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第二十七話
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期待していたことは起こらなかったが、フェリックスと一緒にいることができた一日は楽しいものだった。
翌日は約束していた通り、魔導具屋に魔導具を見に行った。
「ほら、いろいろあるぞ」
「すごいですね、何に使うのかわからないものばかりです」
「マコトの家に何があったら便利かな」
なんて話し合いながら、店頭に並ぶ魔導具を見ていった。
ギルドにもある魔法のティーポットに、自動で洗濯をしてくれる魔法のタライ、それから自動で駒を並べてくれる魔法のチェス盤もあった。
「チェス盤は流石に普通のでいいですね……」
「そうだな」
駒くらい自分で並べられる、と苦笑いする。
「それにしてもティーポットってこんな高いものだったんですね」
この世界の物価を理解してきたマコトは、ティーポットの値段に目を丸くした。
ギルドの休憩室の魔法のティーポットには何度も癒されてきたが、こんな高い備品を設置してくれたことに感謝しなければ。
「家にもあったら便利ですけど、流石に手が届かないですね」
「飲み物をゼロから生成するからなあ。そういうのはどうしても値が張るな」
「そうなんですね」
他にも水の中でも鳴る鈴など、何に使うのかわからないガラクタのような魔道具もたくさんあった。「何に使うんだろうね」と笑い合うのが楽しかった。
「携帯型のラヂオですって。これもかなり高いですね」
マコトは携帯型のラヂオを見つけた。
携帯型といっても、ミカン箱ぐらいの大きさがありどこが携帯型なのかといった感じだ。
「家にラヂオを置けたら、いつでもニュースが聴けるな。それも楽しそうだな」
「そうですね」
ラヂオを家で聴くなんて、一気に現代日本らしい生活に近づくなと思う。
だがそれを実行に移すには、マコトの年収の半分を捧げなければならないくらい値が張る。
「お、マコト! あれはどうだ!」
フェリックスが指し示したのは、毛布だった。
魔法陣が織り込まれていて、魔力を流し込むと暖かくなるという代物だ。
「魔法陣だから、魔石でも起動できるぞ」
魔道具の中でもお風呂を温める魔法陣やこの毛布のように、魔法陣を使っているものは魔力を流し込むだけでなく魔石を上に置くことでも使用できる。つまり、マコトでも使えるのだ。
彼が自分のことを考えてくれたんだと思って、嬉しさが胸の内に溢れる。
「わあ、いいですね! 寝るときにベッドの中に入れてもいいですし、朝起きて暖炉に火をつけるまでの間身体に巻きつけててもいいですね」
暖炉だけでは乗り切れない日常の場面を、細かくサポートしてくれそうだ。
値段もお手頃で、マコトはこの魔法毛布を購入することに決めた。
「先輩のおかげで、いいものを見つけられました!」
「どういたしまして。これからもちょくちょく一緒にいろんな店を見にいこうな」
「はい!」
キラキラと顔を輝かせ、マコトは返事した。
次の週は観劇だ。
いくら雪が降っても問題ない、屋内での上演だ。
劇場に入っていく人々はめかしこんだ貴族らしい人々ばかりで、緊張してしまった。もしかして結構格の高い芝居のチケットを、彼は買ってくれたのではないだろうか。
「マコト、もしかして緊張してる?」
ガチガチの状態で席についたマコトに、フェリックスが囁きかける。
「大丈夫だよマコト、内容は喜劇だから笑えるさ」
「よ、よかったです」
初めての観劇だが、きっと楽しめるだろう。
隣に彼がいるのだから。
彼がそっとマコトの手を握った。
人前で堂々と手を握られ、心臓が変な風に跳ねた。
大丈夫、この暗がりの中ならば誰でも見られない。ドキドキとしているうちに幕が上がった。
芝居は、とあるイケメンの青年貴族ジュアンとその従者スガナレルの話だった。
ジュアンはだらしのない女好きで、婚約者のエルヴィールを放って女漁りの旅に出た。スガナレルは旅に無理やり付き合わされ、辟易としていた。
