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おうちにかえりたい編

姫様(ヴァージニア)は式典で嘲笑う 前編

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 さて、いつぶりかの姫様モードになりました。
 ユリアも無事到着し、偽姫様にびびってました。
 ……まあ、びびるよね、何も言われないであると。

 ここで痛いのがウィルにジンジャーの顔を見られたこと。似た感じにメイクするけど、どこまで騙されるかな。
 野生で生きているような戦士とか騎士とかいう人種の勘は侮れない。

 たぶん、ソランにあったらばれる。あれはそういうタイプ。
 イリューは疑いながらも様子をみるだろう。
 可哀想なことにライル君は、がっつり騙される。

 何かあったときの窓口は彼で決まりだ。

 当日はオスカーも来ることになってしまった。護衛いないとかおかしいでしょう? とごり押しされたとユリアも迷惑顔だ。
 尋常じゃなく強いんだけど、相手が猟奇的(スプラッタ)になるから本気で遠慮して欲しい。
 私の戦闘スタイルじゃない。
 私、戦闘狂(バトルジャンキー)の系譜に入ってない。

 姫は殺戮系(ジェノサイド)と言われたけど聞きませんーっ!

 清楚で大人しい、従順なお姫様なんです。
 あざとくありません。

 そんなじゃれ合いのような話をユリアとしながら、部屋にこもる。
 設定上は乳兄弟なので、とりわけ親しい話し方をした方が良いと練習も兼ねていた。ユリアはそのあたり線引きしたい派なので、ちょっと難色を示されたが分断不可能と思われなければ意味がない。
 そこは納得してもらった。

 そんなこんなで二人で偽姫様を解体し、箱詰めしていると殺人現場にいる気になる。
 式典中には誰もいなくなるから最悪侵入される危険があるので、ヤバイ物は隠すに限ると解体したんだけど……。

 しばし、眠れよ我が分身。

「バラバラ死体……」

「ユリア、気が滅入るから言わないで」

「姫が造花とかいれるからより一層死体っぽいんじゃないですか」

「それは悪かったと思っている」

 もうっと腰に手を当てて言うユリアは可愛い。ジンジャーの時の参考にしよう。
 お仕着せを着た彼女は素の私に近い。

「うーん。私は可愛い、と思うんだけど」

「隠しきれぬ武人の気配がいけないんじゃないですか?」

 ユリアのあきれ顔がツライ。
 鍵をかけてしまっているつもりなんだけど。殺意とか害意とかぶっ潰してやるっていう意気込みとか。

「もっと引っ込めてください。姫は可愛いと念じるのです」

 ……なんかひどい言われようじゃない?
 時々自分でも暗示をかけるけど。

「善処する」

 だだ漏れして良い感情は今のところないから。

 偽姫様を隠して、ユリアとお茶をすることにした。
 城の構造や知り会いの情報などは共有しておかないと不審がられる。

「洗濯場と厨房は気をつけて。あと、兵舎は近寄らない」

「承知しました。色々忙しいと理由をつけて笑ってごまかす方針で」

 それなら数日は保つだろう。本当は彼女に姫様をやってもらった方が良いと思うんだ。姫様はあまり人目についていない。
 ちょっと違っても気がつかれないだろう。

 しかし、ユリアはお断り、らしい。それをしたら、置いてかれそうだと疑いのまなざしを向けられた。

 ……ちょっとしか考えてないよ? ちょーっと、遠出しようとしか。あ、でもジニーになって……。

「姫様」

「はい」

「私を置いていかないでくださいね」

 念押しされた。
 笑顔の気迫がすごい。不穏な考えが読まれたんだろうか。

「数日は大人しくしているわ」

 本当にと疑いのまなざしを向けられる。
 前例があると信用されにくい。

 遠征について行って半月戻らなかった件はすごく謝って、お詫びの品も貢いだはずなんだけど。

「私は姫様が心配なんです。わかってます?」

「……ありがとう?」

 意外だった。
 思いっきり、ため息をつかれた。

「どういたしまして。では、朝の任務を果たしてきますので、部屋で大人しくお待ちください」

 くどいくらいに念押しされてユリアは洗濯物のカゴを持って部屋を出て行った。
 少しは、信用されるように大人しく本でも読んでいよう。

 ちょっとの窮屈くらい。

 ……うん、あとでジニーになって様子を見に行こう。



 読んでいた本を半分も読んだ頃になってようやくユリアが帰ってきた。
 ばんっと扉を開け放つ。

「……この国の人ってあんなんばっかりなんですか!?」

 駆け込んで来たユリアが怒り心頭というように言っていた。

「あんなんって?」

 あまり良いようには聞こえなかった。
 そもそも、ユリアは感情豊かなタイプではなかった。表に出さないようにしているだけと聞いていたが、よっぽどのことがあったのだろうか?

