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第二十五話
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「おはようマコト、友達とのショッピングは楽しかったか?」
「はい!」
マコトはフェリックスの誕生日プレゼントを予約しに行ったのを、友達とショッピングに行ったと説明していた。
朝のお迎えにきてくれたフェリックスに、マコトは活き活きと返事した。
彼の誕生日プレゼントが無事決まったし、楽しかった。
「今度の週末は、オレとデートしてくれよな」
「ひゃわっ、は、はい!」
茶目っ気たっぷりのウィンクに、ドギマギしてしまう。
「いまから予約しておこうかな。今度の週末はオレとショッピングに行こう。約束ね」
囁きながら、彼はマコトの身体を優しくハグした。
「は、はい!」
もしかして少しヤキモチを妬いてくれたのだろうか。
いきなりの密着にすっかりドキドキして、心臓の鼓動が収まらない。
この間手袋とコートを買ったのに、今度は何をショッピングするというのかさっぱりわからなかった。
そうして二人はショッピングデートの約束をしたのだが……。
「大吹雪だ。グリュっちを飛ばせない」
「せ、先輩、大丈夫ですか!」
約束した週末、フェリックスは雪まみれになって現れた。
グリュっちを飛ばせないということは、彼は歩いてマコトの家まで来てくれたのだ。
マコトは慌てて彼の身体から雪を払い、暖炉の火に当たらせた。
窓の外では、白い雪の服を纏った風がごうごうと唸り声を上げている。この中を歩いてきたなんて。
「わざわざ家に来てくれなくても、大丈夫でしたのに」
この天気だ、デートは中止だろうとわかっていた。
それでしょんぼりしていたのに、玄関の呼び鈴が鳴って彼が現れてびっくりしてしまった。
「マコトを不安にさせたくなかったんだよ」
暖炉の火に当たって、顔を赤く照らされた彼が答えた。
彼が甲斐甲斐しすぎて、不安になってしまう。
マコトのためならなんでもしてしまいそうな危うさを感じた。
「先輩は自分を大事にしてください!」
「ならお言葉に甘えて、マコトの家でゆっくりしようかな」
にこりと答えた。
「はい、今日は僕の家でゆっくりしましょう!」
マコトも笑顔で返事したあと、ハッと気がついた。
これはいわゆるお家デートというものではないだろうかと。
もしかして、もしかするのではないだろうか。
今日……そういうことになってしまうかもしれない。
意識した途端、マコトは彼の顔がまっすぐに見れなくなってしまった。
「コートを暖炉の上で乾かしても?」
「もちろんです!」
雪が染み込んで濡れてしまったコートを、暖炉の上に広げた。
同じように靴下やベストなど、濡れてしまった衣類を乾かしていく。
「あ、お風呂! お風呂入った方があったまりますよね! 入れてきます!」
マコトはバスルームへと飛んでいった。
水道の完備されているこの世界では、簡単にお風呂に入ることができる。
マコトは蛇口をひねり、バスタブの中を水で満たしていく。
このままでは水風呂だ。バスタブの水がいっぱいになったら、今度はバスタブの下にある魔法陣を起動させるのだ。
マコトは魔法陣とバスタブの間に一個の魔石を置いた。
魔石というのは、魔力が凝縮されたものらしい。魔力のないマコトはお風呂に入るたび魔石が必要で大変だ。
「点火!」
合図となるキーワードを叫ぶと、バスタブの中の水が急速に温められていく。
こうして風呂に入るのだ。
お風呂に入っている最中に魔法陣を起動させれば、追い炊きもできる。前の世界で住んでいたアパートのお風呂よりもハイテクだ。
「先輩、お風呂を入れました! どうぞ入ってください!」
「マコト、ありがとうな。じゃあ入らせてもらおうかな」
フェリックスはバスルームへと消えていった。
(あれ、これってそういう流れになってしまうのでは……!?)
