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第十三話 ヴァンが正室ですが?

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「側室?」
 
 不意に、ギュスターヴがポツリと呟きを零した。
 彼は一見、にこりと穏やかな笑みを浮かべている。だがヴァンはそこに、凄絶な雰囲気を見出した。なにより、彼の精霊たちが巣をつつかれた蜂のように飛び回っているのが感じられた。
 ヴァンは、非常に嫌な予感を覚えた。これから彼は、何もかもを滅茶苦茶にする言葉を発しようとしている気がする。お願いだから黙っていて下さい殿下、と不敬極まりない念を全力で送った。
 
「いつ、私が彼を『側室として』迎えると言いましたか父上?」
 
 願いもむなしく、ギュスターヴは爆弾発言を落とした。
 
「息子よ、一体何を……」
「彼は私の正室です。それに彼以外の伴侶を迎え入れるつもりは、一切ありません」
 
 彼の言葉に国王は驚愕に目を見開き、精霊たちは騒然とする。
 
「我が息子ギュスターヴよ、それはその、正気なのか……!?」
「それ以外に何があるというのですか父上」
 
 ヴァンの目にも、彼は本気で発言しているように見えた。
 
「ギュスターヴよ、落ち着け。複数の伴侶を娶ることは悪ではない。王妃と側妃は助け合って生きることができる。それに側室としてならいざしらず、正室としてヴァン殿を迎えるには流石にいろいろと……なあ?」
 
 国王の言葉にヴァンは俯く。
 自分のような出来損ないが、側室として歓迎してもらえただけでも僥倖なのだ。国王の言葉はもっともだ。現実的な言葉だ。
 それでもやはり、認めてもらえないというのは辛いものだった。膝の上でぎゅっと手を握る。
 
「父上、ヴァンは素晴らしい人間です。初代国王を伴侶として支えた精霊神のように知恵があり、また休日には孤児院で慈善活動に積極的に取り組んでいる慈悲深さと優しさがあります」
「えっ」
 
 ギュスターヴの言葉の真摯さに驚いたが、同時にヴァンが孤児院に足繫く通っていた事実を知っていたことにも驚いた。事前に身辺調査でもされていたのだろうか。
 
「父上は先ほど仰りましたね。側室に求められるのは、将来の国王をいかに支えられるかだと。正妃もそれでいいではありませんか。彼の足りないものは私が補います。加護の数も、家柄も」
 
 彼は堂々と言い放つ。
 風の加護しか持たない出来損ないを正室として迎えようという、何もかもがとんでもない発言なのに、眩しかった。なぜ彼は、僕のためにここまで言ってくれるのだろう。ヴァンは胸が苦しくなる。
 
「いやいや、そういう問題ではない。ジュリーも何とか言ってやってくれ」
 
 国王は王妃に助けを求める。
 
「……わたくしは良いと思いましてよ」
 
 話を聞いていた彼女は、静かに言った。
 
「な、ジュリー!?」
「ギュスターヴの決意したことを、わたくしは尊重いたします。リスクも何もかも織り込み済みで、それでも決意したのでしょう。ギュスターヴは考えなしではありませんから」
 
 王妃はギュスターヴに視線を投げかける。
 
「それに、いまさら何を言っても己を曲げる気はないのでしょう?」
「もちろんです」
 
 彼は胸を張って答える。彼の堂々たる態度が輝いて見えた。
 
「ならば、ヴァン殿に王配教育を受けさせねばなりませんね。我が国の最高学府から、教授を呼び寄せましょう」
 
 王妃はヴァンに笑顔を向けた。
 
 エスプリヒ王国の最高学府と言えば、大学のことだ。この国の貴族は、家庭教師を雇って子を教育することがほとんどだ。だが家庭教師には手に負えない、高度で専門的な知識を学びたい人間は大学に通うことになる。学力を測る入学試験をパスした人間だけが、通えるのだとか。
 ヴァンはもちろん通ったことはない。
 
「それから今日の午後にでも、すぐに採寸を行いましょう。花婿衣装をすぐに作り始めなければならないですし、普段纏う衣服も格に相応しいものを用意しなければ」
 
 王太子の正室ともなれば、最高級品の衣服を常に纏わなければならないのだろう。フィリップに見立ててもらった服装ですら、格は足りないらしい。
 王妃陛下の並べ立てる言葉を聞いて、大変なことになってしまったと思った。
 自分なんかに王配が務まるわけがない。笑い者になるだけだ。
 重圧がヴァンの胃を蝕む。
 
「……ジュリーが認めたならば余も認めよう。だがギュスターヴよ、一つだけ言っておく。決して楽な道ではないぞ」
 
 国王は目を細めて、真剣にギュスターヴを見つめる。彼はその視線を正面から捉えて、確かに頷いた。
 
「心得ております」
 
 ヴァンは王配になんかなりたくなかった。
 自分なんかに期待を寄せる彼が嫌いだ。それでもできる限りの努力をしたいと思ってしまうのは、ギュスターヴがあまりにも真っ直ぐだからだ。
 
 ギュスターヴなんか、嫌いだ。
 胸中で呟いてみても、その言葉は実を伴っていなかった。
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