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おうちにかえりたい編

誘惑

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 不穏なお茶会からなんと半月が過ぎた。
 こちらも準備が出来ていないので、日常を送っている。

 ジニーの寝床とか。さすがに前のようにこの部屋というわけにはいかない。だからといって兵舎というわけにもいかず、近くの部屋を手配している段階だ。
 私は近衛所属にしないかと言われているのをのらりくらりと回避している。そんな事にしたらすぐにばれるじゃないか。

 ローガンに隠れ家になりそうな家を手配してもらっているけど、こちらもまだ時間がかかるって言っている。

 光の教会には寄進をしたら神官から丁寧な礼状をもらった。現状では、敵視はされていないようだ。光の神が気を利かしてくれたおかげだろうか。

 平和である。
 仮初めでもあっても平和は良いものだ。

 ユリアが集めてきた話によれば、聖女様は聖女らしく半分は神殿に半分は王城にいるらしい。王の側ではなく自由に過ごしているそうだ。
 なんでも男を侍らしている、とか言われているとか。

 ……それ、前からだったよね? と首をかしげる。なにせ近衛は顔で選ばれるところがある。護衛で連れ歩くならそう見えるだろう。
 それは聖女になったから厳しい目で見られているというわけでもない。

 男に媚びているとか。
 いや、それも前から。

 そんな感じで彼女への悪い噂がすごい勢いで出回っている。城下にも流れるのも時間の問題だろう。

 気持ち悪いのは、私たちはなにもしていないからだ。

 あまりにもおかしいので、レオンに外の護衛経由で手紙を送ったくらいだ。
 もう、本気で勘弁してくれと書いてあった手紙が帰ってきた。
 きちんと詳細を書いてある二枚目も付いていた。

 一人から始まったというわけではなく、同時発生的な噂であり最初は、護衛がいっぱい付いているわね。くらいの話だったようだ。
 服がいつも違うわね。
 いつもお綺麗ね。
 ある程度、地位があれば普通のことをそっと口に出した。それが、半月でこんなにも悪意として語られることになった。
 本当になにもしてないんですか? と逆に書かれてきた。

 していないが、レオンが、私がしたのではないかと疑うと言う点は見逃せない。
 他の誰かも同じように見る可能性は高い。たとえば、王とかが私がわざと悪い噂を流している、と勘違いをしていてもおかしくはない。

 問われる前に否定はできない。

 レオンにはやってないと一文書いて、護衛経由で嫌がらせに刺繍入りのハンカチを押しつけた。

 姫様、楽しそうですねとユリアが呆れていた。

 ちょっとだけ新しくやっていたことはあった。ちょっとしたことだ。以前よりは出歩くようにしている。

 遠くレオンを見つけたときに立ち止まって見つめたり。小さく手を振ってみたり。以前もらった花束についていたリボンを時々取り出しては見て見たり。それで、髪を結んでみたり。

 そろそろ、私のことが噂になるくらいだろう。

 傷心の王妃を慰める騎士とのロマンスなんてわりとありがちでしょう?
 そこに事実なんて、必要ない。

 相手の同意? 罠にかけるって、最初に言う必要ないじゃない。



 そんな事をしていたら本人(レオン)がやってきた。
 寝室の方の窓をコツンと叩かれた。
 既に他の侍女も下がり、ユリアと休む服に着替え済みだ。寝る前の水を取りにユリアは部屋を出てしまっている。
 ガウンを羽織って窓を開ければ、ぎょっとした顔をされた。
 慌てたように背を向けたので、どこを見ていたのかと問いたい。
 露出度は高くないが起伏くらいはわかるけど。

