異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん

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第九話

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 本格的に日差しが暑さを運んでくるようになった頃。

「おい、今日はマコトはいるか!」

 ギルドの入口から大音声が響いてきた。

「は、はーい! います!」

 マコトは声を張り上げて答えた。
 つかつかと足音が近づいてくる。

「ふん、クエスト完了だ。俺を褒め称えろ!」

 得意げに顎をツンと上げてマコトの前に立ったのは、カインだった。
 カインはニヤリと笑って、クエスト書と革袋を受付の台の上に置いた。

 まるで飼い主にネズミのお土産をせっせと運ぶ猫のように、カインは足繁くマコトの元に通うようになっていた。
 職員を怒鳴りつけたり、他の冒険者と喧嘩したりなどの問題行動は減っていた。
 その代わりマコトが受付を担当していない日は、ギルドに来てもそのまま帰ってしまうこともあると聞いた。

「わあ! カインさん、今日もクエスト達成したんですね! すごいです!」
「まあ、俺は凄腕冒険者だからな」

 マコトが感心した声を上げると、彼は鼻高々になった。

「じゃあ確認しますね」

 マコトは、革袋の中に収められているクエスト達成の証を確認していった。
 それから報奨金をしっかり数えて積み上げた。

「はい、今回もクエストクリアおめでとうございます! こちらが報酬です!」

 マコトも受付仕事にだいぶ慣れ、ハキハキと受け答えできるようになっていた。

「ふっ」

 カインも「変な奴」と捨て台詞を吐いたりはせず、大人しく報酬を受け取った。
 彼は受付を去り……数分してまた戻ってきた。

「マコト、今度はこのクエストを受けたい。読み上げてくれ」
「え、もう次のクエストを受けるんですか?」

 マコトは彼の身を案じて尋ねた。
 彼はこのところ、クエストをこなす間隔がどんどん狭まってきている。

 彼の凄腕冒険者という自称も伊達ではなく、毎回なかなかに難易度の高いクエストをこなしている。クエストを一回クリアするだけで、マコトの給料半月分くらいの報酬を手にしている。
 もちろん武器の手入れや様々な道具を用意したりなど、冒険者に出費は付き物だから報酬のすべてが利益になるわけではない。
 それにしたって、こうも毎日のようにクエストをこなす必要はないはずだ。

 無茶をしているうちに彼が怪我をしてしまうのではないかと、マコトは心配していた。

「もちろんだ。俺が文字を読めないって知ってるだろ、読んでくれ」
「は、はい!」

 深くは追及できず、慌ててクエスト書の内容を読み上げた。
 音読しながらチラリと彼の顔色を窺ってみるが、疲れの色が見えるどころか機嫌が良さそうだった。

「よし、そのクエストを受ける」
「はい、かしこまりました! 承諾いたします!」

 マコトはペンを走らせる。
 クエスト受領承諾の手続きを行い、クエスト書の写しを彼に手渡した。

「マコト、次はいつ受付の係をするんだ?」
「え、明日ですけど……」
「分かった、このクエストは明日までにクリアしておく。だからマコトが受付担当してくれ」
「は、はい……!」

 マコトが返事をすると、カインは鼻歌でも歌い出しそうな機嫌のいい顔でギルドを去っていった。


「マコト、大丈夫か?」
「え……先輩、何がですか?」

 いつものようにフェリックスと二人で屋台の軽食を買い、広場で食べていた時のこと。
 彼は出し抜けに尋ねてきた。

「カインのことだ。明らかにマコト目当てに毎日通ってきているだろう?」
「え……僕目当て!?」

 思ってもみなかった事実に、マコトは素っ頓狂な声を上げてしまった。

「なんだマコト、気付いてなかったのか?」
「は、はい……でも、なんで?」

 自分なんかに毎日会いにきて、一体何の得があるのだろう。
 マコトは首を傾げながら、バーンドを頬張った。

「いや、まあ……それはちょっと、オレの口からは言えないな」
「そうなんですか」
「とにかく、何か嫌なことをされそうになったらすぐにオレを呼ぶんだぞ」
「えっ!?」

