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おうちにかえりたい編
閑話 彼について3
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レオンはしばらく城に逗留することに決めたことを既に後悔していた。
「……なぁ、あれ、どういう意味だと思う」
彼は城内にいるときは基本的にどこかに長く逗留しないようにしている。あちこちをふらふらとよく表現されるが、関わりたくないものを避けているに過ぎない。
最悪の姉が、王城にいるのだ。見つければ嫌味くらい言いに来る。近寄るな、というのがレオンの意志だと知っていても、である。
この城内では手出ししてこないとわかっているからこその行動だ。
時々、血の海に沈めてやろうかと思う。行動しないのはここが王城である、という一点でしかない。
路地裏だったらさっさと始末してやるのに。
レオンは思い出しそうになった姉の顔を記憶の底に沈める。だから、ここは好きじゃない。
さて、問題は、それではない。
わざわざ探さないと彼には会えないということだ。偶然というにはできすぎている。
「振り返してさしあげればいいのでは?」
副官が当たり前のようにそう提案してくることも問題だ。
レオンは頭が痛い。
どこかへ向かう途中だったのだろう。地味な茶色の服を着た姫様が見えた。
顔がわからないほど遠くではない。それにあの赤毛は目立つ。
レオンを見つければ彼女は控えめでも嬉しそうな顔で小さく手を振ってくれる。少し、胸がざわつくような表情に逃げ出したくなった。
あれはダメだ。嘘だと思い込もうにも騙されたくなる。
そもそも何をし出すかわからないから要注意だと残ったのがまず間違いだった。手紙も無視すれば良かったし、なんならハンカチも突き返せば良かった。
部下経由の返事書かないんですかという圧力に負けたのだ。
レオンはそう言うことにしておいているが、実際は機嫌が良さそうで気味が悪いと言われていたことを知らない。
「偶然にしては回数多くない?」
レオンは言いながらも戸惑ったと困惑の中間くらいの表情で、振り返しておく。
日に最低一回は見かけた。時には話しかけてきたりもする。ただの挨拶でも楽しげに見えて、どういうことか問いただしたくなる。人目がありすぎてそんな話も出来ずに結構な日数が経過していた。
「意図的でしょうね。噂になってますよ」
「……なんで俺が聞くのが最後なの?」
副官が、意地悪そうに笑うのを見た。
レオンはため息をついた。意図的に情報を抜いてきたんだろう。他の誰からも聞かなかったことから結託していたに違いない。
「面白かったから」
「それで?」
「よくありがちなロマンスといったところでしょうか。不遇の王妃と騎士の悲恋、みたいな」
「俺の同意ってどうなってんの?」
「いらないんじゃないですか。王の嫉妬心を煽るだけならべつに噂だけで良いわけですし」
「……今更消せない、か。わかった。俺抜きで進めてくれ。目くらましにはなるだろう」
面白がって消さなかった噂の結果がどうなるか、なんてちらとも考えなかったのだろう。
レオンはこの先がどうなるか、何となく察知した。あまり楽しそうな終わりではない。まあ、どちらにしろ結果は一緒かと気がつく。
覚悟は、別に必要はなかった。時期が早くなった程度だろう。最初から考えていたけれど、良い実行手段が無いとは思っていた。
これは計画の空白を確実に埋めていく。
「なに笑ってんだよ」
「レオンがしてやられているのが楽しくて」
「あっそ」
後悔しなきゃいいけどな。レオンはそれは口に出さないことに決めた。
どうなるかについては積極的に黙ることにした。陛下は、自分のものを取られるのはお嫌いだ。それだけではなく殿下が時折彼女を眺めていることを知っていた。
どっちがより厄介なのだろうか。
まあ、どちらにしろ意図を確認しないと。夜でも良いかと簡単に考えたことをレオンは死ぬほど後悔するのだが、この時は気がつかなかった。
貴族というものは基本的に夜遅く、朝も遅い生き物だ。そう思い込んでいたのだ。
