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おうちにかえりたい編

姫様はお嫁に行きたかった(過去形) 前編

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「えー、嫁に行きたい? なんでまた」

 兄様は三妃へ跪きながらの返事でした。最近出来た試作品の爪に色を付ける液を塗っている途中で、最後までしないとダメだとのこと。
 爪を塗られている当人は申し訳なさそうな顔でされるがままになっている。

「行き遅れになるからですよ。兄様」

「え、なんで? 今、ハーレムじゃない?」

「ルー」

「なぁに? 三妃」

 兄嫁さんたちは名前で呼ぶことはほとんどありません。色々あって、妃同士で決めたのだそうで。
 兄弟は誰相手でもお姉さんか数字+妃と呼ぶように厳命されています。

「ジニーは生まれた時から女の子で、今も女の子で、お嫁さんになりたいんだ」

「……あれ?」

 もう一人弟がいた気がしたんだけど。そう続けて首をひねる兄様。
 それは女装趣味の三番目の兄様で、最近、お婿に行きました。婿入り先で楽しく女装しているそうです。
 ペアルックとうきうきで頼んだであろう姿絵が届いていたじゃないですか。
 お揃いのドレスって……て絶句してたじゃないですか。あの姿絵が美しいかは人による、とだけ言える。

 まあ、私の記憶が確かなら、そちらの三妃も……いえ、その話題は危険です。

「んー。今来てるのは、潰したい国一覧に載せているようなところだけど」

「女の子を危ないところに送らないっ!」

「女の子、ねえ」

 上から下までじろじろと見られて、再び首をかしげた。

「なんで、こんなに男感あふれてるんだろうなぁ。性別忘れてたわ」

 爪を塗る作業が終わるまで待ってから殴ってやりましたとも。



 ……つい五ヶ月くらい前のことを夢に見た。
 そのあとお腹がアザになっていたとお嫁さんたちからくすくす笑われながら報告があった。
 フォロー一切無し。兄様のお嫁様たちは兄様に厳しい。恋愛関係というより利害関係で結ばれたものばかりなので、微妙にクールだ。

 お嫁様たちは代わりに婚姻用品の用意や礼儀作法、相手方の国の歴史や現状など多岐にわたって支援してくれた。

 母様は、父様が亡くなってからというもの自由だっ! といわんばかりに国内外に旅行に出てしまって不在だった。

 兄様は冒険家なのか、そうなのかと頭を抱えていたけど。
 旅行、なんだよね?

 そのうちこの国にくることもあるだろうが、その前に色々掌握しておかないと。

 今日も一番鶏の鳴く前に起きた。北の方は日が長い時期があると聞いたが、確かに夜は随分と遅くなるまで明るかった。
 昨夜の夕食はしれっとした顔で兵舎の食堂に混じってきた。

 この城の人は私の食事というものをすっかり忘れているらしい。
 専任者がいないということは、誰かがやっているだろうと言うことになりやすい。誰かに言えば良いのかもしれないけれど、そもそも誰かが来なかった。

 王との面会とも謁見とも言えないアレをこなしたあとに部屋に送り返してそれっきり。

 いらない嫁ならそもそも縁談を受けるなと言いたい。
 持参金はしっかりと先払いしているのだから、厚遇まではいかないでも衣食住くらいはどうにかしていただきたいものだ。

 昨日も片付けた部屋はちょっとは見通しが良くなった。
 持ってきたモノの半分は、用途不明品に見える。使い方を知らなければ組み立てられない。

 そのまま箱に収まったままで、埃をかぶってしまえば良かったのだけど。
 それらの入ってる箱は寝室に積み上げた。ちょっと広い場所がないと組み立てにくい。
 調理器具一式とサバイバル用品は続き間の台所にまとめておいた。

 残りは本や兄弟たちからの餞別である。下の弟や妹は微妙なモノを送ってきたが、やはり兄や姉たち、その配偶者からは気遣いの感じられるものを用意してくれた。

 すぐ下の妹が送ってきた男装用品一式については怒って送り返さなくて良かったと思う。手紙の一つもついていなかったから、お返しに新作補整下着を送りつけてやった。なんと今度はエロいと制作者がドヤ顔していた。
 それ、脱がせたら悲しみが襲うのではないだろうかと思ったが、黙っていた。姫様にはわからないのですっと説教をされたくはない。

 鍛錬しようと着替えて庭に出る。
 あとで洗濯しようとシャツや下着類もいれた鞄も持つ。侍女や使用人たちに配ろうと良い匂いの石けんを大量に用意してきたのだが、無駄だった。

 今日の朝食はやっぱり肉だろうか。そんな事を思いながら、ストレッチから剣技の型を一通りこなす。
 無意識に動けるほどに体に染みこませなければ、いざと言うときに動けない。

 二番目の兄様の教えである。一番上の兄様は、感覚派なので誰かに教えるには向いていなかった。
 なんで、できないのと首をかしげては兄弟たちの心を折っていったのだ。

 かく言う私も心折られたことがあるものの、身長追い越し事件の時に兄様が一週間引きこもったのでチャラにしてある。

 みんなちょっとざまぁみろと思っていたという。

 愛されていない兄様ではないのだけど、喧嘩の一つもない兄弟など存在しない。恨みの一つや二つあったりもする。

 四番目の弟は、お楽しみのプリンを間違って食べた私を未だに怨んでいる。その十倍貢いでも忘れてくれない。
 ……たかる理由にされているような気もするけど。

 その彼は秘蔵、とろけるプリンレシピ十選を餞別にくれた。これで厨房は掌握出来ると言っていたが、他の弟の肉は正義と魚至上主義と戦っていた。それぞれレシピ集がやってきているのだけど、姉は別にご飯作りに行くのではないのよ? と窘めたけど、理解したんだろうか。

