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第十二話 クッキー作りの日が来たよ

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 ステラの見立て通り、シルヴェストルお兄様の部屋を後にして自分の部屋に戻ってきたら、どっと疲れを感じてぼくはベッドで寝てしまった。

 連日のお出かけは体力がもたないとステラに諭され、シルヴェストルお兄様と一緒に料理人に好き放題命令ができる日は、三日後となった。

 お母様はワガママを言ったらぼくが嫌われてしまうと言っていたけれど、そんなの知らない。
 世界で一番大事なのはスイーツだ。
 スイーツを食べるためだったら、ぼくはワルワルな人間にだってなってやる!

「リュカ、迎えにきたぞ」

 約束の日、シルヴェストルお兄様はわざわざ部屋まで迎えに来てくれた。お兄様はまるでワルワルな白馬の王子様だ。

「おにいちゃま!」

 ぼくはお兄様に抱き着いた。

「あ、ああ」

 彼が狼狽えている空気が伝わってくる。背中に手は回してくれないようだ。子供と遊んだこと、ないのかな。
 しょうがないなと、ぼくは自分からシルヴェストルお兄様の手を掴んだ。ぼくのよりも大きな手はビクリと震えると、おずおずと掴み返してくれた。
 ぼくたちは手を握った。

「いこ!」
「ふん、転ぶんじゃないぞ」

 素直じゃないな、ぼくのお兄様は。
 
 ぼくたち二人は、厨房に向かって歩き出した。
 もちろん、後ろからはステラやお兄さまの護衛のアランがついてきている。

 てとてと、てとてと。
 
 ぼくの歩調に合わせて歩くのに、シルヴェストルお兄様は苦労していた。
 速く歩きすぎてぼくの手を引っ張ってしまったのに気づき、慌てて立ち止まってぼくの足取りをじっと眺める。なんて一連の動きを何度か繰り返した末に、ぼくらは城の厨房に辿り着いた。

「シルヴェストル殿下、リュカ殿下。お待ちしておりました」

 シルヴェストルお兄様は先触れを出していたのだろう、厨房には料理人たちが勢揃いしていた。
 料理長や副料理長らしき人の姿も見える。料理人たちにとって、これは一大事なのだ。
 王子が軽々しく料理人に命令してはいけないと言っていたお母様の言葉の意味が、なんとなくわかった。
 
 でもぼくには世界で初めてのスイーツを作るという使命があるんだから、決して軽々しい気持ちで命令するわけじゃない。無罪無罪!

「ふっふん」

 前世でも黒服の人たちがこうして勢揃いして自分を出迎えてくれた記憶があったな、とぼくは胸を張りながら料理人たちを見渡した。

「連絡しておいたレシピは頭に入っているのだろうな?」
「はい、もちろんでございます!」

 シルヴェストルお兄様が口を開くと、代表して料理長らしき男が答えた。

「よし、ならばやれ。リュカの思い描いている『クッキー』をこの中で一番上手く再現できた者に褒美をやろう」
「かしこまりました!」

 お兄様の言葉に、料理人たちは一斉にクッキー作りに取りかかり始めた。人を動かすことに慣れきった堂に入った態度に、ぼくは尊敬の念を抱いた。
 極道の跡継ぎどころか、悪の皇帝もシルヴェストルお兄様の方が上手くやれそうだ。

 ナミニの実はまだあまり市場に出回っていないが、王室の金を使って買い漁ったらしい。
 料理人たちが材料を混ぜていく。この世界の重さの単位はグラムではないので、ぼくには細かい分量がわからなくてレシピには大雑把な分量しか書いていない。
 だがこれだけたくさんの料理人が試行錯誤してくれたら、一人くらいは正解を引いてくれるのではなかろうか。

 ぼくはワクワクしながら、用意された椅子に座らせてもらった。
 
 料理人たちはまず、バターと塩、そしてナミニの実を混ぜている。バターが混ぜ合わされ、ナミニの実が潰れていく。中には、ナミニの実を絞って汁だけ入れている料理人もいるようだ。
 シロップやハチミツのようなものと考えれば、汁だけの方が上手くいくのだろうか。

 卵と小麦粉も加えられていく。
 小麦粉をぐりぐりと混ぜている一人の料理人を見て、ぼくは声をあげた。

「ああー! だめー! さっくりとまぜなきゃ、サクサクじゃなくなっちゃうー!」

 ぼくは椅子から飛び降りると、ぽてぽてとその料理人の足元で怒りを示した。

「な、何が問題でしたでしょうか?」
「ただでさえ薄力粉じゃなくてふつうの小麦粉つかってるのに、そんなふうに練ったらかたくなっちゃうー!」

 ぷくっと頬を膨らませた。
 
 薄力粉の利用法のほとんどはお菓子作りに使うものだったらから、この世界には薄力粉は存在しないんじゃないかと思って最初からレシピには書かなかった。
 もしかすれば、探せばあるかもしれないが。

「さくさくってふんわりまぜて!」
「申し訳ございません、かしこまりました!」
 
 料理人は平謝りして、小麦粉と生地を混ぜる手つきを変えた。それを聞いていた周りの料理人が、一斉に真似し始めた。
 
 それから天板にクッキーの生地を分けて載せていく工程に移った。

「ちがーう!」

 ここでもぼくは料理人に怒った。
 まるでパンみたいな大きなサイズに、生地を分けている料理人がいたからだ。

「クッキーはサクサクしてるたべものなの! もっとうっすーいの! やりなおし!」

 腰に手を当て、ぷんぷんと怒った。

「ははっ!」

 料理人は慌てて生地を小さく分け直していった。他の料理人たちも、それにならう。

 ぼくの努力によってクッキーらしきものが、天板に並べられていった。あとは焼くだけだ!

「どのくらい焼けばよろしいですか?」

 料理長がおそるおそるぼくにたずねてきた。
 ぼくがあれこれ口出ししたから、従わねばと思っているようだ。

「んーと……こげちゃわないくらいみじかく! 生焼けだったら、もっかいオーブンにいれればいいよ!」
「かしこまりました」

 料理人たちがこまめにオーブンの中の様子を確認しながら、クッキーが焼かれていく。
 次第に甘い匂いが厨房に漂い始めた。懐かしいスイーツの気配が漂ってきた。
 なんだかお腹が空いてきた。早く焼き上がらないかな。
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