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第十九話 デートの約束
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「ギュスターヴ殿下は、いつも勝手すぎます!」
宝石商が帰った後のことだ。
ヴァンはギュスターヴを睨みつけ、怒った。
初対面時にプロポーズをしてきた時も、今日も、身勝手に彼に振り回されている。
恐れ多くはあったが、これ以上振り回されたくはないと怒りを表明した。
「これからはせめて何の予定で呼ぶのかとか、教えてください! 心の準備ができないじゃないですか!」
不敬だとか叱られるのではないかと、かなりの覚悟を持って怒りの表情を作った。
なのにギュスターヴは不快に思うどころか、微笑ましげに「くすり」と笑ったのだった。それはそれで傷つく。
「へえ。予定さえ伝えれば、私のかわいいヴァンは心の準備をしておいてくれるのかい?」
「ひゅえ!? え、えっとそれはですね……!」
一体全体どんな「予定」を伝える気なのかと、ドギマギしてヴァンは日和った。
「ふふふ、冗談だよ。ヴァンはいちいち可愛いね」
「またからかったんですか……!?」
「ごめんごめん、お詫びに今度はヴァンのしたいことをしようか。ヴァンはどんな予定なら納得してくれるんだい?」
ギュスターヴに問われたことに、ヴァンは戸惑いを露わにする。
「いえ、僕が何かをしたいという話ではなく、事前に予定さえ伝えてもらえればそれでよくってですね……」
「じゃあ、私がどんな『予定』を伝えてもいいんだね?」
「そ、それはちょっと……!」
ギュスターヴの余裕たっぷりの笑みに、彼は悪い人ではないとわかっていつつもビビってしまう。首を縦に振ったら、どんなことを言われるか分かったものではない。
だって彼は、こんな自分のことを本気で可愛いと思っているのだ。その理解不能な思考回路から、一体どんな言葉が出てくるか予想がつかない。それが恐ろしいと思ってしまう。
「じゃあヴァンのやりたい『予定』を教えておくれよ」
これでやりたいことなんてない、と答えたらただのワガママ人間だ。ヴァンは仕方なく、ギュスターヴと一緒にやりたいことを考えた。
「ええとですね、まずはお互いのことをじっくり知りたいです。お茶会をしたりですとか、デートを重ねたりとか、そうやってお互いのことを知っていくものでしょう?」
ヴァンの言葉を聞き、蒼い瞳がスッと細められた。
「ヴァンは、元の婚約者とそういったことをしたのか?」
彼の問いに、思い返してみる。
「お茶会なら、何度か。でも、どこかに一緒に出歩いたりといったことはしなかったですね……」
「なら、デートをしよう、ヴァン! それでいいだろう?」
急に彼の精霊たちがキラキラと煌めき出したので、彼の心理が読めずヴァンはビクリと震えてしまった。何が琴線に触れたのだろう。
「あ、はい、わかりました。じゃあ、デートをいたしましょう……」
自分から言い出したことなので断ることもできず、ヴァンは彼とデートをすることになったのだった。
デートの日程は、翌日だった。
翌日に速攻を予定を入れることができるなんて、ギュスターヴは暇なのだろうか。なんてちょっと思ってしまったのは、秘密だ。
翌朝。
ヴァンは早起きすると、朝から湯浴みをし、その後フィリップに身なりを整えてもらう。
「ギュスターヴ殿下とヴァン様のデートは私が絶対に成功させてみせます、お任せください!」
なぜだか、フィリップが一番やる気だった。
ヴァンは気乗りしないまま、フィリップに髪油を塗ってもらい、乾かした髪を梳いてもらった。
今日は、花の模様がたっぷり刺繍されたクリーム色のジレの上に、これまたたっぷりと花の刺繍がされた青いジュストコールをまとった。胸元にはレースのクラヴァットをつけ、下半身には七分丈のホーズを履いた。
