上 下
163 / 171
第二部 セルフィニエ辺境伯領編

第百六十三話 休日特別授業

しおりを挟む
「テルディナント先生、すみません。休みの日に特別授業を付けてもらって……」

 晩餐の後、テルディナント先生に特別授業を頼んだら快く引き受けてくれた。
 だからこうして今日は朝早くからこうして僕はチェンバロの前に座っている。
 お兄ちゃんが作ってくれた高さを調節できる椅子に座っている。
 早速使ってみるとテルディナント先生はいたく感動して目を輝かせていた。

 それにしてもテルディナント先生はとてもいい人なのかもしれない。
 いきなり特別授業を頼んだのに、嫌な顔一つせず即答してくれた。
 前世の僕だったらいきなり休日出勤することになったら憂鬱で仕方なかった。
 タソトキのプレイ時間が減るからね。

「『その3』は先日の授業で一応一通りやったな。まずは覚えているかどうか弾いてみなさい」
「はい」

 僕はキリッと眉根に力を入れて鍵盤に手を添える。
 心なしかいつもよりも姿勢がしっくりとくる気がする。
 僕の背に椅子の高さが調節されているからだろうか。

 僕は鍵盤に指を沈め、演奏を開始した。

 まずは左手で複数の鍵盤を同時に押す。
 低い音色が響く。
 それから右手でメロディを奏でていく。

 テルディナント先生が見せてくれた超絶技巧のような素早いテンポの曲ではなく、ゆっくりとしたテンポで落ち着いて鍵盤を弾いていく。
 ゆっくりとはしているが、決してつまらないシンプルな曲という訳ではない。メロディの一つ一つが胸を打つような優しい響きを有している。
 初心者にも弾けるような音の少なさでこんなにも綺麗な響きを作り出せるテルディナント先生は、本人の言う通りきっと天才なんだと思う。

「……ふう。どうですか?」

 一応曲の最後まで弾き終え、テルディナント先生を見上げた。

「エクセレント、よく出来ていた! 後は何度も練習してこなれさせれば充分だ」

 本当に大丈夫なんだろうか。
 テルディナント先生はいつもポジティブなことしか言わないから不安になる。

 いや、テルディナント先生が仮にポジティブなことしか言わないというポリシーを持っているのだとすれば、今の言葉はこう翻訳できる。「正確に弾けてはいるが練度が足りない。今は何度も練習を重ねる段階だ」

 そう考えると結構鬼だ……!
 いやそう考えるとも何も、テルディナント先生はポジティブな言葉で「君ならできる」とか何とかおだてて無茶ぶりしてくる鬼だった。優しいけど厳しい先生だ。
 初めての音楽の授業の時に「相手が皇子だからといって加減はせん」とか何とか言っていたけど、本当に加減しないな。

 僕は何度も何度も『その3』を練習し、最後には『その2』と『その3』を本番のつもりで弾いた。
 テルディナント先生は「きっとウィルとやらも感心するだろう」と言ってくれた。
 その言葉に勇気を持てた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

転生したら弟がブラコン重傷者でした!!!

Lynne
BL
俺の名前は佐々木塁、元高校生だ。俺は、ある日学校に行く途中、トラックに轢かれて死んでしまった...。 pixivの方でも、作品投稿始めました! 名前やアイコンは変わりません 主にアルファポリスで投稿するため、更新はアルファポリスのほうが早いと思います!

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される。

拍羅
BL
転生したら奴隷商人?!いや、いやそんなことしたらダメでしょ 親の跡を継いで奴隷商人にはなったけど、両親のような残虐な行いはしません!俺は皆んなが行きたい家族の元へと送り出します。 え、新しく来た彼が全く理想の家族像を教えてくれないんだけど…。ちょっと、待ってその貴族の格好した人たち誰でしょうか ※独自の世界線

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

双子攻略が難解すぎてもうやりたくない

はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。 22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。 脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!! ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話 ⭐︎登場人物⭐︎ 元ストーカーくん(転生者)佐藤翔  主人公 一宮桜  攻略対象1 東雲春馬  攻略対象2 早乙女夏樹  攻略対象3 如月雪成(双子兄)  攻略対象4 如月雪 (双子弟)  元ストーカーくんの兄   佐藤明

処理中です...