ジュアンとスガナレルが乗った船が海で転覆し、二人は若い農夫の男に助けられた。ところがジュアンは農夫の恋人を口説き始めるので、スガナレルは慌てて止めた。
そうこうしているうちに、大勢の騎士がジュアンを追ってやってくる。婚約者エルヴィールの兄が放った手勢であった。妹思いの兄は、妹を放っておいて放蕩しているジュアンが許せなかったのだ。
ジュアンとスガナレルは、荒れ果てた館の中に逃げ込んだ。
ジュアンはその館に見覚えがあった。かつてジュアンと女性を巡って決闘し、そしてジュアンに殺された騎士の館だった。その女性とは、いまの婚約者エルヴィールのことだ。
二人の前に騎士の亡霊が現れる。亡霊はエルヴィールを不幸にさせるジュアンを、地獄に連れていこうとする。ジュアンは平謝りし、心を入れ替えることを誓った。亡霊はジュアンが誓いを違えれば、いつでも地獄に落とすと言い残し、姿を消した。
数年後。エルヴィールと結婚したジュアンは、再びスガナレルを連れて放蕩の旅に出ようとしていた。懲りないジュアンを止めるためにエルヴィールと彼女の兄が現れ、ジュアンと言い合いをしている最中、「誓いを破ったな」と声が響く。
ジュアンの身体に雷が落ち、炎が噴き出す。
ジュアンが地獄に落ちたことをエルヴィールとその兄が喜ぶ中、スガナレルだけはジュアンの死を悲しんでいた――「俺の給料! 俺の給料ーッ!」と叫びながら。
「いやー、面白かったな」
「ええ!」
フェリックスとマコトは、満面の笑みで劇場から出てきた。
「最後のシーン、本当に雷が落ちてきて炎が上がってビックリしました! あれもやっぱり魔術なんですか?」
「そうだろうな。大迫力だったな」
「はい、お芝居を観るのってすごく楽しいですね!」
「マコトが楽しんでくれてよかった」
先ほどの緊張はどこへやら、笑顔で感想を語り合っている。
本当は、あのとき感じた思いは胸の内でわだかまっている。
劇場に入ったとき。
貴族らしき人々が周囲の座席を埋め尽くすのを見て、マコトはすっかり気後れしていた。「先輩が本来生きているのは、こういう世界なのだ」と。
まるで自分が彼が本来いるべき正しく煌びやかな世界から、間違っている世界へと引き摺り下ろそうとしているかのように感じられた。
そんなことはないと、信じたい。
翌日は約束していた通り、魔導具屋に魔導具を見に行った。
「ほら、いろいろあるぞ」
「すごいですね、何に使うのかわからないものばかりです」
「マコトの家に何があったら便利かな」
なんて話し合いながら、店頭に並ぶ魔導具を見ていった。
ギルドにもある魔法のティーポットに、自動で洗濯をしてくれる魔法のタライ、それから自動で駒を並べてくれる魔法のチェス盤もあった。
「チェス盤は流石に普通のでいいですね……」
「そうだな」
駒くらい自分で並べられる、と苦笑いする。
「それにしてもティーポットってこんな高いものだったんですね」
この世界の物価を理解してきたマコトは、ティーポットの値段に目を丸くした。
ギルドの休憩室の魔法のティーポットには何度も癒されてきたが、こんな高い備品を設置してくれたことに感謝しなければ。
「家にもあったら便利ですけど、流石に手が届かないですね」
「飲み物をゼロから生成するからなあ。そういうのはどうしても値が張るな」
「そうなんですね」
他にも水の中でも鳴る鈴など、何に使うのかわからないガラクタのような魔道具もたくさんあった。「何に使うんだろうね」と笑い合うのが楽しかった。
「携帯型のラヂオですって。これもかなり高いですね」
マコトは携帯型のラヂオを見つけた。
携帯型といっても、ミカン箱ぐらいの大きさがありどこが携帯型なのかといった感じだ。
「家にラヂオを置けたら、いつでもニュースが聴けるな。それも楽しそうだな」
「そうですね」
ラヂオを家で聴くなんて、一気に現代日本らしい生活に近づくなと思う。
だがそれを実行に移すには、マコトの年収の半分を捧げなければならないくらい値が張る。
「お、マコト! あれはどうだ!」
フェリックスが指し示したのは、毛布だった。
魔法陣が織り込まれていて、魔力を流し込むと暖かくなるという代物だ。
「魔法陣だから、魔石でも起動できるぞ」
