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第三十一話

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 マコトがいなくなってからというものの、フェリックスは死んだような日々を過ごしていた。

 マコトは突然いなくなった。
 昼休みに外に出ていったきり、帰ってこなかった。
 マコトの家に向かうと、そこはもぬけの殻で手紙だけが残されていた。

『こうして何も言わずいなくなることを許してください。先輩のお傍にいることが辛くなったのです。どうか僕のことは忘れて、幸せになってください』

 振られた。
 いや、姿を消したのだからそれ以上だ。
 よほど苦痛だったのだろう。

 一体なにがいけなかったのか。
 フェリックスは一日中考え、出勤もせず一日中部屋に引き篭もっていた。

 上手くいっていると思っていたのに。
 ピュアなマコトのために絶対に急いて先を強要したりはせず、辛抱強く我慢した。
 同衾したときはかなり危うかったが、抱き締めている内に眠気の負けて瞼がとろんとしていく彼の顔が可愛すぎて邪気も吹っ飛んだ。

 マコトのことは大切にしたい。
 大切にしたいが、恋人関係になった以上踏み込んだこともしたい。

 彼の方からキスしたいと言ってくれたときは、感激した。
 こちらが愛しているだけではなく、愛されているとも感じた。
 身体と身体を結ぶ日も近いのではないかと思っていた。

 それは思い違いだったのだろうか。
 彼のことを大切にしきれていなかったのだろうか。
 それとも、それが重かったのだろうか。いくら考えてみても、わからなかった。

 マコトがいなければ、仕事をがんばる理由もない。
 フェリックスはすっかり仕事を放棄し、いきなりフェリックスとマコトの二人が欠けたギルドは随分と忙しくしているらしい。そうと聞いてもまるでやる気が湧いてこなかった。

 もともと、こういう人間なのだ。
 何一つやる気が持てず、責任感がなく、どれだけ他人に迷惑をかけてもどうでもいいと思っている。楽しいことだけ適当にやっていればいいと思っている。
 こんな自分が一時でも、あの天使のように愛らしいマコトが好かれていたことが奇跡だったのだ。
 きっと、こんな本性がバレて幻滅されたに違いない。
 だから諦めよう。

 数日前に国王が亡くなったらしいが、もはや実の父の死すらどうでもよかった。顔しか知らず認知してくれない父よりも、愛しい人の喪失の方がずっと大きかった。

 不意に外が騒がしくなった。
 窓から外を覗いてみると、どうやらフェリックスがいる屋敷に誰かが押しかけてきたらしく門番と押し合いへし合いしているようだ。
 一体誰だろうと思っていると、黒髪が揺れた。

(マコト……!?)

 一瞬、心臓が高鳴る。
 だがすぐに違うと気がついた。黒髪の人物が門番を殴ったからだ。
 マコトならば、どんな事情があったとしても人を殴るようなことはしない。
 それに春になったばかりの肌寒い季節に半袖でいたりしない。

「って、あれはカインじゃないか……!」

 一時期はマコトに変なことをするんじゃないかと案じていた半魔の少年。だがここ最近はマコトのいい友人になったらしいと聞き及んでいた少年が、フェリックスの家の門番と争っていた。

「おいおい、何をやっているんだ!」

 フェリックスは慌てて部屋から出て、正門へと向かった。

「やめろやめろ、そいつはオレの知り合いだ!」

 外に出てみると、カインは門番に羽交い絞めにされていた。
 
「放してやれ」
「しかしフェリックスさま、こいつはフェリックスさまのことを殴りにきたと言っているのです!」
「そうだ、一発殴らせろ!」

 カインはフェリックスの姿を見るなり、がむしゃらに暴れ出した。
 殴りにきたというからには、マコトに関することだろう。

「あー、いいから放してやれ。そいつはオレを殴る権利がある」
「はあ……?」

 訝りながらも、門番はカインを放した。
 放すなり殴られるのを覚悟していたが、意外にも彼はフェリックスを睨みつけるだけで大人しくしていた。

「ギルドに行って、マコトが消えたって聞いて驚いたよ。それから、お前がマコトを探すわけでもなく引き篭もってることも」
「探すって言ったって、マコトは自らの意思でオレの元を去ったんだから……」
「お前、そんなことを本気で思ってるのか」
「どういう意味だ……?」

