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第十九話 ニンゲン視点
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私は悪魔の首領に囚われてしまった。
依頼にあった通り悪魔が現れるという平原の噂を確かめに来た時のことだった。
肥えた土地で、草原を潰してすべて畑にすれば麦の大生産地になるのだろうと思われた。
そんな豊かな土地が今まで無人のまま小さな寒村の一つすらないまま放置されていたのは、不吉な噂によるものだった。
なんでもこの平原に足を踏み入れた者の前には悪魔が姿を現すのだとか。
千年前には魔王が支配していた土地だったとか。
「はっ、魔王なんて御伽噺だ」
大の大人がそんな御伽噺に怯えてこんな豊かな土地を放っておいているなんて情けない。
全体的に不作が続き麦が高騰しているこの王国においてこれだけの土地をまるごと麦に変えられればどれほど大儲けできることか。
必要に駆られて禁足地が暴かれる時が来たのだ。
そう思っていた時のことだった。
ふと、頭上を影が覆う。
私は空を見上げた。
嗚呼、それこそは正真正銘の悪魔であった。
大きな翼を拡げ、沢山の触手を蠢かせる黒い影がそこにあった。
私はなすすべもなく触手に捕らえられ、足が地面から浮き上がる。
「わぁ、わあぁっ!」
私の身体は大空へと持ち上げられ、そのまま悪魔の城へと運び去られたのであった。
暗くじめりとした悪魔の城の牢に閉じ込められると、悪魔と触手とは分離した。
そして触手は牢の中で私の四肢に絡み付くと、私の口へと触手を伸ばす。
悪魔などいるはずがない、と鼻が笑った結果がこれだ。
悪魔は実在していたのだ。
千年もの間人の手が入っていない土地にはそれなりの理由がある。理由もなしに強欲な人間が豊かな土地を手つかずのまま放置できる訳がないのだ。それはそれは恐ろしい理由が眠っているに決まっている。
「んぐッ!?」
触手が無遠慮に口の中に突っ込まれる。
触手生物には顔が見当たらない。だが、こいつは私の咥内を犯して愉しんでいるのだ。何故だかこの触手生物の悍ましい目的が理解できた。
触手の先から苦いものが染み出してくる。
呻きながら苦しんでいると、悪魔が見たことのない人物を伴って牢に現れた。
「ああだめだめ、そんなの食べたらお腹を壊すよ。牢の中から出て来なさい」
その人物の号令一つで、触手は私の身体から離れていった。
私は咳き込んで触手に飲まされたものを吐き出すと、その人物を見上げた。
貴族のような重厚な毛皮のマントとは不釣り合いな、薄く肌に張り付いた扇情的な衣服。
愛人のマントを羽織った男娼、そんな風に見えた。
赤と青の左右色違いの瞳が私を見下ろしている。
「さていかがされますか魔王様。拷問してどこから来たのか吐かせますか?」
だが、私は確かに聞いた。
悪魔がこの艶やかな青年を『魔王様』と呼ぶのを。
まだ少年とすら呼べるほどのあどけないこの青年が魔王?
しかし納得できる気もした。
悪魔の世界では何もかもがあべこべだと言う。
それならば悪魔の世界を治めるのは立派な身なりをした老人ではなく、淫らな格好をした若者であろう。
「こいつは俺のペットにするんだ」
魔王と呼ばれた青年は言い放った。
魔王のペットになる……?
その言葉に私は絶望した。想像を絶するほど恐ろしいことが待ち受けているに違いなかった。
面白半分に嬲り殺しにされるのだろうか。それとも先ほどの触手のような悍ましい生物に犯されることになるのであろうか。
「ほらニンゲンちゃん、チチチチ」
魔王と呼ばれた青年が格子の間から手を伸ばしてくる。
情けないことに私は仰け反るようにして後退りしてその腕から逃れた。
触れたらどんなに恐ろしいことが起こるか知れない。
私が牢の隅に蹲ったのを見て悪魔と魔王は去った。
何故こんなことに……と私は溜息を吐いた。
無人の土地を調査して無事を確認さえすれば多額の報酬がもらえる。
上から下りてきたそんな美味しい話に乗ったのが悪かったのだ。
もしかすればその話を持ち掛けてきた上司も悪魔の手先だったのではないだろうか。
もはやすべてが疑わしく思えた。
失意のどん底に沈んでいると、ほどなくして悪魔と魔王が戻ってきた。一体どんな拷問が始まるのだろう。
「っ!」
牢の小さな入口から何かが差し入れられた。
それだけで私はビクリと震えてしまった。魔王はその様子を見てニヤニヤと目を細めた。面白がっているのだ。美しい顔立ちをしていてもやはり中身は悪魔の首領なのだと私は確信した。
「さあ、食べて!」
「……?」
差し入れたものを示して魔王は言った。
食べてだと?
じゃあ目の前にあるこれは皿に載せられた食べ物だというのか?