「なにか、ご用?」

「な、何でそんなに平然としているんですか……」

 そんな耳が赤くなるような格好ではないはずなんだけど。

「誘惑するための服じゃないんだから」

「いや、なんていうか。髪下ろしているのとか……。
 貴婦人はもっと遅くまで起きていると思ってたんです。失礼しました」

 そんな、一歩も先に進まない会話をしている間にユリアが戻ってきた。

「ひめ、なっ、なにしてんですかっ!」

 慌てたように水差しを置いてからばたばたと走ってくる。
 外にばれなきゃ良いけど。

「夜分に女性の部屋に来るとは良い度胸ですね」

 とユリアは凄んでいたけど、可愛いだけだから。彼女の真骨頂は調薬時の胡散臭い笑みにある。
 時々、お茶をいれるときに出てくるからなにを飲まされるのだろうかと疑惑を抱く。普通に普通の飲めるお茶なんだけど、薬効が高い気はする。

「まだ、起きているかと思ったんです。出直します」

「良いわ。外に出ましょう」

「ヴァージニア様」

「ちょっとごまかしといて」

 近くにあった付け毛で髪の色をごまかせばいける。最近、ローガンが送りつけて来たんだ。他の誰かになる必要もあるかなって。手厚いバックアップがあると安心していられる。
 着替えろとか面倒な事を言わず、ユリアは諦めたように厚手のフード付きマントを用意してくれた。

「早くお戻りくださいね」

「うん。ありがとう」

 心配そうな顔からきっとレオンを睨むけど、可愛いから。
 レオンは微妙な顔で手を差し出してくる。

「結構よ」

 手袋を忘れていた。あまり貴婦人とは言えない手を人に見せるのは好きではない。
 先に立って歩き出す。

 付いてくるのが、足音でわかる。

「自意識過剰かなと確認したくなって」

「なにかしら?」

「俺とロマンスとかの噂、気のせいですよね?」

「あら」

 くるりと振り向いた。
 月を背にするレオンの表情はうかがい知れない。今日はおあつらえ向きに黄色の月だ。最も大きく、もっとも明るい。

「本人にも聞こえてくるなんて良い感じに育ったのね。うん、順調」

 彼は額に手を当てた。何か呟いたようだけど、確かには聞こえなかった。
 彼を置いて、元のように歩き出す。

「……念のために確認しても良いでしょうか」

「なぁに?」

「別に、好きとかじゃないですよね」

「ええ、全く。親近感はちょっぴり持っているけどね」

 私にとって都合が良いだけ。
 今、王の側に行かれても、聖女に付かれても困る。

 ついでに軍部も分断しておきたいんだ。近衛とは仲良くなさそうだから大丈夫だと思うけど。

 後ろから重いため息が聞こえた。

 勝手に不名誉な噂を押しつけられたんだから苦情くらい言いたいだろうね。これでも人妻である。さらに主君の妻に思いを寄せるなど不毛もいいところだ。

 だからこそ、夢のように美しく見える。

「なぜ、俺なんです?」

「いけなかった?」

 不思議そうな声を作る。あまりはっきりと説明はしたくない。
 何かしら考えてくれるだろう。そうした理由ってヤツを。

「他のヤツにしておけば、よかったのに」

 不穏な声だった。
 思わず振り返った。

 思ったより近くにいてちょっとびっくりした。
 音がしなかったな。
 最初に感じたよりずっと強いのかも。近くに寄せたのは失敗だっただろうか。

「ご参考にお聞きしますが、ウィリアムがいたら仕掛けたんですか?」

 何かの感情を抑えすぎて、無表情なのだなと思う。もっと外堀を埋めてから会った方がよかっただろうか。
 いっそ、怒りをぶつけられた方が対処ができるんだけど。

「いいえ。意味がないもの」

 正直に言うしかない。貴方には利用価値がある。少なくとも聖女を鳥籠に入れ直すまでは、こちら側もしくは中立でいて欲しい。
 それにいない男を利用することはできないし、それならジンジャーとして立つだろう。

