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おうちにかえりたい編

鳥は鳥籠の中に

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 ローガンは思ったよりも抵抗した。三日ほどの手紙のやりとりの末に、じゃあ、もう、お兄ちゃんなんてきらい、と書いたら折れた。
 対兄様たちへの最終兵器が効くとかどうなんだろうか。

 それから二日後の夜。ローガンが隠し通路から城に侵入してきた。もう、私に隠すつもりはないらしい。
 寝室は無理と言われたので、キッチンにこもることになった。今日は既にユリアだけだ。彼女も荷物の整理をすると言っていたので、立ち会ってない。

 くどいくらいに、間違いは無いと思いますが、くれぐれも、手出ししないようにとローガンに言い聞かせいてた。
 ローガンはうるせえと言う顔をしたものの黙って聞いていた。下手に反論しようものなら倍になって返って来そうな予感がしたのだろう。

 床に座るという行儀すら放棄した格好で、城内の地図と町の地図を並べる。
 ボードゲームの駒を地図に載せる。

「サポート役以外はしない。というかできない。手札切りまくってる途中だから補充できない」

「……なにしてるの?」

「そりゃ、悪いこと」

 兄様からなにか依頼されてるんだな。あくどい顔がそっくりだ。顔が似てないのに表情と雰囲気が似てくる。

「町の雰囲気が暗いのは?」

「先代が亡くなったとか、行方不明とかそんな噂と魔王が復活したらしいと言う噂が混在している。
 火消しに躍起になっているが、どこかの情報屋まがいがばらまいてるんだから、無理だな」

 そいつは麦わら色の髪をしているのだろうか。
 無意識に口が曲がる。

「子供みたいな顔。とっとと消しておけば良かった。ほんと、滅べ」

 ぼやきながら、手順と経路を確認する。多少のズレはいいが、大きくずれたらあっという間に捕まる。

「そんで、次はどうする?」

「どうなると思う?」

「混同される可能性は高いな。都合の良いように記憶を編成するんじゃないか。でなければ、激怒するか。
 まあ、どちらにしろ、拘束されるだろう。ジニーはどうする?」

「しばらくそっちにいる設定でよろしく。こっちはなんとかする」

 ローガンの疑うような視線を無視する。予定なんて立てられないんだから仕方ない。
 お薬がよく効くことを期待しよう。

「……一応、連絡は入れといてやる。
 あと一週もしないうちに来るらしい。二番目(アイザック)が」

 兄様の選択としておかしい気がする。弟たちじゃなくて、二番目の兄様(アイザックにいさま)を動かすなんて。どちらかの姉様がくるかもなとは思っていたんだけど。
 姉様なら魔女ととても仲良くなりそうな気がしたんだけど。残念。

「……末妹(トルゥーディ)が来なかっただけ、マシなのよね」

「あの戦闘狂(バトルジャンキー)、魔王に興味ありでな。常に使わない脳を使って説得したんだと」

 別に頭が悪い、というわけではない。
 力押しとかが好きなだけで。
 軍師むきではないが、将軍はきちんとやれる。ただし、本人が突撃したがるから意味はない。
 本当に力押しが好きなんだ。

「それに強制されて十二番目(フィンレー)も連れてこられるそうだ。最近、太り過ぎと言われて」

「それはおもしろ……可哀想に」

「本当にな」

 動かないし。働いたら負けだし、と言い出していたから良い薬だろう。
 でも、厨房には新しいプリンを考えて欲しいと要望を出しとこう。

 決行は明日になっている。
 オスカーは微妙に自信なさげだった。ユリアはいつも通りだった。いつも通り過ぎてびっくりした。

 心配じゃないかと聞けば、薬盛りますので。とにっこり言われた。……うん、こういうところあった。勝てばいいのだ。勝ち方にこだわる必要はない。

 勝負事には真面目のはずなので、二人には黙っておこうと思った。どちらになんの薬が盛られるかわからないが、不憫だ。

 うまく行こうが行くまいが、聖女の不在はばれて何らかの責任がこちらにやってくるだろう。
 つまりは騒動を起こした隙に忽然と消えてしまった、と。

 責任を取ってというかたちで、オスカーとユリアは下げることになる。ジャックの方は知らない。
 役職は解かれる、くらいじゃないかと思うけど。

「あとはそのときに調整するくらいだな」

 段取りの確認などは終わった。夜も更けてきている。正直、私はもう眠い。
 目をこすれば、頭をわしゃわしゃと撫でられた。犬か何かと思っているんじゃないかっていう撫で方。

「そう言えば、忘れてた」

 ローガンは出してきた箱を手に乗せた。どこに入ってたんだろう?