レオンは窓の向こう側の娘をまじまじと見てしまった。
ガウンは羽織っているが、どう見ても寝る直前だ。
ばっと背を向けたが、もう遅い。今は耳まで赤いだろう。
髪を下ろし、化粧気のない顔は少し幼げにみえた。
薄着であることに全く頓着していない。日頃はきちんと閉じている襟元は無防備に開いて白い肌をさらしている。体の線が出にくいゆったりとした服でも起伏くらいはわかった。
レオンに見られても全く恥ずかしがらずに首をかしげたのだ。
「何か用?」
見られてはいけない姿を見られた、とは微塵も思っていない。平坦な声だった。
姫君には夫でもなければみることもない姿だという自覚はないのだろう。
無防備過ぎる。男の兄弟も多いくせにその方面の知識が薄いんだろうか。レオンはそんな格好で男の前に出るなと言いたい。
しかし、はっきりと見てしまったあとで言うことでもないと言葉を押し込める。中を確認もしなかったのは自分の落ち度だ。
どこか人形を愛でるように見ていた節はあった。それが、今、変わってしまったことに思ったより動揺した。
抱きしめたら柔らかそうだとかそんな事を思いついたのはなかったことにしたい。
レオンはこのままどこかに立ち去ってひとしきり落ち込んできたい衝動に駆られる。
それではなにも解決しないとどうにか留まるが、正直正解かどうかもわからなかった。
「夜分に女性の部屋に来るなんて良い度胸ですね」
そんなことを言い出した侍女の方が、普通だ。声しか聞こえないが怒っている。それにほっとした。
「出直します」
と素直に言い出すにはちょうどいい。
「いいわ。出ましょう」
なんて言い出されるとは思わなかった。
姫君がガウンを羽織っただけの襲ってくれと言わんばかりの格好で出てこられては頭が痛くなる。
付け髪で赤毛を隠していた。金髪はわりとありがちな色だ。
「お揃いね」
レオンは言葉に詰まる。軽口のひとつも出てこない自分に失望さえ覚えた。
彼女は軽やかに歩き出す。
「くれぐれも、頼みますよ?」
侍女の心配そうな顔に、頼む相手を間違えていないかとレオンは思うが、そのまま肯く。
貞操の心配をされていないと思えば良いのだろうか。確かに彼女の方が強いだろうと侍女も認定しているのか。
確かにその背は無防備そうで、隙がありそうには見えない。
不埒な男相手に躊躇はしないだろう。
レオンが噂について問えば、くるりと振り返りいたずらが成功したと言いたげに笑った。
言い返そうと口を開く前に、左目に鋭い痛みが走る。手で覆ってもそれを透かして彼女の姿が見えた。
いっそ不機嫌と言っても良いような表情が重なって見える。
すぐに背を向けられたが、その輪郭がゆらぐ。
今度はなにを見てしまうんだろうか。レオンはうんざりした気分で一度目を閉じた。その程度で見えなくなるものではない。
祝福や加護などと言うが、彼にとってはいらないものだ。見たくないものを見せられたことも数え切れない。
最初に望みなど絶ちきって置いた方が良いという啓示だろうか。
問えば軽やかに好意を否定してくる。
『少しは、好きだけど』
小さく声が聞こえた。
それを合図にしたように急に痛みが、消えた。
レオンは夢から覚めたように目を瞬かせた。今、なにを聞いたのだろうか。相変わらず背を向けている彼女の真意はわからない。
レオンは思わずため息をついた。
光の神は暴くのみ。そのあとのことは知らない。
「他のヤツにすれば良かったのに」
きょとんとした顔で見上げられる。
手を伸ばせば腕の中に閉じ込めることができる距離。
「ご参考にお聞きしますが、ウィリアムがいたら仕掛けたんですか?」
「いいえ。意味がないもの」
はっきりと否定した。
「そうですか」
ウィリアムならきっとすぐに本気になってしまう。そちらの方が良かっただろうか。
いや、たぶん、彼女は本気になられては困るのだろう。
さらって逃げて欲しいわけではない。美しいだけの物語を必要としている。
その結末くらい、彼女は想像がついているだろう。それでもなお、選ぶのならば。
「わかりました。しばらく、お遊びに付き合って差し上げます」
贄に選ばれた、それだけのことだろう。