彼がいなくなって一人きりになると、自宅のお風呂に彼が入っている事実に気がつく。
これまでも彼が家の中に入ってきたことはあったが、お風呂にまで入れるとなると段階が一歩進んでしまった感覚がある。
それこそ、そういうことをする間柄のような行為だ。
(先輩の身体が冷えてるからお風呂に入れてあげただけだから、大丈夫、大丈夫……!)
一体何が大丈夫だというのか。
自分に言い聞かせながら、自分が動揺していることを悟る。
彼がお風呂を上がるまでの時間が酷く長く感じられた。
「ふー、いいお風呂だった。温まったよ」
しばらくして、彼がタオルで髪を拭きながら現れた。
彼から自分の家の石鹸の匂いがする。
なんだか異様にドギマギとしてしまう。
「ありがとう。コートも早く乾いてくれるといいんだけど」
「は、はい! そうですね!」
返事をすると、上擦った声が出てしまった。
「……」
「……」
彼が暖炉の前のソファに腰かける。
マコトと並んで暖炉の火を見つめた。
マコトも彼の顔を見れなくて、ひたすらに暖炉の火が躍るさまを見つめた。
「吹雪が止まなかったら、どうしような」
髪を拭いている彼が、口を開いた。
「と……泊まっていきます?」
緊張で口がカラカラに乾きそうだと思いながら、答えた。
「えっ」
彼の顔がマコトの方を向いた。
「いいのか、オレを泊まらせちゃって」
「は、はい……いいです」
覚悟を決めて、頷いた。
マコトにとっては、ほとんど行為へ同意するに等しかった。
むしろ吹雪が止んでも泊まってほしい、と思っていたがそこまでは口にできなかった。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
彼の返事に、心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「一日中マコトと一緒にいられるって考えたら、なんか楽しくなってきたな。吹雪もそう悪いもんじゃないかも」
「そうですね」
マコトの内心とは裏腹に、彼の声音には緊張の様子はほとんど見られない。
こういうことに慣れているからだろうか。
それとももしかして、そういうことをするのではと思っているのは自分だけなのだろうか。意識されていないのかもしれない、とマコトは不安に思った。
(そうだよね、僕なんかに色気があるはずないし……)
でもでも、とも思う。
この間は大人のキスをされそうになったのだ。
覚悟が足りていなくて断ってしまったけれど、少なくとも触れ合うことは彼も求めているはず。
(そういう雰囲気になったらいいな……)
マコトは暖炉の火を見つめながら願った。
「一緒に朝を迎えて、それで天気がよかったら今度こそデートに行こうな」
「はい……あ、あの、今日、天気がよかったらどこにショッピングしに行くつもりだったんですか?」
気になっていたことを尋ねてみる。
「ああ、特に決めてなかったな。どこでもマコトと一緒なら楽しそうだと思ったから。便利そうな魔導具を見にいくとかさ……でも魔道具を使えないマコトにはつまらないかな」
「いえ、そんなことはないです。先輩が来てくれれば、使えるので」
魔道具というのは、魔力を必要とする道具の総称だ。魔力のインクで描くペンや魔法のティーポットなどがそれに当たる。
初めてこの世界で働き始めた日から、彼のおかげで魔力がないというハンデを気にせずに済んだ。むしろ彼が家に来てくれたときのことを考えながら魔道具を選ぶのはとても楽しそうだなと思った。
「明日、天気がよかったら魔導具を見にいきたいです」
「よし、そうするか」
二人でにこりと笑い合う。
彼の髪はもうすっかり乾いてその必要はないけれど、二人並んで暖炉の火に当たり続ける。二人の身体はソファの上でぴっとりとくっついていた。
「それから来週のデートだけど」
「え、もう決めちゃうんですか!?」
