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第一話 それではRTA開始です
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広大な森林の中、道なき道を進みやっと見えたその先には……
いや訂正しよう。進んでも何も見えない。
それまでの景色と何一つ変わらない深緑が広がっている。
案内人はその光景を指して言った。
「ここがグリーンヴィレッジでごぜえます」
正真正銘何もない村……ここまで歩いてきて畑すらぽつぽつと見かけただけのまっさらな自然。そこが僕の所領だった。
僕は馬から降り、その地に降り立つ。
「ハーハッハッハ! こりゃぁ傑作だな!」
僕の隣で盛大に哄笑を響かせているのは僕の異母兄のロベールだ。
僕の失敗を望んでいる彼にとっては、僕の唯一の所領が話にならないド田舎だったことが愉快で堪らないのだ。
悪役っぽい紫色の髪が嫌味にカールしている。目元のキツいキツネ顔だ。
「どうだ分かっただろう、こんなところでは生活できないと。さ、もう気は済んだろ。さっさとこんなところ帰ろうではないか、アントワーヌ」
アントワーヌ。僕の名だ。
ロベールは僕の腕を引っ張って元来た道を帰ろうとする。
僕は足を踏ん張ってその場に留まる。
「僕に帰るところなんてない」
「……」
ロベールは気まずそうに腕を離した。
僕の帰る場所を消したのはロベールたちなのだから。
ロベールの母親である第二夫人は隣接する大領地ナルセンティアから嫁いできた令嬢だった。
身分違い、というほどではないが明らかに父や僕の母であった第一夫人よりも第二夫人の方が力関係は上だった。
そのアンバランスさは家庭内にいざこざを生んだ。
いや家庭内だけで済めば良かったのだ。いざこざは領土間の問題にまで発展し、第二夫人は離縁すると息子のロベールを連れてナルセンティアへと舞い戻り――――数年後ナルセンティアは僕たちの領地クラウセンを攻めた。
父も母も姉も殺された。生き残ったのは僕だけだった。
領地すらも奪われた僕に残されたのは、この何もないド田舎だった。
「城まで案内してくれ」
僕は案内役に居丈高に命令した。
「へえ、本当にあの城に……? 言っちゃあなんですが、放置され過ぎて村民には吸血鬼の棲む廃城とすら思われていやすが……」
「使用人に掃除させる」
城が多少古びていようがそこに根付かなければ何も始まらない。
僕の決意は固かった。
僕の身の回りの世話をする為に連れてこられた使用人は幼い頃から僕の世話をしてくれていた爺やだけで、他の使用人はすべてロベールのものだ。
だが僕の行く先にはロベールも付いてくるのだから問題はないだろう。
「……かしこまりやした」
案内役の平民は素直に歩き出す。
「おい正気か、本気でこの何もない土地を統治するつもりなのか!?」
ロベールが泡を食った様子で付いてくる。
「本気だとも。だって僕は村おこしRTAしたいんだからね」
「……すまん、今なんと?」
聞いたことのないであろう単語にロベールは暫し硬直した。
――――突然だが僕は前世で地球という異世界でRTA走者をしていたらしい。
この村のあり得ないほどの辺鄙さを目にした瞬間、そのことを思い出したのだ。そう、ついさっきだ。
僕の前世はRTA走者だった。
RTAとはリアルタイムアタックの略で、要はどれだけ速くゲームをクリアできるかを競うものである。
最近……いや死ぬ直前にハマっていたのはBL要素もある領土経営シミュレーションゲームのRTAだった。
そのゲームの筋書きはこうだ。
十六歳の時に異母兄の一族に自分の一族を皆殺しにされた主人公は、男同士も婚姻できるその世界で戦利品とばかりに異母兄の嫁にされそうになった。
そこで主人公は自分の唯一残された奪われずに済んだ領地を盛り上げ、大領地ナルセンティアと戦えるまでの力を付け、戦に勝利し憎き仇である異母兄を討つ。
そしてエンディングではその間に絆を結んだ攻略対象と結婚する……そんなゲームである。
明らかに僕がいま生きているこの世界を舞台にしたゲームである。
まあつまり僕は今現在目の前にいるこの異母兄ロベールの元に嫁がされそうになっていて、そしてゲーム内では最後にこの男を殺すのだ。
だが異世界の記憶を取り戻した僕は考えた。
ゲームの中の世界に転生できたのであれば、今までにない手順でのRTA攻略ができるのではないか、と。
「な、何やら聞き覚えのない単語が聞こえたような気がしたが……第一、資金は何処から引っ張ってくるつもりなのだ。今の君はほぼ一文無しだろうが!」
ロベールは至極真っ当な指摘をする。
確かにこの村には冒険者ギルドや武器防具屋ばかりか宿屋すらないし道も整備されていない。しかしそんな村を整えようと思うと金が必要になる……。
はい、ということで今この瞬間からRTA攻略を開始しようと思います。よろしくお願いします。
僕はロベールの手を取ると、その目を見て言った。
