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第三十二話 エーミールと取引イベントです
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エーミールはいつもと同じ怜悧な瞳をメガネの奥に湛えている。
ポーカーフェイスだ、何を考えているのか読めない。
今にも「貴方がたはそういう人だったんですね」と非難されるんじゃないかという気がする。
「勘違いなさらないでください。私は別に怒っておりません」
そう言われても何だか安心できない。
「非難するなどという無駄なことに私どもは時間を費やしたりなどいたしません。それよりも建設的な話し合いをしようと思っております」
「建設的な話し合い?」
「ええ。取引をいたしませんか?」
取引とは何だろう。
まさか貴方がたが不正をしていたことは黙っててあげるから金を寄こしなさいとでも脅すつもりだろうか。
くそっ、ゲーム内にないイベントを起こされても困るんだが!
……いや、イベントなんて言い方はよそう。
エーミールも含めてこの世界の人間は生きていて、思いのままに行動し生きている。ただそれだけなんだ。
「今後フロアボスの素材やレアモンスターの素材がドロップした折には優先的にグロスマン商会と取引していただけませんか。今回は当商会は大金貨十枚で素材を落札させていただきました。ですがここから幾ばくかの手数料が差し引かれ、貴方がたに渡るのは全額ではありません」
確かにそうだ、と頷く。
「そこでどうでしょう。予想できるオークションでの売却額よりもやや低い金額、しかし手数料が引かれた額よりは多い金額で素材を取引いたしませんか、次回から」
エーミールの持ちかけた取引は確かに建設的なものだった。
オークションを挟まず直接やり取りすることで互いにウィンウィンになるというものだ。
彼は本当に爺やをオークションに潜り込ませたことを怒っていないらしい。
「少し待ってくれないか。ロベール、どう思う。メリットとデメリットを洗い出そう」
僕は隣のロベールを頼る。
「そうだな……デメリットは、予想売却額はあくまでも予想でしかなくオークションに出せばグロスマン商会と取引するよりずっと高く売れる可能性もあるということだろうか」
ロベールの指摘にエーミールは首肯する。
「確かにそのデメリットは存在します。私どもはあくまでも真摯に査定するつもりではありますが、オークションではどんな要素が価格を高騰させるか測り切れませんので」
今思えばエーミールがオークションで最後に一気に大金貨十枚まで値を上げたのは、「私どもならばこの程度の値が妥当だと考えます」という宣言だろう。爺やはその誠意を感じ取ったからそれ以上は値を上げるのを止めたのだ。
爺やとエーミールはあの一瞬で随分と高度な非言語コミュニケーションのやり取りをしていたようだ。
今回のグレートベヒモスの角と同等かそれ以上の品であれば、グロスマン商会が大金貨十枚を下回る値を付けることはないと信じても良さそうだ。
「メリットはわざわざ今日みたいにオークションに参加しなくて済むこと。爺やを紛れ込ませるような危険な橋を渡らなくて済むこと。それから販売手数料を取られなくて済むこと。あと、グロスマン商会の支店がこれから村にできるんだから取引がすぐに終わること、かな」
僕はすぐに思いつくメリットをつらつらと上げる。
「あとオークションに出品したら思いの外盛り上がらずに予想よりずっと低い値で終わってしまうことも考えられる。その点グロスマン商会に直接売りつけてしまった方が売却額は安定する」
ロベールが言い添える。
「さて……いかがでしょう。お互いにとって悪い話ではないと思うのですが」
僕らの意見が大体出揃ったのを見て、エーミールはカチャリとメガネを直す。
「分かった。呑もう。我がグリーンヴィレッジでドロップした高額素材は今後優先的にグロスマン商会と取引する。グロスマン商会が不要な素材のみオークションに出品する。それでいいな?」
「ありがとうございます」
エーミールはにこりと完璧な微笑を浮かべた。
彼の笑顔を目にすることができるのは珍しいことだ。
何だかエーミールの思い通りに動いてしまったような気がするが、互いが得する提案を提示することができるのが本物の有能な商人だ。
……という風にエーミールが考えているということを、エーミールを攻略するとイベント内で語られるので知っている。
ここでグロスマン商会と、いやエーミールと親交を深めておくことは決して損にはならないだろう。
ポーカーフェイスだ、何を考えているのか読めない。
今にも「貴方がたはそういう人だったんですね」と非難されるんじゃないかという気がする。
「勘違いなさらないでください。私は別に怒っておりません」
そう言われても何だか安心できない。
「非難するなどという無駄なことに私どもは時間を費やしたりなどいたしません。それよりも建設的な話し合いをしようと思っております」
「建設的な話し合い?」
「ええ。取引をいたしませんか?」
取引とは何だろう。
まさか貴方がたが不正をしていたことは黙っててあげるから金を寄こしなさいとでも脅すつもりだろうか。
くそっ、ゲーム内にないイベントを起こされても困るんだが!