「あらかじめ決めておかないと行けないところもあるだろ。例えば、芝居を見にいったりとか」
「お芝居……! 僕、見たことないです」
「お、なら行こうぜ。チケットはオレが買っておくよ」
「はい! ありがとうございます、楽しみです!」
暖かな暖炉の火に当たりながら、二人の予定を共に考えるひと時は楽しくて安らかな時間だった。
「腹減ってきたな。飯はどうする?」
「実はその、僕も料理に挑戦してみようと思って材料があるんですけど……」
いつ雪に閉じ込められてもいいように、保存の利く硬いパンと、塩気のきいた干し肉と、それから高かったけれど野菜を何日分か買ってある。調味料も一通り揃えてみた。
「ちょうどいい、一緒に料理しようか」
「はい!」
マコトは目を輝かせて返事した。
彼と一緒に料理ができるなんて。こんなに楽しい休日になるとは、朝起きて窓の外を見たときには思ってもみなかった。
「シチューを作ってみるか。こういう寒い日はシチューがいいよな」
「はい!」
温かいシチューを思い浮かべ、マコトは勢いよく返事をした。
シチューに浸せば、硬いパンも美味しく食べられるだろう。
「まずは野菜だな。オレはカロの実の皮を剥いてるから、マコトはワニョンの実を頼む」
「はい!」
カロの実は色鮮やかな根菜で、太っちょの人参みたいなずんぐりむっくりとした見た目をしている。ワニョンの実は生で食べるとピリッとした味をしているが、煮込むと甘味が出てくる不思議な野菜だ。何層もの皮に包まれているので、一つ一つ剥いていかなければならない。
フェリックスは包丁を構えて不器用な手つきでじりじりとカロの実を剥き、マコトはカサカサと音を立てながらワニョンの茶色い皮を剥いていった。
皮を剥くと、ワニョンの白い実が中から顔を出した。
皮をワニョンの実は煮込むと存外に小さくなってしまうので、その分何個も皮を剥いた。
皮を剥いたら、次はちょうどいい大きさに切る。
キッチンは二人並んで作業するほどのスペースはないので、まないたと包丁をテーブルの上に運んでテーブルの上で切った。
「あ、あれ、なんか目が痛い……?」
ワニョンの実を切っていたら、なぜだか目がしみてきた。
「ああ、ワニョンの実は目にしみる人もいるんだよ。マコトはそのタイプだったんだな。オレは平気だから、代わろうか。マコトがカロの実を切ってくれ」
「はい!」
自分の困っていることを素早く察知してくれて解決案を提示してくれる彼に、感謝の念を覚える。マコトは張り切ってカロの実を切った。
自分の切ったカロの実と彼の切ってくれたワニョンの実を鍋に入れ、同じく一口大に切ったアルザの蕾を入れる。アルザの蕾とは、食べられる花の蕾らしい。買いに行った先で薦められるままに購入したものだ。
それから干し肉も切り刻んで鍋に入れる。牛乳もどばっと豪快に入れてみた。
どんな味がするのだろうと、ワクワクしながら鍋に放り込んだものを見つめる。
「これで……煮込めばいいんですよね」
「ああ、そのはずだ」
料理初心者二人は顔を見合わせ、こくんと頷き合った。
不慣れな二人は工程を一つ進むにも覚悟がいる。なにか間違えていて、料理が大失敗しやしないかと怖いのだ。
そんな手探りも二人一緒だと楽しかった。たとえ料理が大失敗してしまったとしても、大笑いできるに違いない。
台所に火を入れ、具材を煮ていく。
鍋はやがてコトコトと音を立て始めた。
「どれくらいの間茹でればいいんでしょうかね」
「四半刻ぐらいかな」
二人でじっと鍋を見つめながら待った。
途中で鍋の蓋を開けて中身を確認したくなったが、蓋を開けたら料理が失敗してしまうのではないかなんて話し合ったりした。
約三十分ほどの時間も、彼と一緒ならば短く感じた。
「では、そろそろ開けてみますね……」
「ああ」
時間が経ち、マコトはドキドキしながら鍋の蓋を開けた。
「うわあ……」
