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第二十一話 幸せにできているだろうか
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「ヴァン、私は君を幸せにできているかな?」
湖面を見つめただまま、ギュスターヴが出し抜けに口を開いた。
「え?」
ヴァンが聞き返すと、蒼い瞳がゆっくりとヴァンを見据えた。
「今度は私がヴァンのことを救う番だ。そう思って、君が幸せに過ごすためならばなんでもするつもりだ。ヴァン、王城での生活は君にとって幸福なものになっているだろうか?」
ギュスターヴの言葉に、彼が並々ならぬ想いを抱えていることを知った。「今度は」だなんて、まるでヴァンがかつて彼のことを救ったことがあるみたいだ。それが思い違いか真実かはわからないが、彼の言葉が本気であることは痛いほどに伝わってきた。
「えっと……正直、城での暮らしは大変です。今までと何もかもが違っていて。まだ王配教育も始まっていないのに、学ばなければならないことがたくさんあります。でも、くよくよと思い悩む暇がないのは、よかったなと思っています」
おそらく、彼の望む返答ではないだろう。婚約してもらえて幸せです、と言えれば可愛げがあるだろうに。
ただ、ヴァンもまたギュスターヴに嘘偽りではなく、本気の言葉を伝えたいと思った。
「……わかった。城が君にとってもっと快適な場所になるよう、さらに努力しよう」
「別にそんな必要、ございません」
ふるふると首を横に振った。
自分が苦労しているのは、自分のせいだ。自分が出来損ないだからだ。
もし自分に充分な数の加護があれば、ギュスターヴとの婚約も素直に喜べたかもしれないのに。
「君が敬語をやめてくれないのも、私が君を充分に幸せにできていないからかい?」
「そんなことありません! あ……そんなことない、よ?」
ぎこちなくタメ口を喋る。
「すまない、責めているわけではないんだ。君が心を開いてくれるよう、私が働きかけるべきなのだからね」
「すみ、あ、う……うん」
反射的に謝罪の言葉を口にしそうになり、もごもごと口を噤んだ。
二人の間に、気まずい沈黙が下りる。
「さて、そろそろ岸に戻ろうか」
「はい、そうですね」
結局、敬語に戻ってしまった。
ギュスターヴが器用に櫂を操り、ボートは角度を変えていく。
くるりと回転したボートは、岸辺へと戻っていく。
美しい景色に囲まれた時間がもう終わってしまうのか、と残念に思った。せっかく二人きりになれたのに、気まずいまま終わろうとしているのも残念だった。
「あの!」
ボートが岸辺に着く直前、ヴァンは意を決して口を開いた。
「なんだい、ヴァン?」
ギュスターヴは目を丸くしている。
「僕は今日、あなたと一緒にここに来られてよかったと思っています。殿下が僕の好みを考えて行先を選んでくれたことが、嬉しかったです。それに、殿下の人となりを知れた気がしました」
ダイヤモンド湖を一緒に訪れることができてよかった。楽しい時間だったのだ。その気持ちを懸命に伝える。
「まだ僕が打ち解けられないのは、僕が不甲斐ないせいです。申し訳ありませんが、もうしばらくお時間をいただければと思います。だから……できれば今日みたいに、もっとあなたの人となりを知りたいです」
なんてワガママを言っているのだろう、と我ながら自分の言葉に呆れる。
ただでさえ忙しいであろう王太子の時間を、さらに奪おうだなんて。傲慢にもほどがある。
「……ヴァン」
彼の言葉を聞くのが怖い、なんて思っていたら見たこともない眩い光が目に入って、ヴァンは目をパチクリとさせた。
ギュスターヴの精霊たちが、はっきりと発光していた。キラキラ、キラキラ。燐光が撒き散らかされている。まるで彼の後ろに太陽があるかのようだ。
「嬉しいよ! これからも、いっぱいお互いを知り合う時間を作ろうね!」
怒るどころか、彼は顔中をくしゃくしゃにして笑っていた。
彼もこんなに子供らしい笑顔をすることがあるんだ、と思わず見惚れてしまった。
