異世界転生した僕、実は悪役お兄様に溺愛されてたようです

野良猫のらん

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スピンオフ

番外編 イザイア視点 4

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 ボクは……理性を試されているのか?

 初めてフィルという少年に会ったのはフロアボス討伐の時だった。
 栗色の髪に、くるんと丸いハシバミ色の瞳。華奢な肩。
 まるで栗鼠のように可愛らしい人だと思ったボクは、こう申し出た。

「あの、緊急事態だとは分かっているのですが、流石に女性の方に掴まって箒に乗る訳には……」

 それが失敗だった。
 栗鼠のような彼は怒るどころかむしろ申し訳なさそうに頬を赤らめて「あの僕、男です……」と俯いたのだった。
 彼との初対面は少々気まずいものだった。

 しかし彼はそれから何度か教会を訪ねてくるようになった。
 なんでも隣国出身でこの国の宗教に疎いので、教えて欲しいのだという。見上げた向上心であった。
 ボクの知識が彼がこの国で生きやすくなる一助となるならば、と丁寧にレイユン教について教えた。
 わざわざ聖書のページをめくって読みたがったのはこの村では彼だけだった。もっとも、古語で書かれているため彼には解読できなかったのだが。

 そんなある日、彼はパーティメンバーに担がれて教会に運ばれてきた。
 彼は視力を失っていた。
 ボクには彼をすぐに治すことはできなかった。悔しかった。

 彼の瞳にかけられた呪いを解くことができなかったことだけでなく、彼の心の焦りも問題だった。
 目が見えなくなり、冒険者としての仕事が出来なくなった彼の不安はいかほどだろうか。
 ボクは暇を見てはレイユン教の教義を彼に教えたりなどして彼の気を紛らわすことにした。

「じゃあ僕もキスをすれば治るんですか?」

 フィルくんからそんな言葉が飛び出したのは呪いについての説明をしている時のことだった。続いてそれが早とちりだと気が付き、彼は頬を赤らめる。
 あまりにも無防備なその様子に、ボクは少し彼を揶揄いたくなってしまった。

「試しにキスをしてみましょうか? 減るものでもありませんし」

 ボクがそう囁くと、彼は面白いくらいに動揺した。
 彼の可愛らしい顔が真っ赤に染まっている。
 それを見てボクはこれをちょっとした冗談だけで済ますのは惜しいと思ってしまった。
 そこまでするつもりはなかったのに、ボクは彼の頬にキスを落としてしまっていた。

「い、今のはキスしたフリですよね!? はわわ……」

 彼の反応を見て、これは危険だと気が付いた。
 彼の反応はあまりにも無防備すぎる。
 悪戯心の赴くままに彼を揶揄い続けていればそのうち一線を軽々と飛び越してしまうであろうことは容易に想像できた。
 自分が理性を律しなければならない。

 信仰に疑いを持つようになってからというもの、節制や清貧、そして禁欲には意味がないと思っている。
 とはいえ治療を受けている最中で逃げ場のない彼にこれ以上のことをするのは卑怯だろう。例え彼が嫌がっているように見えなかったとしても。

 それなのに……

「もし自分の視力がこのまま戻らなかったら、教会で働かせてもらえませんか?」

 彼の目を治せずに一ヶ月経った頃のことだった。
 フィルくんの方からそう申し出てきたのだった。
 包帯はとっくのとうに外されていたが、彼の美しいハシバミ色の瞳は相変わらず光を捉えてはいなかった。

 彼の表情に思慕の感情が見えるのは、ボクの欲望が作り出した幻影だろう。良くない兆候だ。
 この状況で彼とずっと二人きりでいればいつかは……。

 しかし彼の言う通り、視力を失った彼が働ける場はこの教会くらいしかないのかもしれなかった。
 冒険者たちが多めに寄付してくれて金には余裕があるが、人手は足りていない。使っていない倉庫などには蜘蛛の巣が張っていた。フィルが働いてくれるならばこちらとしても助かる。

「分かっているんですか。フィルさんは目も見えないのに信用できない男と二人きりになるのですよ」

 何とか彼が危機感を持ってくれないかと言葉をかける。

「いえ、イザイアさんは信用できる人ですよ?」

 だが、ピントの合わない彼の瞳は純粋な輝きを湛えたままボクのことを見上げるのだった。

「ええと、はい。確かにそうですね。貴方にこの教会で働いてもらえるならとてもありがたいです。お願いしても?」

 ボクはそう答えるしかなかった。
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