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第二部 セルフィニエ辺境伯領編
第百五十五話 辺境伯――弟の妄言
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「辺境伯閣下……いえ、兄上。少しお話があります」
晩餐会も終わった夜遅く、弟のバスティアンが私の執務室を訪ねてきた。
「こんな時間に訪ねてくるとは、人に聞かれたくない話のようだな」
弟の顔色を見て、私は人払いを命じた。
すぐに執事らが部屋から出ていくのを見送り、弟に向き直る。
「それで?」
「カレン殿下についてです」
弟が口にしたのは意外にも皇子のことだった。
「何かあったのかね?」
品行方正で虚弱なこともあってか大人しい方であると聞いている為、彼が何か問題行動を起こしたというよりも、我々の側が何かしでかしてしまったのだろうかという心配が先に去来した。
「カレン殿下ですが……中央の城で何か特別な教育を受けているという話は聞いていませんか?」
「特別な教育?」
意図の掴めない質問に眉を顰めた。
「クレア女史によると座学が飛び抜けて優秀で、特に数学などは殿下の倍の年齢の子供が習っていてもおかしくないようなレベルのものを修めていると聞いたが……」
クレア女史からの報告を思い出しながらそのまま伝える。
「そうですか…………」
弟は考え込むかのように眉間の皺を深める。
その表情を見ればただならぬことが起こったのだろうと察せられる。
「何があったのか教えてくれないか」
「実は……」
弟は殿下の初回の魔術の授業で起こったことを事細かに話してくれた。
確かに発現した筈の魔術が突然消失してしまった。魔術理論的にあり得ないことであると。
「私よりもお前の方が魔術に詳しい。そのお前があり得ないと言うのであれば確かにそうなのであろう」
習い始めの幼児の魔術が安定しないことなどよくあることだと思うが、実際にその様子を見ていたのは我が城の専属魔術顧問なのだ。その彼を信用しなくてどうするというのか。
「その原因は判明したのか?」
私が聞くと、弟は逡巡した後禁忌を口にするかのように躊躇いがちに口を開いた。
「……もしかすればカレン殿下は中央で反魔術思想を植え付けられているかもしれません」
それは確かに禁忌だった。
中央の人間に聞かれれば縛り首になりかねないほどの。
だが弟の言葉は堰を切ったように止まらない。
「いえ、カレン殿下どころか皇族は全員同じ教育を受けているかもしれません。兄上、カレン殿下は南部の魔術基盤を崩す為に送られてきた尖兵なのではないでしょうか……!?」
弟は完全に錯乱していた。
「いやいやいや、落ち着け。バスティアン、お前は少し疲れているんだ」
「ですが、カレン殿下が此処に送られてきた時期を考えると……!」
弟の肩に手を置き、その目を真っ直ぐに見据える。
「皇帝陛下は旧知の仲である私を頼って病弱な息子を私に預けて下さった。ただそれだけだ。その他のことはすべて偶然だ。第一、発現した魔術が消えたというだけであんな幼子が尖兵だなどと発想が飛躍し過ぎだ」
からからと笑うと、弟の目は少し落ち着きを取り戻したように見えた。
深呼吸を繰り返し、呼吸を落ち着けてから私を見つめ返した。
「そうですね……もう少し経過を観察することにします」
「どうするつもりだ?」
一応弟が暴走しないか確認する為に今後の授業計画を尋ねる。
「少し早いかもしれませんが、殿下には魔術理論を基礎から学んでもらいましょう。暫く実践からは遠ざけます」
「魔術理論だと!? だがそれは魔術学校であれば中等教育から学ぶもので……」
「ええ。ですが魔術理論とは元々カレン殿下のような人の為に作られた"カバーストーリー"ですから――――」
晩餐会も終わった夜遅く、弟のバスティアンが私の執務室を訪ねてきた。
「こんな時間に訪ねてくるとは、人に聞かれたくない話のようだな」
弟の顔色を見て、私は人払いを命じた。
すぐに執事らが部屋から出ていくのを見送り、弟に向き直る。
「それで?」
「カレン殿下についてです」
弟が口にしたのは意外にも皇子のことだった。
「何かあったのかね?」
品行方正で虚弱なこともあってか大人しい方であると聞いている為、彼が何か問題行動を起こしたというよりも、我々の側が何かしでかしてしまったのだろうかという心配が先に去来した。
「カレン殿下ですが……中央の城で何か特別な教育を受けているという話は聞いていませんか?」
「特別な教育?」
意図の掴めない質問に眉を顰めた。
「クレア女史によると座学が飛び抜けて優秀で、特に数学などは殿下の倍の年齢の子供が習っていてもおかしくないようなレベルのものを修めていると聞いたが……」
クレア女史からの報告を思い出しながらそのまま伝える。
「そうですか…………」
弟は考え込むかのように眉間の皺を深める。
その表情を見ればただならぬことが起こったのだろうと察せられる。
「何があったのか教えてくれないか」
「実は……」
弟は殿下の初回の魔術の授業で起こったことを事細かに話してくれた。
確かに発現した筈の魔術が突然消失してしまった。魔術理論的にあり得ないことであると。
「私よりもお前の方が魔術に詳しい。そのお前があり得ないと言うのであれば確かにそうなのであろう」
習い始めの幼児の魔術が安定しないことなどよくあることだと思うが、実際にその様子を見ていたのは我が城の専属魔術顧問なのだ。その彼を信用しなくてどうするというのか。
「その原因は判明したのか?」
私が聞くと、弟は逡巡した後禁忌を口にするかのように躊躇いがちに口を開いた。
「……もしかすればカレン殿下は中央で反魔術思想を植え付けられているかもしれません」
それは確かに禁忌だった。
中央の人間に聞かれれば縛り首になりかねないほどの。
だが弟の言葉は堰を切ったように止まらない。
「いえ、カレン殿下どころか皇族は全員同じ教育を受けているかもしれません。兄上、カレン殿下は南部の魔術基盤を崩す為に送られてきた尖兵なのではないでしょうか……!?」
弟は完全に錯乱していた。
「いやいやいや、落ち着け。バスティアン、お前は少し疲れているんだ」
「ですが、カレン殿下が此処に送られてきた時期を考えると……!」
弟の肩に手を置き、その目を真っ直ぐに見据える。
「皇帝陛下は旧知の仲である私を頼って病弱な息子を私に預けて下さった。ただそれだけだ。その他のことはすべて偶然だ。第一、発現した魔術が消えたというだけであんな幼子が尖兵だなどと発想が飛躍し過ぎだ」
からからと笑うと、弟の目は少し落ち着きを取り戻したように見えた。
深呼吸を繰り返し、呼吸を落ち着けてから私を見つめ返した。
「そうですね……もう少し経過を観察することにします」
「どうするつもりだ?」
一応弟が暴走しないか確認する為に今後の授業計画を尋ねる。
「少し早いかもしれませんが、殿下には魔術理論を基礎から学んでもらいましょう。暫く実践からは遠ざけます」
「魔術理論だと!? だがそれは魔術学校であれば中等教育から学ぶもので……」
「ええ。ですが魔術理論とは元々カレン殿下のような人の為に作られた"カバーストーリー"ですから――――」
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