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おうちにかえりたい編

破綻は静かに始まる 3

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 応接室で会ったローガンはあきらかに機嫌が悪かった。
 目つきが悪くなっている。

「なんか、楽しいことになってるよね? そろそろ何かするの?」

 ソファに座ればお茶をカップに注いでくれる。ぬるいのでいつ用意したものなんだか。お茶の葉もいれっぱなしだったのか、謎の渋い液体化していた。
 この飲めればいいじゃない的ところが、同郷感を覚える。

 両手で取っ手のないカップを包む。

「国守の魔女から自由にして良いと話をつけてきたので、これから、闇のお方におねだりして、夏の女神に手を出さない宣言をもらうつもり」

「……そう。人外は敵にしないか、さすがに」

 なぜ、ほっとしたように言うんだ。

「みんな、なんでそう思うんだろ? 必要なら準備するけど」

「その禁忌感のなさが、そう思わせるんじゃないかな」

 確かにその点は兄様の影響だと思う。
 殺せない、じゃないだろ。とか言うから。

「考えているならいいよ。それで?」

「さっきも言ったけど、闇のお方の教会にこれから行って来る予定。何も報告していなかったから」

「……教会ね。無かったよ」

「……は?」

 意味を理解したくない。

「光の神とは敵対しているどころか、比較的仲が良いんだけど、人の世では敵対している場合が多くてね。小さい祠があっただけだって、苦情を言われたから建てたって」

「聞いてない」

 ……うちの国民もほぼ全部闇の神を信奉しているので、そんな事情頭から抜けてた。他国ではうっかり迫害されることもあるとか聞いたな。身の程知らずにもほどがある。
 闇の神にその事実を知られるとしてきた事を闇の神基準で同等と思ったことでお仕置きされる。
 闇の神を信じていることによりひどい悪口を言われれば、相手は小指をぶつけまくる三日を送るとか……。
 それ以上? 眠れなくなるか、悪夢ばかりを見るかの究極の二択かな……。
 それでも死なないの。
 そんな時だけ、死は俺の権限じゃないとかニヤニヤ笑うんだってさ。私は幸い見たことがない。あの黒い塊の状態でどうやって笑うのか疑問に思ったりもするんだけど。

 ちなみに個人でなければ、その地域から夜が減る。

「俺も教会が建ったって報告受けて何事かと思ったから。それが一昨日くらい?
 二ヶ月足らずの突貫工事で、教会って言うよりただの家が精々だったけど、長居しないからこれで良いって」

「どなたが来ているの?」

 聞くの? みたいな顔されたので、黙っていれば良かったと思った。

「イーサン様がお越しだ」

「……兄様って時々どうしようもなく馬鹿なのかなって思うの」

「兄弟馬鹿なのは昔から」

 兄様の過保護がすごいと外の国に出た兄弟からは聞いていたけど、確かにすごい。
 闇の神の神官は特に階級はない。ただ、体質で区分けされている。

 神の声を聞ける者。夢で会える者。見える者。この辺りは程度の差はあってもそれなりに数はいる。

 神を降ろす者。
 この体質をもっているものは国内に五人しかいない。その二番目の能力者を寄越すって……。

 あれ、ということは、神降ろし済みの状態で会うの?
 本気で?

「闇のお方は、お怒りかしら」

「イーサン様はのりのりのやる気とよい笑顔だった」

 思わず壁を見る。うーん。白いな。

「案内と馬車を用意するから行ってらっしゃい」

「はぁい」

 気が進まない度だけが上がっていく。行かない方が怖いけど、行っても怖いっていう。
 ふたりでずずっとお茶をすする。マナーとか放り投げて良いのがらくちんだ。他の兄弟も意外とうるさいから。

 そんな見た目でそんなことするなって、そのままその言葉返すわ。

 次の話題をどうしようか悩んでいるうちに扉が叩かれた。

「入っていいよ」

 ローガンの返答に従業員がトレイにお茶の用意とお菓子を持って入ってきた。

「失礼します。あ、主様、そんなお茶出しちゃダメですよ」

「え、いいじゃん。ヴァージニアだし」

「だめです」

 そうじゃれ合いつつ新しいお茶とお菓子が置かれる。かなりおざなりな置き方にちょっと礼儀について物申した方が良いんだろうかと思う。
 姫様としてきていないからいいか。
 早速自分の分をつぎ直す。今度はちゃんと良い香りがする。ちゃんと練習した子がいれてくれたようだ。