「結婚しよう」
「……はぁ!?」
だって、ロベールと結婚すればナルセンティア家の資金が使えるじゃないか。
いや訂正しよう。進んでも何も見えない。
それまでの景色と何一つ変わらない深緑が広がっている。
案内人はその光景を指して言った。
「ここがグリーンヴィレッジでごぜえます」
正真正銘何もない村……ここまで歩いてきて畑すらぽつぽつと見かけただけのまっさらな自然。そこが僕の所領だった。
僕は馬から降り、その地に降り立つ。
「ハーハッハッハ! こりゃぁ傑作だな!」
僕の隣で盛大に哄笑を響かせているのは僕の異母兄のロベールだ。
僕の失敗を望んでいる彼にとっては、僕の唯一の所領が話にならないド田舎だったことが愉快で堪らないのだ。
悪役っぽい紫色の髪が嫌味にカールしている。目元のキツいキツネ顔だ。
「どうだ分かっただろう、こんなところでは生活できないと。さ、もう気は済んだろ。さっさとこんなところ帰ろうではないか、アントワーヌ」
アントワーヌ。僕の名だ。
ロベールは僕の腕を引っ張って元来た道を帰ろうとする。
僕は足を踏ん張ってその場に留まる。
「僕に帰るところなんてない」
「……」
ロベールは気まずそうに腕を離した。
僕の帰る場所を消したのはロベールたちなのだから。
ロベールの母親である第二夫人は隣接する大領地ナルセンティアから嫁いできた令嬢だった。
身分違い、というほどではないが明らかに父や僕の母であった第一夫人よりも第二夫人の方が力関係は上だった。
そのアンバランスさは家庭内にいざこざを生んだ。
いや家庭内だけで済めば良かったのだ。いざこざは領土間の問題にまで発展し、第二夫人は離縁すると息子のロベールを連れてナルセンティアへと舞い戻り――――数年後ナルセンティアは僕たちの領地クラウセンを攻めた。
父も母も姉も殺された。生き残ったのは僕だけだった。
領地すらも奪われた僕に残されたのは、この何もないド田舎だった。
「城まで案内してくれ」
僕は案内役に居丈高に命令した。
「へえ、本当にあの城に……? 言っちゃあなんですが、放置され過ぎて村民には吸血鬼の棲む廃城とすら思われていやすが……」
「使用人に掃除させる」
城が多少古びていようがそこに根付かなければ何も始まらない。
僕の決意は固かった。
僕の身の回りの世話をする為に連れてこられた使用人は幼い頃から僕の世話をしてくれていた爺やだけで、他の使用人はすべてロベールのものだ。
だが僕の行く先にはロベールも付いてくるのだから問題はないだろう。
「……かしこまりやした」
案内役の平民は素直に歩き出す。
「おい正気か、本気でこの何もない土地を統治するつもりなのか!?」
ロベールが泡を食った様子で付いてくる。
「本気だとも。だって僕は村おこしRTAしたいんだからね」
「……すまん、今なんと?」
聞いたことのないであろう単語にロベールは暫し硬直した。
――――突然だが僕は前世で地球という異世界でRTA走者をしていたらしい。
この村のあり得ないほどの辺鄙さを目にした瞬間、そのことを思い出したのだ。そう、ついさっきだ。
僕の前世はRTA走者だった。
RTAとはリアルタイムアタックの略で、要はどれだけ速くゲームをクリアできるかを競うものである。
最近……いや死ぬ直前にハマっていたのはBL要素もある領土経営シミュレーションゲームのRTAだった。
そのゲームの筋書きはこうだ。
十六歳の時に異母兄の一族に自分の一族を皆殺しにされた主人公は、男同士も婚姻できるその世界で戦利品とばかりに異母兄の嫁にされそうになった。
そこで主人公は自分の唯一残された奪われずに済んだ領地を盛り上げ、大領地ナルセンティアと戦えるまでの力を付け、戦に勝利し憎き仇である異母兄を討つ。
そしてエンディングではその間に絆を結んだ攻略対象と結婚する……そんなゲームである。
明らかに僕がいま生きているこの世界を舞台にしたゲームである。
まあつまり僕は今現在目の前にいるこの異母兄ロベールの元に嫁がされそうになっていて、そしてゲーム内では最後にこの男を殺すのだ。
だが異世界の記憶を取り戻した僕は考えた。
ゲームの中の世界に転生できたのであれば、今までにない手順でのRTA攻略ができるのではないか、と。
「な、何やら聞き覚えのない単語が聞こえたような気がしたが……第一、資金は何処から引っ張ってくるつもりなのだ。今の君はほぼ一文無しだろうが!」
ロベールは至極真っ当な指摘をする。
確かにこの村には冒険者ギルドや武器防具屋ばかりか宿屋すらないし道も整備されていない。しかしそんな村を整えようと思うと金が必要になる……。
はい、ということで今この瞬間からRTA攻略を開始しようと思います。よろしくお願いします。
僕はロベールの手を取ると、その目を見て言った。
「結婚しよう」
「……はぁ!?」
だって、ロベールと結婚すればナルセンティア家の資金が使えるじゃないか。
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