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第十八話 社畜おじき登場

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 翌日から、授業が始まった。

「リュカ殿下、新しい先生がいらっしゃいましたよ」

 ステラがドアを開けると、先生がぼくの部屋に入ってきた。
 それはローブを着た中年の痩せた男だった。
 男の顔を見た瞬間、ぼくは目をまん丸にした。

「おじき……?」

 男は、前世の自分が叔父貴と呼び慕っていた人にそっくりだったのだ。
 叔父貴は、前世の自分の父親と兄弟杯を交わした人だ。
 
 渋いイケオジな顔面がそっくりだ。
 顔に傷があって髪をオールバックにしていれば、あともう少し恰幅があれば、瓜二つで見分けがつかなかっただろう。

 まさか叔父貴もあの後死んで、この世界に転生してきたのだろうか。
 一瞬そんなことを考えてしまって、そんなわけないと首を横に振った。
 転生してきたのなら、ぼくのように子供から人生再スタートのはずだ。つまりこの人は、見た目が叔父貴にそっくりなだけの他人だ。

 叔父貴にそっくりな男は、ぼくの前まで来るとにこりと微笑んだ。

「初めまして、リュカ殿下。お会いできて光栄でございます。私はオディロンと申します。これからリュカ殿下の指導役チューターを担当させていただきます」

 礼儀正しい挨拶を聞いて、やはり叔父貴とは別人だと思った。叔父貴はもっとこう、ざっくばらんとした人だ。

 挨拶を交わしている様を確認してから、授業をがんばってくださいませ、とステラがそっと退室していく。

「文字の読み書きや算術だけでなく、魔術も私がお教えします」
「まじゅつ?」

 ゲームの中でキャラクターたちが魔術を使っていたから、魔術が存在する世界だとは思っていた。だが、まさか自分が使えるとは。
 少しわくわくしてきた。

「魔術は体力を消耗しますし、殿下はまだお小さくいらっしゃいますので、実践はまだでございますがね」
「なーんだ」

 期待して損した、と唇を尖らせた。

「ふふ、殿下は早く魔術を使いたいですか? それでは殿下が魔術についてどれくらいご存知か尋ねてみましょうか」
 
 そんなぼくの様子に、オディロン先生は叔父貴似の顔をにこにこと緩ませている。
 ぼくの可愛さに、早速メロメロだね。
 
 オディロン先生の言葉に、ぼくはこくこくと頷いた。

「まず、どんな魔術を殿下はご存知ですか?」
「え、ええと……」

 問われて、一生懸命にゲームの記憶を掘り起こそうとする。

「黒魔術と、白魔術……?」
「おお、それは魔術の大分類でございますね。魔術は大分類だと三種類ございます。殿下のおっしゃられた黒魔術と白魔術と、ことわり魔術でございます。召喚術や私の扱う占術などが理魔術に含まれます」
 
 そういえば理魔術なんてものもあったな、と思い出した。
 ゲームの中では黒魔術が攻撃の魔法、白魔術が回復の魔法だった。理魔術はなんかよくわかんない効果の魔法ばっかりだったから、あまり使わなかったのだ。

「大分類の下には中分類がございます。炎魔術、雷魔術、風魔術などなどが黒魔術に含まれ、これが中分類という区分になります。先ほど挙げた召喚術や占術も中分類です」
「ふぅん……」

 難しい言葉の羅列に、興味がなくなってくる。

「この下にさらに小分類がございますが、今は割愛しておきましょう」

 足をぶらぶらさせながら話を聞いていたぼくは、こちらから質問を投げかけてみることにした。

「おじき……じゃなくて、せんせーはさぁ、おしろでなにをやってるの?」
「おや、私でございますか?」

 オディロン先生は目を丸くすると、また笑顔に戻って答えた。

「私は宮廷占術士をやっております。この国の行く末を占い、予言をします」
「うらないってあたるの?」

 ぼくには不思議だった。
 なぜ占い師が城で雇われているのか。だって前世では占い師が公務員なんて、ありえないことだった。
 だから重宝されているからには、百発百中なのだろうとぼくは思った。

「ぴったり的中することは、そう多くはありませんよ」
「えー、だめじゃん!」

 当たらない占いなんてダメダメじゃないか、とぼくは頬を膨らませた。
 そんなぼくに、オディロン先生はもはや孫を可愛がる老人のようにでれでれになっていた。
 オディロン先生はまだおじいちゃんじゃないけれどね。イケオジだよ。

