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おうちにかえりたい編
ひとり。 前編
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早朝にユリアをたたき起こす。
いつも朝はユリアの方が遅いんだ。逆に私の方が夜はさっさと寝てしまう。小さい頃から灯りを消耗するの良くないと教えられた結果だ。
ユリアは昨夜、細かい針仕事をしていたので起こしたくはないが、ヴァージニアでは一人で歩いてはおかしい。
「……おはようございます」
「おはよう。だから、言ったじゃない。朝、起きられないって」
「はい。そうでしたね」
ふぁあとあくびをしたりする。ユリアは私にも、この場所にも馴染んだものね。当初多少はあった遠慮がずいぶん目減りした。
目をさませと冷たい水で濡らしたタオルを渡す。ひゃっと悲鳴をあげているのを見てほくそ笑む。
「姫様は姫様でいるんですか?」
私の服装を見て尋ねる。地味なワンピースだ。灰色とか誰が着るのかと思ったけど、早速役に立った。
え、私が茶色、みたいな顔のユリアに苦笑する。一応、そっちの方が可愛い。
両方とも裾に刺繍がしてあって、揃いの帯を付けるとそれなりに華やかになる。今日は目立ちたくないので、無地の黒い腰帯で我慢だ。
「一応ね。お忍びだから似たような格好で、そのときに応じて最終的に決めたいかな」
「いつもこんな服着ていないから、ぎこちない感の演出よろしくお願いします」
いつもみたいに振る舞うなと釘を刺された。
もそもそと着替えているユリアを残して、持っていくものを確認する。とりあえず短剣の一本や二本、装備していないと不安になる。
着替えが終わったユリアを鏡台の前に座らせる。
寝起きのユリアの髪をとかしているとどちらが主かわからない。
「姫様って意外と世話好きですよね」
「下に八人も弟妹がいるとどうしても、世話する立場になるものよ。体に染みついた習性みたいな?」
もっとも他人であるユリアの世話をしたいかと言えば違うが、待ってると間に合わない可能性が高くなる。
一つにまとめて、赤い髪を用意する。不自然じゃないように被せてピンで留める。今日は三つ編みを一つにした。
今日は、ヴァージニアの印象を強くするためにいつもよりタレ目ぎみに見えるように化粧する。
可愛いとか優しいとかそんな印象を心がける。
「本当にお上手ですよね。誰に習ったんです?」
「三番目の兄様(ジュリアンにいさま)が教えてくれたわね。文字通り化けるために」
「……趣味がとても役に立ったんですね」
「ええ、本当に」
私は横に並んで座り、自分の印象を変えていく。
少し疲れたような陰りがあるように。白いと言うより青白いくらいがいいかも。
よく見れば似ているけど、別人のようになったと自負している。
「姫様お上手」
ユリアはぱちぱちと手を叩いた。顔にすごーいと書いてある。
うん、別に嫌いじゃないわよ。褒められるのは。
でも、本来は貴方のお仕事じゃないかしら?
そもそもユリアが本職を活用する日がくるのかしら。
「さて、朝食は持っていきましょうか」
「……姫様が万能過ぎて、私、必要なくないですか?」
「私が増えることが出来たら良かったんだけどね。そこにいるだけで良いのよ?」
「優しいことのようで能なしと言われた気がしますっ!」
どうかしらね?
