6 / 135
おうちにかえりたい編
姫様は結婚する。 前編
しおりを挟む
結婚式の朝は早く、隅々まで磨き上げられる。
……ということはなかった。
鍛錬を休んで、大人しく姫様として待っていたというのに、誰も来なかった!
「ブラックリストを作るほど、人に会っていないから全て、ギルティにしようそうしよう」
腹ぺこだとろくなことを考えない。
うふふふと例外リストを作る算段をする。比較的、問題なかった相手だけ、除外してあげる。
食い物の恨みを思い知るがいい。
一人で着替えをし、化粧も髪結いも終わらせてもまだ誰も来ない。
無言で、部屋を出ると廊下は今日も閑散としていた。いや、人っ子一人いない。
妙に不安になって、短剣を一本ずつ両方の太ももに巻いた。
花嫁衣装はパニエで膨らませたもので多少の異物は隠してくれる。靴は白い皮で作ったブーツ。かかとは八センチ、底上げ五センチ。人によってはつむじが見える。
古来の花嫁衣装とは違い、白いものは兄様のロマンらしい。
せっせと白いドレスの布教をしている。式後、相手の色に染めるまでがセット。記念日に直して着る風習にしたいらしい。
それならば、多少高くとも買ってくれるだろうと。
ただ、私は染めないだろう。
追加の髪留めをつけて、武装を強化しているとどたどたした音が聞こえてきた。
一人ではなく、複数。
いや、一人だけ足が速いのがいる。
「なぜ、支度部屋にこないのです」
ばぁんと扉を開けて、王弟殿下が、喚きました。
いやぁ、良い声ですね。
にやにやしたくなるくらいに焦ってる。しかし、それを表に出すわけにはいかない。
眼鏡氏は護衛を引き連れていたけれど、礼儀正しく部屋の外で待機している。これはちゃんと教育されているとみていいだろう。
問題は近衛はわりとまともと見るべきか、この眼鏡の元にまともなのが集まったか、だけど今日の式でちょっとはわかる、と思う。
まあ、それはさておき。
「……あの、誰か、私に伝えたんですか?」
困ってますという顔で伝える。困り顔は65点。微妙に泣きそうに見えるから減点された。同性相手にはすこぶる評判の悪いやつだ。
男装中だと評価がまるで変わるので、中々心をえぐってくれる。
「使用人に伝えたでしょう?」
「衣装の準備をせよと言われたと聞いたのですが」
言われたことは終わっているとくるりとその場で回ってみせる。
「支度は終わっています」
部屋はちゃんと回れるくらいには片付けは終わった。壁際に箱の山はあるが、歩いて何か踏みそうになることはない。
ああ、そういえば、壊れ物の謝罪ももらってなかったっけ。
「……見事なものだ」
そこはそれ、綺麗とか言うんじゃないのかなぁ。
上げ底の靴を履いても目線がまだあわないって相当背が高いなこの人。
にこりとはにかむように笑って不穏の種をまく。
罪悪感を覚えるが良い。
私は別に、この人でも良い。
アレよりも見所はありそうだ。
「殿下っ!」
息も絶え絶えな侍女たちが、ようやくご到着。
しかし、ここまで失態を演じてもなにも変わっていないということが逆にすごい。牛耳っているのが確実にいる。
巻き毛、ではないだろうなぁ。
はぁはぁと今にも倒れそうな巻き毛を見下ろす。
国内で、王妃になるつもりだったご令嬢か王家の姻戚関係になるつもりだった家があるんだろう。
あるいは、国王の運命の人、とか。
「これはどういうことだ」
「姫君が勝手に出歩いて探していたのです」
「あら、ごめんなさい。食事もまだでしたの。食堂に行かねばいけないのかしらと思って」
出歩いていない、と話をしたところで意味はない。
出歩かなければならない理由を述べた方が、良い。
それは確実に彼女たちの手落ちだから。
箱入りの娘のように振る舞う。
好き放題侮るが良かろう。
「エイラ。わたしの話を覚えているか」
「はい」
「では、姫に、誰が食事を持ってきた」
「ウィラに命じました」
「それはどこにいる」
「……こちらに」
「食事をお持ちしましたが、不在でしたので、持ち帰りました」
「そうか」
眼鏡は侍女たちを見下ろして、ため息をついた。
言っても意味がないと、彼は理解したのだろう。
全く時間の無駄である。
「姫君、大変申しわけありませんが、時間が迫っています。こちらへ」
「ヴァージニアですわ。殿下」
