18 / 37
第十七話
しおりを挟む
「サーカス、楽しかったですね」
「ああ、そうだな」
サーカスの興行を見終わった後。
フェリックスとマコトは、近くの公園で休んでいた。
夜の公園は静かで、二人きりだった。
「初めて見るものだらけでした。異世界のサーカスはすごいんですね!」
サーカスの出し物を思い出しながら、マコトは頬を紅潮させていた。
夜風の冷たさなど、まるで気にならなかった。
「ああ、マコトが楽しんでくれて何よりだよ」
「先輩は、以前にもサーカスを観たことはあるんですか?」
「ああ……まあ、な」
「……?」
彼の返答に翳りがあったような気がして、マコトは彼の顔をじっと見つめた。
「オレはな、育ての親に贔屓してもらったことはなかった。かといって冷遇されてたわけでもないんだがな」
月を見上げて、語り出した。
小さいころ、幼いフェリックス少年は自分が国王の息子だとは知らなかった。育ての親には養子だとは説明されていたが、実の親は没落して自殺した貴族だと聞かされていた。
虐げられていたわけではないが、育ての親の実の子である他の兄弟たちと比べると、彼への対応はいつも他人行儀だった。彼はいつも他人の家に居候させてもらっている気分だったという。
ところがある日、育ての両親はオレだけをサーカスに連れていってくれた。不器用なだけで、彼らも自分をちゃんと愛してくれているのだとフェリックス少年は誇らしくなった。
そのサーカスは国王の誕生祭を記念して興行されたもので、国王も臨席した。サーカスの日、フェリックスは初めて国王の顔を知った。誕生祭の挨拶でも顔を出すが、そのときは遠くからでとても顔がわかるものではない。だが、サーカスの天幕内の距離ならば顔が見れるくらいには近かった。
その後十代になったフェリックスに、実の父親は国王であることが告げられた。
「そのとき、悟ったんだ。サーカスに連れていってくれたのは、『実の親の顔も知らないなんて可哀想だ』という憐憫の情からだったんだとね。決して、実の子と同じく大事に思ってくれている証などではなかった。大切に抱えていたサーカスの日の思い出は、壊れてしまったんだ」
「先輩……」
どう言葉をかければいいか、わからなかった。
ただ切なくて胸が締めつけられて、涙が零れ落ちていた。
「うわっ、涙でぐしょぐしょじゃないかマコト!」
月を見上げていた彼がマコトに視線を移し、ボロ泣きしていることに気がついた。
「オレのために泣いてくれたんだ、ありがとな」
懐からハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
優しい手つきだった。
「でもオレはもう大丈夫だよ。マコトと一緒にサーカスに来れたからな」
「へ……?」
それってどういう意味だろう、とマコトは目元が赤くなった顔できょとんとする。
「サーカスはずっと苦手だったけど。大切な人と一緒に来れたら、いい思い出の場にできると思ったから。実際、いい思い出になったよ。だからオレはもう大丈夫」
胸の鼓動が、急に速くなる。
トクトクトク。速くなったまま、緩まる様子がない。
「だ、大事な人って、それって……!」
彼の言い方では、まるでマコトのことが大事みたいだ。
(そんなこと絶対あるはずないけど、でも、でも……これがデートだって信じていいのだろうか)
期待にマコトの瞳が潤む。
「うん、そうなんだ。オレはマコトのことを大切に想っている。好きなんだ。マコトと一緒なら、いい思い出を作れる……それくらい好きだよ」
彼の言葉が、はっきりと耳に届いた。
届いたけれど、信じられなかった。
彼が自分のことが好きだなんて。
「な、なんで……だって、僕なんて、さえなくて、可愛くなくて、眼鏡で、先輩のことを好きになってくれる人はもっと他にもたくさんいると思うのに、なんて僕なんか……」
嬉しさゆえだろうか。
再びぼろぼろと涙が零れてきて、マコトの頬を濡らした。
「何を言ってるんだ、マコトは可愛い。それにマコトは常にオレに期待してくれた。オレに期待に応えることを教えてくれた。マコトのおかげで、変わることができたんだ。マコトは知らないだろうけど、以前のオレの勤務態度はそれは酷いものだったんだぜ」
彼はくすりと笑いながら教えてくれた。
たびたびそういう話は他の職員から聞く。
でもマコトにとっては、いまの彼がすべてだ。彼は真面目で優しくて、ブライアンの仕事を代わりに引き受けたときのように常に他人のためを思って行動する。
素晴らしい、尊敬すべき先輩だ――――そして、恋しい人だ。
そんな恋しい人が、好きだと言ってくれた。
マコトはやっと現実が理解できた。
「マコトさえ嫌じゃなければ、オレはマコトの恋人になりたい。どうかな? ……マコトの返事を、聞かせてほしい」
涙がすべてなくなるまで、彼は丹念にマコトの顔をハンカチで拭いた。
「僕、僕……信じられないくらい嬉しいです。もちろん、先輩の恋人にさせてください」
マコトが返事をすると、彼は束の間固まり……それから、情熱的にマコトを抱擁した。
「嬉しい。オレも嬉しいよ、マコトが頷いてくれて! 今日は人生で最高の日だ!」
彼に抱き締められながら、サーカスを彼にとっていい思い出にできてよかったと思ったのだった。
だってサーカスといえば、マコトにとってはいまは亡き両親に連れていってもらった場所。楽しい思い出の詰まった場所なのだから。
(先輩、僕も人生で最良の気分です……自分を大切に想ってくれる人ができたなんて)
こうして、二人は恋人となった。
もう、独りではない。
「ああ、そうだな」
サーカスの興行を見終わった後。
フェリックスとマコトは、近くの公園で休んでいた。
夜の公園は静かで、二人きりだった。
「初めて見るものだらけでした。異世界のサーカスはすごいんですね!」
サーカスの出し物を思い出しながら、マコトは頬を紅潮させていた。
夜風の冷たさなど、まるで気にならなかった。
「ああ、マコトが楽しんでくれて何よりだよ」