「可愛らしいヴァン様に大変お似合いでございます! 殿下もきっと褒めてくださいますよ!」
「そ、そうですか……?」
刺繍職人の類稀なる技量によって、隙間なく花が埋め尽くしていても少女趣味にならず、むしろ優雅さを醸し出している。だが、服いっぱいの花々が自分に似合っているとは、どうしても思えなかった。
身支度を終えた頃、部屋のドアがノックされた。ギュスターヴが迎えに来たのだ、とヴァンは察した。
側仕えの一人がドアを開けに行くと、やはりそこにはギュスターヴがいた。
「ヴァン、迎えに来たよ」
彼が微笑むと、花々が咲き乱れ小鳥たちは歌を歌い、側仕えらはうっとりと溜息を吐いた。
ヴァンは、おずおずと彼の前に進み出た。
「わあ、ヴァン! 今日はより一層華やかだね! とてもよく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます……っ」
大袈裟な褒め言葉に、顔が熱くなる。
「それになんだか、いい香りもする。髪かな?」
ギュスターヴは自然な動きでヴァンに近寄った。
うなじの辺りに鼻を寄せると、くん、と匂いを嗅いだ。
「ひゃ!?」
「髪油かな。ベリーの香りだ」
正解だ。フィリップには、ベリーの香りがする髪油を塗ってもらった。
そんなことよりも顔と顔の距離が近すぎて、心臓がうるさくなってしまう。デートはまだこれからなのに。
「さあ、ヴァン。手を」
彼が手を差し出す。ヴァンをエスコートする気なのだ。
エスコートなんかしてくれなくたって、馬車まで辿り着けるのに。そう思いながらも、手を差し出してしまっていた。なぜだろう。
ぎゅっと手を握られる。二人は歩き出した。
馬車に乗り込む瞬間まで、ずっと手を握られていた。彼の体温を直に感じ、妙な気持ちになってしまう。
(ああ、そうか……この人と結婚するんだ)
ずっと非現実的だった実感が、やっと一欠片得られた気がした。
宝石商が帰った後のことだ。
ヴァンはギュスターヴを睨みつけ、怒った。
初対面時にプロポーズをしてきた時も、今日も、身勝手に彼に振り回されている。
恐れ多くはあったが、これ以上振り回されたくはないと怒りを表明した。
「これからはせめて何の予定で呼ぶのかとか、教えてください! 心の準備ができないじゃないですか!」
不敬だとか叱られるのではないかと、かなりの覚悟を持って怒りの表情を作った。
なのにギュスターヴは不快に思うどころか、微笑ましげに「くすり」と笑ったのだった。それはそれで傷つく。
「へえ。予定さえ伝えれば、私のかわいいヴァンは心の準備をしておいてくれるのかい?」
「ひゅえ!? え、えっとそれはですね……!」
一体全体どんな「予定」を伝える気なのかと、ドギマギしてヴァンは日和った。
「ふふふ、冗談だよ。ヴァンはいちいち可愛いね」
「またからかったんですか……!?」
「ごめんごめん、お詫びに今度はヴァンのしたいことをしようか。ヴァンはどんな予定なら納得してくれるんだい?」
ギュスターヴに問われたことに、ヴァンは戸惑いを露わにする。
「いえ、僕が何かをしたいという話ではなく、事前に予定さえ伝えてもらえればそれでよくってですね……」
「じゃあ、私がどんな『予定』を伝えてもいいんだね?」
「そ、それはちょっと……!」
ギュスターヴの余裕たっぷりの笑みに、彼は悪い人ではないとわかっていつつもビビってしまう。首を縦に振ったら、どんなことを言われるか分かったものではない。
だって彼は、こんな自分のことを本気で可愛いと思っているのだ。その理解不能な思考回路から、一体どんな言葉が出てくるか予想がつかない。それが恐ろしいと思ってしまう。
「じゃあヴァンのやりたい『予定』を教えておくれよ」
