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第一部 リューナジア城編

第八十四話 皇帝の苦悩 ①

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「皇帝陛下、そろそろ限界でございます」

 宰相の陰鬱な声にうんざりとして私は重く溜息を吐いた。

「もう三度目です」

 何が三度目なのかは聞かずとも分かった。

「陛下の誕生祭に出席したいとカレン殿下から三度目の要請がございました」
「今まで何もなかったのに、何故今年になって急に……」

 私は頭を抱えた。

 一度も顔を合わすまいと決心した私の息子、カレン。
 私はその息子の申し出を再三却下していた。

 主治医から許可が下りなかったということにしている為、私が却下しているということはバレていない筈だ。
 だが私に会いたいと言う息子の頼みを断るのは心苦しかった。

 だがカレンの存在は貴族連中の目から隠していなければならない。
 カレリーナの悲劇を繰り返してはならない。
 カレンが母親に似て病弱であることはカレンの主治医から聞いている。カレンには社交界の好奇の目や嫉妬、陰謀その他の思惑が渦巻く最中を生き抜いていくことはできないだろう。
 私はもう二度と大切なものを失いたくはないのだ。

「カレン殿下も大きくなってきたということでしょう。いくらお体が丈夫ではないと言っても、ある程度物事が分かってくる年頃にもなれば自分の意思を持つようになります」

「ぐう……」

 宰相の言葉を聞き、私は低く唸った。

 今年の春から、カレンには家庭教師がついて勉強が始まるほどにカレンは丈夫になったらしい。
 その家庭教師を気に入ったらしく、その家庭教師を専属執事にしたいという要望があったと執事長を通して聞いた。
 その執事が件の片眼鏡の流行を引き起こすきっかけになったという人物だ。

 なんとカレンは最近ウィルフリートと仲良くしているらしい。
 執事長がカレンの乳母から聞き出したことだ。

『きっとお兄ちゃんが作った物を見てジルベールさんにあげようと思ったんでしょうね。カレン殿下はお優しいですからね』

 というのが乳母の語っていたことらしい。
 聞く限りではカレンの執事によって片眼鏡が流行ったのは偶然のことのように思える。カレンが特別何かに関わっているとは思えない。
 ジルベールがカレンの専属執事である事自体が広まっている訳ではなく、どの皇子の専属執事かは分からないがとにかく皇子の執事が片眼鏡を贈られたらしい程度の噂が流れているだけのようだ。
 片眼鏡を流行らせた主犯はウィルフリートであると判断し、この件についてはとりあえず様子を見守ることにした。

 宰相は言葉を募らせる。

「もうこれ以上は限界でしょう。これ以上カレン殿下の存在を隠し通す為には、殿下を幽閉するか離宮にでも送るしかありません」

「幽閉はあり得ん。離宮も時期が悪い」

 第四皇子を城から引き離す為に離宮で数年間の生活を送らせたばかりだ。
 ここでカレンを離宮送りにすればカレンも悪魔憑きなのかという印象を周囲に与えてしまうだろう。
 カレンの存在を知っている"周囲"などごく少数だが、だとしてもだ。
 私の都合のせいでカレンを少しでも不幸にするようなことがあってはならない。

「では、どうなさいますか。カレン殿下の存在を公のものといたしますか?」

 宰相が陰鬱な顔で尋ねた。

「……まだ結論は出せぬ。気分を変えたい。余は森に狩りに出る、良いな?」

 街に出かける時はいつも森に狩りに出ると言って城を出る。
 最初はそれを信じ切って「お供します」と申し出る臣下もいたが、私がそれを毎回固辞するので今では誰もが黙って私を見送るだけとなった。

 さて、街の酒場でしか味わえぬような安い酒を煽って何も知らぬ臣民たちと他愛ない話にでも興じたいところだ。
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