鍋を満たす牛乳は干し肉や野菜の旨味が溶け出し、ツヤツヤに輝いていた。
これだけでなんとも美味しそうな見た目だった。
「ここから味付けをしていけばいいんだよな」
「はい、そうだと思います!」
仕事のときは教えられるばかりだったから、二人で試行錯誤していくのが新鮮だ。
「バターを放り込んで……っと」
「はい!」
マコトが鍋を掻き混ぜる横で、フェリックスが材料を鍋に入れていく。
「小麦粉はどれくらい入れればいいかな?」
「とろみがつくまで少しずつ入れてみましょう」
なんて会話を交わしながら、シチューを作っていった。
やがて美味しそうな匂いが漂ってくる。
「これは上手くいったんじゃないか? かなりシチューっぽいぞ」
「焦がしてもいないですし、食べられそうなものができましたね!」
「やったな、成功だ!」
「はい!」
二人はハイタッチをして、料理の成功を喜び合った。
無事にとろみのついたシチューをお皿に盛り、パンをバスケットに入れて食卓に出す。パンならたくさんあるから、食べ放題だ。
食器も並べて、準備完了だ。
「じゃあ、ランチといこうか」
「はい!」
初めて二人で作った料理。
美味しければいいな、と向かい合って食卓に着いた。
「いただきます!」
「いただきます」
マコトに合わせて、彼も声を合わせてくれた。
この世界にはいただきますという習慣はないのに。彼が合わせてくれたことが嬉しかった。
マコトは心を弾ませながら、匙でシチューを掬い取り口に運んだ。
「うわあ、ちゃんと美味しい……!」
シチューはほのかに甘く、滋養たっぷりの味だった。
小麦粉は少しダマになってしまっていたけれど、初めて作ったシチューにしては上出来だ。
「美味しいな。マコトのおかげだよ」
「そんなことないです、先輩のおかげです!」
「じゃあ二人のおかげってことで」
「はい!」
硬いパンもシチューに浸ければ、柔らかくて甘くなった。
美味しいシチューでお腹がいっぱいになった。
実に幸せな昼食だった。
「はい!」
マコトはフェリックスの誕生日プレゼントを予約しに行ったのを、友達とショッピングに行ったと説明していた。
朝のお迎えにきてくれたフェリックスに、マコトは活き活きと返事した。
彼の誕生日プレゼントが無事決まったし、楽しかった。
「今度の週末は、オレとデートしてくれよな」
「ひゃわっ、は、はい!」
茶目っ気たっぷりのウィンクに、ドギマギしてしまう。
「いまから予約しておこうかな。今度の週末はオレとショッピングに行こう。約束ね」
囁きながら、彼はマコトの身体を優しくハグした。
「は、はい!」
もしかして少しヤキモチを妬いてくれたのだろうか。
いきなりの密着にすっかりドキドキして、心臓の鼓動が収まらない。
この間手袋とコートを買ったのに、今度は何をショッピングするというのかさっぱりわからなかった。
そうして二人はショッピングデートの約束をしたのだが……。
「大吹雪だ。グリュっちを飛ばせない」
「せ、先輩、大丈夫ですか!」
約束した週末、フェリックスは雪まみれになって現れた。
グリュっちを飛ばせないということは、彼は歩いてマコトの家まで来てくれたのだ。
マコトは慌てて彼の身体から雪を払い、暖炉の火に当たらせた。
窓の外では、白い雪の服を纏った風がごうごうと唸り声を上げている。この中を歩いてきたなんて。
「わざわざ家に来てくれなくても、大丈夫でしたのに」
この天気だ、デートは中止だろうとわかっていた。
それでしょんぼりしていたのに、玄関の呼び鈴が鳴って彼が現れてびっくりしてしまった。
「マコトを不安にさせたくなかったんだよ」
暖炉の火に当たって、顔を赤く照らされた彼が答えた。
彼が甲斐甲斐しすぎて、不安になってしまう。
マコトのためならなんでもしてしまいそうな危うさを感じた。
「先輩は自分を大事にしてください!」
「ならお言葉に甘えて、マコトの家でゆっくりしようかな」
