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第四十八話 誓いの口づけ
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「私もヴァンに聞いておきたいことがある」
彼の表情が引き締まる。
「誘拐犯は全員捕縛し、牢屋に閉じ込めている。誘拐犯はシュヴァル卿とルナール卿、及びその私兵たち、そして君の元婚約者のミレイユだった。ヴァンは以前、シュヴァル卿とルナール卿に脅されたそうだな? フィリップから聞いた」
ヴァンの顔が強張る。
「やっぱり……あの人たちが誘拐犯だったんですか」
ヴァンは耳栓をさせられていたが、風の精霊の助けで彼らの声が聞こえていた。やはり彼らだったのだ。
「別に脅されたわけではないのです。ただ、加護を一つしか持たない人間が王配になることの危険性を教えてもらっただけで……。僕なんかが王配になったりしたら、貴族制度が崩壊するかもしれないと言われました」
「馬鹿な。そんな大袈裟なことになるわけがないだろう」
彼の言葉に、ヴァンは身を縮こまらせる。
確かに大袈裟に考えすぎてしまったのかもしれない。
「いや違うんだヴァン、君を責めたわけではない。馬鹿なというのは奴らの妄言に対して言ったんだ。一人の人間のせいで貴族制度が崩壊したりなどしない、安心してくれ」
「そ、そうですよね……」
ヴァンはほっと胸を撫で下ろす。
「でも……僕は、不安なんです」
「何が不安なんだ? 何でも話してくれ、君の不安はすべて晴らしたい」
ヴァンは躊躇っていたが、彼の言葉に促されて話すことにした。
「その、彼ら以外にも実は僕らの結婚を良く思っていない人がいるのではないか……と思うと、怖くて堪らないのです。誘拐までいかなくても、また何か言われたりするかもしれないと思うと……」
そのせいで、ギュスターヴが悪く言われてしまうかもしれない。そのことが何より怖かった。彼の完全性を、自分のせいで損なってしまうようで。
「いいか、良く聞いてくれヴァン。私は何があっても君を守ろうと思っている。どんな言の葉の棘からも君を守り、どんな凶行からも君を助け出すと誓う。だが、それでも君が不安だというのならば……」
彼はヴァンの手の上にさらに手を重ね、ヴァンの手を握り直す。
「私は王位継承権を放棄してもいい」
「え……!?」
彼の信じられない言葉に、ヴァンは目を見開く。
「そうすれば君も王配にならなくて済む。二人でのんびりと幸せに暮らしていくことができる」
「そ、そんな……そんな……」
ヴァンは咄嗟に言葉が出ず、ふるふると首を横に振る。
「そんなの駄目です、ギュスターヴ殿下は王様に相応しい人です! 僕のせいで、殿下が王様になれないなんて、そんなの絶対に駄目です!」
ギュスターヴは優しくて、人のためになることをよく考えていて、加護の数で人を判断すべきではないと思ってくれている。彼が国王になってくれれば、このエスプリヒ王国は確実に良い方向へと進むだろう。
そんな彼が自分のために国王になれないなんて、そんなのは絶対に駄目だ。
「王位継承権の放棄なんて、絶対にしないでください!」
「しかし、それでは君に負担が……」
「ギュスターヴ殿下を王様にするためなら、頑張れます! 僕、何にも負けません! だから、継承権を放棄するなんて言わないでください……!」
身を引くという選択肢は取らない。死の間際になって彼の顔が思い浮かんだくらいだ、彼と一緒にいることをこの心は望んでいる。
だから彼に王様になってもらうには、自分が王配にならなければならない。
不安なことはいっぱいある。
だが、彼の『王位継承権を放棄してもいい』という言葉で覚悟が決まった。
きっと、彼と二人ならば何でも乗り越えられる。
ヴァンは覚悟を決めた。彼のために王配になろうと。
「誘拐される前、僕は殿下と添い遂げたいあまり誘惑に乗ってしまいました。何があろうと、まずは殿下に相談すべきだったのに。僕の方こそ婚約者失格なのかもしれません。それでも殿下が僕のことを許して下さるなら、僕は今度こそ何にも惑わされずに――――貴方と添い遂げたいです」
蒼い瞳と琥珀の瞳が絡み合う。
握る手の力が互いにぎゅっと強まった。
「それに関しては私の方が謝りたいくらいだ。私は君が心無い言葉をかけられていたことを察知できず、その上むざむざと誘拐させてしまった。そんな私を君が許してくれるのであれば、私は君のことを今度は一生かけて守っていきたい」