きちんとエスコートをしてくれるのならば、名を教えても良い。なにせ、誰もわたしの名を尋ねなかった。
これにはきちんとした理由がある。
この国においての伝統で、王族の名は秘すべきもの。自ら名乗る場合のみ聞いて良く、呼ぶことは許されない。
他国の王族にも適応するとは思わなかったが、呼ぶべきではないとはわきまえていた。
「トレースだ」
苦々しい表情ながら名乗ってくれた。それなりに敬意を払ってくれたらしい。その名が三番目を意味する言葉で、本来の名ではないにしても。
「ありがとうございます」
嬉しそうな笑顔。プライスレス。
男を堕とすなら、覚えておけと兄様が謎の特訓をしてきたとっておきのヤツだ。本来は旦那様用だったのだが、アレに振る舞う気はしない。
めぼしい人には男女関係なく振りまこうと思う。
眼鏡はうっと言葉に詰まったように、でも、もごもごと何か言っていた。
……効果がありすぎたのか、彼が免疫がないのか。
「はしたない」
小さい声が聞こえたけれど無視。
傾国の美女にはなれないけれど、兄弟間の仲を悪化させるつもりはあるのだ。私のフォローをしているということは、それなりに良好な関係だったのだろうから。
大事な弟を切り崩して、勢力図を変えなければ。
よろけた振りをして、ぎゅうと腕をつかむ。
「ご、ごめんなさいっ」
真っ赤になって詫びてみせる。
案外、楽しくなってきた。悪女ごっこも結構いけるか。
「い、いや」
しどろもどろなところが、慣れていない感。一見怖そうだからモテない系なんだろうか。一般女性から見たらかなり大きいから怖いのかもな。
本人が知ったら怒るであろうことを考えながら、聖堂の控え室まで連れて行かれる。
国によって主神が違うことがある。そのため、聖堂の形式も違う事が多い。
故郷では闇の神が主神だ。安らぎとしての夜。人は闇より生まれし、闇に還るとされる。
闇の神は祟り神としても有名なので、国家で慰撫しているという側面もある。怒らせて潰された国家や地域は神話ではごろごろしていた。
故郷は何の因果か一回潰されたとされる地域。
恐れて暴れないように崇めるというのもわかる。
この国では光の神が主神とされる。
光と闇が敵対しているということはない。建前上、神々同士は争わないことになっている。まあ、多少の喧嘩などはあるけど。
……喧嘩? ということもあるけど、まあ、建前だ。
光の神は暴くものとされる。
隠された真実も、財宝のありかも、嘘も等しく暴く。その結果、もめ事が起ころうがしらんぷりをしている。
願われたことを暴いた。それだけである。
この結婚の不都合なところも暴いていただきたいものだが、私は光の神には祈れない。
闇の神の嫉妬深さは中々のものである。
冗談でも神の意を問うことはできない。
部屋で待っていれば、いきなり扉が開いた。
一人の女性がお付きの人たちを引き連れて入ってきた。物理的に排除していいだろうか。
「あら、みすぼらしい。色もつけられないなんて」
誰だろうか? と疑問が顔に出ていたのか、彼女は胸を張る。
「あたしに従うのよ。あたしが一番の妃なんだから」
……愛人か。
こんな顔だったかな。他にも妃がいたのか? いや聞いていないし。
「陛下がお望みならば。書面をご用意ください」
扱いやすい小娘として見られた方が今は良い。
色々囀り始めたけれど、あまり聞く気はない。
周りのお付きの方を見ていた方が有意義だ。華美ではないが、美しい装いと言えるのではないだろうか。ただの侍女とは違い、それなりの家のお嬢様たち。
それが、これを許すのか。
目があった一人ににこりと笑う。それに怯えたようにがたがたと震えだした。殺意は乗せていないはずなのに。
今のは可愛かったはず。
このときは気がつかなかったけど、この状況で可愛く笑うのはホラーだったかとあとでは反省した。
「名を聞かせてもらえますか?」
言葉の切れ目を狙って尋ねる。自覚があり、教育されているなら名乗らない。そして、周りも容認しているなら止める。
王族の名は問うべきではない。
「自分から名乗るものではないの?」
アーストリアあたりでは、自ら名乗り、名乗り返すという形式だった気がする。確かにここから数個は離れた国だ。
地続きでも習慣はその地で変わる。
名前を取られれば、魔王の配下となると伝承が残る地では自らの名を名乗りはしない。その場合、本名ではなく、愛称を名乗ることが多い。
