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番外編
ギュスターヴの想い 第五話
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誘拐犯からヴァンを助け出し、二人は真の意味で結ばれた。
ミレイユを含め誘拐犯一味はまとめて吊るし首になる予定だ。
将来の王配を害したのだから、当たり前のことだ。
婚約指輪に籠められた風の精霊の加護のおかげか、距離が近づくにつれ誘拐犯たちの声が聞こえてきていた。それはギュスターヴに同行する兵士たちにも聞こえていた。
誘拐犯たちは自分たちの声が聞こえているとも知らずに、明け透けに動機を語っていた。だから、証拠には事欠かない。
だがヴァンには彼らが処刑されることを知らせていない。元婚約者が処刑されると知れば、優しいヴァンは心を痛めるだろう。
なにより、誘拐犯ごときが一瞬でもヴァンの心の中を占めるのが許せない。
それから時は進み……
――結婚式の前の晩。
ギュスターヴとヴァンは、大精霊の祠を訪れた。
大精霊に祈りを捧げ、婚姻の許しを得るためだ。
ウィステリアのカーテンを通り抜け、古びた祠の前に辿り着く。
隣にいるのは、ヴァンだけだ。
婚姻の契りを結ぶ二人が大精霊の祠を訪れる晩、他の者がついてくることは許されない。
側仕えも、護衛もだ。
正真正銘二人きりで、ギュスターヴたちは祠を訪れていた。
祈りを捧げるためには、祠の中に入らねばならない。
ギュスターヴが祠の扉に手をあてると、ヴァンも扉に触れる。
「ヴァン」
「なんだか、緊張しちゃいますね」
顔を見合わせると、ヴァンは頬を桃色に染めてはにかんだ。
なんて愛らしいのだろう。この場で抱きしめてしまいたい。
「開けよう」
ギュスターヴの言葉に、ヴァンはこくりと頷く。
二人で力を入れると、石製の重い扉はゆっくりと開いていった。
埃っぽく淀んだ空気が渦巻いているのではないか、と思っていた。
だが意外にも祠の中は清浄な澄んだ空気で満ちていた。
こまめに人の手が入り、定期的に清掃がなされているとは聞いているが、それにしたって空気までもがここまで澄み渡ることはない。
この祠に祀られている、四つの大精霊のおかげなのだろう。
ギュスターヴは自然と厳かな気分になった。
祠の中は二人の人間が入れれば充分という設計で、あまり広くはない。
二、三歩ほど歩けば、もうそこに大精霊が祀られた祭壇がある。
ちらりと横を見ると、ヴァンの視線は不自然に祭壇の少し上に注がれていた。
「ヴァン……まさか、見えるのか?」
ギュスターヴは時折感じることがあった。ヴァンは特別な人間なのではないかと。
ヴァンを加護しているのも、ただの風の精霊ではないのかもしれない。
ヴァンは首を横に振る。
「見えたりはしません。ただ感じ取れるだけです、そこにいらっしゃるって。精霊ってそういうものでしょう?」
ギュスターヴにはそこまではっきりとは感じ取れない。
ただこの祠全体に、尋常ならざる者の気配を感じるだけだ。
「そうか……いや、いいんだ」
ヴァンが何に加護されていようと、それは今は関係ない。
これから大精霊の許しを得なければならないのだから。
二人は祭壇の前に跪いた。
ここから先は決まった手順は存在しない。
ただ想いを口にし祈りを捧げれば、その祈りが大精霊に届くと言われている。
まず、ヴァンが口を開いた。
「火の大精霊、水の大精霊、土の大精霊、そして風の大精霊よ。明日、僕らは婚姻の契りを結びます。願わくば僕らに赤子をお授けください」
真摯に祈る声が聞こえた。
ヴァンの想いに胸が熱くなるのを感じながら、ギュスターヴもまた口を開いた。
「大精霊らよ。私は必ずヴァンを幸せにしてみせます。すべての不幸から守り、苦しみを分かち合うと誓います。ヴァンは素晴らしい人です。この素晴らしい人を伴侶にしたいと考えています。どうかヴァンを伴侶にすることを、お許しください」
まるでヴァンの親に許しを請うかのように、ギュスターヴは真摯に祈った。
「あ……」
ヴァンがぽつりと呟きを漏らした。
その時、ギュスターヴにも感じ取れた。何者かが二人の前にいるのを。
何者かはそっとギュスターヴの頭に触れた。
《ヴァンを頼みましたよ》
声が聞こえたような気がした。
思わず、はっと顔を上げる。
そこには誰もいなかった。
感じていた気配も、ふっと消えてしまった。
「ヴァン、今の……」
「はい。大精霊の祝福を感じます……!」
隣を見れば、ヴァンは顔を輝かせていた。
彼が言うならば、間違いないのだろう。二人の婚姻は祝福されたのだ。
ギュスターヴは喜びのままに、ヴァンを抱き締めたのだった。
絶対に誓いを違えることはない。必ずヴァンを幸せにしてみせよう──。