「殿下……」
ヴァンは彼の目を見据え、こくりと頷く。
彼の誓いならば心から信じられる。
「信じます。僕のことを必ず守ってくれると」
彼を信じて二人で生きていけば、きっとどんなことだって乗り越えていける。そんな気がした。
「ヴァン……!」
感極まったのか、彼は椅子から立ち上がるとヴァンの身体を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
「で、殿下……っ!」
急な抱擁に、心臓がとくとくと速い律動を刻む。
「ヴァン、愛している」
「は、はい、あの、僕も愛しています」
ドギマギとしながら応える。彼の低い声が耳朶を震わせ、心臓がさらに跳ねたように感じられた。
「ヴァン……」
そっとヴァンの顎に彼が指を添わせる。
彼が何をしようとしているか察し、ヴァンは自ら目を閉じて顎を上げた。
少しの間。
互いの唇が重なった。
互いに唇を食み、感触で存在を確かめ合う。
ヴァンが唇を開くと、ぬるりと彼の舌が侵入してきた。ヴァンの舌に彼の舌が絡む。
彼が角度を変え、ヴァンの舌を軽く吸う。じんと頭の奥が甘い感覚で満たされる。ヴァンも甘えるように、口付けを深める。
「ん……」
吐息が零れる。
甘い感覚がだんだんと大きくなっていって、下腹の奥の辺りが熱くなっていく。
彼とキス以上のことをしたい、という欲望が湧き上がってくる。
「……っ」
彼の口が離れ、ヴァンは肩で大きく息をする。
潤んだ瞳で彼を見上げた。
「これ以上キスを続けていたら、君を押し倒してしまいそうだ」
呟き、彼は身体を離そうとする。
彼にヴァンはぎゅっとしがみ付いた。
「……あの、僕は続きをしたいです」
心臓をバクバクさせながら、勇気を出して言った。
前は恥ずかしくて言えなかったけれど、正直な本音を口にした。
大事にしたいと思ってもらえるのは嬉しいけれど、それ以上に彼とこの続きに進みたい。はしたないと思われるだろうか。それでも、気持ちを口にするのが大切だと思った。
「……!」
彼は息を呑み、蒼い綺麗な瞳を大きく見開いた。
キラキラ、光が降ってくる。精霊の光に包まれ、彼が輝いて見える。
彼も喜んでくれているのだ。
「ヴァン……本気か?」
「は、はい、本気です!」
頬が熱くなるのを感じながら、一生懸命にこくこくと頷いた。
「ヴァン――――嬉しいな」
彼の表情が引き締まる。
「誘拐犯は全員捕縛し、牢屋に閉じ込めている。誘拐犯はシュヴァル卿とルナール卿、及びその私兵たち、そして君の元婚約者のミレイユだった。ヴァンは以前、シュヴァル卿とルナール卿に脅されたそうだな? フィリップから聞いた」
ヴァンの顔が強張る。
「やっぱり……あの人たちが誘拐犯だったんですか」
ヴァンは耳栓をさせられていたが、風の精霊の助けで彼らの声が聞こえていた。やはり彼らだったのだ。
「別に脅されたわけではないのです。ただ、加護を一つしか持たない人間が王配になることの危険性を教えてもらっただけで……。僕なんかが王配になったりしたら、貴族制度が崩壊するかもしれないと言われました」
「馬鹿な。そんな大袈裟なことになるわけがないだろう」
彼の言葉に、ヴァンは身を縮こまらせる。
確かに大袈裟に考えすぎてしまったのかもしれない。
「いや違うんだヴァン、君を責めたわけではない。馬鹿なというのは奴らの妄言に対して言ったんだ。一人の人間のせいで貴族制度が崩壊したりなどしない、安心してくれ」
「そ、そうですよね……」
ヴァンはほっと胸を撫で下ろす。
「でも……僕は、不安なんです」
「何が不安なんだ? 何でも話してくれ、君の不安はすべて晴らしたい」
ヴァンは躊躇っていたが、彼の言葉に促されて話すことにした。
「その、彼ら以外にも実は僕らの結婚を良く思っていない人がいるのではないか……と思うと、怖くて堪らないのです。誘拐までいかなくても、また何か言われたりするかもしれないと思うと……」
そのせいで、ギュスターヴが悪く言われてしまうかもしれない。そのことが何より怖かった。彼の完全性を、自分のせいで損なってしまうようで。
「いいか、良く聞いてくれヴァン。私は何があっても君を守ろうと思っている。どんな言の葉の棘からも君を守り、どんな凶行からも君を助け出すと誓う。だが、それでも君が不安だというのならば……」
彼はヴァンの手の上にさらに手を重ね、ヴァンの手を握り直す。
「私は王位継承権を放棄してもいい」
「え……!?」
彼の信じられない言葉に、ヴァンは目を見開く。