逆に名乗ることにより、弱きものを従えるという伝承もあるのだから面倒だ。これは真名と呼ばれるらしい。
「では、そのように」
「おやめくださいっ!」
さすがに止められるか。
誰がと言えば。
……また、眼鏡。
本当に、お疲れ様である。おそらくは式が始まるのにわたしが来ないから様子を見に来たのだろう。
本当に、この国の人は王族を働かせるのが好きだな。
……我が国では、ほどほど、こき使われているので微妙に同情心が生まれてくる。
「あら、殿下。私を迎えに?」
甘えたような様子で言うのは愛人様。
眼鏡は無視を決め込んでいる。
関わると兄である王と揉めるのが目に見えているから、当たり前である。それでなんで、私が彼女に睨まれたのかがわからない。
「こちらへ」
手をさしのべられ、しばし、見つめてしまった。
ためらって、ちょっと恥ずかしそうにうつむきながら手を取ることにした。可愛いは作れる……はずっ! 背が大きくたって変わらない。きっと、たぶん、そうだといいな……。
「ありがとうございます」
小さな声で礼を言う。
養殖でも可愛いは正義と兄嫁さんたちも言っていたし、やれる、きっとやれる!
……そんな風に思ってないとやりきれないのだ。
「別に感謝されることでもない。こちらが、悪い」
そうだね。と同意することはできないので、小さく横に頭を振った。
悪いことをしている自覚は、彼にはあるが、正すような力はないと思った方が良い。
それとも、お腹の中まで真っ黒で、わかってやっているんだろうか。
見上げれば、見上げれば耳が赤かった。
ちょろい。
この偽物感あふれる可愛いに騙されている。
「……あざとい……」
どこからともなく聞こえた声に安心したくらいだ。そうだよね。あざとい、あざとい。
女の敵、あざとい系可愛い女で行こう。
本来の私からは遠い。
どこかしら男らしいと言われていた私からは。
……それはそれで泣きたい。
ヴァージニアはかわいい系。
ジニーはさわやかに。
ジンジャーは地味に。
一人三役はキツイが、手紙を送って人を呼ぶまでは何とかするしかない。
……ということはなかった。
鍛錬を休んで、大人しく姫様として待っていたというのに、誰も来なかった!
「ブラックリストを作るほど、人に会っていないから全て、ギルティにしようそうしよう」
腹ぺこだとろくなことを考えない。
うふふふと例外リストを作る算段をする。比較的、問題なかった相手だけ、除外してあげる。
食い物の恨みを思い知るがいい。
一人で着替えをし、化粧も髪結いも終わらせてもまだ誰も来ない。
無言で、部屋を出ると廊下は今日も閑散としていた。いや、人っ子一人いない。
妙に不安になって、短剣を一本ずつ両方の太ももに巻いた。
花嫁衣装はパニエで膨らませたもので多少の異物は隠してくれる。靴は白い皮で作ったブーツ。かかとは八センチ、底上げ五センチ。人によってはつむじが見える。
古来の花嫁衣装とは違い、白いものは兄様のロマンらしい。
せっせと白いドレスの布教をしている。式後、相手の色に染めるまでがセット。記念日に直して着る風習にしたいらしい。
それならば、多少高くとも買ってくれるだろうと。
ただ、私は染めないだろう。
追加の髪留めをつけて、武装を強化しているとどたどたした音が聞こえてきた。
一人ではなく、複数。
いや、一人だけ足が速いのがいる。
「なぜ、支度部屋にこないのです」
ばぁんと扉を開けて、王弟殿下が、喚きました。
いやぁ、良い声ですね。
にやにやしたくなるくらいに焦ってる。しかし、それを表に出すわけにはいかない。
眼鏡氏は護衛を引き連れていたけれど、礼儀正しく部屋の外で待機している。これはちゃんと教育されているとみていいだろう。
問題は近衛はわりとまともと見るべきか、この眼鏡の元にまともなのが集まったか、だけど今日の式でちょっとはわかる、と思う。
まあ、それはさておき。
「……あの、誰か、私に伝えたんですか?」
困ってますという顔で伝える。困り顔は65点。微妙に泣きそうに見えるから減点された。同性相手にはすこぶる評判の悪いやつだ。
男装中だと評価がまるで変わるので、中々心をえぐってくれる。
「使用人に伝えたでしょう?」
「衣装の準備をせよと言われたと聞いたのですが」
言われたことは終わっているとくるりとその場で回ってみせる。
