞くわ」

「別に良いよ」

「こーゆーときはお姉様に甘えなさい」

 心底げんなりした顔のソランに対して彼女はとても乗り気だった。生まれた時からの付き合いというものは馬鹿に出来ず、色々白状させられることになった。

 ふぅんと楽しげな彼女とぐったりしたソランが目撃されたとかされないとか。

「ああ、それとひとつだけ。言動に出さなきゃなにも始まらないわよ?」

 それだけは確かになと後々までソランは覚えていた。
 とある行動で後々、とある人を絶句させて赤面させる事件になるのだが、それはもう少し先の話である。

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