上 下
1 / 84

第一話 それではRTA開始です

しおりを挟む
 広大な森林の中、道なき道を進みやっと見えたその先には……

 いや訂正しよう。進んでも何も見えない。
 それまでの景色と何一つ変わらない深緑が広がっている。
 案内人はその光景を指して言った。

「ここがグリーンヴィレッジでごぜえます」

 正真正銘何もない村……ここまで歩いてきて畑すらぽつぽつと見かけただけのまっさらな自然。そこが僕の所領だった。
 僕は馬から降り、その地に降り立つ。

「ハーハッハッハ! こりゃぁ傑作だな!」

 僕の隣で盛大に哄笑を響かせているのは僕の異母兄のロベールだ。
 僕の失敗を望んでいる彼にとっては、僕の唯一の所領が話にならないド田舎だったことが愉快で堪らないのだ。
 悪役っぽい紫色の髪が嫌味にカールしている。目元のキツいキツネ顔だ。

「どうだ分かっただろう、こんなところでは生活できないと。さ、もう気は済んだろ。さっさとこんなところ帰ろうではないか、アントワーヌ」

 アントワーヌ。僕の名だ。

 ロベールは僕の腕を引っ張って元来た道を帰ろうとする。
 僕は足を踏ん張ってその場に留まる。

「僕に帰るところなんてない」
「……」

 ロベールは気まずそうに腕を離した。
 僕の帰る場所を消したのはロベールたちなのだから。

 ロベールの母親である第二夫人は隣接する大領地ナルセンティアから嫁いできた令嬢だった。
 身分違い、というほどではないが明らかに父や僕の母であった第一夫人よりも第二夫人の方が力関係は上だった。
 そのアンバランスさは家庭内にいざこざを生んだ。
 いや家庭内だけで済めば良かったのだ。いざこざは領土間の問題にまで発展し、第二夫人は離縁すると息子のロベールを連れてナルセンティアへと舞い戻り――――数年後ナルセンティアは僕たちの領地クラウセンを攻めた。
 父も母も姉も殺された。生き残ったのは僕だけだった。

 領地すらも奪われた僕に残されたのは、この何もないド田舎だった。

「城まで案内してくれ」

 僕は案内役に居丈高に命令した。

「へえ、本当にあの城に……? 言っちゃあなんですが、放置され過ぎて村民には吸血鬼の棲む廃城とすら思われていやすが……」
「使用人に掃除させる」

 城が多少古びていようがそこに根付かなければ何も始まらない。
 僕の決意は固かった。

 僕の身の回りの世話をする為に連れてこられた使用人は幼い頃から僕の世話をしてくれていた爺やだけで、他の使用人はすべてロベールのものだ。
 だが僕の行く先にはロベールも付いてくるのだから問題はないだろう。

「……かしこまりやした」

 案内役の平民は素直に歩き出す。

「おい正気か、本気でこの何もない土地を統治するつもりなのか!?」

 ロベールが泡を食った様子で付いてくる。

「本気だとも。だって僕は村おこしRTAしたいんだからね」
「……すまん、今なんと?」

 聞いたことのないであろう単語にロベールは暫し硬直した。

 ――――突然だが僕は前世で地球という異世界でRTA走者をしていたらしい。
 この村のあり得ないほどの辺鄙さを目にした瞬間、そのことを思い出したのだ。そう、ついさっきだ。

 僕の前世はRTA走者だった。
 RTAとはリアルタイムアタックの略で、要はどれだけ速くゲームをクリアできるかを競うものである。
 最近……いや死ぬ直前にハマっていたのはBL要素もある領土経営シミュレーションゲームのRTAだった。

 そのゲームの筋書きはこうだ。
 十六歳の時に異母兄の一族に自分の一族を皆殺しにされた主人公は、男同士も婚姻できるその世界で戦利品とばかりに異母兄の嫁にされそうになった。
 そこで主人公は自分の唯一残された奪われずに済んだ領地を盛り上げ、大領地ナルセンティアと戦えるまでの力を付け、戦に勝利し憎き仇である異母兄を討つ。
 そしてエンディングではその間に絆を結んだ攻略対象と結婚する……そんなゲームである。

 明らかに僕がいま生きているこの世界を舞台にしたゲームである。

 まあつまり僕は今現在目の前にいるこの異母兄ロベールの元に嫁がされそうになっていて、そしてゲーム内では最後にこの男を殺すのだ。

 だが異世界の記憶を取り戻した僕は考えた。
 ゲームの中の世界に転生できたのであれば、今までにない手順でのRTA攻略ができるのではないか、と。

「な、何やら聞き覚えのない単語が聞こえたような気がしたが……第一、資金は何処から引っ張ってくるつもりなのだ。今の君はほぼ一文無しだろうが!」

 ロベールは至極真っ当な指摘をする。
 確かにこの村には冒険者ギルドや武器防具屋ばかりか宿屋すらないし道も整備されていない。しかしそんな村を整えようと思うと金が必要になる……。

 はい、ということで今この瞬間からRTA攻略を開始しようと思います。よろしくお願いします。

 僕はロベールの手を取ると、その目を見て言った。

「結婚しよう」
「……はぁ!?」

 だって、ロベールと結婚すればナルセンティア家の資金が使えるじゃないか。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...