 彼の言葉に、目を丸くした。

「まさか、カインさんは嫌なことなんかしませんよ。すごく素直ないい子なんですよ!」
「そうだな、人のいい所を見ようとするのはマコトの美点だと思う。でも、何かあったら誰かに助けを求めるんだぞ」

 彼の表情は真剣だった。
 一体何を心配しているのだろう。
 不思議に思っているうちに、もうすぐでお昼休みが終わる頃合いになった。

「ギルドに戻ろうか。マコト、午後の受付業務もがんばれよ」
「はい、がんばります!」

 彼にがんばれと言ってもらえて、マコトは嬉しさが弾けそうになった。
 どんな人が受付に来ようと、がんばれる気がした。


「君、ちょっといいかな?」

 とびきりの変な人が来た。
 昼休みを終えて受付デスクにつくなり、その男はマコトに話しかけてきたのだった。
 男は純白だった。身に纏っている衣服は上から下まですべて白尽くしで、おまけに顔につけている怪しいマスクまで真っ白。肌も透き通るように白い。金髪と、マスク越しに覗く蒼い瞳だけが男の姿に色彩を与えていた。

(あれ、この人……?)

 ふと、純白の男から嗅いだ覚えのある匂いが漂ってきた。

(先輩と同じ匂い?)

 記憶が確かであれば、フェリックスが普段つけているという香水と同じ匂いだった。

「え、ええと、あの、ここは冒険者用の受付ですけど……?」

 高級な衣服に身を包む彼は、どう見ても冒険者のようには見えなかった。
 依頼人が間違えてこちらに来てしまったのだろうか。

「そうじゃないんだ、私はフェリックスという職員に用があってね。呼んできてはくれまいか?」
「は、はあ……分かりました」

 訝しみながらも、マコトは席を立った。
 本当に彼の元にフェリックスを呼んでいいのだろうか。
 不安に思っていたところ、事務室に入る瞬間にギルドマスターと出くわした。
 
「あ、マスター! あの、変な人が来たんですけど……!」

 マコトはすかさず、ギルドマスターに説明した。
 白づくめの人がフェリックスを呼んでいるが、言う通りにしてしまっていいのかと迷っていると。

「ああ、その人ね。その人なら大丈夫だから、フェリックスくんを呼んで応接室にご案内してあげて」

 ちんまりとしたギルドマスターは、事もなげに答えた。
 彼の落ち着いた様子に、マコトは冷静さを取り戻した。

 ギルドマスターは白づくめの人物だと聞いただけで、誰のことだか分かった様子だった。
 白づくめの人物は、きっと常連さんなのだろう。
 ギルドマスターが信用を置いている人物ならば、大丈夫なはずだ。

 マコトはギルドの応接室に件の白づくめの人物を案内し、それからフェリックスを呼びに行った。
 フェリックスは誰かに呼ばれたと聞いて不思議そうな顔をしていたが、応接室に入り自分を呼んだ人物の顔を見た途端、合点がいったという顔をした。

「兄さん、また下手な変装をして来たのか」
「あ、先輩のお兄さんなんですか?」

 そういえば、彼は兄が一人いると言っていた。
 その兄だったのかと、謎の依頼人の正体が判明してマコトはほっと一安心した。

「ああ、紹介するよマコト。オレの兄のグラントリアスだ」
「グラントリアスさん……?」

 名前に聞き覚えがある気がして、マコトは思い出そうとする。

「あ、王太子殿下のお名前! 王太子殿下のお名前と一緒ですね!」

 いつだったかラヂオで聞いた名前と同じだと、思い出した。

「そういえばお洋服も真っ白ですし、まるで本物の王太子殿下みたいですね」
「ああ、そうだよ。兄さんは正真正銘本物の王太子だよ」

 マコトは冗談を言ったつもりだったのに、フェリックスはさらりと肯定した。
 あまりにもあっさりとしていたので、マコトは内容を理解できなかった。

「へー、なるほど本物の王太子殿下なんですねー。道理で特徴通りだと――――え?」
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