子育てゲーだと思ってプレイしていたBLゲー世界に転生してしまったおっさんの話

野良猫のらん

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第九話 長年の片思い

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「ケン、準備はいいか」
「ああ、いつでも来い」

 訓練場にて、オレはエルと対峙していた。
 いつでも来いなんてかっこいいことを言っているが、内心はどうすればいいか分からずパニックだ。

 今のオレはローブを脱いで身軽な格好になっている。
 ローブを脱ぐと腕や胸筋の盛り上がり具合から、ケンジ―は冒険者を止めてからからも身体を鍛え続けていたことが窺える。

 一方ワイシャツにベスト、スラックスを纏い眼鏡を外したエルはその手に蒼い槍を握っている。彼は槍使いなのだということはゲームの時と変わらない。

 安全装置の魔道具デバイスがあるから、互いの武器は致命傷を与える前に防護膜に阻まれるようになっている。そうと分かっていても、相手が武器を手にしているのを見ると汗が滲んでくる。

 大体なんで魔術師同士の戦いに槍なんて無骨なものを持ち出してくるのか。
 そう怒りたくなるが仕方ないのだ。
 だってエルは戦闘学科の教師なのだから。

 戦闘学科とは、RPGで言うところの魔法剣士のような魔術師を養成するための学科だ。武器と魔術を交えて戦う戦闘センスを鍛える学科だという。
 戦闘学科の卒業生のほとんどはその後冒険者になったり、貴族出身の子なら騎士になったりだそうだ。

 ちなみにエルは息子のケインの剣の師匠でもある。

「では……行くぞっ!」

 掛け声と共に彼が手をかざす。
 てっきり手にしたその槍で突っ込んでくるのかと思ったが、違うようだ。

 エルの手の先に光が集約していく。
 それを見たオレの頭の中の知識が"守れ"と叫ぶ。
 本能的に手をかざして、叫んだ。

「暴虐に抗え、防御膜プロテクト!」
「我が敵を貫け、水の槍ラピッド・アローッ!」

 生成された水の矢がオレの身体を貫かんとするその瞬間、オレの前に展開された透明の盾がそれを弾いた。
 身体が自然に動いて防御魔術を行使していた。
 次にどうすればいいかも自然と分かる。

「炎帝よ猛れ、炎禍息吹ルージュ・カース

 炎の弾がオレの周りに半円状に浮き、それが何発も連なって発射された。
 炎の波状攻撃を受け、エルの姿が見えなくなる。

 いくらなんでもやりすぎなんじゃないか。
 模擬戦で旧友を消し炭にしてどうするんだと思っていると、オレの身体が何かにして空を見上げる。

「もらったッ!」

 なんとエルが槍を構えて上から降ってくるところだった。
 なるほど、波状攻撃を上に跳んで避けたのか。
 などと感心している場合ではない!
 防御膜を、いや、ここは……

炎槍ファイア・ランスッ!」

 短縮詠唱で炎の槍を無理矢理手の中に造り出す。
 炎の槍を真っ直ぐ上に突き上げると、エルの蒼い槍とぶつかった。

 オレと彼との間にガラスが張られているかのように、ピキピキと罅が入っていくのが見える。炎の槍を見て彼が防御膜を張ったのだ。
 オレはそれを見てさらに腕に力を籠め、叫んだ。
 それと同時にエルも呪文を唱える。

風穿ウィンド・ブラストッ!」
身体強化レインフォース!」

 こちらを押す圧力が増した途端、手にした炎の槍が暴風と共に弾ける。
 風に舞う花弁のように、炎を纏う熱風となって彼を襲う。
 罅の入っていた防御膜は割れ、そして彼の身体が弾き飛ばされた。

「ぐあッ!」

 上空に吹き飛ばされ、そして落下してきた彼の身体を発動した安全装置魔道具デバイスの防護膜が受け止める。魔道具デバイスが発動したら、それは試合終了の合図だ。

「くそ、私の負けだ……」

 悔しそうに言って彼が身体を起こす。

 オレはというと清々しい気分に包まれていた。
 魔力を解放し、魔術を行使することがこんなに快感だとは思わなかった。
 模擬戦もジェットコースターに乗ったような楽しさがあった。
 何ならもう一回やりたいくらいだった。
 エルが模擬戦に誘ってきたのも分かる。

「ほんとに何でお前が魔法薬学科など選んだのか理解できんよ」

 彼が乱れた髪を撫でつけながら呟く。
 ケンジ―を魔法薬学科にしたのはオレなので申し訳なく思う。
 だって普通戦闘学科の教師と魔法薬学科の教師が勝負したのなら、戦闘学科の方が勝たなきゃ立つ瀬がないよな。

「教えるのはお前の方が上手いだろ」

 何とかそれっぽいことを言ってフォローする。

「確かにな。昔からお前は戦闘のこととなると感覚派だった」

 肯定されてしまった。
 オレも今オレが何をしていたのか説明しろと言われても説明できないので、言い返せない。オレが戦闘学科の教師になったら「見て覚えろ」しか言えなさそうだ。

「正直な」

 エルが眼鏡をかけ、オレを見据える。

「お前はもっと遠い所に行って、偉大な人間になってしまうんじゃないかと思っていた。若い頃はな」

 ゲームでも聞いたことない話を彼が語り出した。

「いつも一緒につるんではいたが、お前は常にオレの上を行っていた。実を言うとお前を妬んでいたこともあったんだ。この年になると妬み嫉みなんて感情とはもう無縁になるけどな」

 生真面目な彼がそんなことを感じていたなんて。
 若かりし頃の彼の青さを思うと、胸の内の柔らかいところを擽られる思いがした。エルバートとケンジ―が過ごしてきた年月の長さを感じさせられる。

「それがお前が養子なんてもらって腰を落ち着けるとはな。こうしてお前と共に教師をやってることが何だか不思議だよ」

 しみじみと語る口ぶりに、エルはまだ独身という設定だったなと思い出す。
 真面目で人格者でプライベートの時間を大切にする彼の方がよほど結婚できそうなのに。

「お前は結婚はしないのか?」

 恐る恐る尋ねてみる。

「ああ……長年片思いを続けてるものでね」

 エルは静かに答えたのだった。
 藪蛇だった。そうだよな、こんないい男が結婚してないなんて何か理由があるよな。

 長年片思いをしてると言うからには、相手もいい年なのだろう。
 できることならば親友の恋が実るようにと祈るばかりだ。

「そうか。お前はいい奴だから、きっと相手も受け入れてくれるさ」

 オレがそう言って微笑むと、エルは何故だか困ったように鼻の頭を掻いたのだった。なんだその反応は。オレの言葉には説得力がないっていうのか。
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