 そんな兄弟の色々なことを思い出しながらも一通りこなし、それでも何となくむしゃくしゃするので続けることにした。
 仮想の敵を心に描いて手合わせをする。

 姉様たちにお相手いただきましょうか。

 優雅に鉄扇を構える一番目の姉様。
 服の隠しから短剣を取り出す二番目の姉様。

 一人ずつなら撃破可能だけど、二人そろうと難しい。双子の意思疎通はもはや魔法のようだ。

 今日も想像上の姉様たちにぎたぎたにやられてへこむ。
 姉様たち、強すぎます。二人そろって嫁がれましたが、旦那様は無事ですか? 地獄のような夫婦喧嘩してませんか?

 ……いや、喧嘩しようなんて無謀な真似はしないでしょう。姉様たちを見分けられる希有な人でしたから。
 私は髪型変えられたらアウトです。

 魔力の波形が違うとか何とか言ってましたが、生粋の人間にゃ判断できないことです。

 さて、井戸で軽く汗を流して朝食に潜り込もう。
 剣を腰帯に差し、伸びをする。

「おしまいかな」

 声に振り返れば男性が立っていた。もちろん、お一人様ではない。従者を引き連れている。

 うーん。途中で気がついたんだけど、気がつかない振りをしていた。話なんかしたくないからだ。

 この国の貴族籍の男性は基本的に軍服を模した服装をしている。上位になると上着の丈が伸びていく。
 この男性は太ももの半ばくらいだから、かなり上位と思う。

 その上、刺繍も凝っている。尚、一般兵は簡素な詰め襟で、おしりが隠れる程度。城に出入りするくらいならそれに何らかの刺繍を施されている。

 まあ、そんなお貴族様は通常、こんな早朝起き出してこない。
 この早朝までなにをしていたんだか。
 女の匂いも乱れた服装もないから、普通に仕事していた可能性もある。兄様ならブラック労働反対と言っているだろう。
 ブラック労働というのはだな、とよどんだ目で語っていたが絶妙な言葉のチョイスに笑ってしまって正座で説教されたのは10才の時だ。

 その頃の兄様と同じような匂いがする気が……。
 柔らかな茶色の髪をぼんやり見て、はっと気がつく。

「お目汚しを」

 片膝をついて、利き手を胸に当て、顔は地面を向ける。
 この国の一般的な貴人に対する礼だ。もちろん男性の。
 利き手を胸に当てるのは敵意はないとの意思表示だそうだ。武勇を誇るわりに生ぬるい。

「そんなことはない。己を誇るが良い」

「はっ」

 一番無難な返答である。
 気が済んだのか、立ち去ってくれそうだ。良かった。面倒は今はお断りだ。朝食に間に合わなくなったらどうしてくれる。

「名は?」

「お耳汚しとなりますのでご勘弁ください」

 精一杯、丁寧にお断りしてますが、あまり良い言葉使いは苦手なんですよ。
 という感じに答えておく。この場合、嬉々として名乗った方が、印象が悪かったりするのが理不尽だ。

「ふむ。そうか。邪魔をしたな」

 そう言って、男性は去って行く。

 これで安心、というわけでもない。
 すぐに従者が聞き取りにやってくるまでが形式美。

「ジニー」

 素っ気なく名乗って背を向ける。興味ないですよとアピールしないと男の嫉妬が、うざい。
 あんたの主君に取り入ったりしないからと言っても妬まれたりする。

 過去、いろんなモノを偽って近衛兵に紛れ込んだからわかる。
 女の嫉妬も恐いが、男の嫉妬もそれなりにやるモノである。

 洗濯してる時間あるかなぁ。そもそも濡れた荷物持って朝食いくの?
 ……下着もあるのだからダメか。最終手段、キッチンで洗濯か。
 出かける前に気がつけばいいのに。

 地味にしんどいな。この生活。



 井戸で体を拭き、軽く頭を洗う。着替えて頭をがしがし拭いている時に再び少年が現れた。今日は一人。

「おはよう」

 普通に挨拶したらびっくりされた。

「おはようございます。これから食堂に来ない方がいいと伝えにきました。ランカスター様がおいでです。あなたを捜しに」

「誰?」

「……朝、誰かにお会いになってでしょう?」

「ああ」

「財務卿閣下です」

「なるほど」

 兄様と同じ守銭奴臭がする。

「そのまま持ち出しは出来なかったのでパンに肉を挟みました。お昼もダメかもです」

 布に包まれたものを少年は差し出す。

「ありがとう」

 しかし、なぜ、ここまでしてくれるのかわからない。

「こちらから声をかけるまで、近寄らないでください。絶対面倒な事にしかなりません」

「うん。よい子だな」

 育ちの良さを感じる。他の二人よりもこの子の方がちょっとだけ大人。
 頭をなでなでして、毛を逆立てたネコのような対応はもうしない。複雑そうに頭を押さえているけど、かわいいな。

「ところで、あなた、ジニーって言うんですか」

「そうだよ。言わなかったっけ?」

「ライルです。赤毛がイリュー、黒髪がソランといいます。少年たち、ではありません」

 あらら。
 少しばかり自尊心を傷つけたらしい。
 難しい年頃である。かわいいというとへそを曲げるのは弟たちと同じだろう。

「頼りにしてるよ」

 ひらひら手を振って、その場を去ることにする。一緒にいるところを見られるほうがまずいだろうから。
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