にこりと答えた。
「はい、今日は僕の家でゆっくりしましょう!」
マコトも笑顔で返事したあと、ハッと気がついた。
これはいわゆるお家デートというものではないだろうかと。
もしかして、もしかするのではないだろうか。
今日……そういうことになってしまうかもしれない。
意識した途端、マコトは彼の顔がまっすぐに見れなくなってしまった。
「コートを暖炉の上で乾かしても?」
「もちろんです!」
雪が染み込んで濡れてしまったコートを、暖炉の上に広げた。
同じように靴下やベストなど、濡れてしまった衣類を乾かしていく。
「あ、お風呂! お風呂入った方があったまりますよね! 入れてきます!」
マコトはバスルームへと飛んでいった。
水道の完備されているこの世界では、簡単にお風呂に入ることができる。
マコトは蛇口をひねり、バスタブの中を水で満たしていく。
このままでは水風呂だ。バスタブの水がいっぱいになったら、今度はバスタブの下にある魔法陣を起動させるのだ。
マコトは魔法陣とバスタブの間に一個の魔石を置いた。
魔石というのは、魔力が凝縮されたものらしい。魔力のないマコトはお風呂に入るたび魔石が必要で大変だ。
「点火!」
合図となるキーワードを叫ぶと、バスタブの中の水が急速に温められていく。
こうして風呂に入るのだ。
お風呂に入っている最中に魔法陣を起動させれば、追い炊きもできる。前の世界で住んでいたアパートのお風呂よりもハイテクだ。
「先輩、お風呂を入れました! どうぞ入ってください!」
「マコト、ありがとうな。じゃあ入らせてもらおうかな」
フェリックスはバスルームへと消えていった。
(あれ、これってそういう流れになってしまうのでは……!?)
彼がいなくなって一人きりになると、自宅のお風呂に彼が入っている事実に気がつく。
これまでも彼が家の中に入ってきたことはあったが、お風呂にまで入れるとなると段階が一歩進んでしまった感覚がある。
それこそ、そういうことをする間柄のような行為だ。
(先輩の身体が冷えてるからお風呂に入れてあげただけだから、大丈夫、大丈夫……!)
一体何が大丈夫だというのか。
自分に言い聞かせながら、自分が動揺していることを悟る。
彼がお風呂を上がるまでの時間が酷く長く感じられた。
「ふー、いいお風呂だった。温まったよ」
しばらくして、彼がタオルで髪を拭きながら現れた。
彼から自分の家の石鹸の匂いがする。
なんだか異様にドギマギとしてしまう。
「ありがとう。コートも早く乾いてくれるといいんだけど」
「は、はい! そうですね!」
返事をすると、上擦った声が出てしまった。
「……」
「……」
彼が暖炉の前のソファに腰かける。
マコトと並んで暖炉の火を見つめた。
マコトも彼の顔を見れなくて、ひたすらに暖炉の火が躍るさまを見つめた。
「吹雪が止まなかったら、どうしような」
髪を拭いている彼が、口を開いた。
「と……泊まっていきます?」
緊張で口がカラカラに乾きそうだと思いながら、答えた。
「えっ」
彼の顔がマコトの方を向いた。
「いいのか、オレを泊まらせちゃって」
「は、はい……いいです」
覚悟を決めて、頷いた。
マコトにとっては、ほとんど行為へ同意するに等しかった。
むしろ吹雪が止んでも泊まってほしい、と思っていたがそこまでは口にできなかった。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
彼の返事に、心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「一日中マコトと一緒にいられるって考えたら、なんか楽しくなってきたな。吹雪もそう悪いもんじゃないかも」
「そうですね」
マコトの内心とは裏腹に、彼の声音には緊張の様子はほとんど見られない。
