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おうちにかえりたい編

破綻は静かに始まる 1

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「あ、ひめさ……」

 部屋に戻れば、オスカーが素の姿で近衛の制服を着ていた。
 ちゃらいというか軽く手を挙げたかけて、表情が固まった。
 おや?

 こうしてみると立ち方からして違う。それなりに似せるように振る舞っていたのだなと思う。
 近衛の制服を着ているが、ボタンをしめていないところとか、片手を常に空けているところとか。
 穏やかとは無縁の目つきの悪さとか。

 彼からジニーらしさを見つけるのは難しい。強いて言えば背だが、実際の私とはちょっとだけ差がある。
 私が上目遣いする貴重な相手である。別に他意はない。

「笑顔が怖いってレベルじゃない」

 いきなりのこの台詞である。

 なぜ、彼が素のままここにいるかと言えば、強引に護衛として来てもらったからに他ならない。
 いざと言うときの代役は確保しておきたいが、常に騒動を起こされるのは困る。

 無事配属されての挨拶に来たところだったんだろう。設定上、馴染みの商会から近衛に推薦してもらった同郷で知人ということになっている。
 急だったからローガンもかなり無理矢理、コネと金の力で押し込んだらしい。ユリアが手段聞きたいですか? と良い笑顔で聞かせようとしてきたから拒否した。
 次からはもっと事前に言ってくれとの伝言も聞いている。
 申しわけない。想定外だったんだ。ジニーという生き物をなめてた。

「ずいぶんなご挨拶ね」

「失礼しました」

 なお、ユリアは食事後の私の顔を見て、黙った。顔色が悪かったけど、調子が悪かったかしら?
 ちなみにデザートはプリンだった。料理長、頑張った。褒めてつかわす。

「許します。渡すものがあるから、部屋に来て」

 もちろんユリアも同伴である。

「え、ええっ、あ、はい。ワカリマシタ」

 なにをそんなにびびってるのかしらぁ? 異を唱えそうな侍女も黙っている。
 うん? みんななんでそんなに白い顔なんだろうね?

 寝室に入って扉を閉める。いつもはユリアはちょっと開けておくのだけど、きちんと閉めた。

「姫様、何から始めるんです?」

「どうして、そんな話になるの?」

「そんな顔しているからですけどぉ?」

 半泣きでユリアに言われる。
 ぺたぺたと頬に触れる。ちゃんと笑っているはずよね?
 無言で手鏡を出された。

 ……怒った兄様の顔と似ている。とても似ている。ちょっと自分でもどうかと思う。

 無表情だと顔立ちが綺麗すぎて怖いから意図的に表情を作っていこうと練習させられたんだ。
 兄弟全員履修したものの性格の違いが演出の違いになり、似ていない兄弟と思われている。

「なに、そんなに王ってダメだったの?」

「竜のシッポ踏みに行くスタイル」

「今の姫様、どう見ても竜には見えないからなぁ。釣書にはなんて書いたんだろ?」

 ふたりでこそこそと仲良しだわね。

 本当に兄様、偽装した釣書を送ってそうで気になるんだけど。
 馬鹿正直に男装趣味、かつ、武術一般を修めたとは書きはしないでしょうけど。

「さあ? 姫であれば誰でも良いみたいな感じだったって聞いた。まあ、娘がいればそれで良かったんだから、そうなるわね」

 言いながら姫の外装を剥いでいく。装飾品の類が多い。それらはほとんどガラスで作ってあるので破損しないようには気を付けなければいけない。
 髪飾りに髪が絡まっているところをユリアが助けてくれる。

 オスカーが黙って衝立を用意しているところが、ちょっとはマシになったのかしらね。
 礼を言ってその影に入る。

「ローガンに会ってくるわ。黙って始めると怒られそうだもの」

「……教会に行くことを忘れないようにお願いしますね」

「ああ。うん、怒られるかなぁ。でも女神関係は片付くね」

 あの女の加護が邪魔ではあるけど、手段はないわけでもないし。物理的なものは防げても、ねぇ。
 実際の女神が介入してくることの方が厄介だ。
 そこは釘を刺してもらわないと。

「ご自分で対処するんじゃないんですか?」

「さすがに、魔女にも女神にも喧嘩は売らないわよ」

 ユリアに疑いのまなざしを向けられる。なぜだろう。見えないはずなのにオスカーにすらホントなのって顔されている気がする。
 貴方たちの中の私ってそんなに無謀なの?

「ちゃんと殺せるように準備してないのですもの。でも、代わりに殴ってもらうくらいいいんじゃないかしら?」

 可愛くおねだりしたら、殺る気になってくれるとおもう。
 前回で懲りたと思ったんだけど、違ったみたいだし。次は兄様は止めないでしょ。

「……やっぱり、姫様が姫様だ」

 意味がわからない。なぜ、肯くのユリア。

「どこから始めるんです?」

「北方」

 まあ、その前に、聖女任命の式典とか、首輪を付ける仕事があるんだけど。
 一番の不満が残っているところは北方だと思う。
 魔王がそこにいて、目覚めが時々あれば魔物が増えているはず。そして、その被害はある程度あるはずなのに、この城まで届いているようには見えない。
 そして、王弟の手の届きにくい。