魔道具の中でもお風呂を温める魔法陣やこの毛布のように、魔法陣を使っているものは魔力を流し込むだけでなく魔石を上に置くことでも使用できる。つまり、マコトでも使えるのだ。
彼が自分のことを考えてくれたんだと思って、嬉しさが胸の内に溢れる。
「わあ、いいですね! 寝るときにベッドの中に入れてもいいですし、朝起きて暖炉に火をつけるまでの間身体に巻きつけててもいいですね」
暖炉だけでは乗り切れない日常の場面を、細かくサポートしてくれそうだ。
値段もお手頃で、マコトはこの魔法毛布を購入することに決めた。
「先輩のおかげで、いいものを見つけられました!」
「どういたしまして。これからもちょくちょく一緒にいろんな店を見にいこうな」
「はい!」
キラキラと顔を輝かせ、マコトは返事した。
次の週は観劇だ。
いくら雪が降っても問題ない、屋内での上演だ。
劇場に入っていく人々はめかしこんだ貴族らしい人々ばかりで、緊張してしまった。もしかして結構格の高い芝居のチケットを、彼は買ってくれたのではないだろうか。
「マコト、もしかして緊張してる?」
ガチガチの状態で席についたマコトに、フェリックスが囁きかける。
「大丈夫だよマコト、内容は喜劇だから笑えるさ」
「よ、よかったです」
初めての観劇だが、きっと楽しめるだろう。
隣に彼がいるのだから。
彼がそっとマコトの手を握った。
人前で堂々と手を握られ、心臓が変な風に跳ねた。
大丈夫、この暗がりの中ならば誰でも見られない。ドキドキとしているうちに幕が上がった。
芝居は、とあるイケメンの青年貴族ジュアンとその従者スガナレルの話だった。
ジュアンはだらしのない女好きで、婚約者のエルヴィールを放って女漁りの旅に出た。スガナレルは旅に無理やり付き合わされ、辟易としていた。
ジュアンとスガナレルが乗った船が海で転覆し、二人は若い農夫の男に助けられた。ところがジュアンは農夫の恋人を口説き始めるので、スガナレルは慌てて止めた。
そうこうしているうちに、大勢の騎士がジュアンを追ってやってくる。婚約者エルヴィールの兄が放った手勢であった。妹思いの兄は、妹を放っておいて放蕩しているジュアンが許せなかったのだ。
ジュアンとスガナレルは、荒れ果てた館の中に逃げ込んだ。
ジュアンはその館に見覚えがあった。かつてジュアンと女性を巡って決闘し、そしてジュアンに殺された騎士の館だった。その女性とは、いまの婚約者エルヴィールのことだ。
二人の前に騎士の亡霊が現れる。亡霊はエルヴィールを不幸にさせるジュアンを、地獄に連れていこうとする。ジュアンは平謝りし、心を入れ替えることを誓った。亡霊はジュアンが誓いを違えれば、いつでも地獄に落とすと言い残し、姿を消した。
数年後。エルヴィールと結婚したジュアンは、再びスガナレルを連れて放蕩の旅に出ようとしていた。懲りないジュアンを止めるためにエルヴィールと彼女の兄が現れ、ジュアンと言い合いをしている最中、「誓いを破ったな」と声が響く。
ジュアンの身体に雷が落ち、炎が噴き出す。
ジュアンが地獄に落ちたことをエルヴィールとその兄が喜ぶ中、スガナレルだけはジュアンの死を悲しんでいた――「俺の給料! 俺の給料ーッ!」と叫びながら。
「いやー、面白かったな」
「ええ!」
フェリックスとマコトは、満面の笑みで劇場から出てきた。
「最後のシーン、本当に雷が落ちてきて炎が上がってビックリしました! あれもやっぱり魔術なんですか?」
「そうだろうな。大迫力だったな」
「はい、お芝居を観るのってすごく楽しいですね!」
「マコトが楽しんでくれてよかった」
先ほどの緊張はどこへやら、笑顔で感想を語り合っている。
本当は、あのとき感じた思いは胸の内でわだかまっている。
劇場に入ったとき。
貴族らしき人々が周囲の座席を埋め尽くすのを見て、マコトはすっかり気後れしていた。「先輩が本来生きているのは、こういう世界なのだ」と。
まるで自分が彼が本来いるべき正しく煌びやかな世界から、間違っている世界へと引き摺り下ろそうとしているかのように感じられた。
そんなことはないと、信じたい。
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