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第十五話

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 マコトは浮かない顔で帰る支度をしていた。
 今日はフェリックスが、自分じゃない人を食事に誘っていたからだ。相手はダミアンという職員だ。

 自分じゃない人を誘う彼を見て、胸がズキリと痛んだ。なぜだろう。
 彼に誘われるのが当たり前になっていたからかな。
 別に彼が誰を誘ったって、誰と食事に行ったって文句を言う筋合いはないのに。

 何故こんなにも切ない気持ちになってしまうのだろう、と薄手のコートをかき抱きながらギルドを出た。

「おい」

 急に横合いから声をかけてくる者がいた。

「へ?」

 そちらを見ると、カインがいた。
 半魔で凄腕冒険者で、なぜかマコトに懐いているらしい彼だ。

「おい、マコト。一人か?」
「え? ええ、はい」
「ふーん」

 もう肌寒い季節というのに、カインは半袖だ。
 寒そうだな、と思ってしまう。
 カインもまた、マコトをじろじろと観察している。なにかおかしな格好をしてしまっているだろうか。

「じゃあさ、俺と飯行かねえか?」
「えっ」

 突然の申し出にマコトは驚いた。
 だが、フェリックスだって他の人と食事に行ったのだし、たまにはカインと食事に行くのもいいかもしれない。

「いいですよ、どこに食べに行きます?」

 マコトは快諾した。

 
 マコトが連れてこられたのは、いつものよりも多少ガラの悪い大衆居酒屋だった。
 いつもの居酒屋の客層は職人が多いが、きっとのこの店は冒険者が多いのだろうと思った。ギルドから近い場所だったし、おそらくそうだろう。
 
「うわあ、美味しい!」

 甘辛いたれに浸された串刺しの肉に齧り付き、マコトは感嘆の声を上げた。
 この肉料理の名前はツェパルドのアジェッロ漬けらしい。
 一体何の肉を何に漬けこんだ物なのやら名前から判断できないが、とにかく美味しかった。
 
 今度先輩にも教えてあげなきゃ、それとももう知ってるかななんてマコトは思う。こんなときでもマコトが考えるのは、フェリックスのことばかりだった。

「だろ!」

 カインが笑顔で賛同する。

 甘辛いたれが麦酒とよく合うのだと言って、木製の大きなジョッキを彼は呷っている。
 ジョッキから口を離し、ぷはーと息を吐いた彼にマコトは話しかけた。

「それにしても、カインさんはなんで僕を誘ったんですか?」
 
 聞きたかったことを口にした。
 わざわざ顔見知りなだけのギルド員など誘わなくても、凄腕冒険者である彼ならば友人がたくさんいるのではないかと疑問に思っていた。

「はあ?」

 何を思ったのか、いきなり彼の目が吊り上がる。

「あのなあ、俺が飯食いたい相手なんてマコトだけだ!」

 彼はドンと大きな音を立ててジョッキをテーブルに叩きつける。
 居酒屋内の他の客たちが途端にビクリと震えて、静かになった。マコトだけが平然としている。
 
 カインくんは半魔だから他の冒険者に怖がられているという話だったっけか、と思い出す。
 これが怯えられているということなのだろう、と胸が痛んだ。

「俺に優しくしてくれるのも、笑いかけてくれるのもマコトだけだ。だから俺、マコトとがいい」

 ボソリと呟くような言葉に、マコトは過去の自分と彼とを重ね合わせた。
 前の世界で、上司にいびられながら生きていた頃の自分を。
 味方がいない、閉じられた時の止まった世界に閉じこめられていたときの気持ちを。
 もちろん、彼は彼なりに生を謳歌しているかもしれないけれど。それでも、似ていると感じた。

「僕も似たようなこと感じたこと、あります。あの実は僕、異世界から来たんですけど、それって言ったことありましたっけ?」

 マコトはたどたどしく話し出す。

「ああ、他の奴に聞いたぜ」
 
「あ、そうなんですね。それで、この世界に来て初めて優しくしてくれた人がフェリックス先輩っていう人だったんです。こんな僕に優しくしてくれる人がいるなんて思わなくて、情けないことだけど、涙が出ちゃったんです」

 ジョッキにも手を伸ばさず、カインは大人しく話を聞いている。

「その後で、この世界の人は優しい人ばかりなんだって知りました。ギルドの人、みんな優しいんです。それでも、一番最初に優しくしてくれたフェリックス先輩は僕にとって特別なんです」
 
「……」
 
「フェリックス先輩はいつでも優しくって、毎朝僕の羽ペンに魔力を補充してくれるんです。家まで送ってくれたこともあるし。先輩が優しいから、僕は何かあるとすぐに先輩に質問しに行くんです。先輩の傍は居心地がいいから、お昼ご飯はなるべく先輩と一緒に食べたいなって思っています」
 
