子育てゲーだと思ってプレイしていたBLゲー世界に転生してしまったおっさんの話

野良猫のらん

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第十一話 ミステリアスだった青年、ヴラディ

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「トゥールムーシュ先生、こんにちは」
「ええ、ごきげんよう」

 薄幸の美青年。
 まさにそんな言葉が似合う美しい男が生徒からの挨拶に手を振り返している。

 オレはその男に見覚えがあったので声をかけることにした。

「ヴラディじゃないか」
「む。そなたか」

 昼休み後、教科書を抱えながら次の授業に向かっている中、彼に出会ったのだった。

 黒い長髪をうねらせている色白の美青年はヴラディーミル・トゥールムーシュ。
 翡翠色の瞳を長い睫毛が儚げに飾り立てている。

 そんな彼のことをオレが知っているのは勿論、彼がまどアリィでの攻略対象の一人だからだ。彼はオレと同じく魔導学園の教師であり、ケンジ―より後に入ってきた設定だ。つまりオレの後輩というわけだ。

 まあ、彼の好感度を最大にしてイベントを見たオレは既に知っているんだがな。
 彼がオレよりも遥かに年上だと。

「ケンジ―……、少し此方へ来い」

 ヴラディは生徒への態度とは打って変わって、オレに鋭い目つきを向ける。

 オレを見つめる彼の視線に熱いものを感じた。
 そういえば心なしか息も荒いように感じる。
 おやおや、これはまさか? 何だか嫌な予感がするぞ?

「いや、後にしてくれないか。あと5分で授業なんだ」
「もう我慢ならぬのだ、すぐ終わる」

 そう言うなり、彼は無理やりオレの腕を取って歩き出した。
 ヴラディの力は強く、鍛えられたケンジ―の力を以てしても抵抗できない。
 これはどうやら諦めるしかなさそうだ。

 *

「はァ、く……ッ!」

 人気のない教室にヴラディと二人きり。
 オレはそこで彼に身体を貪られていた。

 いや、比喩とかではない。
 本当に彼にのだ。

 ヴラディーミル・トゥールムーシュの正体は不死身の吸血鬼ヴァンパイア
 ゲームではミステリアスで誰にも心を開かない後輩の彼を攻略していくと、その秘密が明らかになるという仕組みになっている。
 そして好感度最大になると、主人公は彼に定期的に血を提供する約束を交わすのだ。
 こうして遠慮なくオレの血を貪ってくるということは、この世界の彼もまた好感度最大になっているということで間違いないだろう。

「ン……っ!」

 それにしても身体の中の血を吸われるというのは思いの外気持ちが悪い。
 吸血鬼ヴァンパイアの唾液の効果で牙を突き刺された痛みは感じないが、自分の身体の中を流れているものが逆流していく感覚は独特で思わず呻き声が出てしまう。

 あと腰に手を回されて密着されているのが気恥ずかしい。血を吸うのに夢中なのか、時折彼の手がオレの身体を撫で回すように動くのも止してほしい。

 ゲームの中のケンジ―はこんな思いをしてたんだな……オレ、知らなかったよ。

「嗚呼――――美味」

 オレの首筋から口を離した彼の瞳の色は真っ赤に染まっていた。
 吸血鬼ヴァンパイアとしての本性が出ているのだ。
 彼のその姿を知っているのはオレだけだ、と思う。

「ケンジー、やはりそなたの血は珠玉の愉楽よ。そなたの血の味を知ってから堪えが効かなくなって困る」

 くく、とヴラディが唇を三日月形にして微笑む。
 彼の長い牙が唇の間からチラリと覗く。
 いや「困る」じゃねえんだよ、オレが困ってるんだよ。

 彼の正体が判明してからは、彼へのイメージはミステリアスな後輩から傲慢な王様めいた人物へと急落していた。

 いやこれでも可愛い所はあるのだ。
 オレ以外の人間と話す時はなるべく古風な喋り方を改めようと努めていたり。
 でも授業の時はついいつもの古風な喋り方に戻ってしまっていたり。
 「授業中は学者風の喋り方をすると決めてるのかな」って生徒らには普通に受け入れられていたり。

「ケンジ―よ。我はそなたが愛おしい」

 ヴラディが手を伸ばしてオレの頬を撫でさする。
 子供扱いされてるのだろうか。
 いくら彼が何百年と生きてる年上とはいえこれはちょっとな。
 思わず彼から視線を逸らす。流石に気恥ずかしい。

「我にはそなたしかいないのだ。せいぜい無理はしてくれるなよ」
「オレが倒れたっていうの聞いてたのか」

 ヴラディにまで心配されてしまった。
 もしかしてわざわざ人気のない教室に連れ込まれたのは、これを言う為ではないだろうか。この人素直じゃないところがあるからな。

「何のことだか。我はそなたの血を吸えなくなったら困ると言っているだけだ」

 ヴラディがオレの腰を抱き、唇と唇が触れ合うほどの距離で囁く。

「ふふ、そなたさえ良ければ別種の快悦を交えながら味わいたいものよ」
「はあ……」

 オレとしてはこれ以上血を吸われるのは嫌なんだけどな。
 と言ってもこれからもオレは彼の吸血を拒んだりはしないだろう。
 彼が闇に乗じて人を襲わずとも血を飲める相手はオレだけなのだから。

「ま、そなたはその種の愉しみを知らぬようだしな。我からは無理強いせぬ」

 すっと彼の手が離れていく。

「もしもそなたが法悦に溺れたくなった暁には我を呼ぶといい。そなたに快楽の何たるかを教えてやろう」

 勝手に意味不明なことを言うと、彼は踵を返して去っていったのだった。

「何だったんだ……って、あ、授業!」

 教科書を抱え、衣服の乱れを直しながらオレは慌てて走り出した。
 クソ、遅刻確定だ。
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