いつもの場所では、彼らが待っていた。
少年三人といつぞや見た気もする男。
オスカーには実は今日の朝に会うとは言っていない。兵舎に寝泊まりしている彼が動けば、誰かには気がつかれる。常にしない行動というのは結構目立つものだ。
「おはようございます」
小さい声で挨拶を口にした。出来れば黙っていたかったが、形式上、私から声をかけなければならない。不自然なので今日はベールをつけていない。
呆然と見られているので、ユリアをそっと見れば首を横に振られた。
普通に挨拶したつもりが、この反応とは一体。
「……おはようございます。このような機会を設けていただきありがとうございます」
財務卿(ランカスター)が小さく頭を振ってから、こちらに目線を会わせて話しかけてきた。
儚そうな笑みと念じていれば儚くなるはず。
「朝食を用意したので、あちらでお話いたしませんか?」
これはユリアに言ってもらう。用意したのも彼女ってことになる。……なんか納得がいかない。
だが、王妃自ら料理とかあり得ないのもわかっている。
なにか作らせて……いや、そんな冒険したくない。
ユリアは少年たちにお願いして木陰に敷布を広げる。彼らの方がジンジャーとしてのユリアに慣れている。
和気藹々と準備している。
どうすればいいのか途方に暮れているように見える財務卿(ランカスター)のお相手は私がしよう。
さて、彼の話は楽しい話だろうか。
「どのようなお話ですの?」
「ええと、どこからお話しすればいいのか。こんなはずでは、いやそうではなくて……」
首をかしげる。
年は兄様と同じくらいかしら。財務卿としては結構若いんじゃないだろうか。故郷で恐ろしいくらい若かったのは、みんな逃げたからって一妃は言っていたけど。
若くして財務卿となっているなら優秀ではあるはずだ。
世の中には実務以外はからきしの人とそれなりに満遍なくこなせる人がいるが、こちらは前者なのだろうか。
「お礼を申し上げようとおもったのです。ありがとうございました。無事に北方に軍備を送ることができました」
つむじが見えた。
頭を下げるにしてもずいぶんな角度だ。ふわふわの栗毛が揺れる。
なんと答えようか少し迷った。
「お役に立てて良かった」
素直に受け取ることにした。
「空腹も。武器が折れるのも。鎧が役立たなくなるのも。薬が足りなくて、誰かを見送るのも。
つらいことですものね」
少し、故郷を思い出した。
死ぬのだと思って膝を抱えた日は、思い出として言うには苦い。
自力で立てと兄様、姉様たちに鍛えられたのは少し忘れたい。あの十年は少々辛かった。鍛えられるだけではなく、結婚とか恋愛相談されるとか、下の子の面倒を見なければいけなかったりとか。
そんな事をしている間に、いつの間にか忘れていたのだから、私は幸せだった。
今はあの頃はそうだったと静かに思い出せる。
だから、初めて見た日、あんな時間まで仕事をしていたのか。
「よくがんばりました」
そっと頭を撫でる。
貴方の努力が、望みが無駄にならないといいんだけど。
「……姫様、なにしてるんです?」
ユリアが困惑した声をかけてきた。しかし、その奥になにやってんですかーっ! という呆れが滲んでいる。
うん。記憶にある手触りに似ていたんだ。
「シーバがこんな感じだったなって」
ふわふわでわしゃわしゃな狩猟犬である。
「おやめください」
「はぁい」
途中から手段が目的に変わっていた。ちょっと楽しかった。
財務卿(ランカスター)が困ったように自分の髪を直している。そうしているともうちょっと若く見えるので、もしかしたら姉様がたくらいなのかも。
「準備ができましたよ」
いつも朝はユリアの方が遅いんだ。逆に私の方が夜はさっさと寝てしまう。小さい頃から灯りを消耗するの良くないと教えられた結果だ。
ユリアは昨夜、細かい針仕事をしていたので起こしたくはないが、ヴァージニアでは一人で歩いてはおかしい。
「……おはようございます」
「おはよう。だから、言ったじゃない。朝、起きられないって」
「はい。そうでしたね」
ふぁあとあくびをしたりする。ユリアは私にも、この場所にも馴染んだものね。当初多少はあった遠慮がずいぶん目減りした。
目をさませと冷たい水で濡らしたタオルを渡す。ひゃっと悲鳴をあげているのを見てほくそ笑む。
「姫様は姫様でいるんですか?」
私の服装を見て尋ねる。地味なワンピースだ。灰色とか誰が着るのかと思ったけど、早速役に立った。
え、私が茶色、みたいな顔のユリアに苦笑する。一応、そっちの方が可愛い。
両方とも裾に刺繍がしてあって、揃いの帯を付けるとそれなりに華やかになる。今日は目立ちたくないので、無地の黒い腰帯で我慢だ。
「一応ね。お忍びだから似たような格好で、そのときに応じて最終的に決めたいかな」
「いつもこんな服着ていないから、ぎこちない感の演出よろしくお願いします」
いつもみたいに振る舞うなと釘を刺された。
もそもそと着替えているユリアを残して、持っていくものを確認する。とりあえず短剣の一本や二本、装備していないと不安になる。
着替えが終わったユリアを鏡台の前に座らせる。
寝起きのユリアの髪をとかしているとどちらが主かわからない。
「姫様って意外と世話好きですよね」
「下に八人も弟妹がいるとどうしても、世話する立場になるものよ。体に染みついた習性みたいな?」
もっとも他人であるユリアの世話をしたいかと言えば違うが、待ってると間に合わない可能性が高くなる。
一つにまとめて、赤い髪を用意する。不自然じゃないように被せてピンで留める。今日は三つ編みを一つにした。
今日は、ヴァージニアの印象を強くするためにいつもよりタレ目ぎみに見えるように化粧する。
可愛いとか優しいとかそんな印象を心がける。
「本当にお上手ですよね。誰に習ったんです?」
「三番目の兄様(ジュリアンにいさま)が教えてくれたわね。文字通り化けるために」
「……趣味がとても役に立ったんですね」
「ええ、本当に」
私は横に並んで座り、自分の印象を変えていく。
少し疲れたような陰りがあるように。白いと言うより青白いくらいがいいかも。
よく見れば似ているけど、別人のようになったと自負している。
「姫様お上手」
ユリアはぱちぱちと手を叩いた。顔にすごーいと書いてある。
うん、別に嫌いじゃないわよ。褒められるのは。
でも、本来は貴方のお仕事じゃないかしら?