「侍女頭ってひとに絡まれましたよ。石けんがどうとか言ってましたけど、なにかしました?」

「あ、昨日、ばらまいた」

「言ってください。知らないことをとぼけていると勘違いされて嫌味言われました」

「……取り上げたりとかは?」

「出来なかったようですね。メイド長がすんごい頑張って断ったって聞いたので」

 うわぁ。詫びいれなきゃダメじゃない。
 そんな早く気がつかれるとは思わなかった。下の人間の動向なんて見ちゃいないと甘く見過ぎたかな。
 しかし、巻き毛は想定の範囲内の愚かさだな。
 逆にメイド長が頑張って断ったのが意外すぎる。長いものには巻かれるかとおもった。

「でも結局、揉めたのでどこかの偉い人が治めていったらしいです」

「メイド長はどうしたら喜ぶと思う?」

「健康によいお茶でも渡したらいかがです? あまり高いものは恐縮されますよ」

 そこら辺の感覚は王族育ちなので、ちょっとズレがあることは自覚している。ユリアの提案の通りにあとでお茶の葉を届けさせることにしよう。

「他は何かあった?」

「そうですね、砥石って言われましたよ?」

「あ、忘れてた。探しとく」

「王弟殿下の使いに会いました。というか探されていたようですね。ウィルとか言う人は午前中は大体、殿下に付いているんだそうです」

「何の用なの?」

「式典の件で、流れとか作法とか説明させるから午後から時間が欲しいとのことでした」

「本人が来るの?」

「役人が来るんじゃないですか?」

 わからないぞ。誰かを通すとろくでもないと彼も学習しつつある。嘘を教えて、しれっと覚えられないなんてと言われかねない。

「ジンジャーは知ってる?」

 ユリアは一瞬、ん?という顔をしたが、役割を思い出したようだ。
 ユリアはジンジャーにならなければならない。

「知識は仕入れておきました。細かいところは文章にされないので、ちょっと難しいですね」

「そこは目を瞑って欲しいけど、無理よね」

「目的にもよりますが、難しいかと」

 歓迎する気もないこの国で、良いことが起こるはずがない。
 良い想像をするより最悪を想定した方がマシだ。

「知らないよりはマシだといいけど」

 二人でため息をついて、作法のおさらいをすることにした。

 幾多の国があるが基本的なマナーは共通している場合が多い。
 上位者から下位者への言葉掛け。逆は通常不可とされる。
 序列で言えば王妃は王に次ぐとされるが、王太子が指名されている場合はその次となることもある。
 さらに王妃も複数いれば、序列がつくものだ。
 側妃を認める国もあれば、王妃以外は愛人と公式の場では夫人としか言われない場合もある。
 複数の妃を同等とすることもあるが、これは滅多にない。

 通常であれば、私は王に次ぐ二番目の地位にいることになる。
 あの愛人様は、どこに組み込まれているんだろうか。

「とりあえず黙って笑っていればいいのでは?」

 ユリアがすぐにぶん投げた。……そうね、あなた、あまり向いてないものね。
 侍女仕事はそれなりに仕込んだので出来るが、陰謀に向いていない。

「手袋は外さないでくださいね。手の甲にキスをするのは挨拶ですが、寸止めになります。ハグは親しい親族まで。握手は男性がするものですね。エスコートは男性からするもの。間違っても先に手を出さないでください」

「……めんどくさい」

 故郷はそのへんゆるい。まあ、どっちでもいいか、みたいな雰囲気がある。
 何か問題があったら殴り合いするような民族なので、洗練はされていない。文明を育てる余裕がなさすぎると三番目の兄様(ジュリアンにいさま)が嘆くはずである。

「ジュリアン様の国で特訓したと聞きましたが?」

「思い出す」

 最先端とは言わないがそれなりに洗練している国なので、練習にはもってこいだった。
 びしばしと女らしくないと指摘された傷が……。

「踊りの誘いも男性からが基本ですが、上位者から下位者へのお誘いはどちらからでも良いことになっています。そうでないと声かけられませんからね」

「踊るの?」

「ファーストダンスは必要ですね。普通は」

 普通は。
 これほど虚しい言葉はない。

「ピンヒール8センチ用意しますね」

 ……殺しにかかっている。
 完全に身長差がわかるやつじゃないか。

 ふふっと可愛く笑っているが、いや、うん。可愛いは良いことだ。
 そんな風に確認をしているとちょっと楽しかった。
 そして、お昼を食べて、お茶の時間になっても来客はなかった。

「……本当に、めが、……殿下の使者だったのかしら?」

「違ったかもですね。嵌められた系の」

 期待した分だけちょっと落胆する。心折りに来てるなぁとうんざりする。
 期待した自分にもうんざりする。

「動向調査してくる。あとはよろしく」

「承知しました。姫様は?」

「出さないで」

 バラバラ死体を組み立てて、またバラバラにするのはちょっと嫌だ。
 ユリアは安心したようだった。ほんとうに昨日はびびってたし、同じ部屋で寝たくないと言われたんだ。

 都合上、寝せたけど。
 私は例のごとくソファでごろ寝した。

 ジニーに着替えてユリアの前に出れば、びっくりされた。

「じゃ、よろしく」

「いってらっしゃいませ」

「口調」

「いってらっしゃい。兄様」

「よろしい」

 結果から言えば、芳しくなかった。


 少年三人組の証言。

「え、おっさん? 今日は見てないな」

「なー」

「お休みだったはず?」

 昨日帰ってから大変だったんだとソランが嘆いて、ライルが苦笑して、イリューが神妙に肯いていた。
 こってり絞られたらしい。


 兵舎の厨房の証言。

「ウィリアム? なんか用事があるとかで休みとかなんとか誰かがぼやいてたな」


 近衛騎士の証言。

「本日はお休みです。ご用でもありましたか?」

 代わりに承りますがと言われたが断った。
 不思議そうにされていたが、用件を言うわけにもいかない。

 王弟殿下の様子を王に嫁いだ娘が尋ねるなんてのは良いものではない。

 戻ればユリアが退屈という顔で部屋の掃除をしていた。

「来客ゼロです。申しわけございません」

「いいよ。私もわからないからね。妙は妙だけど、出来ることはしておこう」

 そっちがその気なら、いいんだ。
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