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第十話 命に代えても

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「なんだいヴァン。フィリップに不満でも?」
「いえいえ、そんなまさか! 不満なんてあるわけがありません、ただ……」
「ただ?」

 言ってみてとばかりに、殿下が片眉を上げて促す。

「ええーとその、フィリップさんは火の精霊、夕闇の精霊、星の精霊の加護を受けていますよね」

 フィリップの周囲から感じた気配から、加護を言い当てる。

「ええ、いかにも」

 フィリップは落ち着き払っているが、精霊たちが七転八倒して大騒ぎしている気配は収まっていない。相当動揺しているようだ。
 
「火の精霊は苛烈な性格をした者や、武芸の才に秀でている者を好むと言われています。夕闇の精霊が好むのは、自ら破滅に近づく者か、大器晩成型の人間。そして星の精霊は一般的に孤独な人間を好むと言われていますが……星は月の従者であるという側面から、忠誠心が高い人間を好むことがあるという研究があります」

 心臓をバクバクとさせながら、なんとかつっかえずに説明する。

「つまりフィリップさんは忠義に厚い方だと思いますので、このように理由も説明せず殿下の筆頭側仕えから外すなんて酷い仕打ちなのではないかと……」
「いえ、まさか。殿下のなさることに酷いことなど、ありえません」

 ギュスターヴが口を開くよりも早く、フィリップ自身が素早く否定した。
 どうしたものかと、躊躇いが生じる。だがこんなにも精霊が動揺しているのに、彼が気持ちよく自分に仕えられるとは思えない。

「それから、フィリップさんは苛烈な性格をしているようには見えません。となると見た目に似合わず、武芸の心得があるのではないでしょうか。ならば殿下は、護衛兼側仕えのつもりでフィリップさんを僕につけようと考えているのではないですか? そういった意図を共有せずに、勝手に配置をいくら王太子殿下といえど横暴です」

 こんなに細身の優男が武芸に長けているだなんて、本当だろうか。自分で自分を疑いたくなりながらも、賢明に思うことを口にした。

「見事だ、ヴァン。君が口にしたのは、精霊占星術だな。精霊の加護の種類から、人となりや人生の行く末を見極めることができないかとかつて隆盛した学問。今では修めている者が少ないと聞いたが、流石だ」

 ギュスターヴは、柔らかい口調で言った。

「え、あ、そんな古い知識だとは知らず、あの、家の蔵にあった本を読んだだけで、蔵に籠っていれば目立たないので、えっと……」
 
 埃をかぶった古い知識で人を判断するなという嫌味だろうか、とヴァンはしどろもどろになる。

「私が思っていた通りだ。君は教養と知恵と慈悲の心がある素晴らしい人物だ。もっと自分に自信を持つべきだ」
「へ……?」

 続いた言葉に、どうやら嫌味ではないようだと判断して目をぱちくりとさせる。

「君が予想した通り、プリュムブランシュ家は護衛も暗殺もこなせる召使いを代々排出している。もちろんフィリップは、側仕えとしての能力も申し分がない。オレが知る限り最高の側仕えだ。フィリップにならばオレの大切なフィアンセを託せる。そう思ったから、君の筆頭側仕えにしたいと思ったのだ」

 ギュスターヴの言葉を聞いた途端、フィリップがはっと息を呑んだ。

「私にならば、殿下の大切なフィアンセを……?」
「ああ、すまない。私の言葉足らずだったようだな。私が君を信頼していることは、言わずもがなだと思っていた」
 
 殿下の言葉に、フィリップの精霊たちがキラキラ煌めくのが傍から見ていてよくわかった。不出来があったから外されたどころか、信頼されての結果だということがわかって嬉しいのだろう。
 自分が口を挟んでよかったと、ヴァンは胸を撫で下ろした。

 それにしても、暗殺がどうのと物騒な言葉が聞こえたような……?

「かしこまりました、私が命に代えてもヴァン様をお守りします……!」
「い、いや命に代えなくても大丈夫ですからね」
 
 フィリップもフィリップで極端な性格の人の予感がした。

「もちろん他にも護衛をつけるけれどね。守りは多いに越したことはない」
 
 ギュスターヴはそう言うと、フィリップに向き直った。
 
「明日は、父上と母上にヴァンを紹介するつもりだ。相応しく着飾らせてやってくれ、フィリップ」
「かしこまりました」
「え……っ!?」
 
 王太子殿下のご両親ということはつまり国王夫妻に謁見ということだ。彼と結婚するからには当然顔合わせぐらいはあるだろうが、急な話にヴァンは青褪めた。
 
「……まったく、ヴァンは慌てた顔まで愛らしいんだね」
 
 ギュスターヴがボソリと呟いた言葉は、動揺しているヴァンの耳には届かなかった。
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