「ふふふ、よく考えてもみてください。絶対に当たる占いなど、そちらの方が役に立たないではありませんか。予言を下した時点で、それは変えられない未来になってしまうのですから」
「う?」

 占い的中率が高い方が役に立たないなんて、そんなことがあるものかと首を傾げた。

「悪い予言があれば、それを変えるために全力を尽します。良い予言があれば、その未来を導けるように手を尽くします。そのために占術士は長い歴史の中で、重宝されてきたのでございますよ」
 
「そーなんだ」
 
「未来の可能性というものは、木の枝のようにいくつにも広く枝分かれしています。いい占術士は分岐点を察知し、未来が変わったならそれを感知できるものです」
 
「じゃあ、せんせーはそれができるってこと?」

 偉そうな人だから、きっと叔父貴似のこのおじさんは自分を「いい占術士」に分類しているのだろうと感じた。

「ええ、実はそうなのですよ」

 やっぱりだ。
 この人は、宮廷魔術師をやっていることを内心では鼻にかけているのだ。

「よければ、殿下のことも占いましょうか?」
「え、いいの?」

 自分が占ってもらえるとなると、途端に興味が湧いてきた。ぼくは瞳をキラキラさせながら、オディロン先生を見つめた。
 ぼくが可愛いから、特別に占ってくれるのかな。

「殿下、お手を。貴方の運命を見させてください」

 促されたので、ぼくは右手を手の平を上にして差し出した。手相でも見るのかなと思ったからだ。

「失礼いたします」

 ぼくの右手の上に、オディロン先生の左手がかざされた。
 一体何をする気なのだろうと見守っていると、彼の左手が光り始めた。

「おお……!」

 なんてわかりやすいエフェクトだろう。
 オディロン先生は今まさに未来が見えているかのように、目をつぶりながら何ごとか呟いている。

「金髪碧眼と……これは、二人で玉座に? たくさんの人々が、何かを持って……」

 薄い瞼の裏で、眼球が動いているのがわかる。
 やがてすっと光が消えて、彼が目を開けた。

「殿下は……大人になられていて、ええと、スイーツと呼ばれる食べ物をたくさん食べておられましたよ」
「え、おとなになったらスイーツをたくさんたべられるの⁉ やったー!」

 これは吉報だ。大人になったらスイーツ食べ放題なんて。
 どうやらぼくのスイーツ作りは順調に行くようだ。

「先ほども申しました通り、数ある可能性の一つでございますから。いくつも伸びている枝の中でも、大きめの枝なのはたしかでございますが」
「おおきいえだほど、かのーせーがたかいってこと?」
「そのように理解していただいて構いません」

 ぼくの質問に答えた後、彼はぼそりと呟いた。

「ついこの間まで最も大きかった枝は、なんらかの影響で折れてしまったのですがね……」
「うん?」
「いえいえ、なんでもございませんよ」

 おじさんになると独り言が多くなるって、やっぱり本当なのかな。

「じゃあスイーツたべほーだいになったら、オディロンせんせーにもスイーツわけてあげるね!」
「私にもわけていただけるのですか?」

 オディロン先生は目を丸くした。

「うん、とくべつだよ! スイーツはね、あまくておいしいんだよ! あ、そうだ! こんどスイーツつくるとき、スイーツのつくり方をみせてあげるね!」

 彼にスイーツを食べさせてあげたい、と自然と思っていた。
 彼が、疲れてやつれ切った叔父貴のような姿をしているからかもしれない。同情してしまったのだ。

「ふふ、それは楽しみですね」

 オディロン先生は、目尻に皺がつくくらい深く微笑んでくれた。
 ぼくは嬉しくて、声を上げて笑い返した。

 この時のぼくは、完全に調子に乗っていた。
 自分の体力のなさをすっかり過信していたのだ。
 初めての授業で占いもしてもらって、すっかりはしゃいでテンションが上がっている。

「あはははは……はは……」

 椅子の上で、ぼくの身体が傾ぐ。

「殿下!」

 倒れる前に、ぼくの身体はオディロン先生にキャッチしてもらえた。
 彼はぼくを抱き上げると、額に手の平を当てた。

「熱い!」

 それから、ステラを呼んでもらえたのかな。
 気がついたらぼくはベッドで寝ていて、とっくに授業は終わっていた。
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