「……」
 
「それからえーと、当たり前だけど先輩は他の人にも優しいんです。それはいいことのはずなのに、他の人に優しくしてる先輩の姿を見る度に何故か胸の奥がズキッとして……先輩が他の人には意地悪だったらいいのにって思っちゃってるのかな。こんな風に思うなんて僕、変ですよね」

 酒は飲んでいないが、場の空気に当てられたのか気がつけばマコトは最近の悩み事まで吐露してしまっていた。
 今日もフェリックスがダミアンを食事に誘ったのを見て、マコトの胸は痛みを覚えてしまった。
 マコトはこの痛みの名を知らない。
  
「マコトは変じゃねえ!」

 マコトの話を最後まで聞き終えたカインが、再び大きな声を出した。

「オレも、同じ風に感じたことがある」
「カインさんも?」
「ああ、他の人に笑顔を向けないでくれって思っちまうんだ。そいつは優しいから他の奴にも同じようにしているだけなのに」
「他の人に、笑顔を……」

 思い返してみれば、胸が痛んだのはフェリックスがダミアンを楽しそうに誘っていたからかもしれない。笑顔を見た瞬間、ズキリと胸が棘に刺されたように傷んだのだ。

「うん、僕もそう感じました。先輩なら友達も多いでしょうし、平等に親しくしているだけでしょうにどうしてなんでしょうね」
「きっとそれは……マコトが、そのセンパイって奴ともっと仲良くなりてえからだ」
「え?」

 意外な指摘にマコトは目を丸くさせた。
 
「もっと仲良くなりてえから、胸が痛むんだ。自分だけがそいつの特別になりたいんだ」
「特別に……?」

 自分はフェリックスの特別になりたいと思っているのだろうか。
 ちっとも意識したことがなかった。
 
 いや、本当に?
 思い返せば、彼に対してドギマギとしてしまった瞬間は何度もあった。
 これって、そういうことなのかな。マコトは自分の胸の内に問いかけた。

「だから……だから、悔しいけど俺は応援してやるよ。マコトがそのセンパイって奴と仲良くなれるように」

 カインの声が揺れたかと思うと、彼の目からぼろぼろと涙が零れ出してきた。

「カ、カインさん、大丈夫ですか!?」
「気にすんな、その……俺は酒を飲むと泣く性質なんだよ!」
「ええ、でも……」

 涙を流している彼を前に、マコトはおろおろする。

「だから、気にすんじゃねえ! それよりもこの俺が応援してやるって言ってんだから、感謝しやがれ!」
「は、はい! ありがとうございます……?」

 感謝いしやがれと言われて、戸惑いのままに感謝の言葉を口にした。
 
「くそッ、ぐうぅー……!」

 カインは乱暴にゴシゴシと涙を拭った。
 本当にお酒のせいなのかな、とマコトは心配になる。

「でもそのセンパイって奴がマコトの嫌なことをしたら、すぐに俺に言えよ! 俺がぶん殴ってやるから!」
「ええ、先輩はそんなことしないと思いますよ……?」
「何が起こるかわかんねえだろ! 俺がいつでも味方になってやるって言ってんだ!」

 そういえば、フェリックスにも似たようなことを言われたのを思い出した。
 嫌なことをされたらすぐに言えと。

 彼らがこういった言葉をかけてくれるのは、マコトのことを思ってくれているからなのだろう。

(嫌なことをするかもしれないなんて想定には吃驚するけれど、先輩はカインさんのことをよく知らないし、カインさんは先輩のことをよく知らない。二人とも純粋に僕の心配をしてくれているだけなんだ)

 理解して、涙がぼろりと目から零れ落ちた。

「な、なんでお前が泣くんだよ!」

 今度はカインが慌てる番だった。

「ごめんなさい、カインさんが本気で僕の味方になるって言ってくれてるのがわかって嬉しくて……」
「マコトの味方になるに決まってるだろ! なんだよ嬉し泣きかよ、これで涙を拭け!」

 カインは懐から取り出したハンカチを、雑に放ってよこした。
 ありがたくハンカチで涙を拭いた。

「あの、このハンカチ洗ってから返した方がいいかな……?」
「うるさい、今すぐ返せ!」

 ハンカチをひったくるように奪われてしまった。
 
「ふん!」
 
 荒っぽいけれど、これが彼の優しさなのだと理解できた。

「あの、カインさんと僕、友達になれた……ってことなんでしょうか?」

 マコトはおずおずと尋ねてみた。

「そ、そういうことでいいんじゃねえの?」
「僕……この世界で初めて友達ができました」

 自分のことを見てくれる人はいて、好いてくれる人がいる。
 改めてそのことが理解できた。
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