……いや、イベントなんて言い方はよそう。
エーミールも含めてこの世界の人間は生きていて、思いのままに行動し生きている。ただそれだけなんだ。
「今後フロアボスの素材やレアモンスターの素材がドロップした折には優先的にグロスマン商会と取引していただけませんか。今回は当商会は大金貨十枚で素材を落札させていただきました。ですがここから幾ばくかの手数料が差し引かれ、貴方がたに渡るのは全額ではありません」
確かにそうだ、と頷く。
「そこでどうでしょう。予想できるオークションでの売却額よりもやや低い金額、しかし手数料が引かれた額よりは多い金額で素材を取引いたしませんか、次回から」
エーミールの持ちかけた取引は確かに建設的なものだった。
オークションを挟まず直接やり取りすることで互いにウィンウィンになるというものだ。
彼は本当に爺やをオークションに潜り込ませたことを怒っていないらしい。
「少し待ってくれないか。ロベール、どう思う。メリットとデメリットを洗い出そう」
僕は隣のロベールを頼る。
「そうだな……デメリットは、予想売却額はあくまでも予想でしかなくオークションに出せばグロスマン商会と取引するよりずっと高く売れる可能性もあるということだろうか」
ロベールの指摘にエーミールは首肯する。
「確かにそのデメリットは存在します。私どもはあくまでも真摯に査定するつもりではありますが、オークションではどんな要素が価格を高騰させるか測り切れませんので」
今思えばエーミールがオークションで最後に一気に大金貨十枚まで値を上げたのは、「私どもならばこの程度の値が妥当だと考えます」という宣言だろう。爺やはその誠意を感じ取ったからそれ以上は値を上げるのを止めたのだ。
爺やとエーミールはあの一瞬で随分と高度な非言語コミュニケーションのやり取りをしていたようだ。
今回のグレートベヒモスの角と同等かそれ以上の品であれば、グロスマン商会が大金貨十枚を下回る値を付けることはないと信じても良さそうだ。
「メリットはわざわざ今日みたいにオークションに参加しなくて済むこと。爺やを紛れ込ませるような危険な橋を渡らなくて済むこと。それから販売手数料を取られなくて済むこと。あと、グロスマン商会の支店がこれから村にできるんだから取引がすぐに終わること、かな」
僕はすぐに思いつくメリットをつらつらと上げる。
「あとオークションに出品したら思いの外盛り上がらずに予想よりずっと低い値で終わってしまうことも考えられる。その点グロスマン商会に直接売りつけてしまった方が売却額は安定する」
ロベールが言い添える。
「さて……いかがでしょう。お互いにとって悪い話ではないと思うのですが」
僕らの意見が大体出揃ったのを見て、エーミールはカチャリとメガネを直す。
「分かった。呑もう。我がグリーンヴィレッジでドロップした高額素材は今後優先的にグロスマン商会と取引する。グロスマン商会が不要な素材のみオークションに出品する。それでいいな?」
「ありがとうございます」
エーミールはにこりと完璧な微笑を浮かべた。
彼の笑顔を目にすることができるのは珍しいことだ。
何だかエーミールの思い通りに動いてしまったような気がするが、互いが得する提案を提示することができるのが本物の有能な商人だ。
……という風にエーミールが考えているということを、エーミールを攻略するとイベント内で語られるので知っている。
ここでグロスマン商会と、いやエーミールと親交を深めておくことは決して損にはならないだろう。
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