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第八話 不理解
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昼食までの間、側仕えたちが挨拶に来てヴァンの身の周りを整え始めた。
いちいちペコリと頭を下げていたら、「王太子殿下のフィアンセが、側仕えに頭を下げるべきではございません」と叱られてしまった。
気疲れを感じながら、荷物を片付けてもらったりなんだりと時間を過ごした。
昼食刻限が近づいた時、ヴァンの部屋のドアがノックされた。
つい自分でドアを開けに行こうとしてしまったヴァンに先んじて、側仕えがドアを開けた。
ドアの向こうにいた人物に、ヴァンも側仕えも息を呑んだ。
「やあ、ヴァン。たっぷり休めたかな? 昼食の時間だよ」
ギュスターヴ自らが、昼食の迎えに来てくれるなんて。てっきり、側仕えが連絡に来ると思っていた。
ギュスターヴは一人ではない。すぐ横に、ギュスターヴの側仕えと思しき人物も控えていた。若い男で、彼の周囲には三種類の精霊の気配が感じられた。キッチリとした人物なのだろうといった印象を受ける。
「あの、殿下自らご足労いただくなんて……」
「食堂までの道中、ヴァンと話したくてね」
眩しいまでの笑みから、屈託のない好意を感じる。
なぜだか彼を騙しているような気になってしまい、心がますます重くなるのを感じた。
食事をするための部屋に向かうまでの道のりを、長い廊下が続いている。
ヴァンは、ギュスターヴと並んで歩いている。二人の側仕えたちが、後ろをぞろぞろとついてきている。
どう考えても、自分は最後尾を歩いているべきだろうとヴァンは感じた。彼と隣り合って歩いているこの状況は、間違っている。
「ギュスターヴ殿下」
ヴァンは意を決して、口を開いた。
「殿下をつけずに、ただギュスターヴとだけ呼んでくれないか」
ギュスターヴは、機嫌よさげに微笑んでいる。実際機嫌がいいことは、精霊たちがくるくると待っている気配が保障している。
「え、ええとそれはちょっと、僕にはまだハードルが高いです……」
「それでは、仕方がないな。君の心の準備が整う日が来るのを待とう」
出鼻を挫かれ、意欲が萎えそうになる。
それでも今言わなければ、と自分を奮い立たせる。
「殿下、僕は貴方の婚約者に相応しくありません。たとえ過去に僕と貴方の間に何かがあったのだとしても、僕と婚約すべきではありません」
本当にギュスターヴとの接触が過去にあったのか、定かではない。なのに、ギュスターヴは過去のヴァンを過大評価しているようだ。何があったのだとしても、ギュスターヴは過去の幻影に騙されているのだと思った。今のヴァンは、まったく価値のある人間ではない。
大変なことを口にしてしまった、とヴァンは顔を青くさせながらギュスターヴを見上げた。
「相応しくない? その逆だ、君以外に私の伴侶に相応しい人はいないんだよ、ヴァン」
なのに、ギュスターヴは軽い調子で笑った。
いくら言っても通じないのではないか。胸の内で焦りが急激に膨れ上がる。
「だって僕は! 加護が一つしかないんですよ!」
思わず大きな声が出た。
側仕えたちの足音が、ピタリと止まったのがわかった。
ギュスターヴも足を止め、ヴァンをまっすぐに見つめる。
「僕は風の精霊からの加護しか受けていなくて、そんな人間を娶ったら殿下の評判まで……」
「ヴァン」
ギュスターヴが、そっとヴァンの肩に手を置く。
「加護の数など関係ない、君は素晴らしい人物だ。君はそのことを知るべきだ」
加護の数など関係ない。
その言葉に、ヴァンは強く反感を覚えた。
十二もの精霊から加護を受けた人物が、何を言うのか。
恵まれているから、関係などと言えるのだ。
この王太子だって、自分が加護一つで生を受けていたならば、己の不幸を呪ったに違いない。
彼には、一切話が通じないのだ。
お綺麗な笑顔で、綺麗ごとを口にするだけの人形みたいな人間だ。
ヴァンは、彼を説得することを諦めた。
「……わかりました」
ヴァンは俯いて顔色を隠す。
「わかってくれて、よかった」