そもそもユリアが本職を活用する日がくるのかしら。
「さて、朝食は持っていきましょうか」
「……姫様が万能過ぎて、私、必要なくないですか?」
「私が増えることが出来たら良かったんだけどね。そこにいるだけで良いのよ?」
「優しいことのようで能なしと言われた気がしますっ!」
どうかしらね?
いつもの場所では、彼らが待っていた。
少年三人といつぞや見た気もする男。
オスカーには実は今日の朝に会うとは言っていない。兵舎に寝泊まりしている彼が動けば、誰かには気がつかれる。常にしない行動というのは結構目立つものだ。
「おはようございます」
小さい声で挨拶を口にした。出来れば黙っていたかったが、形式上、私から声をかけなければならない。不自然なので今日はベールをつけていない。
呆然と見られているので、ユリアをそっと見れば首を横に振られた。
普通に挨拶したつもりが、この反応とは一体。
「……おはようございます。このような機会を設けていただきありがとうございます」
財務卿(ランカスター)が小さく頭を振ってから、こちらに目線を会わせて話しかけてきた。
儚そうな笑みと念じていれば儚くなるはず。
「朝食を用意したので、あちらでお話いたしませんか?」
これはユリアに言ってもらう。用意したのも彼女ってことになる。……なんか納得がいかない。
だが、王妃自ら料理とかあり得ないのもわかっている。
なにか作らせて……いや、そんな冒険したくない。
ユリアは少年たちにお願いして木陰に敷布を広げる。彼らの方がジンジャーとしてのユリアに慣れている。
和気藹々と準備している。
どうすればいいのか途方に暮れているように見える財務卿(ランカスター)のお相手は私がしよう。
さて、彼の話は楽しい話だろうか。
「どのようなお話ですの?」
「ええと、どこからお話しすればいいのか。こんなはずでは、いやそうではなくて……」
首をかしげる。
年は兄様と同じくらいかしら。財務卿としては結構若いんじゃないだろうか。故郷で恐ろしいくらい若かったのは、みんな逃げたからって一妃は言っていたけど。
若くして財務卿となっているなら優秀ではあるはずだ。
世の中には実務以外はからきしの人とそれなりに満遍なくこなせる人がいるが、こちらは前者なのだろうか。
「お礼を申し上げようとおもったのです。ありがとうございました。無事に北方に軍備を送ることができました」
つむじが見えた。
頭を下げるにしてもずいぶんな角度だ。ふわふわの栗毛が揺れる。
なんと答えようか少し迷った。
「お役に立てて良かった」
素直に受け取ることにした。
「空腹も。武器が折れるのも。鎧が役立たなくなるのも。薬が足りなくて、誰かを見送るのも。
つらいことですものね」
少し、故郷を思い出した。
死ぬのだと思って膝を抱えた日は、思い出として言うには苦い。
自力で立てと兄様、姉様たちに鍛えられたのは少し忘れたい。あの十年は少々辛かった。鍛えられるだけではなく、結婚とか恋愛相談されるとか、下の子の面倒を見なければいけなかったりとか。
そんな事をしている間に、いつの間にか忘れていたのだから、私は幸せだった。
今はあの頃はそうだったと静かに思い出せる。
だから、初めて見た日、あんな時間まで仕事をしていたのか。
「よくがんばりました」
そっと頭を撫でる。
貴方の努力が、望みが無駄にならないといいんだけど。
「……姫様、なにしてるんです?」
ユリアが困惑した声をかけてきた。しかし、その奥になにやってんですかーっ! という呆れが滲んでいる。
うん。記憶にある手触りに似ていたんだ。
「シーバがこんな感じだったなって」
ふわふわでわしゃわしゃな狩猟犬である。
「おやめください」
「はぁい」
途中から手段が目的に変わっていた。ちょっと楽しかった。
財務卿(ランカスター)が困ったように自分の髪を直している。そうしているともうちょっと若く見えるので、もしかしたら姉様がたくらいなのかも。
「準備ができましたよ」
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