「ソフィーから注文の品と言ってた。いつ、注文したんだ?」

「……うん、ありがとう」

 それ注文したのはきっと私じゃないんじゃないかな。そう言ったらまずいような気もしてそのまま受け取ることにする。

「じゃあ、また明日。あ、彼女にも知らせておく」

 ローガンはそう言っていたけど、どうやるんだろう。ユリアは何か知っているようで、渋い顔をしていた。

「企業秘密と言えと言われていますので」

「そう」

 まあ、こちらに問題がないようならいいんだ。
 ユリアは、片付けが終わったのかテーブルの上以外には荷物がない。
 小さなポーチと小箱と小瓶が並んでいる。

「こちらは常にお持ちください。こちらは予備で、本格的にまずい時にはこちらを」

 ポーチには布に包まれた小瓶が二つ。箱にも同じもの。小瓶だけの方は液体のようだった。

「飲み物とかに混ぜた方が良いですが、その余裕あればですよね。最悪、口移しでしょうけど。毒消しは先に飲んでも効きません。飴型にしといたので、ポーチの中をよく見てくださいね」

 即効性の睡眠薬と良い夢をみれるという薬である。
 悪用されると大変まずい代物である。むしろ悪用しようとする人の言うことではないが。

 色々した気になるだけ、の楽しいお薬だ。
 横でしくしく泣くお仕事も付いてくる。

「ソフィー、いえ、ソフィアは、ちょーっと不安なんですよね。私が言うのもなんですけど、うっかり人質に取られないでくださいね。防御力薄いわりに攻撃力高めなので」

 殺傷能力だけはとても高いユリアに言われたくはないだろう。他人を無力化することにかけては一流だ。無力化したあとは楽しい実験の時間。

「わかんないわね。その方が悲劇っぽくない?」

「ソフィアが存在を抹消されるのでやめてください。生存していた痕跡すら消されそうな勢いで」

「……笑えない冗談ね」

 たぶん、本気なんだろうけど。冗談とでも言わないとやってられない。
 ユリアと疲れたようにため息をついた。周りが、時々、過激すぎる。

「では、ご武運を」






 遠くで、歓声が聞こえる。
 彼女も観戦するといって抜け出してきた。そんな話になっている。

 待ち合わせの場所に現れた彼女はいつかお茶会でみたような地味な装いだった。普通、平凡、そんな言葉が似合う。
 どこにもおかしな所はなさそうなのに。

「やってるね」

「そうね」

 共犯者の笑みで、笑いあう。

「お手をどうぞ、お姫様」

 無垢な少女のように、聖女は私の手を取った。

「貴方を待っていたの」

 夢見るように言うのだけど、それってどういうことなのかな。

「こんな悪夢みたいな世界なんて嫌なの。助けてくれるのでしょう?」

 んー?
 妙な言い方だ。違和感というか、悪夢のようではない世界でもあるんだろうか。
 彼女は、知って、いるのだろうか?

 疑念はとりあえず、置いておく。今は時間が惜しい。

「じゃあ、口を開けて」

 にこりと笑って、彼女に一口大のクッキーとあわせて睡眠薬を口に放り込む。抵抗する間もなく、くたりと力が抜けたようだった。
 地面から拾うのはめんどくさいので途中で抱き留めておく。

「ジゴロでいきていけそうだよな」

 近くで隠れていたローガンが呆れたようにいってきた。
 失礼な。
 ジニーは、真っ当な人だったんだから。期間限定。今だけ悪い人。

 ローガンは怪しげなローブ男になっていた。顔を見られたくないと強固に主張されて、妥協点がここだった。
 本当は姿を見られたくもないといっていた。

「さて、外に行こうか」

 軽いけどずっと持っていると重い。

「そんなにかからない。馬車に乗せて、ぐるぐる回ってお家に着いたら、すぐ帰る」

 なんだか、普通のお出かけみたいな言い方だ。諦めて歩きやすいように抱き上げる。
 いくつかの隠し通路を抜けた先は、スラムに近い場所のようだ。

「さて、一度も変わってくれなかったことについて言いたいことがあるんだけど、馬車とかどこ」

「あっち。ディが回している、はず。……って絡まれてる。おらっ! ズタボロにされたいのか!」

 ……ガラが悪い。兄様はローガンからうつったんだ。間違いない。
 落ち着くまで静観していると青年が慌てたようにこちらに来た。

「失礼しました。いや、血みどろは嫌だなとちょっと躊躇したら」

 曖昧に笑ってやり過ごすが、なんで、ここの従業員って血なまぐさいの。
 馬車は怪しげな黒塗りだった。

「二回くらい乗り換える」

 歓楽街で一度、店に入り裏口から出て行く。別の地味な馬車に乗り、町外れに向かう。路地でまた別の馬車に乗ってようやくついた。
 彼女はまだ目覚めない。

 よっぽど効いたのだろうか。

「傷つけてやりたいとかないの?」

「切り刻んで、泣き叫ぶのを楽しんでも良いけど、呪いが解けたわけでもないから」

「ああ、そっち。ちょっと丸くなったのかなと思ったけど違った」

「そんなに尖っているつもりもないけど」

 人が良いとは言えないのはわかる。

「いや、十分触ったら切れる刃物」

 失礼な。
 勝手に移動する最終兵器なんていわれるローガンに言われたくない。ちまちま怒っているようで本気で怒ると無言で制圧してくるんだから。

「落としどころくらいは決めておけよ。自滅しないように」

「はぁい」

 ローガンがそう言うならそう見えるってことだ。だからといって手出しはしてこないだろうけど。

 結構な時間をかけて新しい家まで移動していた。

「んんっ」

「もう少し眠っていていいよ」

 眠そうに目をこする彼女に甘く言うくらいは、サービスしてあげる。
 ベッドにおろしてそっと頭を撫でる。

「しばらく、来られないけどごめんね」

「いいの。待っているのは慣れているわ」

 憑き物が落ちたみたいに凪いだ目をしていた。

 さて、いつ、鳥籠は空っぽだと気がつくかな。
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