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第三十四話 初代国王と精霊神
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今日はモールト教授の授業がある日だ。
ヴァンは楽しみで昨夜なかなか寝つけなかったくらいだ。
寝つけないので、どうせならと勉強をしようとしたらフィリップに叱られてしまった。
「さて、ヴァンくんはこの国の建国神話は知っているかね?」
授業が始まると、モールト教授はまずこう尋ねてきた。
「もちろんです、諳んじることすらできますよ!」
ヴァンは、はきはきと答えた。
建国神話は、孤児たちに何度も読み聞かせたものだ。
だから、暗記している。
「ほお、それは頼もしい。なら、せっかくなら語ってもらおうかね」
建国神話を語ることになってしまい、緊張を覚える。
だが、間違ったりはしないはずだ。大丈夫。
ヴァンは深呼吸をしてから、口を開いた。
むかしむかし、ずっとむかしのこと。
とても精霊に愛された一人の青年がいました。その青年は、眉に白い毛が生えていたことから白眉の君と呼ばれていました。
すべての精霊が白眉の君を愛していました。白眉の君は精霊の姿を目にすることができました。白眉の君以外には精霊が目に見える者などおりませんでした。
精霊の長たる精霊神までもが白眉の君を愛していました。精霊神は火、水、風、土の四つの大精霊を引き連れていつも白眉の君のもとを訪れていました。精霊神は白眉の君を愛するあまり、他の精霊を寄せ付けないようにしようとしたこともありました。白眉の君はそんなことをしないようにたしなめ、精霊神はそれを反省したのです。
ある日、白眉の君は病弱な弟のために、森に分け入って薬草を探しに行きました。
白眉の君は不運にもそこで魔物に襲われてしまいました。
精霊神が大精霊たちを伴って白眉の君の元に向かいましたが、時すでに遅く彼は命を失っていました。
精霊神は嘆き悲しみ、白眉の君の死体に向かってかがむと、唇をつけてふうっと息を送りこみました。精霊神は自らの魂を送りこんだのです。
精霊神の魂の半分を吹きこまれた白眉の君は生き返りました。
けれども魂の半分を失った精霊神は、もはや神ではいられなくなったのです。
精霊に生き返らせてもらったことは決して誰にも言ってはいけないよ、白眉の君にそれだけ言い残すと精霊神は姿を消してしまいました。
数年後、見すぼらしい姿の男が白眉の君の前に姿を現しました。
白眉の君は彼を一目見ると家に招待して、パンと服をあげ家に住まわせてあげました。
男は意外にも賢い人間でした。パンと服と住処をくれた礼に白眉の君に何度も知恵を授け、白眉の君はついには国を興し国王となったのです。
白眉の君と男はやがて愛し合うようになり、五人の子を授かりました。五人もの子を授かっても、男の見た目は変わらず、老いる様子はありませんでした。けれども白眉の君はそれを不審に思わず、何も言わなかったのです。
なぜなら白眉の君は、男の正体を最初から知っていたからです。男の周囲を漂う四つの大精霊たちの姿が見えていたのですから。大精霊たちが付き従うのは精霊神だけです。
精霊たちは彼らの血を引く五人の子も愛しました。
五人の子は十四人の孫を作り、四十三人のひ孫ができ……やがてエスプリヒ王国の貴族全員が、白眉の君とかつての精霊神の血を継ぐ者となったのです。
だから今では、エスプリヒのすべての貴族を精霊が愛しているのです。
「素晴らしい、完璧だよ」
ヴァンが語り終わると、モールト教授は静かに拍手した。
「君には語り部の才能もあるようだね」
「いえ、そんな大げさな」
モールト教授の誉め言葉に、照れた表情を見せる。
それにしても改めて建国神話を思い起こすと、新たに感じることがある。
「おそらく初代国王は、最初の子供を授かる時に大精霊の祠を作ったのでしょうね」
大精霊の祠が作られたのは、「あなたがたの大事な精霊神を大切にしますよ」という、初代国王から大精霊たちへのメッセージだったのかもしれない。子孫である我々までその恩恵に与れるなんて、大精霊たちの愛情深さが窺える。
「それにしてもこの建国神話に関して、前々から感じていた疑問があるのですが……」
「おや、何かね?」
こんなくだらないことを質問してもいいものやら、と迷いながらも聞いてみることにした。
「白眉の君は『精霊に生き返らせてもらったことは決して誰にも言ってはいけないよ』と約束させられましたよね。でも、この話が後世に伝わってしまったということは、白眉の君は結局誰かに言ってしまったのではないでしょうか?」
ミストラル家では、こんなどうでもいい質問に答えてくれる人はいなかった。
答えてくれないどころか、叱られたものだ。
でもモールト教授相手ならば、呆れられることはあっても、怒られることはないはないのではないか。
ヴァンは他人を信用することを、覚え始めていた。
「いい質問だね」
期待した通り、モールト教授は笑顔で応えてくれた。
「それは近年出てきた資料で事情がわかっていてね、白眉の君が没した後に十四人の孫の一人が、彼の日記を読んで知ったという説が非常に有力になっているのだよ」
「へー、そうなんですか!?」
学問の世界も、日進月歩らしい。埃をかぶった本しか読めなかったヴァンには知りえなかったことに、目を丸くする。
「つまり、『言う』のはダメでも『書く』のは大丈夫だったってことなんですね」
「精霊神は『言うこと』しか禁じなかったからねえ。精霊との約束というものは、非常に契約書的なものなんだね」