顔を上げなくたって、ギュスターヴがいつもの完璧な笑みを浮かべていることは理解できた。
いちいちペコリと頭を下げていたら、「王太子殿下のフィアンセが、側仕えに頭を下げるべきではございません」と叱られてしまった。
気疲れを感じながら、荷物を片付けてもらったりなんだりと時間を過ごした。
昼食刻限が近づいた時、ヴァンの部屋のドアがノックされた。
つい自分でドアを開けに行こうとしてしまったヴァンに先んじて、側仕えがドアを開けた。
ドアの向こうにいた人物に、ヴァンも側仕えも息を呑んだ。
「やあ、ヴァン。たっぷり休めたかな? 昼食の時間だよ」
ギュスターヴ自らが、昼食の迎えに来てくれるなんて。てっきり、側仕えが連絡に来ると思っていた。
ギュスターヴは一人ではない。すぐ横に、ギュスターヴの側仕えと思しき人物も控えていた。若い男で、彼の周囲には三種類の精霊の気配が感じられた。キッチリとした人物なのだろうといった印象を受ける。
「あの、殿下自らご足労いただくなんて……」
「食堂までの道中、ヴァンと話したくてね」
眩しいまでの笑みから、屈託のない好意を感じる。
なぜだか彼を騙しているような気になってしまい、心がますます重くなるのを感じた。
食事をするための部屋に向かうまでの道のりを、長い廊下が続いている。
ヴァンは、ギュスターヴと並んで歩いている。二人の側仕えたちが、後ろをぞろぞろとついてきている。
どう考えても、自分は最後尾を歩いているべきだろうとヴァンは感じた。彼と隣り合って歩いているこの状況は、間違っている。
「ギュスターヴ殿下」
ヴァンは意を決して、口を開いた。
「殿下をつけずに、ただギュスターヴとだけ呼んでくれないか」
ギュスターヴは、機嫌よさげに微笑んでいる。実際機嫌がいいことは、精霊たちがくるくると待っている気配が保障している。
「え、ええとそれはちょっと、僕にはまだハードルが高いです……」
「それでは、仕方がないな。君の心の準備が整う日が来るのを待とう」
出鼻を挫かれ、意欲が萎えそうになる。
それでも今言わなければ、と自分を奮い立たせる。
「殿下、僕は貴方の婚約者に相応しくありません。たとえ過去に僕と貴方の間に何かがあったのだとしても、僕と婚約すべきではありません」
本当にギュスターヴとの接触が過去にあったのか、定かではない。なのに、ギュスターヴは過去のヴァンを過大評価しているようだ。何があったのだとしても、ギュスターヴは過去の幻影に騙されているのだと思った。今のヴァンは、まったく価値のある人間ではない。
大変なことを口にしてしまった、とヴァンは顔を青くさせながらギュスターヴを見上げた。
「相応しくない? その逆だ、君以外に私の伴侶に相応しい人はいないんだよ、ヴァン」
なのに、ギュスターヴは軽い調子で笑った。
いくら言っても通じないのではないか。胸の内で焦りが急激に膨れ上がる。
「だって僕は! 加護が一つしかないんですよ!」
思わず大きな声が出た。
側仕えたちの足音が、ピタリと止まったのがわかった。
ギュスターヴも足を止め、ヴァンをまっすぐに見つめる。
「僕は風の精霊からの加護しか受けていなくて、そんな人間を娶ったら殿下の評判まで……」
「ヴァン」
ギュスターヴが、そっとヴァンの肩に手を置く。
「加護の数など関係ない、君は素晴らしい人物だ。君はそのことを知るべきだ」
加護の数など関係ない。
その言葉に、ヴァンは強く反感を覚えた。
十二もの精霊から加護を受けた人物が、何を言うのか。
恵まれているから、関係などと言えるのだ。
この王太子だって、自分が加護一つで生を受けていたならば、己の不幸を呪ったに違いない。
彼には、一切話が通じないのだ。
お綺麗な笑顔で、綺麗ごとを口にするだけの人形みたいな人間だ。
ヴァンは、彼を説得することを諦めた。
「……わかりました」
ヴァンは俯いて顔色を隠す。
「わかってくれて、よかった」
顔を上げなくたって、ギュスターヴがいつもの完璧な笑みを浮かべていることは理解できた。
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