上 下
7 / 135
おうちにかえりたい編

姫様は結婚する。 後編

しおりを挟む
 眼鏡のエスコートで、儀式場に案内される。愛人様ご一行様はついてこないようで、廊下に二人きり。
 中々レアな体験だ。

 護衛とかどうしたんだろうか?

「申しわけありません。窮状を知るのが遅すぎました」

 わざと遠ざけたんだ。
 その言葉で知れる。人前では明らかに非があっても立場的に謝罪するわけにはいかない。それは、私も同様だ。
 個人で、謝罪してきたか。
 相手としてはかなりの譲歩、あるいはそこまでの意識はないのかもしれない。

 でも、やりにくくなるのは確かだ。

 ちょっと表情を作り損ねて、困った顔になってしまった。

 鍛錬などせずにキャラ設定など練っていた方が良かっただろうか。

「部屋は別の場所に用意します。使用人もこちらから手配しますが、護衛は必要ですか?」

 探るような言い方だ。
 まあ、自力でなんとかできるがお姫様としては出来ない方が当たり前だ。
 だから、きっと、こう聞きたいのだろう。

 あの赤毛の男は誰だと。

 ……まあ、私なんですがね。そう答えても意味はない。

 なんという茶番。

 部屋に帰ったら存分に笑うことにして、今は首をかしげてみよう。

「見慣れない赤毛の兵士がいると報告がありました。誰かをお連れに?」

「乳兄弟です。ついてきてしまったようで、お知らせしましたが、ご存じありませんの?」

 知らせていないが、しれっと嘘をついておく。どうせ、報告なんてあっても握りつぶされているんだから大丈夫。

「妹の方も一緒なのですけど」

 これでばれるまでは多少の時間稼ぎが出来る。お姫様はお部屋にこもってもらえば万事解決。

 最悪、アレが役に立つ。

 弟たちの悪のりが役に立つ日がくるとは思わなかった。

「……申しわけございません」

「いいのです。望まれていないのでしょう? 静かに過ごしています。そちらの方が好きですから」

 儚い笑み。
 40点。

 目力が強すぎるので目を伏せるべし。

「彼女たちが身の回りの事をすることは許していただきたいのですけど」

「それはもちろん」

 ……ちょっとは考えようぜ。
 国防上、城の中を国外の人間がうろつくの良くないよ? 一人で何が出来るって思っているのか?

 ……と思ったら心底同情しているような表情でちょっと怯む。

「大丈夫ですよ?」

 案外、殺る気に溢れているので。もちろん、そんな話はしないが。
 そして、さらに健気な生き物を見るように優しく見られていたたまれない気分になる。やっぱり私、こういうの苦手だ。

 まあ、最初のほうに何も知らないうちに居なくなった方が良いだろう。

 見ない方が良いこともある。
 この善意が地獄への道を開くかも知れないのだから。

「ありがとうございます」

 にこりと笑って、そっと寄り添う。表情をのぞき込まれないのは幸いだ。
 儀式場の扉の前で別れた。

 すぐに護衛が現れたことから見られていたと思う。声は聞こえていないとは思うけど。

 さて、それは王に報告するのかな?

 これは、いつ、亀裂になるのかな?

 それとも、もう、壊れかけている?

 みんなもちゃんと情報くれればよいのに。次に家族にあったときに文句をつけてやろう。

 結婚式は一点以外は取り立てていうことはない。
 神に誓うところは省略されている。
 二人とも同じ神を信じていない場合、宗教替えでもしない限りは、それは省略される。神々はとても気むずかしい。

 神の前で結婚しました、という報告だけで済ませる事が多い。
 ただ、国王ともなれば双方の信仰する神の神官を呼んで双方に誓う形式となる方が多い。これは血縁により国同士の関連が強くなると双方の神に報告することになるからだ。