こういうことに慣れているからだろうか。
それとももしかして、そういうことをするのではと思っているのは自分だけなのだろうか。意識されていないのかもしれない、とマコトは不安に思った。
(そうだよね、僕なんかに色気があるはずないし……)
でもでも、とも思う。
この間は大人のキスをされそうになったのだ。
覚悟が足りていなくて断ってしまったけれど、少なくとも触れ合うことは彼も求めているはず。
(そういう雰囲気になったらいいな……)
マコトは暖炉の火を見つめながら願った。
「一緒に朝を迎えて、それで天気がよかったら今度こそデートに行こうな」
「はい……あ、あの、今日、天気がよかったらどこにショッピングしに行くつもりだったんですか?」
気になっていたことを尋ねてみる。
「ああ、特に決めてなかったな。どこでもマコトと一緒なら楽しそうだと思ったから。便利そうな魔導具を見にいくとかさ……でも魔道具を使えないマコトにはつまらないかな」
「いえ、そんなことはないです。先輩が来てくれれば、使えるので」
魔道具というのは、魔力を必要とする道具の総称だ。魔力のインクで描くペンや魔法のティーポットなどがそれに当たる。
初めてこの世界で働き始めた日から、彼のおかげで魔力がないというハンデを気にせずに済んだ。むしろ彼が家に来てくれたときのことを考えながら魔道具を選ぶのはとても楽しそうだなと思った。
「明日、天気がよかったら魔導具を見にいきたいです」
「よし、そうするか」
二人でにこりと笑い合う。
彼の髪はもうすっかり乾いてその必要はないけれど、二人並んで暖炉の火に当たり続ける。二人の身体はソファの上でぴっとりとくっついていた。
「それから来週のデートだけど」
「え、もう決めちゃうんですか!?」
「あらかじめ決めておかないと行けないところもあるだろ。例えば、芝居を見にいったりとか」
「お芝居……! 僕、見たことないです」
「お、なら行こうぜ。チケットはオレが買っておくよ」
「はい! ありがとうございます、楽しみです!」
暖かな暖炉の火に当たりながら、二人の予定を共に考えるひと時は楽しくて安らかな時間だった。
「腹減ってきたな。飯はどうする?」
「実はその、僕も料理に挑戦してみようと思って材料があるんですけど……」
いつ雪に閉じ込められてもいいように、保存の利く硬いパンと、塩気のきいた干し肉と、それから高かったけれど野菜を何日分か買ってある。調味料も一通り揃えてみた。
「ちょうどいい、一緒に料理しようか」
「はい!」
マコトは目を輝かせて返事した。
彼と一緒に料理ができるなんて。こんなに楽しい休日になるとは、朝起きて窓の外を見たときには思ってもみなかった。
「シチューを作ってみるか。こういう寒い日はシチューがいいよな」
「はい!」
温かいシチューを思い浮かべ、マコトは勢いよく返事をした。
シチューに浸せば、硬いパンも美味しく食べられるだろう。
「まずは野菜だな。オレはカロの実の皮を剥いてるから、マコトはワニョンの実を頼む」
「はい!」
カロの実は色鮮やかな根菜で、太っちょの人参みたいなずんぐりむっくりとした見た目をしている。ワニョンの実は生で食べるとピリッとした味をしているが、煮込むと甘味が出てくる不思議な野菜だ。何層もの皮に包まれているので、一つ一つ剥いていかなければならない。
フェリックスは包丁を構えて不器用な手つきでじりじりとカロの実を剥き、マコトはカサカサと音を立てながらワニョンの茶色い皮を剥いていった。
皮を剥くと、ワニョンの白い実が中から顔を出した。
皮をワニョンの実は煮込むと存外に小さくなってしまうので、その分何個も皮を剥いた。
皮を剥いたら、次はちょうどいい大きさに切る。
キッチンは二人並んで作業するほどのスペースはないので、まないたと包丁をテーブルの上に運んでテーブルの上で切った。
「あ、あれ、なんか目が痛い……?」