私は疑わしげに食べ物と魔王とに交互に視線をやった。
皿の上に載っているのは見たことのない茶色い食べ物であった。
悪魔の国の食べ物だ。これを食べれば永遠の囚われの身となり、帰れなくなってしまうのではないかと思えた。絶対に食べるものか。
「しょうがないな。まずは俺が毒見してやるとしよう」
よく見れば魔王の側にも同じ食べ物があった。
魔王はそれを手に取ると、大きく口を開けて頬張った。
それが実に美味そうに食うのだ。
私は自分がここしばらく岩のように硬いパンを水でふやかしたものしか食べていないことを思い出した。
あんな美味そうな表情で食うんだ、よほど美味しいのだろう。
「ほら、美味しいから食べな?」
ごくりと生唾を飲む。
いやしかし待てよ、悪魔の国の食べ物だ。
奴ら悪魔にとっては美味しくても人間にとってはどうか……。
私はまず慎重に匂いを嗅いでみることにした。
恐る恐る近寄り、皿の上の謎の食べ物を手に取る。
少なくともカチカチの燕麦パンよりは柔らかそうだ。
そして匂いを嗅いでみる。
「!」
初めて嗅ぐ匂いだが、酷く食欲を誘う香りがした。
私は堪らずその食べ物を口にした。
「う、うまい……! うますぎる……!」
まさしく悪魔的な美味さだった。
初めて口にする香ばしい味のそれに私はすっかり魅了されてしまった。
私はその食べ物を一瞬で食べ尽くしてしまった。
なくなってしまった後で、私は一瞬で食べてしまったことを悔やんだのだった。
「ふふ。ご飯もっと持ってくるからね」
魔王に指示されて悪魔がどこかへと去っていった。
彼らの会話を聞いて、今食べた悪魔の食べ物が『おにぎり』という名前だと知った。
どうやら追加でおにぎりを持ってきてくれるらしい。
何故彼らは私に食べ物を食べさせてくれるのだろう。
肥え太らせてから喰うつもりだろうか。
私には彼らの意図がまったく掴めなかった。
追加で悪魔が持ってきたおにぎりは茶色くなかった。
真っ白のおにぎりは仄かに甘い香りがする気がする。
私は躊躇わず追加のおにぎりに食らいついた。
白い方のおにぎりは塩の旨味がよく感じられた。
これも美味い。こんな美味いものがこの世にあるなんて。
ああ……この食べ物を王国に持っていくことが出来ればどれほど儲かることだろう。
依頼にあった通り悪魔が現れるという平原の噂を確かめに来た時のことだった。
肥えた土地で、草原を潰してすべて畑にすれば麦の大生産地になるのだろうと思われた。
そんな豊かな土地が今まで無人のまま小さな寒村の一つすらないまま放置されていたのは、不吉な噂によるものだった。
なんでもこの平原に足を踏み入れた者の前には悪魔が姿を現すのだとか。
千年前には魔王が支配していた土地だったとか。
「はっ、魔王なんて御伽噺だ」
大の大人がそんな御伽噺に怯えてこんな豊かな土地を放っておいているなんて情けない。
全体的に不作が続き麦が高騰しているこの王国においてこれだけの土地をまるごと麦に変えられればどれほど大儲けできることか。
必要に駆られて禁足地が暴かれる時が来たのだ。
そう思っていた時のことだった。
ふと、頭上を影が覆う。
私は空を見上げた。
嗚呼、それこそは正真正銘の悪魔であった。
大きな翼を拡げ、沢山の触手を蠢かせる黒い影がそこにあった。
私はなすすべもなく触手に捕らえられ、足が地面から浮き上がる。
「わぁ、わあぁっ!」
私の身体は大空へと持ち上げられ、そのまま悪魔の城へと運び去られたのであった。
暗くじめりとした悪魔の城の牢に閉じ込められると、悪魔と触手とは分離した。
そして触手は牢の中で私の四肢に絡み付くと、私の口へと触手を伸ばす。
悪魔などいるはずがない、と鼻が笑った結果がこれだ。
悪魔は実在していたのだ。
千年もの間人の手が入っていない土地にはそれなりの理由がある。理由もなしに強欲な人間が豊かな土地を手つかずのまま放置できる訳がないのだ。それはそれは恐ろしい理由が眠っているに決まっている。
「んぐッ!?」
触手が無遠慮に口の中に突っ込まれる。
触手生物には顔が見当たらない。だが、こいつは私の咥内を犯して愉しんでいるのだ。何故だかこの触手生物の悍ましい目的が理解できた。
触手の先から苦いものが染み出してくる。
呻きながら苦しんでいると、悪魔が見たことのない人物を伴って牢に現れた。
「ああだめだめ、そんなの食べたらお腹を壊すよ。牢の中から出て来なさい」
その人物の号令一つで、触手は私の身体から離れていった。
私は咳き込んで触手に飲まされたものを吐き出すと、その人物を見上げた。
貴族のような重厚な毛皮のマントとは不釣り合いな、薄く肌に張り付いた扇情的な衣服。
愛人のマントを羽織った男娼、そんな風に見えた。
赤と青の左右色違いの瞳が私を見下ろしている。
「さていかがされますか魔王様。拷問してどこから来たのか吐かせますか?」
だが、私は確かに聞いた。
悪魔がこの艶やかな青年を『魔王様』と呼ぶのを。
まだ少年とすら呼べるほどのあどけないこの青年が魔王?