「支度は終わっています」
部屋はちゃんと回れるくらいには片付けは終わった。壁際に箱の山はあるが、歩いて何か踏みそうになることはない。
ああ、そういえば、壊れ物の謝罪ももらってなかったっけ。
「……見事なものだ」
そこはそれ、綺麗とか言うんじゃないのかなぁ。
上げ底の靴を履いても目線がまだあわないって相当背が高いなこの人。
にこりとはにかむように笑って不穏の種をまく。
罪悪感を覚えるが良い。
私は別に、この人でも良い。
アレよりも見所はありそうだ。
「殿下っ!」
息も絶え絶えな侍女たちが、ようやくご到着。
しかし、ここまで失態を演じてもなにも変わっていないということが逆にすごい。牛耳っているのが確実にいる。
巻き毛、ではないだろうなぁ。
はぁはぁと今にも倒れそうな巻き毛を見下ろす。
国内で、王妃になるつもりだったご令嬢か王家の姻戚関係になるつもりだった家があるんだろう。
あるいは、国王の運命の人、とか。
「これはどういうことだ」
「姫君が勝手に出歩いて探していたのです」
「あら、ごめんなさい。食事もまだでしたの。食堂に行かねばいけないのかしらと思って」
出歩いていない、と話をしたところで意味はない。
出歩かなければならない理由を述べた方が、良い。
それは確実に彼女たちの手落ちだから。
箱入りの娘のように振る舞う。
好き放題侮るが良かろう。
「エイラ。わたしの話を覚えているか」
「はい」
「では、姫に、誰が食事を持ってきた」
「ウィラに命じました」
「それはどこにいる」
「……こちらに」
「食事をお持ちしましたが、不在でしたので、持ち帰りました」
「そうか」
眼鏡は侍女たちを見下ろして、ため息をついた。
言っても意味がないと、彼は理解したのだろう。
全く時間の無駄である。
「姫君、大変申しわけありませんが、時間が迫っています。こちらへ」
「ヴァージニアですわ。殿下」
きちんとエスコートをしてくれるのならば、名を教えても良い。なにせ、誰もわたしの名を尋ねなかった。
これにはきちんとした理由がある。
この国においての伝統で、王族の名は秘すべきもの。自ら名乗る場合のみ聞いて良く、呼ぶことは許されない。
他国の王族にも適応するとは思わなかったが、呼ぶべきではないとはわきまえていた。
「トレースだ」
苦々しい表情ながら名乗ってくれた。それなりに敬意を払ってくれたらしい。その名が三番目を意味する言葉で、本来の名ではないにしても。
「ありがとうございます」
嬉しそうな笑顔。プライスレス。
男を堕とすなら、覚えておけと兄様が謎の特訓をしてきたとっておきのヤツだ。本来は旦那様用だったのだが、アレに振る舞う気はしない。
めぼしい人には男女関係なく振りまこうと思う。
眼鏡はうっと言葉に詰まったように、でも、もごもごと何か言っていた。
……効果がありすぎたのか、彼が免疫がないのか。
「はしたない」
小さい声が聞こえたけれど無視。
傾国の美女にはなれないけれど、兄弟間の仲を悪化させるつもりはあるのだ。私のフォローをしているということは、それなりに良好な関係だったのだろうから。
大事な弟を切り崩して、勢力図を変えなければ。
よろけた振りをして、ぎゅうと腕をつかむ。
「ご、ごめんなさいっ」
真っ赤になって詫びてみせる。
案外、楽しくなってきた。悪女ごっこも結構いけるか。
「い、いや」
しどろもどろなところが、慣れていない感。一見怖そうだからモテない系なんだろうか。一般女性から見たらかなり大きいから怖いのかもな。
本人が知ったら怒るであろうことを考えながら、聖堂の控え室まで連れて行かれる。
国によって主神が違うことがある。そのため、聖堂の形式も違う事が多い。
故郷では闇の神が主神だ。安らぎとしての夜。人は闇より生まれし、闇に還るとされる。
闇の神は祟り神としても有名なので、国家で慰撫しているという側面もある。怒らせて潰された国家や地域は神話ではごろごろしていた。
故郷は何の因果か一回潰されたとされる地域。
恐れて暴れないように崇めるというのもわかる。
この国では光の神が主神とされる。
光と闇が敵対しているということはない。建前上、神々同士は争わないことになっている。まあ、多少の喧嘩などはあるけど。
……喧嘩? ということもあるけど、まあ、建前だ。
光の神は暴くものとされる。
