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おうちにかえりたい編

閑話 王妃付き侍女(ジンジャー)について

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 初めて見た彼女は、とても可愛らしかった。
 用事で通った通路で遠目に見ただけだったのに気がついてしまった。
 揺れる赤毛。

「どうした?」

 窓際で立ち止まってしまったライルに気がつき、彼の主は足を止めた。
 同じように窓の側に寄る。
 王城の構造は四角になっており、中庭にはぽつりぽつりと木が立っているだけだ。上からの見通しは良い。
 ちょうど反対側を赤毛の女性がカゴを抱えて歩いている。元気とご機嫌が溢れているように見えてライルは知らず口元に笑みが浮かんだ。

 ジニーはもう少し物憂げだ。

「彼女が姫付きのねぇ」

 主も彼女に気がついたようで、見定めるように目を細めていた。
 端正な顔だちと親しみやすい性格、と思わせて女性に人気である。現実はとても醒めた性格をしているとライルは思っている。

 逆に女嫌いなんじゃないだろうかとその扱いを見ていれば思う。

「可愛いね」

「そうですね」

 否定はしない。彼女に興味を持ったのだろうかと少しの不安が忍び寄ってくる。
 ライルは主を見上げる。
 興味なさそうな顔をしていた。

「似ている?」

「遠いのでわかりません」

「ふぅん?」

 真偽を見定めるように見られた。ライルはこれ見よがしにため息をついた。嘘ついてどうするんですかと口にしても無意味だ。

 疑いたいだけ疑う。

「やけに懐いているからさ」

 庇ってるのかなぁと思って。言葉に出されないが、そんなところだろう。
 あと少し面白くないと思っている。

 なにせ、ジニーが現れてからというもの女性の人気を二分することになっているから。

「それならまともに稽古くらいつけてください」

「やだね」

 しれっと答える主はあまり強くない。見栄えで副団長をしていると言われているが、実務方面の実力を買われてのことだ。
 財務卿の下につくはずだったと聞いたことがある。護衛兼副官として。

 それが、数年おきに森から魔物が溢れるようになって人員不足の結果ここに来た。

 主がライルを鍛えたがらないのもそれが遠因だ。
 北方に送られないようにとライルの家から言われているのだ。

 青の騎士団にけんか腰なのもそれが影響していないとは言えない。

 迷惑なのは周りである。

 興味ないと言う顔をしながら、しっかり視界から消えるまで見ている。
 本当に嫌な予感しかしない。



「……ってことがあったんだ。だから、絶対出てくる」

 ごしょごしょと三人が話をしているのをジニーは首をかしげて見ている。
 ジニーにしてみれば、妹が出かけるらしいけど、どこか良いお店知ってる? と聞いただけである。

 鍛錬の休憩中の軽い話題のつもりだったらしい。
 彼らにしてみれば鍛錬どころではなくなった。

 故郷から着いてきた姫様付きの侍女を護衛無く城下に出すことはまずあり得ない。他の誰にも代わる者がいないのだ。
 傷の一つもつけて良いとは思わないだろう。

 城内及び王都全体の守護を任される黒の騎士団が黙っているはずもない。彼女たちの城内での護衛を許されていないが、城外で何かあれば責任問題になることは確実だ。

 だから、ジニーの妹が外に出ると知れた時点で、護衛をつける話が出る。
 本人が断ろうと付いてくるに違いない。

 そして、おそらくは女性の対応としてライルの主が出てくる。なにせ女性ウケはとても良い。嫌がられることはないはずだ。

 普通ならば。

「ジャック様って良い噂きかないよな?」

 ソランが確認するように言う。

 確かにライルの主は女性にだらしない、とされている。だいたい合っている。
 来る者拒まず、去る者追わず。
 モテるくせに自分に興味も持たない女が好き。

 ひねくれている。
 拗くれている。
 歪んでいる。

 同性としてあれはどうかと思うが、やっぱりモテる。顔なんだろうか。やっぱり。

「半分もてない男の僻み」

 と身も蓋もないことをイリューが言い出した。

「半分でも事実があったら問題だと思うよ」

 ライルは時々思う。
 なんであんな人の従者をしているんだろうか? と。
 修羅場など見たくもない。刺されるの刺されないのなんて月一だ。いっそ刺されてしまえと思う日もある。
 だが、生存した場合、看病目的に修羅場が発生するのだろうから安息にはならない。

「あのさ、どうしたの?」

 妙な様子にジニーも不安そうに尋ねてくる。

「なんでもありません」

 それには声を合わせて答えた。
 ジニーに相談したら余計揉める予感しかない。無意識かもしれないが、シスコンの気配がする。姉妹がいるイリューが断言していたのだから確実だ。

「妹さんってどんな人なんですか?」

 ライルは無理矢理話題を変えた。

「え、ええと。可愛くない」

 ジニーは少し迷ってよい笑顔で言った。

「え?」

「口うるさい。それから口うるさい」

「……なんか、心配させることしてるんだろ。うちのねーちゃんも口うるさい」

 ソランが訳知り顔で肯く。
 ジニーは不満ですと言う顔で、こんな事を言った。

「してないよ。ちょっと半月ぐらい行方不明になっただけだし」

 ……それは。ちょっととは言わない。
 三人で顔を見合わせる。

「……うん、かわいそうだね」

「だろ?」

 私、悪くないと顔に書いてあった。消息不明の兄、いや、姉を心配してたんじゃないんだろうか。
 彼らは思うが口にはしない。心配されるという観点が不足している。いや、心配されるくらい弱くないと主張される。
 違うのだ。

 あなたが、心配だ。
 たったこれだけが伝わらない。

 この人、強いけど、時々ダメなところが顔を出すのが玉に瑕だなと三人の共通見解ができつつある。
 人としてどこか欠けている。

 逆にそれがあるから付き合う隙があると言える。
 大人たちに見せる外面だけでは、到底お近づきになりたいとは思わない。

 礼儀正しい、強い異国の騎士。親しみやすく笑うが、誰も寄せない。
 そう見える。

 三人はジニーと別れたあと、ウィリアムと相談し、独断で付いていったことにしてもらうことにした。

 治安は悪くはないが、一人で歩いて完全に安全かと言えば疑問が残る。
 心配はいらないんじゃないかとウィリアムは言っていたが、別の心配があるとは言えなかった。

 今度はウィリアムが付くと言い始めそうだからだ。

 そして、揉める。絶対揉める。
 後日、起こった揉め事を見てこの時の行動は正しかったと三人は思うのだった。
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