 宗教業界も色々ありすぎる。

 さてこの場はと言えば、立ち会いは光の神の神官のみで、細かった。枯れ木かと思うほどだが、眼光は鋭い。白いヒゲと覚えておこう。

「婚姻の成立を宣言します」

 蛇足ながら、立会人はほとんど居なかった。
 高位貴族の当主が数会わせで数人。
 やる気がないというかしたくなかった感が溢れている。

 そのまま城のバルコニーに連れて行かれる。城の中庭は今日は国民に解放されているらしい。

 ところで、お忘れかも知れないが、かかとは八センチ、底上げ五センチ。
 そんなブーツを私は履いている。
 階段で、バルコニーのある三階まで、上れと。

 つくづく体を鍛えて良かったと思う。婚礼衣装も軽量化してもらって良かった。裾に透明なガラス玉を山ほどつけると言われていたが、断って正解である。
 引きずるとほどに長いドレスなどいらない。

 階段で躊躇なくドレスを持ち上げたら護衛騎士たちから二度見された。三人もいる。

「あの、手をお借りして良いでしょうか?」

 仕方なく、裾を持ち上げて上るのを諦め、ドレスを直す風を装う。
 困った顔で見上げたいところだが、見上げられない。
 ……あら、見たことのある顔。最初に井戸を教えてくれた人だわ。名前聞いてないけど。

「喜んで」

 まあ、普通はこうだね。
 あ、国王陛下は既に先にお進みです。エスコートってなんだっけ? 隣の愛人様にすることみたいよ? もう、遠すぎて見えないけど。

 あのくらい可愛いモノだわと思うのは、兄様たちのいちゃいちゃぶりに慣れているせいだろうか。

 兄様がいつも誰かといちゃいちゃしているように見えるが、大体は仕事の話をしていたりする。
 スキンシップ多めが悪い。

 あれも仕事の一環だろうか?
 周りの護衛騎士の表情を見ていれば違うはわかるけど。露骨ではないけど、あれはどうかと思っているのが透けて見える。

「ジニー殿は殿下の配下でしたか」

 ……聞くのかぁ。

「乳兄弟です。置いていきたかったのですが、どうしてもと」

 困っているとも嬉しいともつかない表情って難しい。それにしても、直接会っているのだからバレそうな気もするんだけど。
 化粧って偉大。

 人を顔で判断せずに、サイズで見ている友人が居たが、そのタイプだと一発でアウトだ。あと骨格で見る人。

 だからこそ友達をしていたのだが。
 怒ってるかもな。

 黒歴史ごと置いてきたからなぁ。

「そうですか。一度手合わせを願いたいものですな」

 ほんっと、ある程度の実力者になると言い出すな。
 故郷でも同じ目に何度あったことか。嫌だよ。いつか、殺し合うんだからさ。手の内なんて見せるかよ。

 ……こほん。
 こぼれそうな殺気を笑顔でごまかし、返答を避ける。

「ありがとうございました」

 階段が終われば手を離す。中々に男らしい手だった。よく鍛錬している。
 護衛騎士とか兵舎の様子はきちんとしているんだよね。見た限り。

 あの場だけが特別なのか、王の周りが異常なのか、よく調べないと。

 さて、ついたバルコニーだけどね。
 先客が邪魔すぎて、どうすればいいのかわかりません。

 無言で押しのけて落とせばいいのかな?

 ちらと国王夫妻のように振る舞っている王と愛人を見る。中々盛り上がっているね。
 この中に私が出るの?
 本気?

 これって泣いて部屋に帰ればいいの?

 あ、いいかも。それで気鬱になったとか部屋にこもりっきりでいれば、ジニーもジンジャーもあちこちいける。

 そうしよう。

 バルコニーに一歩踏み出し、二人の後ろに立つ。
 二十数えたら撤退。
 涙目の準備に瞬きをやめる。

 皆が注目し、シンと静まりかえる。

 よしっ!

 裾を翻して、バルコニーから去る。振り返った国王には涙目の顔がきっちり見えただろう。
 嘘だろみたいな顔をしていたのが、引っかかるが、気にしない。

 かくして、私は引きこもりの王妃の称号を得たのだった。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。 そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。 日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

転生したので好きに生きよう!

ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。 不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。 奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。 ※見切り発車感が凄い。 ※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

処理中です...