互いに利用すれば良いと彼女は言った。ならば、こちらもそのように振る舞えばいい。
なにもかも見ない振りをして。
「……なぁ、あれ、どういう意味だと思う」
彼は城内にいるときは基本的にどこかに長く逗留しないようにしている。あちこちをふらふらとよく表現されるが、関わりたくないものを避けているに過ぎない。
最悪の姉が、王城にいるのだ。見つければ嫌味くらい言いに来る。近寄るな、というのがレオンの意志だと知っていても、である。
この城内では手出ししてこないとわかっているからこその行動だ。
時々、血の海に沈めてやろうかと思う。行動しないのはここが王城である、という一点でしかない。
路地裏だったらさっさと始末してやるのに。
レオンは思い出しそうになった姉の顔を記憶の底に沈める。だから、ここは好きじゃない。
さて、問題は、それではない。
わざわざ探さないと彼には会えないということだ。偶然というにはできすぎている。
「振り返してさしあげればいいのでは?」
副官が当たり前のようにそう提案してくることも問題だ。
レオンは頭が痛い。
どこかへ向かう途中だったのだろう。地味な茶色の服を着た姫様が見えた。
顔がわからないほど遠くではない。それにあの赤毛は目立つ。
レオンを見つければ彼女は控えめでも嬉しそうな顔で小さく手を振ってくれる。少し、胸がざわつくような表情に逃げ出したくなった。
あれはダメだ。嘘だと思い込もうにも騙されたくなる。
そもそも何をし出すかわからないから要注意だと残ったのがまず間違いだった。手紙も無視すれば良かったし、なんならハンカチも突き返せば良かった。
部下経由の返事書かないんですかという圧力に負けたのだ。
レオンはそう言うことにしておいているが、実際は機嫌が良さそうで気味が悪いと言われていたことを知らない。
「偶然にしては回数多くない?」
レオンは言いながらも戸惑ったと困惑の中間くらいの表情で、振り返しておく。
日に最低一回は見かけた。時には話しかけてきたりもする。ただの挨拶でも楽しげに見えて、どういうことか問いただしたくなる。人目がありすぎてそんな話も出来ずに結構な日数が経過していた。
「意図的でしょうね。噂になってますよ」
「……なんで俺が聞くのが最後なの?」
副官が、意地悪そうに笑うのを見た。
レオンはため息をついた。意図的に情報を抜いてきたんだろう。他の誰からも聞かなかったことから結託していたに違いない。
「面白かったから」
「それで?」
「よくありがちなロマンスといったところでしょうか。不遇の王妃と騎士の悲恋、みたいな」
「俺の同意ってどうなってんの?」
「いらないんじゃないですか。王の嫉妬心を煽るだけならべつに噂だけで良いわけですし」
「……今更消せない、か。わかった。俺抜きで進めてくれ。目くらましにはなるだろう」
面白がって消さなかった噂の結果がどうなるか、なんてちらとも考えなかったのだろう。
レオンはこの先がどうなるか、何となく察知した。あまり楽しそうな終わりではない。まあ、どちらにしろ結果は一緒かと気がつく。
覚悟は、別に必要はなかった。時期が早くなった程度だろう。最初から考えていたけれど、良い実行手段が無いとは思っていた。
これは計画の空白を確実に埋めていく。
「なに笑ってんだよ」
「レオンがしてやられているのが楽しくて」
「あっそ」
後悔しなきゃいいけどな。レオンはそれは口に出さないことに決めた。
どうなるかについては積極的に黙ることにした。陛下は、自分のものを取られるのはお嫌いだ。それだけではなく殿下が時折彼女を眺めていることを知っていた。
どっちがより厄介なのだろうか。
まあ、どちらにしろ意図を確認しないと。夜でも良いかと簡単に考えたことをレオンは死ぬほど後悔するのだが、この時は気がつかなかった。
貴族というものは基本的に夜遅く、朝も遅い生き物だ。そう思い込んでいたのだ。
レオンは窓の向こう側の娘をまじまじと見てしまった。
ガウンは羽織っているが、どう見ても寝る直前だ。
ばっと背を向けたが、もう遅い。今は耳まで赤いだろう。
髪を下ろし、化粧気のない顔は少し幼げにみえた。