なんて、二人は意見を交わし合った。
学問の世界にほんの少しでも触れられたような実感を覚え、非常に楽しいひと時だった。
ヴァンは楽しみで昨夜なかなか寝つけなかったくらいだ。
寝つけないので、どうせならと勉強をしようとしたらフィリップに叱られてしまった。
「さて、ヴァンくんはこの国の建国神話は知っているかね?」
授業が始まると、モールト教授はまずこう尋ねてきた。
「もちろんです、諳んじることすらできますよ!」
ヴァンは、はきはきと答えた。
建国神話は、孤児たちに何度も読み聞かせたものだ。
だから、暗記している。
「ほお、それは頼もしい。なら、せっかくなら語ってもらおうかね」
建国神話を語ることになってしまい、緊張を覚える。
だが、間違ったりはしないはずだ。大丈夫。
ヴァンは深呼吸をしてから、口を開いた。
むかしむかし、ずっとむかしのこと。
とても精霊に愛された一人の青年がいました。その青年は、眉に白い毛が生えていたことから白眉の君と呼ばれていました。
すべての精霊が白眉の君を愛していました。白眉の君は精霊の姿を目にすることができました。白眉の君以外には精霊が目に見える者などおりませんでした。
精霊の長たる精霊神までもが白眉の君を愛していました。精霊神は火、水、風、土の四つの大精霊を引き連れていつも白眉の君のもとを訪れていました。精霊神は白眉の君を愛するあまり、他の精霊を寄せ付けないようにしようとしたこともありました。白眉の君はそんなことをしないようにたしなめ、精霊神はそれを反省したのです。
ある日、白眉の君は病弱な弟のために、森に分け入って薬草を探しに行きました。
白眉の君は不運にもそこで魔物に襲われてしまいました。
精霊神が大精霊たちを伴って白眉の君の元に向かいましたが、時すでに遅く彼は命を失っていました。
精霊神は嘆き悲しみ、白眉の君の死体に向かってかがむと、唇をつけてふうっと息を送りこみました。精霊神は自らの魂を送りこんだのです。
精霊神の魂の半分を吹きこまれた白眉の君は生き返りました。
けれども魂の半分を失った精霊神は、もはや神ではいられなくなったのです。
精霊に生き返らせてもらったことは決して誰にも言ってはいけないよ、白眉の君にそれだけ言い残すと精霊神は姿を消してしまいました。
数年後、見すぼらしい姿の男が白眉の君の前に姿を現しました。
白眉の君は彼を一目見ると家に招待して、パンと服をあげ家に住まわせてあげました。
男は意外にも賢い人間でした。パンと服と住処をくれた礼に白眉の君に何度も知恵を授け、白眉の君はついには国を興し国王となったのです。
白眉の君と男はやがて愛し合うようになり、五人の子を授かりました。五人もの子を授かっても、男の見た目は変わらず、老いる様子はありませんでした。けれども白眉の君はそれを不審に思わず、何も言わなかったのです。
なぜなら白眉の君は、男の正体を最初から知っていたからです。男の周囲を漂う四つの大精霊たちの姿が見えていたのですから。大精霊たちが付き従うのは精霊神だけです。
精霊たちは彼らの血を引く五人の子も愛しました。
五人の子は十四人の孫を作り、四十三人のひ孫ができ……やがてエスプリヒ王国の貴族全員が、白眉の君とかつての精霊神の血を継ぐ者となったのです。
だから今では、エスプリヒのすべての貴族を精霊が愛しているのです。
「素晴らしい、完璧だよ」
ヴァンが語り終わると、モールト教授は静かに拍手した。
「君には語り部の才能もあるようだね」
「いえ、そんな大げさな」
モールト教授の誉め言葉に、照れた表情を見せる。
それにしても改めて建国神話を思い起こすと、新たに感じることがある。
「おそらく初代国王は、最初の子供を授かる時に大精霊の祠を作ったのでしょうね」
大精霊の祠が作られたのは、「あなたがたの大事な精霊神を大切にしますよ」という、初代国王から大精霊たちへのメッセージだったのかもしれない。子孫である我々までその恩恵に与れるなんて、大精霊たちの愛情深さが窺える。
「それにしてもこの建国神話に関して、前々から感じていた疑問があるのですが……」
「おや、何かね?」
こんなくだらないことを質問してもいいものやら、と迷いながらも聞いてみることにした。
「白眉の君は『精霊に生き返らせてもらったことは決して誰にも言ってはいけないよ』と約束させられましたよね。でも、この話が後世に伝わってしまったということは、白眉の君は結局誰かに言ってしまったのではないでしょうか?」
ミストラル家では、こんなどうでもいい質問に答えてくれる人はいなかった。
答えてくれないどころか、叱られたものだ。
でもモールト教授相手ならば、呆れられることはあっても、怒られることはないはないのではないか。
ヴァンは他人を信用することを、覚え始めていた。
「いい質問だね」
期待した通り、モールト教授は笑顔で応えてくれた。
「それは近年出てきた資料で事情がわかっていてね、白眉の君が没した後に十四人の孫の一人が、彼の日記を読んで知ったという説が非常に有力になっているのだよ」
「へー、そうなんですか!?」
学問の世界も、日進月歩らしい。埃をかぶった本しか読めなかったヴァンには知りえなかったことに、目を丸くする。
「つまり、『言う』のはダメでも『書く』のは大丈夫だったってことなんですね」
「精霊神は『言うこと』しか禁じなかったからねえ。精霊との約束というものは、非常に契約書的なものなんだね」
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