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第二話 王太子からのプロポーズ

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「ならば私が彼をいただいてしまっても構わない、そういう訳だな?」

 太陽の精霊の他に、水、土、時、命……十種類以上の精霊の気配。
 
 振り返るとそこには、金髪碧眼の美男子がいた。シャンデリアの魔術光を受けて、複雑に編まれた長い金髪が波打つように光っていた。サファイアのような蒼い瞳を縁取る長い睫毛も金色に輝き、襟元に施された金糸の刺繍が光を受けてキラリと煌めく。
 太陽の精霊がもし人の姿をとったのならば、こんな姿をしているのではないか。そんな風に思わせる美しい男が、ヴァンのすぐ側に立っていた。
 
「あ……ギュスターヴ王太子、殿下……」

 からからに乾いた喉から、やっとの思いで声を絞り出した。
 驚きに目を見張りながら、ヴァンは上背の高い彼を見上げた。
 
 いきなり声をかけてきた美男子の正体は、誰もが知っている。このエスプリヒ王国の次期王位継承者、ギュスターヴ・エスプリヒだ。
 一体なぜ、王太子がわざわざ口を挟んできたのか。それも「いただく」と口にしたような気がするのだが。一体だれをいただくというのか。ヴァンの頭の中は疑問でいっぱいになった。

「ふっ」
 
 ギュスターヴ・エスプリヒは自信に満ちた笑みを浮かべた――――僕とは正反対の人間だ、とヴァンは感じ取った。
 
「ま、待って下さいませ……! なぜ王太子殿下がヴァンのことを欲するのですか!?」
 
 元婚約者ミレイユの言葉を聞き、ギュスターヴはヴァンのことを欲してるのだとやっと理解できた。
 
「おや、初代国王の伴侶も男だった。男同士での婚姻に、何かおかしいことでも?」
 
 それに対し、ギュスターヴは少しズレた返答を返し、にこりと微笑んだ。
 時代を経るにつれて少しずつ減ってきてはいるが、初代国王の伴侶が同性であったことからこの国では同性婚が当たり前に認められている。

「そのようなことを尋ねているのではありません! 私が問うているのは、なぜ……ヴァンなんかを欲するのかということです!」
 
 彼女が『出来損ないの』という言葉を呑み込んだことが、如実に感じ取れた。彼女の言動の一つ一つが、鋭くヴァンの心を突き刺す。

「ふうん」
 
 だがギュスターヴは、興味深そうに笑みを深めた。
 
「私の方こそ貴女に聞きたいのだが。長年彼のフィアンセを務めておきながら、目に付いたのが加護の数だけだと?」
 
 彼の言葉を聞いてヴァンは思った。貴方こそ僕の何を知っているというんですか、と。
 なにせヴァンは、ギュスターヴと知り合いになった覚えなどないのだ。何故この男が自分を伴侶にしたがっているのか、彼が口を開く度に疑問は増すばかりであった。

「な、な、な、もしかして私のことを愚弄なさっているの……!?」
 
 男にこんな態度を取られたのは、初めてのことなのだろう。ミレイユは大仰に反応して、顔を青褪めさせた。
 それから彼女は、王子ではなくヴァンに顔を向けた。東方の国に伝わるハンニャの面のような、凄まじい形相だった。
 
「ヴァン、貴方いつの間に王太子殿下を垂らし込んでいましたの!? わざわざ私が公爵との婚約を発表する日に見せつけるだなんて、何の嫌味ですの? こんなの、不義ですわ、浮気よ!」

 どうやらヴァンの相手が公爵閣下よりも格上であることが、気に食わないらしい。彼女の精霊が、そのようなことを囁いているのがぼんやりと聞こえてくる。
 浮気も何も、今日初めて出会ったのに。ヴァンはどう説明すればよいか分からず、口を開けなかった。

「何を言う、私とヴァンは清い関係だ。貴女と婚約関係だというから、これまで諦めていたというのに」
 
 ギュスターヴが、そっとヴァンの腰に手を添える。ヴァンはギクリと身を硬くした。
 実は僕はこの王子と知り合いだったのだろうか、と自分の記憶を疑い始めるほどにこの状況に混乱していた。

「貴女こそ、いつから公爵と関係していたのやら」
「な……ッ!?」
 
 浮気というのなら貴方がたこそ浮気じゃないのか、とギュスターヴは言外に指摘する。
 
「さあヴァン、このような者たちなど放っておこう。これから君の家に挨拶に赴かねばならないのだからね、私たちの結婚のために」
「え……っ? ぼ、僕の家に?」
 
 聞き間違いだろうか。ヴァンは聞こえた言葉に耳を疑う。
 
 怒りのあまり言葉も紡げないミレイユを放って、王子はヴァンの腰を抱いてパーティ会場を去ろうとする。ギュスターヴの腕から逃れる発想もなく、ヴァンはエスコートされた。
 
 パーティ会場から出たところで、ヴァンの頭の中に、ある考えが浮かんだ。きっとこの王太子様はヴァンが手酷く婚約破棄されている場面を目にして、ヴァンのプライドを守ろうとしてくれたのだ。

「あの……ありがとうございます」
 
 廊下に敷かれたカーペットの上を静かに歩きながら、ポツリと礼を口にした。
 
「うん?」
 
 ギュスターヴはヴァンの言葉に、柔らかく微笑む。一流の芸術家が心血を注いで彫った彫像がごとく顔立ちの整った彼が微笑を浮かべると、それだけで辺りに光が射し、花々が咲いたかのように感じられた。眩しい。
 王太子殿下が隣を歩いている光景に、まったく現実味を感じられない。

「あの、僕のことを助けてくれたんですよね。僕の面目を守るために、結婚したいだなんて嘘をついてくれて……」
 
 王太子に華麗な助け方をしてもらうだなんて、夢みたいな体験をしてしまった。一生の自慢になるな、とヴァンははにかんだ。
 
「嘘?」
「え?」
 
 しかし、彼の発した一言に思考が固まる。
 
「私が一芝居打ったとでも?」
「違うん、ですか……?」
 
 彼が優しさで嘘を吐いてくれたと思ったのは、思い上がりだったらしい。しかし今のやり取りが嘘ではなかったということは……。
 彼は金の前髪をバサリとかき上げ、言い放った。
 
「ぜんぶ本気だよ。明日から君は、私の伴侶になるんだ」
「え……ええー!?」
 
 かくしてヴァンは、ギュスターヴの主張が本気であることを思い知ったのだ。
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