しかし納得できる気もした。
悪魔の世界では何もかもがあべこべだと言う。
それならば悪魔の世界を治めるのは立派な身なりをした老人ではなく、淫らな格好をした若者であろう。
「こいつは俺のペットにするんだ」
魔王と呼ばれた青年は言い放った。
魔王のペットになる……?
その言葉に私は絶望した。想像を絶するほど恐ろしいことが待ち受けているに違いなかった。
面白半分に嬲り殺しにされるのだろうか。それとも先ほどの触手のような悍ましい生物に犯されることになるのであろうか。
「ほらニンゲンちゃん、チチチチ」
魔王と呼ばれた青年が格子の間から手を伸ばしてくる。
情けないことに私は仰け反るようにして後退りしてその腕から逃れた。
触れたらどんなに恐ろしいことが起こるか知れない。
私が牢の隅に蹲ったのを見て悪魔と魔王は去った。
何故こんなことに……と私は溜息を吐いた。
無人の土地を調査して無事を確認さえすれば多額の報酬がもらえる。
上から下りてきたそんな美味しい話に乗ったのが悪かったのだ。
もしかすればその話を持ち掛けてきた上司も悪魔の手先だったのではないだろうか。
もはやすべてが疑わしく思えた。
失意のどん底に沈んでいると、ほどなくして悪魔と魔王が戻ってきた。一体どんな拷問が始まるのだろう。
「っ!」
牢の小さな入口から何かが差し入れられた。
それだけで私はビクリと震えてしまった。魔王はその様子を見てニヤニヤと目を細めた。面白がっているのだ。美しい顔立ちをしていてもやはり中身は悪魔の首領なのだと私は確信した。
「さあ、食べて!」
「……?」
差し入れたものを示して魔王は言った。
食べてだと?
じゃあ目の前にあるこれは皿に載せられた食べ物だというのか?
私は疑わしげに食べ物と魔王とに交互に視線をやった。
皿の上に載っているのは見たことのない茶色い食べ物であった。
悪魔の国の食べ物だ。これを食べれば永遠の囚われの身となり、帰れなくなってしまうのではないかと思えた。絶対に食べるものか。
「しょうがないな。まずは俺が毒見してやるとしよう」
よく見れば魔王の側にも同じ食べ物があった。
魔王はそれを手に取ると、大きく口を開けて頬張った。
それが実に美味そうに食うのだ。
私は自分がここしばらく岩のように硬いパンを水でふやかしたものしか食べていないことを思い出した。
あんな美味そうな表情で食うんだ、よほど美味しいのだろう。
「ほら、美味しいから食べな?」
ごくりと生唾を飲む。
いやしかし待てよ、悪魔の国の食べ物だ。
奴ら悪魔にとっては美味しくても人間にとってはどうか……。
私はまず慎重に匂いを嗅いでみることにした。
恐る恐る近寄り、皿の上の謎の食べ物を手に取る。
少なくともカチカチの燕麦パンよりは柔らかそうだ。
そして匂いを嗅いでみる。
「!」
初めて嗅ぐ匂いだが、酷く食欲を誘う香りがした。
私は堪らずその食べ物を口にした。
「う、うまい……! うますぎる……!」
まさしく悪魔的な美味さだった。
初めて口にする香ばしい味のそれに私はすっかり魅了されてしまった。
私はその食べ物を一瞬で食べ尽くしてしまった。
なくなってしまった後で、私は一瞬で食べてしまったことを悔やんだのだった。
「ふふ。ご飯もっと持ってくるからね」
魔王に指示されて悪魔がどこかへと去っていった。
彼らの会話を聞いて、今食べた悪魔の食べ物が『おにぎり』という名前だと知った。
どうやら追加でおにぎりを持ってきてくれるらしい。
何故彼らは私に食べ物を食べさせてくれるのだろう。
肥え太らせてから喰うつもりだろうか。
私には彼らの意図がまったく掴めなかった。
追加で悪魔が持ってきたおにぎりは茶色くなかった。
真っ白のおにぎりは仄かに甘い香りがする気がする。
私は躊躇わず追加のおにぎりに食らいついた。
白い方のおにぎりは塩の旨味がよく感じられた。
これも美味い。こんな美味いものがこの世にあるなんて。
ああ……この食べ物を王国に持っていくことが出来ればどれほど儲かることだろう。
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