俺魔王だけど、悪魔の執事に溺愛されてたくさんエッチなことされて美味いもんたらふく食わされてます

野良猫のらん

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第三十話 クラレゴ視点

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 あまりの人通りの多さにケダキナはその淡い水色の瞳を丸くしているようだった。

「ほら、祭りでもやってるみたいに人が多いって言ったろ、ケダキナ」

 小声で話しかければ、馬に話しかけたところで騒めきに紛れて誰かに聞き咎められるということもない。
 ケダキナは耳をピクピクさせているので、恐らくはこちらの言葉を聞き取れているのであろう。

「まずは宿をとろう」

 首を撫でて声をかけると、彼は機嫌良さげにぶるると軽く嘶いた。



「さあ、行くぞ」

 宿を取り終わり、馬小屋のケダキナに声をかけると彼は反抗的な眼差しで私を睨んだ。
 せっかく一休みできると思っていたのに、といったところだろう。

「お前がいないと荷を運べないんだ。そしたらお前のご主人様も洋服を手に入れられないんだぞ?」

 ご主人様とはもちろん魔王と呼ばれていたあの青年のことだ。
 あの青年がケダキナを作り出したのを目の前で見ていた。
 ケダキナにとっての主人は私ではなくあの魔王のことだろう。

 ケダキナは仕方ない、と言わんばかりに鼻を鳴らして渋々歩き出したのだった。

「これから私が所属する商業ギルドに行くんだ」

 ケダキナに結びつけられた縄を引いて街中を歩く。
 ケダキナは私の横を歩いて話を聞いている。

「新しい商品を流通させるときはギルドの許可を取らなきゃならん。だがあそこにいるのは同郷の者たちばかりだ。コメというんだったか? こういう新しい食べ物が好きそうな金持ちを紹介してもらうさ」

 私が所属している商業ギルドは王都で最も大きな勢力を誇っており、市場を牛耳っている。
 その代わり『今までにないまったく新しい穀物を売りつける相手を見つける』なんて一介の行商人である私には到底手に負えないことをやってもらえる可能性がある。その代わり寄付金をたっぷり求められるだろうが。

「おお、クラレゴじゃないか」

 ギルドに入るなり馴染みの者に声をかけられた。

「ギルド長を呼んでくれないか。話があるんだ」

 商談を行うための会議室に通された。
 既にギルド長がそこにいて、ふかふかのソファに腰掛けていた。
 ギルド長はこの国に伝わる百八聖人の一人、真冬の雪の深い日に子供にお菓子を渡し歩く赤い服を着た老人を思わせる真っ白のひげを持っている。

 ギルド長はパイプから口を離すと、口を開いた。

「ある日、国から我がギルドへと依頼があった。『悪魔の草原を調査せよ』と。だから儂は君に頼んだ、件の草原に行くようにと。その君が見覚えのない馬に乗ってよく分からない荷を運んで戻ってきた。はてさて、悪魔の草原で一体何があったというのだ?」

 ギルド長はおどけたように片眉を上げるが、深い皺の奥の瞳は鋭く私を見つめていた。

「まさか本当に悪魔の国があったとでも?」
「……実は、そのまさかなんです」

 私は慎重に口を開いた。
 ギルド長は私の言葉に目を見開く。

「それは、一体……」

 何と説明するかはあらかじめ考えている。
 私はそれをすらすらと口にした。

「ええ、もちろん言葉通りの意味ではありません。いわゆる魔の草原の向こうには、未知の文明による国があったのです。私はそこで現地人と交流し、その末にその国の穀物を贈り物としてもらいました」

 私の説明を聞いたギルド長は頭の中を整理する時間を欲したのか、パイプを口に含み、それからゆっくりと煙を吐き出した。

「それは……とても信じがたいな。文明の程度は?」

 ともかく、ギルド長は一応は話を呑み込んだようだった。
 本当に悪魔が棲んでいる国があったのだ、などと言っていればギルド長はまだ沈黙から帰ってきていなかっただろう。

「千年の間に魔の草原に未開人が住み着いたのでしょう、大した建築物もありませんでした。最初に私は何か勘違いされたのか捕縛され、彼らの頭領の住む城へと連れて行かれました。飾り気のない、砦のような小さな城です。石造りの建物だった点は評価できるでしょう」

 傍にケダキナがいれば、この言い草に不満そうに蹄を打ち鳴らしたかもしれない。だがケダキナはギルドの馬小屋の中だ。

「そうだな。まずはその、贈り物だという穀物を食してみたい。美味いパンになるのか?」
「いいえ、パンにはしません。もっと簡単に食すことができます」
「ほう?」
「ギルドの厨房をお借りします」

 実のところ、荷物の中身を少しでも減らしてなるものかと道中で米を炊いてみたことはない。これが正真正銘初めてだった。

 もし失敗したら……と緊張しながらもあの悪魔に教えられた通りに米を炊き終わった。いつか見たあの純白の米が炊き上がった。口の中に湧いてくる唾をごくりと飲んだ。
 会議室に戻り、私は皿に載せた白米を匙と共にギルド長に差し出した。

「これは……確かに見たことのない穀物だな」

 ギルド長は恐る恐る匙で白米の一部分を掬い取った。
 白米をためつすがめつしつつ、遂には思い切って口の中に米を入れた。

「……!」

 白米を口に含んだギルド長は目を見開いた。

「甘い! 噛めば噛むほど甘味が口の中に広がる!」

 試しと思ってほんの少量炊いただけだが、ギルド長はあっという間にその全てを食べてしまった。

「うむ……理解出来た。確かにこれは金になる」

 完食したギルド長はこくりと頷く。

「できればこういう新しい珍味に目がないお貴族様などを紹介していただければ……」
「いや、いや」

 私の言葉を彼は途中で遮った。

「この味は金になり過ぎる。まずは王家に献上せねば厄介なことになるであろう」
「え……」

 ギルド長が重々しく口にした言葉に、頭の中が真っ白になった。
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