「先輩は、以前にもサーカスを観たことはあるんですか?」
「ああ……まあ、な」
「……?」
彼の返答に翳りがあったような気がして、マコトは彼の顔をじっと見つめた。
「オレはな、育ての親に贔屓してもらったことはなかった。かといって冷遇されてたわけでもないんだがな」
月を見上げて、語り出した。
小さいころ、幼いフェリックス少年は自分が国王の息子だとは知らなかった。育ての親には養子だとは説明されていたが、実の親は没落して自殺した貴族だと聞かされていた。
虐げられていたわけではないが、育ての親の実の子である他の兄弟たちと比べると、彼への対応はいつも他人行儀だった。彼はいつも他人の家に居候させてもらっている気分だったという。
ところがある日、育ての両親はオレだけをサーカスに連れていってくれた。不器用なだけで、彼らも自分をちゃんと愛してくれているのだとフェリックス少年は誇らしくなった。
そのサーカスは国王の誕生祭を記念して興行されたもので、国王も臨席した。サーカスの日、フェリックスは初めて国王の顔を知った。誕生祭の挨拶でも顔を出すが、そのときは遠くからでとても顔がわかるものではない。だが、サーカスの天幕内の距離ならば顔が見れるくらいには近かった。
その後十代になったフェリックスに、実の父親は国王であることが告げられた。
「そのとき、悟ったんだ。サーカスに連れていってくれたのは、『実の親の顔も知らないなんて可哀想だ』という憐憫の情からだったんだとね。決して、実の子と同じく大事に思ってくれている証などではなかった。大切に抱えていたサーカスの日の思い出は、壊れてしまったんだ」
「先輩……」
どう言葉をかければいいか、わからなかった。
ただ切なくて胸が締めつけられて、涙が零れ落ちていた。
「うわっ、涙でぐしょぐしょじゃないかマコト!」
月を見上げていた彼がマコトに視線を移し、ボロ泣きしていることに気がついた。
「オレのために泣いてくれたんだ、ありがとな」
懐からハンカチを取り出して、涙を拭いてくれた。
優しい手つきだった。
「でもオレはもう大丈夫だよ。マコトと一緒にサーカスに来れたからな」
「へ……?」
それってどういう意味だろう、とマコトは目元が赤くなった顔できょとんとする。
「サーカスはずっと苦手だったけど。大切な人と一緒に来れたら、いい思い出の場にできると思ったから。実際、いい思い出になったよ。だからオレはもう大丈夫」
胸の鼓動が、急に速くなる。
トクトクトク。速くなったまま、緩まる様子がない。
「だ、大事な人って、それって……!」
彼の言い方では、まるでマコトのことが大事みたいだ。
(そんなこと絶対あるはずないけど、でも、でも……これがデートだって信じていいのだろうか)
期待にマコトの瞳が潤む。
「うん、そうなんだ。オレはマコトのことを大切に想っている。好きなんだ。マコトと一緒なら、いい思い出を作れる……それくらい好きだよ」
彼の言葉が、はっきりと耳に届いた。
届いたけれど、信じられなかった。
彼が自分のことが好きだなんて。
「な、なんで……だって、僕なんて、さえなくて、可愛くなくて、眼鏡で、先輩のことを好きになってくれる人はもっと他にもたくさんいると思うのに、なんて僕なんか……」
嬉しさゆえだろうか。
再びぼろぼろと涙が零れてきて、マコトの頬を濡らした。
「何を言ってるんだ、マコトは可愛い。それにマコトは常にオレに期待してくれた。オレに期待に応えることを教えてくれた。マコトのおかげで、変わることができたんだ。マコトは知らないだろうけど、以前のオレの勤務態度はそれは酷いものだったんだぜ」
彼はくすりと笑いながら教えてくれた。
たびたびそういう話は他の職員から聞く。
でもマコトにとっては、いまの彼がすべてだ。彼は真面目で優しくて、ブライアンの仕事を代わりに引き受けたときのように常に他人のためを思って行動する。
素晴らしい、尊敬すべき先輩だ――――そして、恋しい人だ。
そんな恋しい人が、好きだと言ってくれた。
マコトはやっと現実が理解できた。
「マコトさえ嫌じゃなければ、オレはマコトの恋人になりたい。どうかな? ……マコトの返事を、聞かせてほしい」
涙がすべてなくなるまで、彼は丹念にマコトの顔をハンカチで拭いた。
「僕、僕……信じられないくらい嬉しいです。もちろん、先輩の恋人にさせてください」
マコトが返事をすると、彼は束の間固まり……それから、情熱的にマコトを抱擁した。
「嬉しい。オレも嬉しいよ、マコトが頷いてくれて! 今日は人生で最高の日だ!」
彼に抱き締められながら、サーカスを彼にとっていい思い出にできてよかったと思ったのだった。
だってサーカスといえば、マコトにとってはいまは亡き両親に連れていってもらった場所。楽しい思い出の詰まった場所なのだから。
(先輩、僕も人生で最良の気分です……自分を大切に想ってくれる人ができたなんて)
こうして、二人は恋人となった。
もう、独りではない。
73
お気に入りに追加
1,819
あなたにおすすめの小説
「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。
みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで
キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────……
気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。
獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。
故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。
しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる