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第六十話 あの言葉の意味

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 目を開けると、同じベッドに横たわったロベールがそっと僕の白い髪を撫でているところだった。
 彼は優しい微笑を浮かべていた。

「すまない、起こしたか?」

 僕の目が開いたのを見て取って、彼は囁くように声をかける。

「んう……」

 僕は寝ぼけた頭のまま、彼の手に顔を擦りつけた。

「ゆっくり寝ているといい」

 彼が身を起こして服を羽織る気配がした。
 僕は言葉に甘えてベッドの中で身を丸めて目を閉じた。
 ぐーすかぐーすか。

「お二人の朝食をお持ちしました」
「ああ、私が受け取ろう。部屋の中には入らなくていい」

 ドアが開いてやり取りをする声が聞こえてくる。
 爺やが朝ごはんを持ってきてくれたみたいだ。
 そしてドアが閉まり、テーブルにトレーを置く軽い物音が聞こえた。

「アン、朝食だ。起きれるか?」
「ううーん、腰が痛くて無理だよう」
「っ、それは、あの、昨晩は無理をさせてすまん……!」

 ロベールは簡単に真っ赤になる。

「へへーん、嘘だよー!」

 僕はさっと起き上がると、ベッドから飛び出した。
 あれくらいのことで腰がガタガタになったりなんかしない。

「待て、服を着てくれアン! 頼む!」

 ロベールの必死の要請により、僕は下着を穿いてガウンを羽織ったのだった。
 椅子に腰かけ、彼と朝食の時間だ。

 何となくいつもとは違うほわほわとしたゆっくりとした時間が漂っているのを感じながら、小麦でできた白いパンを小さく千切る。
 ロベールはナイフとフォークを手に取って豚の腸詰を切り分けている。

「うん?」

 なんとなくロベールのことを見つめていたら、彼と目が合った。
 途端に昨晩は彼の腕に抱かれていろいろと……色々なことをしたんだよな、と思い起こされる。

「な、なんでもない!」

 正気に戻ると途端に恥ずかしくなってしまう。
 僕はもぐもぐとパンを食べることに集中している振りをした。
 うん、今日もパンは柔らかくてほんのり甘くて美味しい!

「ねえ、それでさ……」

 朝食を進めながら、僕は話を切り出す。
 せっかく二人きりになれたのだからあのことを聞かねば。

「あの、結構前のことになるけど二度目のフロアボス討伐でイザイアを説得した時のこと覚えてる?」
「?」

 ロベールのきょとんとした顔は「覚えてない」という意味ではなく「それが何か?」という意味だと思う。

「あの時僕、『僕は何度もやり直しているから知っている』って言ったよね。……それがどういう意味か、ロベールは気にならないの?」

 僕は真剣に彼を見つめた。
 果たして彼はどんな答えを返すのだろうか。僕の事をどう思っているのだろうか。
 僕は本来知り得ないことを知ってしまっている。
 そのことをロベールは……

「え、ああ、何かの言葉の綾だと思っていた」

 僕は思わずガクリと来てしまった。
 ロベールは何も気が付いていなかった――――。

 いやまあロベールの反応の方が普通なのかもしれない。
 「何度も繰り返している」という台詞を聞いて言葉通りの意味だと考える方がおかしいのだろう。

「だが君の口ぶりからするとそういうことではないということだな?」
「え、うん」

 藪蛇だった。
 僕の方から話を差し向けたことで前世の記憶のことを話すことになってしまったのだった。

「えーとね僕、前世で生きた記憶が残っててね、僕は前世で異世界で生きててね、そこであるゲームでRTAをやってて……」
「???」

 僕の話し方が悪いのか、ロベールは何一つ理解できていないようだった。
 こうなれば内容の一つ一つを彼の知っていることに置き換えて砕いて話すしかないだろう。なにせ人が死んだら天国に行くという考えの宗教が国教のこの国では「前世」という概念すらないのだから。

 自分の意思で結末が変わる芝居の主役を演じる夢を何度も何度も夢の中で見た、その夢の内容はダンジョン村を領主になって経営するというもので今の状況とそっくりだった。
 結局僕は彼にそう説明したのだった。

「なるほど、つまり……アンは神から天啓を得ていたということか!」

 国王派の貴族も無神論者になったわけではない。
 敬虔深さが習慣として身に付いているロベールは、僕の知識を神様のおかげだと解釈したのだった。
 大事なことが何も伝わらなかった気がするよトホホ……。

「ふふ、それにしても以前にもこんなことがあったな」
「こんなこと??」

 ロベールが不意に微笑むが、これと似たようなことなんて思い当たらず僕はきょとんとする。天啓を受けた覚えなんてないぞ。

「覚えてないか? アンが六歳の時にもう文字が読めるのに『文字が読めない』と嘘を吐いて私に文字を教えてもらったことがあっただろう。あの時はアンは随分と飲み込みが早いんだなと思ったものだ」
「そんなことあったっけ……?」

 そんな小っちゃい時のことなど覚えていない。
 そんな嘘を吐いたことなどあっただろうか。

「ロベールに褒めてもらいたいがために嘘を吐いてたって言いたいの!? 違うんだからねっ!!」

 僕はぷくっと頬を膨らませた。
 違うもん、前世の知識はカンニングじゃないもん。

「そんなことは言わないさ、現にアンはこうして言葉を尽して説明してくれたのだから」

 ぽんっと彼が僕の頭に手を置く。

「小さい頃はアンが立派な大人になれるかどうか心配だったんだ。それがどうだ、あの悪戯っ子が今では立派な領主じゃないか」

 にっこり笑ってロベールは僕の頭を撫でる。
 むう、悪戯っ子だった覚えなんかないもん。

「二歳しか違わないのに保護者気取り? ロベールの癖に!」

 僕はぷんぷんとそっぽを向く。
 なんにせよロベールは前世のことで僕のことを拒絶したりとかはしなさそうだということはよくよく理解できたのだった。
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