________________
これにて完結です!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ミレイユを含め誘拐犯一味はまとめて吊るし首になる予定だ。
将来の王配を害したのだから、当たり前のことだ。
婚約指輪に籠められた風の精霊の加護のおかげか、距離が近づくにつれ誘拐犯たちの声が聞こえてきていた。それはギュスターヴに同行する兵士たちにも聞こえていた。
誘拐犯たちは自分たちの声が聞こえているとも知らずに、明け透けに動機を語っていた。だから、証拠には事欠かない。
だがヴァンには彼らが処刑されることを知らせていない。元婚約者が処刑されると知れば、優しいヴァンは心を痛めるだろう。
なにより、誘拐犯ごときが一瞬でもヴァンの心の中を占めるのが許せない。
それから時は進み……
――結婚式の前の晩。
ギュスターヴとヴァンは、大精霊の祠を訪れた。
大精霊に祈りを捧げ、婚姻の許しを得るためだ。
ウィステリアのカーテンを通り抜け、古びた祠の前に辿り着く。
隣にいるのは、ヴァンだけだ。
婚姻の契りを結ぶ二人が大精霊の祠を訪れる晩、他の者がついてくることは許されない。
側仕えも、護衛もだ。
正真正銘二人きりで、ギュスターヴたちは祠を訪れていた。
祈りを捧げるためには、祠の中に入らねばならない。
ギュスターヴが祠の扉に手をあてると、ヴァンも扉に触れる。
「ヴァン」
「なんだか、緊張しちゃいますね」
顔を見合わせると、ヴァンは頬を桃色に染めてはにかんだ。
なんて愛らしいのだろう。この場で抱きしめてしまいたい。
「開けよう」
ギュスターヴの言葉に、ヴァンはこくりと頷く。
二人で力を入れると、石製の重い扉はゆっくりと開いていった。
埃っぽく淀んだ空気が渦巻いているのではないか、と思っていた。
だが意外にも祠の中は清浄な澄んだ空気で満ちていた。
こまめに人の手が入り、定期的に清掃がなされているとは聞いているが、それにしたって空気までもがここまで澄み渡ることはない。
この祠に祀られている、四つの大精霊のおかげなのだろう。
ギュスターヴは自然と厳かな気分になった。
祠の中は二人の人間が入れれば充分という設計で、あまり広くはない。
二、三歩ほど歩けば、もうそこに大精霊が祀られた祭壇がある。
ちらりと横を見ると、ヴァンの視線は不自然に祭壇の少し上に注がれていた。
「ヴァン……まさか、見えるのか?」
ギュスターヴは時折感じることがあった。ヴァンは特別な人間なのではないかと。
ヴァンを加護しているのも、ただの風の精霊ではないのかもしれない。
ヴァンは首を横に振る。
「見えたりはしません。ただ感じ取れるだけです、そこにいらっしゃるって。精霊ってそういうものでしょう?」
ギュスターヴにはそこまではっきりとは感じ取れない。
ただこの祠全体に、尋常ならざる者の気配を感じるだけだ。
「そうか……いや、いいんだ」
ヴァンが何に加護されていようと、それは今は関係ない。
これから大精霊の許しを得なければならないのだから。
二人は祭壇の前に跪いた。
ここから先は決まった手順は存在しない。
ただ想いを口にし祈りを捧げれば、その祈りが大精霊に届くと言われている。
まず、ヴァンが口を開いた。
「火の大精霊、水の大精霊、土の大精霊、そして風の大精霊よ。明日、僕らは婚姻の契りを結びます。願わくば僕らに赤子をお授けください」
真摯に祈る声が聞こえた。
ヴァンの想いに胸が熱くなるのを感じながら、ギュスターヴもまた口を開いた。
「大精霊らよ。私は必ずヴァンを幸せにしてみせます。すべての不幸から守り、苦しみを分かち合うと誓います。ヴァンは素晴らしい人です。この素晴らしい人を伴侶にしたいと考えています。どうかヴァンを伴侶にすることを、お許しください」
まるでヴァンの親に許しを請うかのように、ギュスターヴは真摯に祈った。
「あ……」
ヴァンがぽつりと呟きを漏らした。
その時、ギュスターヴにも感じ取れた。何者かが二人の前にいるのを。
何者かはそっとギュスターヴの頭に触れた。
《ヴァンを頼みましたよ》
声が聞こえたような気がした。
思わず、はっと顔を上げる。
そこには誰もいなかった。
感じていた気配も、ふっと消えてしまった。
「ヴァン、今の……」
「はい。大精霊の祝福を感じます……!」
隣を見れば、ヴァンは顔を輝かせていた。
彼が言うならば、間違いないのだろう。二人の婚姻は祝福されたのだ。
ギュスターヴは喜びのままに、ヴァンを抱き締めたのだった。
絶対に誓いを違えることはない。必ずヴァンを幸せにしてみせよう──。
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これにて完結です!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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