ヴァンはその日、初めてギュスターヴのことが理解できそうだと思えた。
湖面を見つめただまま、ギュスターヴが出し抜けに口を開いた。
「え?」
ヴァンが聞き返すと、蒼い瞳がゆっくりとヴァンを見据えた。
「今度は私がヴァンのことを救う番だ。そう思って、君が幸せに過ごすためならばなんでもするつもりだ。ヴァン、王城での生活は君にとって幸福なものになっているだろうか?」
ギュスターヴの言葉に、彼が並々ならぬ想いを抱えていることを知った。「今度は」だなんて、まるでヴァンがかつて彼のことを救ったことがあるみたいだ。それが思い違いか真実かはわからないが、彼の言葉が本気であることは痛いほどに伝わってきた。
「えっと……正直、城での暮らしは大変です。今までと何もかもが違っていて。まだ王配教育も始まっていないのに、学ばなければならないことがたくさんあります。でも、くよくよと思い悩む暇がないのは、よかったなと思っています」
おそらく、彼の望む返答ではないだろう。婚約してもらえて幸せです、と言えれば可愛げがあるだろうに。
ただ、ヴァンもまたギュスターヴに嘘偽りではなく、本気の言葉を伝えたいと思った。
「……わかった。城が君にとってもっと快適な場所になるよう、さらに努力しよう」
「別にそんな必要、ございません」
ふるふると首を横に振った。
自分が苦労しているのは、自分のせいだ。自分が出来損ないだからだ。
もし自分に充分な数の加護があれば、ギュスターヴとの婚約も素直に喜べたかもしれないのに。
「君が敬語をやめてくれないのも、私が君を充分に幸せにできていないからかい?」
「そんなことありません! あ……そんなことない、よ?」
ぎこちなくタメ口を喋る。
「すまない、責めているわけではないんだ。君が心を開いてくれるよう、私が働きかけるべきなのだからね」
「すみ、あ、う……うん」
反射的に謝罪の言葉を口にしそうになり、もごもごと口を噤んだ。
二人の間に、気まずい沈黙が下りる。
「さて、そろそろ岸に戻ろうか」
「はい、そうですね」
結局、敬語に戻ってしまった。
ギュスターヴが器用に櫂を操り、ボートは角度を変えていく。
くるりと回転したボートは、岸辺へと戻っていく。
美しい景色に囲まれた時間がもう終わってしまうのか、と残念に思った。せっかく二人きりになれたのに、気まずいまま終わろうとしているのも残念だった。
「あの!」
ボートが岸辺に着く直前、ヴァンは意を決して口を開いた。
「なんだい、ヴァン?」
ギュスターヴは目を丸くしている。
「僕は今日、あなたと一緒にここに来られてよかったと思っています。殿下が僕の好みを考えて行先を選んでくれたことが、嬉しかったです。それに、殿下の人となりを知れた気がしました」
ダイヤモンド湖を一緒に訪れることができてよかった。楽しい時間だったのだ。その気持ちを懸命に伝える。
「まだ僕が打ち解けられないのは、僕が不甲斐ないせいです。申し訳ありませんが、もうしばらくお時間をいただければと思います。だから……できれば今日みたいに、もっとあなたの人となりを知りたいです」
なんてワガママを言っているのだろう、と我ながら自分の言葉に呆れる。
ただでさえ忙しいであろう王太子の時間を、さらに奪おうだなんて。傲慢にもほどがある。
「……ヴァン」
彼の言葉を聞くのが怖い、なんて思っていたら見たこともない眩い光が目に入って、ヴァンは目をパチクリとさせた。
ギュスターヴの精霊たちが、はっきりと発光していた。キラキラ、キラキラ。燐光が撒き散らかされている。まるで彼の後ろに太陽があるかのようだ。
「嬉しいよ! これからも、いっぱいお互いを知り合う時間を作ろうね!」
怒るどころか、彼は顔中をくしゃくしゃにして笑っていた。
彼もこんなに子供らしい笑顔をすることがあるんだ、と思わず見惚れてしまった。
ヴァンはその日、初めてギュスターヴのことが理解できそうだと思えた。
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