 おいしいなぁと飲んでぼんやりしていたのが悪かった。

 ローガンに絡んでいた従業員が急によい笑顔で、色見本を出してきた。

「どれが良いと思います?」

 首をかしげつつ淡いピンクと赤を選ぶ。

「石は?」

「月石かな。黄色は綺麗なのあまりないから黒か青か」

 太陽の光を得て、月石は夜に淡く光る。手持ちにはなかったはずだ。
 土の中で、太陽の光を求めているといえば少しばかり浪漫がある。

「承りました」

 困惑してローガンを見るが、首を横に振った。

「楽しみにしてくださいねっ!」

 なにを?
 問う前に彼女は部屋を出て行った。ご機嫌なスキップがすごく速かった。

 雇用主に問いただそうとしたが、それよりもはやく口を開かれてしまう。

「外では光の聖女と婚姻するという噂で持ちきりだけど、王は本気なのかい?」

「みたいね。本日、そうするって宣言されたから」

「少しばかり姫はまずい立場になるかもな」

「今より?」

 今も結構、どん底系のはずだけど。

「魔物憑きと呼ばれ抹殺される系」

「斬新ね。魔物は憑かない」

「光の教会が闇の神を目の敵にしているって感じだ。あの方のあの感じじゃ、普通は排除したがるってのはわかるんだが」

 それをすると夜が去る。かつて、故郷はそれで滅んだ。以後、どの神も彼の地には教会を建てることを許さず、祈りも願うことも拒絶した。
 代わりに小さな恵みを与えた。全ての神の恵みが揃うなど奇跡でしかない。
 そして、ずっと、蹂躙されてきた。

「光の神が平謝りする事態にするのは正直可哀想なので、姫には是非とも逃げてもらいたい」

「そうはいわれても、すぐには無理。色々仕込んでいきたいし」

 とはいえ、捕まるのはさすがにまずい。牢屋というのは逃げ出しにくいし、何かがあっても隠蔽される。
 生かす価値を見いだしていない者たち相手には私はちょっと分が悪い。

「いつも思うのだけど、負ける喧嘩を何で売るんだろう」

 闇の神というのは、勝手に何か始めることは滅多にないけど、何か言えば、え、なに、俺にそんな口聞くわけ? と嬉々として手を出してくる。
 正直、どこにご機嫌のオンオフがついているのかわからないので、さわらないのが一番な神にどうして突っかかっていくのかわからない。
 崇めていれば大体ご機嫌だ。

 神話曰く、この世に最初に闇があったと記載されているという事実を思い出していただきたいものである。

「さあねぇ。どの神も等しく殴りたくなる俺に聞かないでほしいな」

 ローガンは肩をすくめる。ああ、そう言えばどの神も信用しない宣言していたっけ。だから黙って教会建てて最後に報告したんだね……。途中で邪魔するかも、みたいな不安がよぎったんだろう。

 闇の神の不興は買いたくないよね。

「そう言えば、なぜ、ウィリアムと一緒だったんだい?」

「護衛と主張されて」

「ふぅん? ばれたわけではない?」

「ばれたらもっと態度に出る人かなと」

「確かに」

「どんな知り会いなの?」

「軍備の件で話をしたよ。まあ、主な窓口は財務担当の者だったが、実際の装備については現場についてきかないとね」

 ここで財務卿(ランカスター)関連ね。
 ついでに青の将軍(ウィリアム)も関わっていると。

 軍人なんて、金がどこから出てきているか、なんて気にはしないだろう。今日明日の命を預けるモノの方が大事だ。

 タイミング的にやっぱり持参金が使われたのはここで、軍備の補充だったと。
 ローガンが、意図的に黙っていたとは思わないので何か情報にずれがあるんだろう。

「結構、古いものが多かったからあまり財政は良い状態じゃなかったんじゃないかな。
 装備は下取りして新しいものを提供した」

「もちろんそれは全部残しているのよね」

 ローガンは笑って、明言を避けた。
 古いとはいえ、軍の装備品だ。民衆に差がわかるわけがない。むしろ、新しい方が見なれないと判断されるかもしれない。

 いざと言うときに使えばとても役に立つ。

「真新しい傷って感じでもないわけ?」

「そうだね。純粋に古い装備って感じがしたね。
 オスカーから聞いたけど、魔王の噂も全く聞こえない。代わりに、今思えば妙な噂が一時流れたことを思い出した」

「なに?」

「疫病で北方の町や村がいくつかやられたと。北方は砦以外は全滅。それが、あの王の愛人が来た直後の時期らしい」

「流行病はそんなに珍しくはないけど、その規模で今は噂になっていない。あからさまに怪しいじゃない」

「使いを送ったから結果待ちだが、閉鎖されているのではないだろうか」

「二番目(ドゥオ)は何も言っていなかったけど。いや、確か、ほんの一瞬制御を失ったとかきいたような……」

 なにせ昨夜は久しぶりに酔っぱらいでしたので。そこはあとで確認しよう。そのあとの呪詛のような色々がすごくてちょっと印象にないわ。

「魔女への手土産はお酒とつまみがいいんだけど良さそうなの用意して。あの透明なの、気に入ったみたい」

 そういえば二日酔いも無くなっていたことに今更気がついた。お茶が聞いたのか、加護が戻ってきたのか。
 どちらにしても良いことだ。

「預金から引いておくよ」

 そこは奢って欲しい所ではあるが、らしいはらしいか。

 他にもいくつか情報を交換し、その場は別れることにした。まだ城に持って行っていない服があると聞いたのついでに試着するのだ。



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