薄着であることに全く頓着していない。日頃はきちんと閉じている襟元は無防備に開いて白い肌をさらしている。体の線が出にくいゆったりとした服でも起伏くらいはわかった。
レオンに見られても全く恥ずかしがらずに首をかしげたのだ。
「何か用?」
見られてはいけない姿を見られた、とは微塵も思っていない。平坦な声だった。
姫君には夫でもなければみることもない姿だという自覚はないのだろう。
無防備過ぎる。男の兄弟も多いくせにその方面の知識が薄いんだろうか。レオンはそんな格好で男の前に出るなと言いたい。
しかし、はっきりと見てしまったあとで言うことでもないと言葉を押し込める。中を確認もしなかったのは自分の落ち度だ。
どこか人形を愛でるように見ていた節はあった。それが、今、変わってしまったことに思ったより動揺した。
抱きしめたら柔らかそうだとかそんな事を思いついたのはなかったことにしたい。
レオンはこのままどこかに立ち去ってひとしきり落ち込んできたい衝動に駆られる。
それではなにも解決しないとどうにか留まるが、正直正解かどうかもわからなかった。
「夜分に女性の部屋に来るなんて良い度胸ですね」
そんなことを言い出した侍女の方が、普通だ。声しか聞こえないが怒っている。それにほっとした。
「出直します」
と素直に言い出すにはちょうどいい。
「いいわ。出ましょう」
なんて言い出されるとは思わなかった。
姫君がガウンを羽織っただけの襲ってくれと言わんばかりの格好で出てこられては頭が痛くなる。
付け髪で赤毛を隠していた。金髪はわりとありがちな色だ。
「お揃いね」
レオンは言葉に詰まる。軽口のひとつも出てこない自分に失望さえ覚えた。
彼女は軽やかに歩き出す。
「くれぐれも、頼みますよ?」
侍女の心配そうな顔に、頼む相手を間違えていないかとレオンは思うが、そのまま肯く。
貞操の心配をされていないと思えば良いのだろうか。確かに彼女の方が強いだろうと侍女も認定しているのか。
確かにその背は無防備そうで、隙がありそうには見えない。
不埒な男相手に躊躇はしないだろう。
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いっそ不機嫌と言っても良いような表情が重なって見える。
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今度はなにを見てしまうんだろうか。レオンはうんざりした気分で一度目を閉じた。その程度で見えなくなるものではない。
祝福や加護などと言うが、彼にとってはいらないものだ。見たくないものを見せられたことも数え切れない。
最初に望みなど絶ちきって置いた方が良いという啓示だろうか。
問えば軽やかに好意を否定してくる。
『少しは、好きだけど』
小さく声が聞こえた。
それを合図にしたように急に痛みが、消えた。
レオンは夢から覚めたように目を瞬かせた。今、なにを聞いたのだろうか。相変わらず背を向けている彼女の真意はわからない。
レオンは思わずため息をついた。
光の神は暴くのみ。そのあとのことは知らない。
「他のヤツにすれば良かったのに」
きょとんとした顔で見上げられる。
手を伸ばせば腕の中に閉じ込めることができる距離。
「ご参考にお聞きしますが、ウィリアムがいたら仕掛けたんですか?」
「いいえ。意味がないもの」
はっきりと否定した。
「そうですか」
ウィリアムならきっとすぐに本気になってしまう。そちらの方が良かっただろうか。
いや、たぶん、彼女は本気になられては困るのだろう。
さらって逃げて欲しいわけではない。美しいだけの物語を必要としている。
その結末くらい、彼女は想像がついているだろう。それでもなお、選ぶのならば。
「わかりました。しばらく、お遊びに付き合って差し上げます」
贄に選ばれた、それだけのことだろう。
互いに利用すれば良いと彼女は言った。ならば、こちらもそのように振る舞えばいい。
なにもかも見ない振りをして。
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