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第二十六話 魔界拡大!

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「ここら辺でよろしいかと思われます」

 どれほど歩いただろうか。
 セバスチャンが森の奥で俺を下ろした。
 この一帯を魔界にすれば森のほとんどが魔界化できるということだろう。
 だが、心配なことがあった。

「遠吠えが何回か聞こえたけど……」

 ここに辿り着くまでの間に幾たびか狼の遠吠えが鼓膜を震わせたのだ。
 狼型のはぐれモンスターがこの森にはいるのだろう。
 魔界化には少しばかり時間がかかる。
 魔界化している間にもし襲われれば……。

「さっさと魔界化してしまえば敵意ある者はその中に留まれません。早く始めてしまうのがよろしいでしょう」

 留まれない、とは外に弾き出されるという意味だろうか。
 そういうことなら確かに始めてしまった方がいいのかもしれない。

 俺は魔力を身体に通し、領域を拡げていく。
 紫色の円が自分を中心にしてじわりと広がり始めた。

「全員、周囲を警戒しろ!」

 リュウが声をあげる。
 みんなが俺を囲むように広がる。
 アスプがソラの身体から下りて、地面を這っていく。
 エビルフラワーも蔦を展開していく。
 ピクシーはさっと俺のマントの中に避難した。

 じわじわと紫の円が広がっていく。
 自分の内側から外側へと。
 まるで自分の肉体が空間となって広がっていくかのように、存在そのものが拡散していくかのように。
 魔界とは己の身体の一部なのだ。

「アオーン…………ッ!!」

 突如。
 狼の遠吠えが響いた。
 ごく至近距離からだ。

「アオーン! アオーン……ッ!」

 二度、三度と様々な角度から遠吠えが聞こえる。
 俺たちは囲まれたのだ。
 だがここで魔界化を止めることはできない。
 みんなが俺を守ってくれると信じるしかない。

「グルルル……ッ!」

 続いて唸り声が聞こえてきた。
 何頭分の声だろうか。
 多数の狼が薄暗がりの向こうにいることが分かる。

「来るぞ……ッ!」

 リュウが警告するのと同時に、暗がりの向こうから複数の影が飛びかかってきた。
 牙が。爪が。襲い掛かってくる。
 光る鋭いものが俺を狙っている。

 刹那。
 リュウの双短剣が狼モンスターを切り裂いた。
 狼の皮が裂け、血が噴き出す。

 エビルフラワーの蔦が狼を複数絡め取り、捕らえられた狼をソラが一頭ずつ仕留めていく。
 セバスチャンは俺を背中に隠す。

「グワァッ!」

 突如、近くの藪から俺に向かって一頭の狼が飛び出してきた。

「なッ!?」
「魔王様!」

 リュウもソラも間に合わない。
 セバスチャンが俺を覆い隠すように羽を広げる。
 その時。

「シュー……」

 アスプが上から垂れ下がってくる。
 木の枝からぶら下がったアスプが狼を至近距離から睨み付ける。

「きゃうん……っ」

 アスプに睨まれた狼はばたりと倒れ込むように寝入った。
 彼の額の瞳を開いたのだろう。
 アスプの特殊能力だ。頼もしい!

「もうちょっとで終わる、みんな頑張ってくれ!」

 紫の円が広がり切ってから、その円に魔力を通す。
 そうしなければ魔界化はならない。
 適当に小さな円で妥協する、ということはできない。

 じりじりと円が広がっていくのが酷く遅く感じられる。
 円の境界は既に視界の範囲を超えて広がっているが、まだだ。
 あともう少し……っ。

「これで終わりだ!」

 円が広がり切った。
 そう感じ取れたその瞬間、俺は素早く魔力を通した。
 紫の円の中が魔界と化す――――。

「ぎゃわんッ」

 その瞬間、襲い掛かってくる狼たちの姿が蒸発するように溶けて消えていった。
 敵意ある者が魔界内に留まれないとはこういう意味だったらしい。
 こうして戦闘は終了した。

「魔王様。お怪我はありませんか」

 セバスチャンが怪我がないかどうか俺の身体に触れてチェックする。
 何食わぬ顔でマントの中から出てきたピクシーがキヒキヒ笑っていた。
 まあ最初からピクシーには戦闘力を期待していなかったので、ピクシーが戦闘を放棄したことは無問題だ。

「魔王様、ごめんなさい!」

 武器を納めたリュウとソラが突然頭を下げてきた。
 謝られる理由が思い当たらず、俺は目を点にする。

「あの狼たちが襲ってきたのは多分、俺たちの匂いを嗅ぎ取ったからだと思います。よその狼が縄張りに入ってきたと思ったのでしょう」

 ソラがその場に跪いて説明してくれた言葉に合点がいく。

「事前にそれを知ることはできなかったんだし、仕方ないよ。誰も大怪我しなかったんだから結果オーライだ」

 こうして俺たちは森の奥深くに三つ目の領土を手に入れることができたのだった。
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