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おうちにかえりたい編

破綻は静かに始まる 5

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 イーサンはお茶をいれて、わたしの前にもカップを置いてくれる。
 ソファに向かい合って座る。間のテーブルには焼き菓子が置いてあった。

「それにしても運命の恋人、ですか」

 うんざりしたような口調でイーサンが言うのはわかる。直接的な迷惑を被ったのは彼も一緒だ。
 たった数ヶ月で彼は痩せた。しかし、痩せたらイケメンということもなく普通の貧相な青年になったので、痩せればいいものではないのだなと現実逃避で思ったのを覚えている。

 解除法はあるにはあるが不可能に近い。
 出会わない。
 それが最善であるとされる。

「真実の愛って北方の主でも効くと思います?」

 唯一、呪いを解く鍵は真実の愛ってのが皮肉だ。
 運命の恋人こそが真実の愛であると刻まれているのに、他の真実の愛で書き変えろだなんて。
 そんな無茶をした人がいるが、真似しようとは思わない。事前の積み重ねがあってこそ呪いを解けるのであって、いきなり会って愛していますなんて言っても信じられるわけもない。

「さあ、別に恋愛感情でなくても良さそうですけどね。要は揺るぎない愛情でしょう?」

 親愛も家族愛も真実の愛ではあるか。その延長上なら愛玩動物でもよくない?
 会わせない以外に出来るのは魔女に頑張ってもらうくらいしかないんじゃないだろうか。

「恋未満しかしらない私にはわかりませんね」

 今から思えば恋でもなかったかもしれない。
 誰かが助けてくれるような夢想。

 手助けしてやるから、自分で立てと教えてくれたのは、兄姉で。
 いつか、助けに来ると約束した少年は、必要な時にいなかった。

 可愛くないも大女もいろんな裏返しにしても思い返せばひどい言い方で。
 まあ、私も大層な意地っ張りだったので、拗れるべくして拗れたんだろうなぁと今なら思える。あの年頃ってあんなもんと思っていたけど、きちんとしている少年たちを見ているとないわーと思うもの。

「身の振り方を決められたらご連絡ください。いつも勝手に突っ込んで行くんですから。追いかける方の身にもなってください」

「そ、それは、頑張ります……」

「事前連絡は頑張るものではありません。大人の義務です」

「……はい」

 ここぞと言うときだけ威厳をもちだしてくるなぁ……。
 そして、会う人全てに釘を刺されている気がする。そんなに危ない雰囲気でもしているんだろうか。

「少しくらい、年長者を頼りなさいということです」

 よっこいしょと立ち上がって、私の頭にぽんぽんと触れられる。

「外がうるさいので、今度は一人でおいでなさいね」

 それ、可能だと思ってます? 私はまだ座ったままなので恨めしげに見上げたら、笑われた。



「お待たせしました」

 聖堂の入り口で待っていた二人に声をかければびっくりしたように見られた。
 忽然とそこに現れた、みたいな?

「どうしました?」

 その方面の加護でももらっただろうか。

「いや、気配が」

「なんでもない」

 取り繕ったのはウィルの方が早かった。ジャックは別種の生き物を見るような目になりつつあるけど、失礼な。

 気がつかない振りをして、次の行き先を告げる。

「光の教会に寄ってください」

 本気で? みたいな顔をされたけど、無視しておくわけにもいかない。
 結婚式をしたのが、つい先日のような気もするが半月以上前である。あらためて見れば教会は白い。
 陽のあるうちは煌めいて見える。

 お金かかってるなぁとステンドグラスを見て思う。色とりどりの光が床に落ちる。

 黙って聖堂へ向かうが着いてきたのは案内人だけだった。二人とも教会には行きたくない事情があるらしい。それでよく護衛出来ると思ったな。

 今日は聖堂の入り口は開け放たれていた。中に入らずとも祈りを捧げる人やただの観光、儀式に訪れた人などがみえる。
 端で少し、色々やることを祈って伝えるつもりだった。神官とは顔を合わせても良い事はない気がするし。
 ……嫉妬深い闇の神もこの程度の断りをいれるのは許してくれるだろう。たぶん。

 聖堂に入った瞬間に光が空から降ってきた。きらきらとへ現実感がない光景に思わず立ち止まる。

 聖堂内で驚きの声が広がっていく。

 くるりと踵を返した。
 嫌な予感しかしないので、入らなかったことにしよう。そうしよう。見なかったと。

 急にしんと音が消えた。

「ひどいな。別に暴こうなんて思ってないよ」

 声だけが聞こえた。

「闇が焼き餅焼くからね。人の世のことは人の世で片付けたまえ。我は関与しないよ。いつも通りにね」

 光の神は寛大ではなく、等しく無関心なのか。

「お嬢様?」

「なんでもないわ。用事は終わったから帰りましょう」

 すぐに音が戻ってくる。ああ、世界はこんなに騒がしかったのだとほっとする。

 神々に関わるのはこれきりにしたいものだ。

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