これでやりたいことなんてない、と答えたらただのワガママ人間だ。ヴァンは仕方なく、ギュスターヴと一緒にやりたいことを考えた。
「ええとですね、まずはお互いのことをじっくり知りたいです。お茶会をしたりですとか、デートを重ねたりとか、そうやってお互いのことを知っていくものでしょう?」
ヴァンの言葉を聞き、蒼い瞳がスッと細められた。
「ヴァンは、元の婚約者とそういったことをしたのか?」
彼の問いに、思い返してみる。
「お茶会なら、何度か。でも、どこかに一緒に出歩いたりといったことはしなかったですね……」
「なら、デートをしよう、ヴァン! それでいいだろう?」
急に彼の精霊たちがキラキラと煌めき出したので、彼の心理が読めずヴァンはビクリと震えてしまった。何が琴線に触れたのだろう。
「あ、はい、わかりました。じゃあ、デートをいたしましょう……」
自分から言い出したことなので断ることもできず、ヴァンは彼とデートをすることになったのだった。
デートの日程は、翌日だった。
翌日に速攻を予定を入れることができるなんて、ギュスターヴは暇なのだろうか。なんてちょっと思ってしまったのは、秘密だ。
翌朝。
ヴァンは早起きすると、朝から湯浴みをし、その後フィリップに身なりを整えてもらう。
「ギュスターヴ殿下とヴァン様のデートは私が絶対に成功させてみせます、お任せください!」
なぜだか、フィリップが一番やる気だった。
ヴァンは気乗りしないまま、フィリップに髪油を塗ってもらい、乾かした髪を梳いてもらった。
今日は、花の模様がたっぷり刺繍されたクリーム色のジレの上に、これまたたっぷりと花の刺繍がされた青いジュストコールをまとった。胸元にはレースのクラヴァットをつけ、下半身には七分丈のホーズを履いた。
「可愛らしいヴァン様に大変お似合いでございます! 殿下もきっと褒めてくださいますよ!」
「そ、そうですか……?」
刺繍職人の類稀なる技量によって、隙間なく花が埋め尽くしていても少女趣味にならず、むしろ優雅さを醸し出している。だが、服いっぱいの花々が自分に似合っているとは、どうしても思えなかった。
身支度を終えた頃、部屋のドアがノックされた。ギュスターヴが迎えに来たのだ、とヴァンは察した。
側仕えの一人がドアを開けに行くと、やはりそこにはギュスターヴがいた。
「ヴァン、迎えに来たよ」
彼が微笑むと、花々が咲き乱れ小鳥たちは歌を歌い、側仕えらはうっとりと溜息を吐いた。
ヴァンは、おずおずと彼の前に進み出た。
「わあ、ヴァン! 今日はより一層華やかだね! とてもよく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます……っ」
大袈裟な褒め言葉に、顔が熱くなる。
「それになんだか、いい香りもする。髪かな?」
ギュスターヴは自然な動きでヴァンに近寄った。
うなじの辺りに鼻を寄せると、くん、と匂いを嗅いだ。
「ひゃ!?」
「髪油かな。ベリーの香りだ」
正解だ。フィリップには、ベリーの香りがする髪油を塗ってもらった。
そんなことよりも顔と顔の距離が近すぎて、心臓がうるさくなってしまう。デートはまだこれからなのに。
「さあ、ヴァン。手を」
彼が手を差し出す。ヴァンをエスコートする気なのだ。
エスコートなんかしてくれなくたって、馬車まで辿り着けるのに。そう思いながらも、手を差し出してしまっていた。なぜだろう。
ぎゅっと手を握られる。二人は歩き出した。
馬車に乗り込む瞬間まで、ずっと手を握られていた。彼の体温を直に感じ、妙な気持ちになってしまう。
(ああ、そうか……この人と結婚するんだ)
ずっと非現実的だった実感が、やっと一欠片得られた気がした。
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