上 下
43 / 84

第四十二話 絶望、リセット案件

しおりを挟む
 一年と三ヶ月目。
 あれから一ヶ月、フロアボスは出現しなかった。
 ロベールも慣れて普段通りの日常を送れるようになった頃のことだった。

「フロアボスが出たぞー!」

 その報せに緊張が走った。

「爺や!」
「ただいま用意を整えます」

 ロベールと僕は慌ただしく準備を整えてすぐさま外に飛び出した。

 外は初夏の陽気である。
 冒険者たちは以前と同様、広場に集合していた。冒険者ギルドの建物が完成すれば、ギルドに集まるようになるだろう。

「フロアボスを見た者は!?」
「は、はい!」

 見覚えのあるメイジの少年を含めた冒険者パーティが手を挙げる。今回はクライヴではなく彼らがフロアボスを目撃したようだ。

「どんなフロアボスだった?」
「ええと、腐った肉のような臭いがしたと思ったら、頭上から鳥の鳴き声が聞こえて、私たちは空を見上げたんです……!」
「え……?」
「そしたらそこに、大きな大きな鳥がいたんです!」

 僕はゲームの中の世界が現実になった意味を分かっていなかったんだ。

「ほう、怪鳥のフロアボスか。アン、どんな作戦を立てる? ……アン?」

 RTAというのはリセットありきだ。
 最短でクリアできそうにない乱数を引いてしまった場合はリセットしてさっさと新しくやり直してしまうのだ。
 そして僕の場合……序盤であるフロアボスが序盤で出現してしまった場合は、早々にリセットしてしまうのが常だった。
 そのフロアボスの名は、ゾンビフェニックス。

「――――最悪だ」

 序盤で出現したら死者多数続出確定の凶悪フロアボス、それがゾンビフェニックスだった。
 RTAの途中で序盤で出現してしまったら必ずリセットするようにしている。
 だが転生して現実になったこの世界では、リセット機能なんてものはない。

 序盤だからステータスは低い。故にゴリ押しで倒すことは不可能ではない。だがその方法では必ず死者が続出するだろう。
 死ぬのか? この冒険者たちが……戦士の男が、メイジの少年が、ソーサラーの女性が、クライヴが……みんな死んでしまう?

 僕は目の前が真っ暗になった。

「アン……ッ!」



 気が付いたら僕はベッドの上に寝かされていた。
 僕は気絶してしまったのだろうか。

「アン、目が覚めたか」

 ベッドのすぐ傍にロベールが座っていた。
 ずっと僕の傍にいてくれたのだろうか。

「アンの書いた巻物を紐解いて、今回のフロアボスと思しき魔物のページを見つけてすぐに従者に書き写させて酒場に掲示した。それを読んでアンが気絶した理由も分かった」
「うん……」

 この大変な時に気絶してしまったなんて情けない。
 今回のフロアボスについてなるべく多くの事を伝えなければ。

「ゾンビフェニックスはアンデッドに堕した聖鳥。普通のアンデッドは光属性か火属性が弱点だけれど、ゾンビフェニックスは火属性は吸収して回復してしまう。だから光属性しか弱点はない。ただでさえ空を飛んでいて攻撃を当てづらいのに、冒険者たちのほとんどはまだレベルが低くて光属性の攻撃技を覚えていない……! 冒険者たちが育ってさえいれば何の問題もないが、この序盤では絶対に出ちゃいけないフロアボスなんだよゾンビフェニックスは……!」

 駄目だ、並べれば並べるほど絶望的過ぎる。
 絶対に死者が出てしまう。避けられない。

 ゾンビフェニックスがたまたま低空飛行してきた瞬間を狙ってあまり効かないと分かっていながら普通の矢や魔術で攻撃する、そんな作戦しかないだろう。
 低フロアで出てくる時はゾンビフェニックスはHP自動回復の能力を備えていない。それだけが救いだ。

 クライヴも含め冒険者の大半が死んでしまうだろう。
 その覚悟を決めるべきなのだろうか。

 ゲーム内でのクライヴ死亡イベントのことを思い出す。
 ゲーム内でもフロアボス討伐戦で下手を打てばクライヴは死んでしまう。そのせいでクライヴは全攻略対象の中で最も死にやすい攻略対象となっている。そのこともクライヴの人気に拍車をかける一要因となっている気がする。

 つまり、ゲーム内ですらネームドキャラも容赦なく死んでしまうのだ。
 ましてや現実と化したこの世界でなら言わずもがな。
 奇跡など起きない。

「アン!」

 不意にぎゅっと手が握られる。
 ロベールが僕を真っ直ぐに見つめていた。

「君らしくないじゃないか。いつも自信に満ち溢れていて向こう見ずで後先考えずに突き進んでいく君はどうした!」
「で、でも……」

 違うんだロベール、僕がいつも自信に満ち溢れていたのはゲームの中での知識があったからだ。絶対に失敗しないルートや方法を知っていたからだ。
 でも、今回のこれは……このフロアボスが出現した時点で失敗なんだ。リセットするしかないんだ。

「諦めるな!」

 ロベールはまるで僕の心の声が聞こえているかのように激する。

「もしかすれば今まで君が集めてきた知識では対処しようがない事態なのかもしれない、それでも諦めるな! 少なくとも私は諦めていないぞ、アン。私ですら諦めていないというのに君は諦めるのか!」
「ロベール……」

 そうだ。そもそも僕は何故ロベールを一生の伴侶に選んだんだっけ。
 ゲームの中とは違う、今までにない最善の手順があるんじゃないかと好奇心を抑えられなかったからじゃないか。

 なら……対ゾンビフェニックスだってゲームの中ではできないような手が取れるんじゃないか?

 ロベールの言葉によって僕の心に希望が灯るのを感じた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

憧れの先輩の結婚式からお持ち帰りされました

東院さち
BL
アンリは職場の先輩の結婚式にやってきた。隣で泣いている男に出会わなければちょっとしんみりしてやけ酒するつもりの片思い。 クロードは未だ会ったことのない妹の結婚式にやってきた。天使のような妹を直で見られて嬉しいのと兄と名乗れないことに涙した。すると隣の男がハンカチを貸してくれた。 運命の出会いが二人を近づける、そんな恋の一幕です。 両方の視点があります。 のんびり更新するつもりです。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

処理中です...