「そうすれば君も王配にならなくて済む。二人でのんびりと幸せに暮らしていくことができる」
「そ、そんな……そんな……」
ヴァンは咄嗟に言葉が出ず、ふるふると首を横に振る。
「そんなの駄目です、ギュスターヴ殿下は王様に相応しい人です! 僕のせいで、殿下が王様になれないなんて、そんなの絶対に駄目です!」
ギュスターヴは優しくて、人のためになることをよく考えていて、加護の数で人を判断すべきではないと思ってくれている。彼が国王になってくれれば、このエスプリヒ王国は確実に良い方向へと進むだろう。
そんな彼が自分のために国王になれないなんて、そんなのは絶対に駄目だ。
「王位継承権の放棄なんて、絶対にしないでください!」
「しかし、それでは君に負担が……」
「ギュスターヴ殿下を王様にするためなら、頑張れます! 僕、何にも負けません! だから、継承権を放棄するなんて言わないでください……!」
身を引くという選択肢は取らない。死の間際になって彼の顔が思い浮かんだくらいだ、彼と一緒にいることをこの心は望んでいる。
だから彼に王様になってもらうには、自分が王配にならなければならない。
不安なことはいっぱいある。
だが、彼の『王位継承権を放棄してもいい』という言葉で覚悟が決まった。
きっと、彼と二人ならば何でも乗り越えられる。
ヴァンは覚悟を決めた。彼のために王配になろうと。
「誘拐される前、僕は殿下と添い遂げたいあまり誘惑に乗ってしまいました。何があろうと、まずは殿下に相談すべきだったのに。僕の方こそ婚約者失格なのかもしれません。それでも殿下が僕のことを許して下さるなら、僕は今度こそ何にも惑わされずに――――貴方と添い遂げたいです」
蒼い瞳と琥珀の瞳が絡み合う。
握る手の力が互いにぎゅっと強まった。
「それに関しては私の方が謝りたいくらいだ。私は君が心無い言葉をかけられていたことを察知できず、その上むざむざと誘拐させてしまった。そんな私を君が許してくれるのであれば、私は君のことを今度は一生かけて守っていきたい」
「殿下……」
ヴァンは彼の目を見据え、こくりと頷く。
彼の誓いならば心から信じられる。
「信じます。僕のことを必ず守ってくれると」
彼を信じて二人で生きていけば、きっとどんなことだって乗り越えていける。そんな気がした。
「ヴァン……!」
感極まったのか、彼は椅子から立ち上がるとヴァンの身体を引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。
「で、殿下……っ!」
急な抱擁に、心臓がとくとくと速い律動を刻む。
「ヴァン、愛している」
「は、はい、あの、僕も愛しています」
ドギマギとしながら応える。彼の低い声が耳朶を震わせ、心臓がさらに跳ねたように感じられた。
「ヴァン……」
そっとヴァンの顎に彼が指を添わせる。
彼が何をしようとしているか察し、ヴァンは自ら目を閉じて顎を上げた。
少しの間。
互いの唇が重なった。
互いに唇を食み、感触で存在を確かめ合う。
ヴァンが唇を開くと、ぬるりと彼の舌が侵入してきた。ヴァンの舌に彼の舌が絡む。
彼が角度を変え、ヴァンの舌を軽く吸う。じんと頭の奥が甘い感覚で満たされる。ヴァンも甘えるように、口付けを深める。
「ん……」
吐息が零れる。
甘い感覚がだんだんと大きくなっていって、下腹の奥の辺りが熱くなっていく。
彼とキス以上のことをしたい、という欲望が湧き上がってくる。
「……っ」
彼の口が離れ、ヴァンは肩で大きく息をする。
潤んだ瞳で彼を見上げた。
「これ以上キスを続けていたら、君を押し倒してしまいそうだ」
呟き、彼は身体を離そうとする。
彼にヴァンはぎゅっとしがみ付いた。
「……あの、僕は続きをしたいです」
心臓をバクバクさせながら、勇気を出して言った。
前は恥ずかしくて言えなかったけれど、正直な本音を口にした。
大事にしたいと思ってもらえるのは嬉しいけれど、それ以上に彼とこの続きに進みたい。はしたないと思われるだろうか。それでも、気持ちを口にするのが大切だと思った。
「……!」
彼は息を呑み、蒼い綺麗な瞳を大きく見開いた。
キラキラ、光が降ってくる。精霊の光に包まれ、彼が輝いて見える。
彼も喜んでくれているのだ。
「ヴァン……本気か?」
「は、はい、本気です!」
頬が熱くなるのを感じながら、一生懸命にこくこくと頷いた。
「ヴァン――――嬉しいな」
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