 ……と思っていたんだけど、思わぬ所から手札がやってくることになろうとは思っていなかった。


「少年たちが来ている?」

 着替えも終わって、今度はユリアを着せ替えようとしたら、そんなことを扉の向こうから聞かされる。

「二人、ええと赤毛と黒髪だと。俺は顔を合わせないようにしていたから良く覚えてません」

 オスカーには遠目からでも覚えさせれば良かった。
 疑われても良いから確信されないことが大事だと思っていたけど、ちょいちょい邪魔になる。

「わかったわ。ええとユリアは着替えたら姫様の振りして、寝ていて。私が出る」

 私はジンジャー用に着替えてしまったのだから仕方ない。化粧も髪もなおし終わっている。
 ユリアを一人残し、寝室を出る。

「突然すみません」

 ソファーに座っていたイリューがぎこちない笑みを浮かべている。見れば、侍女は二人に増えているし、ジャックももう一人の護衛騎士もいた。
 彼にとってはアウェー感が半端無い。

 ソランは大物感で、お茶を飲んでいた。お菓子も食べている。
 目が会えばにっと笑うのがちょっと男っぽさも出てきていた。男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よというし、順調に成長してきている。

 ……ここのちゃらい野郎どものように育ってくれるなよ。

「姫様はお疲れですので、私が代わりに承ります」

「上司の手紙からの手紙が届いていなかったとわかりまして、謝罪したいと」

 手紙? 誰からも来ていない。故郷から来ないのは日数の都合上しかたないので、来ることすら想定していなかった。

「姫様への感謝を伝えたいと送った手紙だったのですが、手違いがあったようです」

「どなたなの?」

「財務卿(ランカスター)です」

 うーん。ジニーが会ったあの人か。今もブラック仕事してるんだろうか。
 その財務卿が私に感謝、ねぇ?

「姫にお伝えします」

 あたりが無難だろうか。内容を私が聞くのは問題がありそうだ。

「用件は終わっただろう。帰りたまえ」

 ジャックがさっさと追い払いにかかる。本来、彼らは使者にするには年も身分も足りない。部屋に入れただけでも優しいとは言える。
 ただ、邪魔みたいな顔をするのはいただけないなぁ。
 人払いは、今は出来そうもない。
 別の場を新たに設けるしかないだろう。

「お使いありがとうね。ちょっと待ってね」

 ちょっと傷ついたような顔をされたが、しかたない。君たちの名誉を守って上げたいけど実利をとるよ。

 キッチンに下がってメモを書いて、袋に入れる。それから故郷からの保存食でも甘いものをいれておく。
 煎ったナッツに糖衣を付けたもので、そう簡単には悪くならない。瓶詰めで少しずつ食べていこうと思っていたんだけど、しかたない。

「みんなで分けて食べるのよ?」

「はい」

 イリューは受け取る時に、手をきゅっと握られた。
 なにか渡すためとわかっていたけど不本意ながら、ちょっとどきどきした。

 部屋の外へ送るのも止められたので、小さく手を振れば、少しはにかんだような笑みが返ってきた。
 二人分。

 ……かわいい。
 言ったら怒られるけど、かわいい。

「かわいい」

 居なくなったらいいよね。
 男性には白い目で見られたけど、侍女たちはうんうん肯いている。仕事命の侍女にも響くものがあったようだ。

 侍女の一人がお茶の片付けを始め、ジャックが部屋を出て行った。

 うーん。誰かに伝えに行くのか、あの二人に問いただしにいくのか。
 オスカーに目線で追うよう伝える。え、俺がみたいな顔しない。一瞬だったから良いけど、素が漏れてるわよ。
 危なそうなら助けるのよと目線に込めたけど、わかったんだか。

「姫に伝えてきます」

 私は寝室に下がる。
 ……扉のすぐ横にユリアがいた。うむ。確かにちょっと開いてたような気もする。

「え、ええと、なにかスプラッタの予感がしまして」

 そう。
 無言で、ベッドを指す。ユリアはしょげたようにもそもそとベッドに戻る。なんとなく、ずれた掛布を直す。

「どうするんですか?」

「話を詳しく聞く前に追っ払われたんだから、なにか不都合があるんでしょうね」

 しかし、財務卿からお手紙ねぇ。
 記憶が正しければ、お金勘定ばかりしているお仕事である。手伝ったことがあるが国内の数値が集結し、数を見るのも嫌になった。
 以後、手伝いは逃げ回っている。

「持参金のことでは?」

「そうね、私のお金ってわけじゃないけど、関係するならそこしかないか」

 ただ、妙な噂が入ってはいるんだ。

「てっきり、あの辺りが使い込んだのかと思ったんだけど」

 持参金も持ってこなかったとかなんとか言われているらしい。これは、ジニーであってもジンジャーであっても中々聞けなかった。関係者過ぎて、さすがに本人に言う根性のあるヤツはいなかったらしい。

 この話も洗濯場でこんな話聞いたけど、嘘だよねぇと言われたそうだ。こんな大盤振る舞いしているのに、ありえないって笑って言われたと。

 だから、私たちは姫様の噂は信じないって。

 あの石けん、良い仕事をした。
 メイドたちの反応も調理場もそれなりには良くなってきてはいるらしい。ただし、私はここから出られないので、確認しようもない。
 侍女と護衛を付けたヤツを呪えばいいの。そうなの?

「何を持ってるんです?」

 手に持ったままだったメモを広げる。

「おや」

 笑い出しそうになった。

 私が書いたものと同じ事が書いてあった。

 明日の早朝、いつもの場所で。

 気が合うわねぇ。
 誰にも知らせないでとか、彼らでなければ罠を疑う。彼ら以外が仕組んだ罠なら、お返しはちゃんとしないとね。

「さて、予定通りのお出かけをしてくるからお留守番よろしくね」

「ご機嫌が回復してなによりです」

 あら?
 そうね。

「教会忘れないでくださいね」

 うん。行きたくないけど、頑張ってくるよ。
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