「そうですか」

 それは少しだけ機嫌が良いように聞こえた。

「わかりました。しばらく、お遊びに付き合って差し上げます」





 ユリアは灯りをつけて待っていた。
 小瓶を並べて考えている。レオンは部屋には入ってこなかった。

「おかえりなさいませ」

 ユリアは小さい声で言い、手早くマントを外してくれた。証拠隠滅とばかりに付け毛も外すと寝室に放り込んだ。
 ……あとで踏まない?
 可笑しくなって小さく笑ってしまった。

 彼女は小瓶も手早く片付けて小さい鞄にしまっていた。

「お湯は沸かしておきました。なにか、お飲みになりますか?」

「白湯でいいわ」

 思ったより冷えた。

 白湯を二人分テーブルに置き、ユリアは珍しく向かいに座る。後ろに立つか、隣に座ることが多かった。

「姫様はなにがしたいんですか」

「んー?」

 ユリアは困惑しているようだった。
 そういえば、わざわざ説明はしていなかったなと思い出す。ある程度、進んでからでないと変なボロを出しそうで言ってなかった。

「レオンハルトを押さえる、というのは、黄の騎士団の味方に付けるに等しい、と私は考えているの。見える範囲でしかないけど、ちゃんと采配しているんだと思う。
 彼が、敵対しようとしない限り、騎士団もその意志を尊重し、私が害される可能性が低くなる」

 逆に現状では害になると排除される危険性もあるにはある。それだけはちょっと心にとどめておきたい。

「そもそも、彼がその気になったら、私は監禁されるか、国外退去、悪くて殺されるの。
 でも、しないのは、私にそんなことをしたら兄様がとても怒るのがわかっているから。それを隠しておけるとも考えていない。
 自分たちの失態を理解しているから強くは出られないはずよ」

「それなら今のままでも良いのでは?」

「ところが、他の人はそう考えている、とは思えない。
 私を庇うそれなりの立場の人がいないとうっかり監禁とかあり得るのよね。誰かを盾に取られたら、姫様的にはいいなりじゃない?」

「……え? あ、ああ、姫様的には。ヴァージニア様的には無視するじゃないですか」

「そうね。そこがね、さじ加減が難しいわね。今は、立場の弱いお姫様ってところを捨てたくないから、権力と物理的な戦力を持っている後ろ盾が欲しかったの」

「まあ、びしばしと交渉して配下にしました、というより、物語のような恋の方が庇う理由としては良いと」

「ええ」

 それだけではないけど。
 本人の同意が得られて幸いだった。

 なに考えていたかはわからないけど。

「こちらには利があると言うのはわかったんですけど、彼は不名誉しか背負わないのでは?」

 それだけではなく、命の危機や投獄くらいは覚悟が必要になるんだけど。
 仮にも夫である国王が、やらかさない限りは安全だ。まわりが勝手に考えてやらかす可能性もあるが、そこは自前の戦力で乗り切っていただきたい。

 なにを考えていたんだろうか。

「兄様への心証でも良くしたいのかしらね。別な意味で、命の危機がありそうだけど」

「……陛下の姉妹溺愛(シスコン)も極まってますからね」

 兄弟溺愛(ブラコン)も極まっている。
 反抗期にうざいとか言われてへこんでいるのを慰めたことがいっぱいある。そして、うざいと言ったこともあるので反省もしていた。
 変わっている、という範囲内で皆がおさまっているのも兄様のおかげだとは思う。

「娘を溺愛して嫌われる未来が、賭の対象から外れて規定事項になってました」

「……そうね。間違いないわ。駆け落ちでもされて蒼白になりそうな予感しかしないわ」

 兄嫁様たちのがんばりに期待したい。一妃だけでは荷が重すぎる。
 兄様たちはどうしているだろうか。
 もめてるだろうけど、どうか、末妹(トルゥーディ)だけは来ませんように。

「それで、姫様は、裏でなにをするんですか?」

 さすがにこれにはユリアも気がつくか。

「籠の鳥に新しいお家をあげるの。大丈夫、外に出したら死ぬだけと思えば出てこないわ」
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