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第十一話

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 事務室での仕事中、マコトは何度も汗を拭っていた。
 暑いからだ。

 日本の湿気を伴った不快な暑さとは質が違うとはいえ、この世界には扇風機もエアコンもないのだ。おまけに硝子が貴重品だからかギルドの窓は小さく、開けてみても大して風通しは良くならなかった。
 熱の籠りやすいこの建物は、冬の間はさぞかし暖かいのだろう。
 そう思ってみても慰めにはならなかった。

 本格的に夏が訪れていた。

「こりゃ、たまらんね。休憩室でお茶でも飲んでくるよ」

 同じく汗を流していたブライアンが、席を立って休憩室を向かった。
 ギルド職員たちは、休憩室のアイスティーが出てくる魔法具で涼を取ってなんとか生き延びていた。

 マコトは魔力を持たないので、フェリックスに助けてもらわなければ休憩室の魔法具を使えない。
 彼に声をかけて、自分も休憩室に向かおうと思った時だった。

 笛の音が耳に届いた。
 耳に残る特徴的な旋律。

 音の出所は外のようだ。
 誰かがギルドのすぐそばで笛を吹いているに違いない。

「お、来た来た待望の冷却屋!」

 途端にギルド職員たちが沸き立った。
 元冒険者のダミアンに至っては、椅子から軽く腰を浮かせている。

「あ、オレ買ってきます!」

 フェリックスが素早く立ち上がって、引き出しを開けてギルドのお金が入っている革袋を取り出した。
 一体何を買ってくるというのだろう、とマコトはポカンとしていた。

「先輩、一体どうしたんですか?」
「ああ、そっか! マコトはまだ知らないのか。ちょうどいい、結構重いから一緒に来て手伝ってくれないか?」
「はい!」

 何を買うのか分からないが、彼に手伝ってくれと頼まれたのだ。
 行くに決まっている。
 マコトは大きな声で返事をして、彼と共にギルドの外へと出た。

 そこには、何かがたくさん積まれた荷車を引きながら笛を吹いている人がいた。
 笛の音を聞いて近隣から集まった人々が、荷車に積まれた何かを数個ずつ買っている。
 荷車の中の何かは男性の手の平ぐらいの大きさがあり、一個一個が麻布によって包装されていた。

「冷却屋さん、ニ十個お願いします!」

 フェリックスはニ十個も謎の何かを買い求めた。
 そんなにたくさん買うなら、確かに一人では大変だ。

 両腕に抱えるようにして、二人は十個ずつ謎の何かを持った。
 石のようにずっしりと重い。

「マコト、大丈夫か?」
「大丈夫です、これくらい持てます!」

 役立たずと思われたくなくて、努めて平気な風を装った。
 腕の中の重量によって日差しが余計に暑く感じられる中、二人はギルドの中に戻った。

「いいかマコト、冷却石の使い方を見せるぞ」
「冷却石っていうんですか、これは?」
 
 事務室の机の一つに、ニ十個の冷却石を置いた。
 その一つをフェリックスが手に取る。

「この包装を解くとだな……」

 麻布を縛っている紐が引っ張られ、ひらりと包装が解けた。
 うっすらと青く輝く石が姿を現す。
 同時に、涼しい風が頬を撫でた。

「うわあ……!」

 あっという間に室内が涼しくなった。
 なるほどこれが冷却石かとマコトは納得した。分かりやすい名だ。

「魔術師が冷却の魔術を封じ込めた石なんだ。包装を解くと魔術が放出され始め、半日くらいでただの石になる。王都の中央にある魔術学院で作られて、それを商人が運んで売り歩くんだよ」

 ギルド職員の皆が、涼しさに自然と笑顔になっている。
 マコトも嬉しくなって、顔が綻んだ。

「冷却石は数年前から流行り出したんだ。元は魔術学院のなんかの研究の副産物だったらしいけど。今ではもうすっかり冷却石なしでの生活は考えられないよ」

 消耗品のクーラーのようなものだ。
 たしかにこれなしで夏を乗り越えるなど考えられない。
 現代日本で育ったマコトは特にそう感じた。

 マコトはこの世界での夏の風物詩を知った。

「じゃあオレは冒険者の待合スペースの方に冷却石を置いてくるから、マコトはギルマスの執務室の方に置いてきてくれないか。使い方はもう分かるだろう?」
「はい、わかりました!」
 
 マコトは元気に返事をして、冷却石を一個胸に抱えて上の階のギルマスの執務室へと向かった。

「お、冷却石がやっと来たか!」

 執務室ではちんまりとしたギルマスが、汗だくになって仕事をしていた。

「冷却石はどこに置けばいいですか?」
「そこに頼むよ」

 マコトは指定された場所に冷却石を置くと、すぐさま包装を解いた。

「ふう、涼しい。快適だ」

 途端に部屋を満たす冷気に、ギルマスは気持ちよさそうに目を細めた。

「冷却石は行商人頼みだからね。運悪く売り切れてしまうと、それは地獄だよ」

 ギルマスの呟きを聞いて、マコトはおやと思った。

「あの、でしたら魔術学院というところと直接契約を結べばいいのではないでしょうか?」
「それはどういうことかね?」
「ええっと、魔術学院と直接契約を結んで毎年いつからいつまでこのギルドに何個の冷却石を納入する。という風にすれば売り切れもないですし、夏になったらすぐに運んできてもらえます。どうでしょう?」

 マコトの意見に、ギルマスはうんうんと頷いた。
 一気の二十個もの冷却石を買っていたように、ギルドではかなりの冷却石を必要とするから魔術学院にとってもお得意様と言えるはずだ。
 向こうにとっても悪い話ではないはず。
 冷夏などで余ったら倉庫にでもしまっておいて、翌年の契約数を少し減らせばいい。

「確かに、冷却石は夏には欠かせないものとなった。定期購入の契約を結ぶべきかもしれんな。ありがとう、マコトくん」
「い、いえ!」

 気軽にサブスクに加入していた現代人のマコトだからこその発想だったのだろうか。ギルマスは冷却石の定期購入の案をとても気に入ってくれたようだった。

「あの、あの、先輩!」

 執務室から階段を下りて事務室へと戻ると、マコトは顔を輝かせてフェリックスに声をかけた。彼も冒険者の待合スペースに冷却石を置いてきた後のようで、事務室に戻ってきていた。

「お、どうしたマコト。いいことあったのか?」
「はい、そうなんです! 実は……」

 マコトは、自分の提案がギルマスに受け入れてもらえたことを彼に話した。

「おお、よかったじゃないかマコト! そうかそうか、ギルドのために頭を働かせてくれたんだなマコトは!」

 ニカリと笑みを浮かべると、彼はマコトの頭をガシガシと撫でてくれた。

「もうすっかりギルドの一員だな」
「は、はい!」

 なにより彼に認められたことが嬉しくって、マコトははにかんだ。

 すっかり涼しくなった事務室で、マコトは仕事に励んだのだった。
 涼しい風が特別心地よく感じられた。

 この世界で過ごす夏が、好きになった。
 どんどん好きなものが増えていく。
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