 フェリックスはカインの言葉の意味を測りかねた。

「ついてこい。お前に見せたいものがある」
「おい、一体どこにだよ!」
「いいから、ついてこい!」

 カインの有無を言わせぬ口調に気圧され、フェリックスは大人しく彼の後についていった。


 連れていかれた先は、なんとマコトの家だった。
 いや、元マコトの家か。

 二人は空き家となったマコトの家に入っていく。

「この中がもぬけの殻だってことは知ってるよ」
「お前、隅々まで探したのか。棚の中は? クローゼットの中は?」
「は? そんなとこにマコトがいるわけがないだろ」
「いいから、探せ!」

 カインはぶっきらぼうに命じた。
 何を探せばいいのかもわからず、フェリックスは家に残された家具の戸を開けたりしてみた。

「あった!」

 しばらくしてカインは声を上げた。
 手の中に小さな包みがあった。

「それが探していたものか。それは一体なんなんだ?」
「見てろ」

 カインは包みを開けていく。
 それは丁寧に包装されていて、まるで誰かへの贈り物のようだった。

「これは、革のベルト……?」

 現れたのは革製のベルトだった。
 それもただのベルトではない。

「魔導具ホルダーがついているだろ、騎獣召喚用魔導具をしまっておくための。これはマコトが用意していたお前の誕生日プレゼントだよ」
「マコトから、オレに……?」

 誕生日プレゼントを用意していただなんて知らなかった。
 そんなこと、一言も言っていなかったのに。

「いいか、マコトがお前を捨ててどこかに消えるなんてあり得ないんだよ! マコトがどれだけお前のことを愛していたか、恋人なのに知らないのかよ! マコトはな、お前と付き合えるようになる前から、お前のことが大好きだったんだよ!」
「付き合う前から?」

 衝撃に頭を殴られたように感じた。
 自分から好きになったのだと思っていた。
 ずっと自分の片思いで、勇気を出して告白した結果受け入れられたのだと。

 優しいマコトのことだから、流されてオーケーしてくれた可能性もあるとすら思っていた。だからその分思いっきり大事にして、嫌なことは絶対にしないようにと思っていた。
 マコトの家に残された手紙を見つけたときも、ついに愛想をつかされたかと思った。ずっと恐れていたことだったから。

「第一、異界から来たマコトが王都を去って、知らない土地でどうやって生きていくっていうんだよ! マコトはなにかに巻き込まれたんだよ!」

 カインは拳を振るっていないのに、重い衝撃がフェリックスを打ちのめした。
 そうだ、マコトは王都以外にこの世界に知っている場所など存在しない。
 ギルドで働いているから庶民の生活に通じているみたいな顔をしておいて、そんな簡単なことにも頭が回っていなかった。

 幻滅されたに決まっているから、それを受け入れなければ。
 ずっとそう考えていた。
 それが思考停止だとも気づかずに。

 自分はマコトに「オレを信じてくれ」と言ったくせに、自分がマコトのことを信じていたなかった。なんて情けない。

 呆然自失と、その場に膝をついた。

「カイン……オレを殴ってくれ」
「おう」

 カインは容赦なく拳を振り上げた。
 鈍い音が響き、痛みが走る。顔に思い切り拳を叩き込まれた。容赦がない。

「いいか、わかったなら権力でもなんでも使っていますぐマコトを探せ! お貴族さまなら、権力があるんだろ!?」

 養子としてもらわれてきただけの若造に、権力なんてものはない……いまのままならば。

「言われなくてもわかってるさ――――何を使ってでも、マコトを探し出してみせる」
 
 立ち上がったフェリックスの瞳には、決意が宿っていた。
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