ワニョンの実を切っていたら、なぜだか目がしみてきた。
「ああ、ワニョンの実は目にしみる人もいるんだよ。マコトはそのタイプだったんだな。オレは平気だから、代わろうか。マコトがカロの実を切ってくれ」
「はい!」
自分の困っていることを素早く察知してくれて解決案を提示してくれる彼に、感謝の念を覚える。マコトは張り切ってカロの実を切った。
自分の切ったカロの実と彼の切ってくれたワニョンの実を鍋に入れ、同じく一口大に切ったアルザの蕾を入れる。アルザの蕾とは、食べられる花の蕾らしい。買いに行った先で薦められるままに購入したものだ。
それから干し肉も切り刻んで鍋に入れる。牛乳もどばっと豪快に入れてみた。
どんな味がするのだろうと、ワクワクしながら鍋に放り込んだものを見つめる。
「これで……煮込めばいいんですよね」
「ああ、そのはずだ」
料理初心者二人は顔を見合わせ、こくんと頷き合った。
不慣れな二人は工程を一つ進むにも覚悟がいる。なにか間違えていて、料理が大失敗しやしないかと怖いのだ。
そんな手探りも二人一緒だと楽しかった。たとえ料理が大失敗してしまったとしても、大笑いできるに違いない。
台所に火を入れ、具材を煮ていく。
鍋はやがてコトコトと音を立て始めた。
「どれくらいの間茹でればいいんでしょうかね」
「四半刻ぐらいかな」
二人でじっと鍋を見つめながら待った。
途中で鍋の蓋を開けて中身を確認したくなったが、蓋を開けたら料理が失敗してしまうのではないかなんて話し合ったりした。
約三十分ほどの時間も、彼と一緒ならば短く感じた。
「では、そろそろ開けてみますね……」
「ああ」
時間が経ち、マコトはドキドキしながら鍋の蓋を開けた。
「うわあ……」
鍋を満たす牛乳は干し肉や野菜の旨味が溶け出し、ツヤツヤに輝いていた。
これだけでなんとも美味しそうな見た目だった。
「ここから味付けをしていけばいいんだよな」
「はい、そうだと思います!」
仕事のときは教えられるばかりだったから、二人で試行錯誤していくのが新鮮だ。
「バターを放り込んで……っと」
「はい!」
マコトが鍋を掻き混ぜる横で、フェリックスが材料を鍋に入れていく。
「小麦粉はどれくらい入れればいいかな?」
「とろみがつくまで少しずつ入れてみましょう」
なんて会話を交わしながら、シチューを作っていった。
やがて美味しそうな匂いが漂ってくる。
「これは上手くいったんじゃないか? かなりシチューっぽいぞ」
「焦がしてもいないですし、食べられそうなものができましたね!」
「やったな、成功だ!」
「はい!」
二人はハイタッチをして、料理の成功を喜び合った。
無事にとろみのついたシチューをお皿に盛り、パンをバスケットに入れて食卓に出す。パンならたくさんあるから、食べ放題だ。
食器も並べて、準備完了だ。
「じゃあ、ランチといこうか」
「はい!」
初めて二人で作った料理。
美味しければいいな、と向かい合って食卓に着いた。
「いただきます!」
「いただきます」
マコトに合わせて、彼も声を合わせてくれた。
この世界にはいただきますという習慣はないのに。彼が合わせてくれたことが嬉しかった。
マコトは心を弾ませながら、匙でシチューを掬い取り口に運んだ。
「うわあ、ちゃんと美味しい……!」
シチューはほのかに甘く、滋養たっぷりの味だった。
小麦粉は少しダマになってしまっていたけれど、初めて作ったシチューにしては上出来だ。
「美味しいな。マコトのおかげだよ」
「そんなことないです、先輩のおかげです!」
「じゃあ二人のおかげってことで」
「はい!」
硬いパンもシチューに浸ければ、柔らかくて甘くなった。
美味しいシチューでお腹がいっぱいになった。
実に幸せな昼食だった。
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