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第五十三話 悪魔の目にも涙

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「魔王様、どうかお考え直しを」

 またいつもの夢だ、と思った。
 夢の中の自分は紅と蒼のオッドアイを持つ男の足元に跪いている。

「人間の勇者に呼び出されて対話など……罠に決まっております!」

 夢の中の自分は痛烈な想いで叫ぶ。
 悲痛な想いが胸を劈くようだった。

「人間の中でも英雄と呼ばれる類の者は特に信用してはなりません。奴らは特別残虐な種類の人間で、人心を操ることに長けていながらその実あっけなく同族ですら切り捨てるのです。ましてや魔王様が向かえば絶対に裏切られます……!」

 必死に訴えたが、目の前のオッドアイの壮年の男は安堵させるように微笑みかけてくる。
 自分は美味しいものを食べたくて領土を拡げてきただけだ。
 手っ取り早く戦を終わらせられる可能性があるなら、その可能性に賭けた方が良いと。

「魔王様、それならば私のためにお考え直し下さい。私は名付けによって魔王様と魂が繋がっております。もし魂の繋がっている魔王様が死ねば、私の魂も損傷するでしょう……それこそ、自我が崩壊するかもしれないほどに」

 夢の中の自分は最終手段として自分を人質に取るような言動をする。
 オッドアイの男はそれに迷うような素振りをするが――――最終的に首を横に振ったのだった。



 *



「……っ!」

 目覚めると既にベッドの中にはセバスチャンはいなかった。
 一度くらい一緒に朝を迎えてくれてもいいのに、と思う。
 本当に俺のことをただの主人として見ているんじゃなくて、愛しているというのならそれくらいしてくれたっていいじゃないか。

 いや、俺は何を寂しがっているのだろう。
 別にセバスチャンが俺に一方的に愛を向けていようとなんだろうと、どうだっていいじゃないか。
 俺の方はセバスチャンのことをどうとも思っていないのだから。

 そんな風に自分自身に反駁してみるが、少々無理があった。
 どう考えたって、俺は寂しさを覚えていた。
 隣に誰もいないベッドに。

 そりゃだって、あんな風に愛してる愛してるって囁かれたら……抱かれてる時以外だってその言葉を聞きたくなる。
 だからこの寂しさはセバスチャンのせいだ。セバスチャンの責任だ。

「魔王様、どうかされましたか?」
「ひょえっ!?」

 気が付けばセバスチャンが音もなくベッドの脇に立っていた。

「魔王様の魂の色がいつになく憂鬱な色をしてらっしゃるように見えたので、音を立てないようにそっと近寄ってみたのです」
「分かってるなら忍び寄ってくるのやめてくれないか!?」

 音を立てないように近寄って来るのは問題だが、彼の顔色は本当に心配そうに見えた。

「何か私に至らないところでもございましたか?」
「う……っ」

 ここで『えっちした次の日の朝は一緒にベッドで寝ていて欲しい』とお願いできれば可愛いのだろう。
 だがそれはセバスチャンがいないと寂しいと認めるようで……まるで俺の方がセバスチャンのことを好きみたいで、どうしても言えなかった。

「もしかして……懐妊したかもしれないと不安に?」
「え?」

 彼の言葉に、昨晩の濃い情交を思い出す。
 そういえば思い切り一番奥にナカ出しされて「子供ができちゃう」とか何とか喚いたような記憶が……。

「ち、違うっ、そんなことじゃない!」

 子供が出来たかどうかなんて分かるワケないのに、昨晩の自分は一体何を言っていたのだろう。
 今さらながらに恥ずかしくなってしまう。

「本当ですか? もしかして魔王様は私との子を望んでいないのではないかと……」
「そんなことないっ、大丈夫だからっ!!」

 俺は慌てて彼の不安を遮った。
 最初は子供なんて出来たら大変だと思っていたはずなのに、彼の憂いた顔を見たら咄嗟にそう答えてしまっていた。

「……それなら、良かったです」

 彼はほっと胸を撫で下ろしたようにおずおずとした笑みを浮かべる。

「もしセバスチャンとの卵を産めたら、俺はちゃんと嬉しいから。なっ?」

 彼の悲しむ顔をこれ以上見たくなくて、俺は彼の手を握って上目遣いに見つめたのだった。

「魔王様……!」

 感極まったのだろうか、彼の目尻に光るものが見えたような気がした。
 悪魔も涙を流すんだな。
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