婚約破棄されるなり5秒で王子にプロポーズされて溺愛されてます!?

野良猫のらん

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第十七話 美しい人

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「ヴァン。今日は後で、私の部屋に来てくれないか」
 
 翌日。朝食の席でギュスターヴに命じられた。ヴァンはドギマギとしながら朝食後、彼の部屋に向かった。
 道中ヴァンの頭の中を占めていたのは、もしかして婚前交渉を求められるのだろうか、という危惧だった。
 どうにもギュスターヴは本気で愛してくれているようだし、彼の目には――信じがたいことだが――ヴァンが愛らしく見えているらしい。
 だからそういう要求もあるかもしれないと考えながら、フィリップと護衛の者を連れて彼の部屋を訪れた。
 
「ヴァン、来てくれたか」
 
 ヴァンが入室すると、ギュスターヴが笑顔を向けた。彼の精霊たちがきらきらと光を投げかけてくる。
 
「商人たちを呼んでおいたよ」
 
 彼の部屋には見覚えのない人間が、二人いた。
 立派な身なりの男が二人。太って脂ぎった男と、そのお付きらしきひょろりと細長い男の二人組だ。
 
 彼らが呼ばれたという商人なのだろう。彼らがテーブルの上に広げている装飾品の数々から察するに、宝石商だろうと推察することができた。
 
「私たちの婚約指輪を作ろう」
「あっ」
 
 言われてみれば婚約指輪は必要だ。すっかり失念していた。
 先に用事の内容を言ってくれればいいのに、とヴァンは拗ね気味に思う。手を出されるのではないか、と考えながら部屋を訪れたのが恥ずかしかった。
 
 どうして、そんなことを考えてしまったのだろう。ギュスターヴはよくわからない人ではあるが、決して悪い人ではないのに。
 
 父の言葉があったからだろうか。「早々に城に引っ越しさせるのは、妾扱いするためだ」という父の決めつけの影響が、あったのかもしれない。
 
 結局、父の言葉は間違っていた。ヴァンには意図がよく掴めなかったが、引っ越しさせられたのは彼には彼なりの考えがあってのことだった。
 そうだ、父が間違っていることもあるのだ。ヴァンの新たな発見だった。
 
「そういえば指輪、必要ですよね。婚約指輪なんて付けたことがないからすっかり忘れていました」
「前の婚約者のは?」
 
 ギュスターヴはヴァンの言葉に、片眉を上げる。
 エスプリヒ王国では婚約指輪は互いに贈り合うものだが、ミレイユには指輪は贈らなかったし贈ってもらったこともなかった。
 
「年頃になったら指輪作ろうねって話していたのですけど、結局その前に婚約破棄されちゃいましたね。あはは……」
 
 ヴァンは乾いた笑みを零した。
 
 指輪のことを話題に出す度に「まだ要らない」と言われて、指輪を贈る機会を逃してしまったのだ。
 その態度を奥ゆかしいと思っていたのだが、思えば彼女は最初からヴァンと婚約させられたのが不服だったのだろう。前々から婚約破棄をしてやろうと思っていて、公爵の心を射止めることに成功したのを機に実行に踏み切ったのだ。いま考えてみれば、彼女の考えていたことは明白だ。
 
「私なら、ヴァンにいくらでも指輪を買ってあげるのに。なんなら今日欲しいものがあったら、いくらでも言ってくれ。買ってあげよう」
 
 なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべ出すギュスターヴ。それに同調しているかのように、彼の十二の精霊たちがチカチカと光っている。精霊の漏らす光まで得意げな雰囲気を纏っているように見えた。
 
 それがなんだかおかしくって、情けない気分がどこかへ飛んでいくのを感じた。
 いきなりの求婚はとんでもない体験だったが、彼のおかげでミレイユに婚約破棄された心の痛みを忘れられていた。彼が現れなければ、今頃塞ぎ込んで部屋に籠っていただろう。ヴァンは心の中で、彼に少しだけ感謝したのだった。
 
「そんなの悪いですよ、他にも装飾品だなんて。結婚した後は結婚指輪も必要になるのですし、第一こんな地味な僕なんかが着飾っても仕方がないですし」
 
 何でも買ってあげるという言葉に遠慮した、その時。
 
「地味な見た目だって? 私の目の前には、美しい人しかいないけどな」
「ひゃ!?」
 
 突然、ギュスターヴの白い手が伸びてきてヴァンの顎をくいっと掴む。
 顔を上げさせられると、蒼い瞳がこちらをまっすぐ見つめていた。自分の瞳が琥珀の色なら、彼の瞳はまさに青玉《サファイア》だとヴァンは思った。
 整った顔に見つめられ、否が応でも頬が熱くなってきた。
 
「い、意味不明なこと言って、僕のことからかわないで下さい!」
 
 いくらなんでも、「美しい」だなんて。僕のことを言い表すのに、そこまで不適当な言葉もないだろうとヴァンも憤慨した。
 
「からかってなどいない。ヴァンに身に着けられるのだったら、宝石の方だって満足だろう」
 
 ヴァンの顎からすっと手を離すと、彼は宝石商たちの方を向く。
 
「君たちもそう思うだろう?」
 
 唐突に話を振られたにもかかわらず、二人の宝石商はにこにこと答える。
 
「ええ、ええ、柔らかくて可愛らしい顔立ちで、人の好さが滲み出ていらっしゃいます」
「ヴァン様のような可愛らしいお顔立ちのお客様にも似合う装飾品も、当商会は取り揃えておりますよ」
 
 揉み手をする彼らの言葉は世辞だろう。
 だがギュスターヴの言葉は、どうにも本気なようだ。思えば彼はいつでも真っ直ぐだった。嘘を吐く彼など想像ができなかった。
 決して悪い気分ではない自分に、ヴァンは戸惑う。
 
「ほら、ヴァンの美しさは誰もが認めるところだ」

 宝石商たちは、よくよく聞くと「美しい」ではなく「愛らしい」としか言っていないような……? と首を傾げる。
 美しいと思っているのはやはり、ギュスターヴだけなのではないだろうか。
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