隠された真実も、財宝のありかも、嘘も等しく暴く。その結果、もめ事が起ころうがしらんぷりをしている。
願われたことを暴いた。それだけである。
この結婚の不都合なところも暴いていただきたいものだが、私は光の神には祈れない。
闇の神の嫉妬深さは中々のものである。
冗談でも神の意を問うことはできない。
部屋で待っていれば、いきなり扉が開いた。
一人の女性がお付きの人たちを引き連れて入ってきた。物理的に排除していいだろうか。
「あら、みすぼらしい。色もつけられないなんて」
誰だろうか? と疑問が顔に出ていたのか、彼女は胸を張る。
「あたしに従うのよ。あたしが一番の妃なんだから」
……愛人か。
こんな顔だったかな。他にも妃がいたのか? いや聞いていないし。
「陛下がお望みならば。書面をご用意ください」
扱いやすい小娘として見られた方が今は良い。
色々囀り始めたけれど、あまり聞く気はない。
周りのお付きの方を見ていた方が有意義だ。華美ではないが、美しい装いと言えるのではないだろうか。ただの侍女とは違い、それなりの家のお嬢様たち。
それが、これを許すのか。
目があった一人ににこりと笑う。それに怯えたようにがたがたと震えだした。殺意は乗せていないはずなのに。
今のは可愛かったはず。
このときは気がつかなかったけど、この状況で可愛く笑うのはホラーだったかとあとでは反省した。
「名を聞かせてもらえますか?」
言葉の切れ目を狙って尋ねる。自覚があり、教育されているなら名乗らない。そして、周りも容認しているなら止める。
王族の名は問うべきではない。
「自分から名乗るものではないの?」
アーストリアあたりでは、自ら名乗り、名乗り返すという形式だった気がする。確かにここから数個は離れた国だ。
地続きでも習慣はその地で変わる。
名前を取られれば、魔王の配下となると伝承が残る地では自らの名を名乗りはしない。その場合、本名ではなく、愛称を名乗ることが多い。
逆に名乗ることにより、弱きものを従えるという伝承もあるのだから面倒だ。これは真名と呼ばれるらしい。
「では、そのように」
「おやめくださいっ!」
さすがに止められるか。
誰がと言えば。
……また、眼鏡。
本当に、お疲れ様である。おそらくは式が始まるのにわたしが来ないから様子を見に来たのだろう。
本当に、この国の人は王族を働かせるのが好きだな。
……我が国では、ほどほど、こき使われているので微妙に同情心が生まれてくる。
「あら、殿下。私を迎えに?」
甘えたような様子で言うのは愛人様。
眼鏡は無視を決め込んでいる。
関わると兄である王と揉めるのが目に見えているから、当たり前である。それでなんで、私が彼女に睨まれたのかがわからない。
「こちらへ」
手をさしのべられ、しばし、見つめてしまった。
ためらって、ちょっと恥ずかしそうにうつむきながら手を取ることにした。可愛いは作れる……はずっ! 背が大きくたって変わらない。きっと、たぶん、そうだといいな……。
「ありがとうございます」
小さな声で礼を言う。
養殖でも可愛いは正義と兄嫁さんたちも言っていたし、やれる、きっとやれる!
……そんな風に思ってないとやりきれないのだ。
「別に感謝されることでもない。こちらが、悪い」
そうだね。と同意することはできないので、小さく横に頭を振った。
悪いことをしている自覚は、彼にはあるが、正すような力はないと思った方が良い。
それとも、お腹の中まで真っ黒で、わかってやっているんだろうか。
見上げれば、見上げれば耳が赤かった。
ちょろい。
この偽物感あふれる可愛いに騙されている。
「……あざとい……」
どこからともなく聞こえた声に安心したくらいだ。そうだよね。あざとい、あざとい。
女の敵、あざとい系可愛い女で行こう。
本来の私からは遠い。
どこかしら男らしいと言われていた私からは。
……それはそれで泣きたい。
ヴァージニアはかわいい系。
ジニーはさわやかに。
ジンジャーは地味に。
一人三役はキツイが、手紙を送って人を呼ぶまでは何とかするしかない。
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
693
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる